< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く・・・」

 

   ドサッ・・・

 

 鈍い音を聞き、私がその方向を見ると・・・

 血塗れのアキトが床に倒れていた。

 

「アキト!!」

 

 私は大声上げて急いで駆け寄る。

 床に倒れたアキトはピクリとも動かない。

 そして倒れ伏すアキトを中心にして、血の池が作られていく・・・

 ここまで傷付いたアキトの姿を見るのは、本当に初めてだった。

 

 一瞬、その光景を疑ったあと、私は正気に戻る!!

 

「艦長!! 下手に動かすと危険です!!」

 

 アキトに駆け寄り、身体を揺すろうとしていた私をメグちゃんが大声で制する。

 

「ルリちゃん、直ぐにイネスさんに連絡をして!!

 ラピスちゃんはウリバタケさんに連絡をいれて、男の人を数人ブリッジに寄越してもらって!!」

 

「はい!!」

 

「うん!!」

 

 てきぱきと指示を出すメグちゃんの声に従い、ルリちゃんとラピスちゃんが動く。

 私は動揺をして、まともな判断が出来なかった自分を恥じた・・・

 

 メグちゃんは青い顔をしながら、床に寝かしたアキトの身体をチェックしている。

 

 その時―――

 

「艦長!! 木連から逃げて来た連絡船が到着します!!

 でも、その後には多数の無人兵器を確認!!」

 

 既に、和平会談が失敗に終った事を連絡で受けていた。

 私達の準備は万全だ―――ただ、重症のアキトがブリッジにボソンジャンプしてきたのは意外だったけど。

 

 アキトにここまでの手傷を負わせる相手・・・やはり、北斗さんだろうか?

 

 いえ、今はそんな事を考えている暇は無い!!

 

「ハーリー君!! 悪いけど一人でオペレーターをお願いね!!

 大丈夫、君なら出来る!! ユリカが保証するよ!!」

 

 一瞬、不安気な顔をしたハーリー君に、私は微笑みながら頷いた。

 

「・・・はい!! 任せて下さい!!」

 

 そんな私の笑顔を見て少し顔を赤らめながらも、ハーリー君は大