< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺と草壁の間に立ち塞がった敵。

 それは・・・Dだった。

 先程の白鳥に仕掛けた攻撃も、このDが放ったものだろう。

 そして今は俺から草壁を背後に庇うような位置に立っている。

 

「久しぶりだな、テンカワ アキト。」

 

「ああ、そうだな・・・」

 

 舞歌さんの容体も気になるが、目の前のこの男から注意を逸らす事は出来ない。

 俺一人だけなら逃げる方法は何通りも思いつくが・・・今の俺の背後には大切な仲間が大勢控えている。

 何より、今のDは以前より確実にパワーアップを果たしている。

 今、俺が感じているプレッシャーは以前とは比べ物にならない!!

 

 ・・・せめて、携帯用DFSがあれば!!

 

 無い物ねだりとは知りつつ、俺は丸腰の自分を呪った。

 だが、今は脱出する事が先決だろう。

 万が一を考えてナオさんやゴートさん達を連れてきたことが、せめてもの救い、か。

 

「ナオさん!! カグヤさんの護衛をお願いします!!

 白鳥さんとプロスさん達はミナトさんとシュン隊長を守りつつ、この艦から脱出をして下さい。

 俺は・・・Dの足止めを引き受けます。」

 

 ディストーション・フィールドを纏ったDを睨みつけながら、俺は背後の仲間に指示を出した。

 今現在、俺達の立場は最悪と言って良い。

 白鳥さんだけを庇えば、全てはOKだと思っていたが・・・甘い考えだった。

 事態は更に予想外な方向に向かって走り出したのだ。

 

 床に倒れ伏す舞歌さんと、その背後に立つ拳銃を構えた氷室と呼ばれた男。

 その姿は―――過去で見た白鳥と月臣の姿そのものだった。

 

 無意識のうちに噛み締めた歯が、嫌な音をたてる。

 また・・・俺は救えなかったのか?

 それともこれが、歴史を変えようとする俺に対する世界の意思なのか!!

 

「分かった、カグヤさんは俺が守ってみせる。

 無理をするなよ、アキト!!」

 

  ガゴッ!!

 

 草壁の合図により突入してきた兵士の一人の顎に掌打を叩き込み、一撃で気絶をさせながらナオさんが俺に返事を返す。

 

「アキト様!! どうか無事に帰ってきてくださいね!!」

 

 ナオさんに誘導されながら、カグヤさんが心配そうに俺に話し掛けてくる。

 俺はDを見据えたまま、片手を少しだけ動かしてカグヤさんの言葉に応えた。

 

「いやはや、こういった荒事とは無縁になったと思っていましたが。」

 

 兵士の攻撃を軽く避け、プロスさんが肘で兵士のこめかみを打ち抜く。

 その一撃を受け、兵士は無言で床に倒れた。

 

「まったく、何がどうなっているんだよ!!」

 

「愚痴を言っている暇は無いぞヤマダ!!」

 

「俺はダイゴウジ ガイ セカンだ、って〜の!!」

 

 兵士が落とした自動小銃を拾い上げ、素早く構えながらガイがゴートさんに文句を言う。

 だが、先程ガイが言ったその台詞はこの場に居る全員が思っている事だろう。

 

「アキト!! 先に一旦退くぞ!!

 現状では余りに俺達は不利だ!!」

 

 ガイとゴートさんに守られながら、シュン隊長も部屋を出て行く。

 ミナトさんは白鳥とプロスさんが護衛に付いていた。

 

 そして、俺以外の仲間は全て部屋を後にし・・・

 

 同時に、草壁も部屋から逃げ出していた。

 あの氷室も動かない舞歌さんの身体を担いでその場を去って行く。

 

 部屋に残された俺とDは言葉など無く、静かにお互いの殺気を募らせていく。

 

「・・・クリムゾンは今回の和平については手を出さないと思ったんだがな。」

 

 Dの右手にゆっくりと回り込みながら、俺がそう話し掛ける。

 

「甘いな、あのロバートが木連との繋がりの象徴である俺達を見逃すと思うか?

 既に捨てられた身だ、俺達はな。

 だが、俺達の様な『存在』が生き抜くためには・・・それ相応の設備が必要だ。

 木連に身を寄せているのは、そういう理由だ。」

 

 相変わらず感情を伺わせない声で、俺の質問に応えるD。

 だがその身から立ち上がる殺気は一瞬毎に増している!!

 

 怪我をせずに、逃げ切るのは諦めた方がよさそうだな・・・

 

   ゴウゥゥゥゥゥゥンンンン・・・

 

 そう覚悟を決めた俺は、自分の身体に蒼銀の『昂氣』を纏わせる。

 今のD相手には手加減も何も必要無い、俺の今の全てをぶつけなければ・・・殺される。

 

 先に逃げ出したナオさん達の事が心配だが、このDが相手ではフォローに行くのは無理だろう。

 

「テンカワ アキト、残された俺の命―――貴様を倒す事に使わせて貰う。」

 

 ―――くる!!

 

 

   ドウッンン!!

 

 

 Dがそう宣言をした瞬間、以前とは比べ物にならない出力のディストーション・フィールドが俺を襲った!!

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・久しぶりだな、これだけ不利な戦いも。」

 

 Dの攻撃は苛烈を極めた。

 ディストーション・フィールドに生身で挑み、勝つ事は普通なら不可能だ。

 だが、俺には『昂氣』があった。

 蒼銀の鎧を纏っている限り、致命的な一撃だけは受ける事は無い。

 だが逆に俺には攻撃の手段が無かった。

 『昂氣』を纏った一撃を届かせるには、Dの作り出すディストーション・フィールドの結界は大き過ぎる。

 離れた位置から放つ『昂氣』の技では、吹き飛ばす事は出来てもダメージまでは与えられない。

 直接『昂氣』を纏った攻撃でも叩き込まない限り、Dにダメージを与える事は難しいだろう。

 

 ―――結局、お互いに攻撃方法を探っている時、一瞬の隙を突いて俺が逃げ出したのだ。

 背後の壁を粉砕しつつ、俺は素早くその場から離脱した。

 何故、あの時Dが注意を俺から逸らしたのかは知らないが・・・幸運だったと思う。

 仲間の安否が気に掛る今の俺には、Dだけに集中する事が出来ないのだから。

 

「だが、少しダメージを貰いすぎたか・・・」

 

 所々で痛みを訴える身体をひきずりながら、俺は格納庫に向かって走る。

 船内の構造はナデシコにとても良く似通っている。

 それは・・・この船が間違い無くシャクヤクを改造したものである事、俺に教えていた。

 だが、今はその事実が幸となり俺達の逃走に役立っているのだ。

 

 ・・・世の中は全く皮肉に満ちているものだ。

 

「!!」

 

 貫くような殺気を感じ取り、俺は足を止める。

 無視する事は出来ない殺気だった。

 そう、俺が良く知っている奴が醸し出す、研ぎ澄まされた殺気だ。

 Dの鉄の塊の様な無感情な殺気ではなく、熱い思いに満ちた・・・

 

「・・・先程の氷室の演説のせいか?

 俺の説得に応じてくれるかどうかだな。」

 

 最早逃走はナオさん達の手腕に期待をするしかないな。

 少なくとも、俺を逃がそうとはしないだろう―――

 

    ドゴォォォォォォォォォンンンン!!

 

 覚悟を決めると同時に、目の前の壁が砕け朱金の輝きが溢れ出す。

 

「・・・」

 

 無言でその場に立つのは、所々に傷を負った枝織ちゃん・・・いや、今は北斗の様だな。

 燃えるような瞳で俺を睨みつけるその姿は、出会った頃の苛烈な狂気を再び纏っていた。

 とくに左手に酷い傷が目立つ。

 切り裂かれたような傷痕から、今も出血が続いているのが確認出来た。

 だが、北斗自身はそれらの傷を気に掛けてはいないようだ。

 それは身に纏う朱金の輝きが、北斗の戦意の高さを物語っていた。

 

 そう・・・目の前に居る存在は正に「真紅の羅刹」そのものだった。

 

「言い訳を聞くような状態じゃなさそうだな。」

 

「・・・死ね。」

 

  ドン!!

 

 5mの距離を一瞬で詰めより、俺に向かって拳を繰り出してくる北斗!!

 その攻撃を右手で逸らしつつ、体を開いて逃げようと試みる。

 だが、北斗は逆に身体を密着させ、俺との距離が開かない様にする。

 

 次の瞬間―――

 

     ガオォォォォォォンンン・・・

 

「ぐぅ!!」

 

  ドガァァァァ!!

 

 爆発的に膨れ上がった朱金の『昂氣』が俺を背後の壁に向かって吹き飛ばす!!

 俺自身も『昂氣』を展開し、壁に叩き付けられる衝撃を緩和する!!

 

 お互いに手負いの状態だと認識しているが、北斗は手加減をするつもりなど無い。

 そして俺もこんな状態の北斗を相手にして、手加減をする余裕などあるはずが無かった。

 

 陥没した壁から身を起こす俺の目の前には、既に北斗が立ち塞がり。

 問答無用で朱金に輝く拳を俺の腹に叩き込んできた。

 

「ちぃ!!」

 

 こちらも蒼銀に輝く腕を持ち上げ、何とかその一撃をガードする。

 

    ドガァァァ!!

 

 殴られた勢いそのままに、俺の体がめり込んでいた壁を突き破り隣の部屋に転がり込む!!

 俺は痺れる右手を床につき、素早く立ち上がる。

 背中を始め、身体中が悲鳴を上げているが・・・北斗の受けているダメージも普通じゃないらしい。

 本来の北斗の一撃なら、俺を更に遠くまで吹き飛ばせる筈だ。

 

 お互いに満身創痍になりながらも―――戦いを止める事は意思は無いようだ。

 

 自分の空けた壁の穴から現れる北斗を見ながら、俺は乱れた息を整えていた。

 北斗の目には俺に対する敵意しか伺えなかった・・・

 

「裏切られるくらいなら、信じる事をしなければいい・・・そうだ、昔からそうしてきた。

 なのに何故、何故俺は貴様を!!」

 

 身に纏う朱金の輝きを、更に強くさせ・・・

 

 北斗は叫んでいた。

 

 複雑な感情を持て余すかの様に―――

 

 目の前に佇む、俺に向かって。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アキト様は大丈夫なんでしょうか?」

 

「信じるんだ、アキトは誰よりも強い。」

 

 俺は背後についてくるカグヤさんの心配そうな声に、力強くそう答える。

 そう、アキトは誰よりも強い。

 だからこそ、あの場に残ってDの奴を食い止める事を選んだ。

 悔しいが素手では俺は絶対にブーステッドマン達には勝てない。

 唯一、『昂氣』を操れるアキトだけが生身で対抗できる存在なのだ。

 

 俺達は・・・足手纏いにしかなれない。

 

「しかし、腹が立つな!!

 どうしてアキトがあの女の人を殺した事になってるんだよ!!」

 

  ドガガッガガガガガ!!

 

 木連の兵士達に牽制の銃撃をお見舞いしながら、ヤマダが大声で叫ぶ。

 真実を知らない兵士達は先程の氷室の放送を信じ込み、特攻をするような勢いで俺達に迫ってくる。

 ・・・だが、こちらとしては無闇に殺すわけにもいかず。

 どうしても手足を狙った射撃か、行動不能にする程度の攻撃しかできない状態だった。

 

「はぁ、私はこういった肉体労働とは無縁なんですけどね〜」

 

    ドウゥン!!

            ドウゥン!!

 

 そんな事を言いながらも、見事な射撃で兵士達の手足を打ち抜くプロスさん。

 結構出来る人だとは思っていたが、俺の予想以上の実力を持っていたな。

 

「俺には見える!! そこだ!!」

 

 ・・・ゴートさんも不思議な事をいいながら活躍をしている。

 この人に関しては何も言うまい。

 

「ナオ!! 早く逃げるぞ!!

 アキトの奴はCCを持ってきていると聞いている!!

 後は俺達が逃げ切れればOKだ!!」

 

 シュン隊長もそれなりに活躍をしながら、俺に指示を出してくる。

 アキトの奴の心配はいらない、か。

 

 ―――だが!!

 

「伏せろ白鳥!!」

 

「!!」

 

「えっ、何!!」

 

 俺の怒声に従い、思わずミナトさんを抱き締めながら床に伏せる白鳥!!

 俺は自分の勘を信じて何も無い空間に向けて銃を撃つ!!

 

   バシュン!!

 

「・・・良く分かったな。」

 

「ま、お前さんと戦うのは初めてじゃないしな。」

 

 一瞬、銃弾を弾き返し姿を見せたのは―――インだった。

 インの暗い声を聞きながら、俺は最悪の展開に臍を噛んでいた。

 今の手持ち武器では、どう考えてもインの奴には勝てない。

 

 

 どうやら・・・こちらもピンチみたいだな。

 

 

 

 

 

 

 

 コツコツコツ・・・

 

「・・・何処に行く、氷室。」

 

 廊下を歩く俺に背後から声が掛る。

 聞くだけで背筋に怖気が走る。

 

「北辰か。

 俺が何処に行こうとお前には関係無いだろう。

 既に俺の今の立場は優人部隊・優華部隊の司令だぞ。」

 

 嫌々ながら背後を振り返り、北辰の顔を確認する。

 何度見ても・・・嫌な顔だ。

 

「そう、我と同じく草壁閣下の四方天の一人となったのだな。

 ・・・あの東 舞歌を殺す事によって。」

 

 腕に抱く女性の身体を無意識の内に強く抱き締める。

 既に冷たくなったその身体が、彼女の心臓が止まっていることを俺に嫌でも教える。

 

 そんな俺の内心の葛藤を楽しんでいるのか、北辰は楽しそうに俺も見て笑う。

 

「・・・」

 

 大切なモノを嘲笑された様な気分になり、俺は北辰を思わず睨みつけた。

 

「そう睨むな、我の目的は舞歌の死体の確認よ。

 何しろ、御主は草壁閣下の派遣したスパイとは思えぬ程に、舞歌に仕えていたからな。」

 

 念の入った事だ・・・な。

 やはり、草壁閣下は俺の事を疑っておられるのか。

 

 いや、北辰がここに現れた時点で俺への嫌疑は決定的だな。

 ・・・だが、これから先の事を考えると早めにこの嫌疑を晴らしておいた方が良さそうだ。

 

 もっともその保身の為に、この場所に舞歌を運んだのだがな。

 

「その心配は無い。」

 

  ガシュゥン!!

 

 壁に取り付けてあったスイッチを押し、脱出ポッドの入り口を開ける。

 

「脱出ポッド?

 ・・・御主、何を考えている。」

 

「全ての想いは捨てる・・・ここから先の俺は、副官の氷室ではなく―――」

 

 舞歌をポッドに入れ、入り口を閉じる。

 

「優人・優華部隊司令、氷室だ。」

 

   ダン!!

 

 脱出ポッドの発射ボタンを押す。

 そして静かに脱出ポッドは宇宙に放出された。

 

「・・・逃がすのか。」

 

 北辰がその身に殺気を纏う。

 俺にはどう足掻いても、北辰には勝てない事は分かっている。

 

「勘違いするな、死体を残しておいては俺が後で疑われかねない。

 テンカワ アキトは非武装で会談の場にいた事になっているからな。」

 

 俺は手元のスイッチを押した。

 最早、躊躇いは―――無い。

 

     ズゥゥゥゥンン!!

 

 軽い振動が俺達を襲う。

 

「何を・・・した?」

 

「どうせ周りに部下を配置しているんだろう?

 まあ、言ってみれば『証拠隠滅』だ。」

 

 俺は北辰にそう言い残し、その場を後にした。

 そう、俺の仕掛けた爆弾により舞歌を乗せた脱出ポッドは破壊された。

 外に配置されている北辰の部下にも、その光景は目撃されているだろう。

 

 そう、過去を振り返るつもりは無い。

 

 既に引き返せない道に・・・俺は踏み込んでしまったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

「偽りの平和は終った・・・

 さあ、決着を着けようか、アキト。

 俺とお前の―――

 そしてアイツとの・・・

 次回、時の流れに 第二十五話 『私らしく』自分らしく・・・存在理由」

 

 

 

 

 

第二十五話へ続く

 

 

 

 

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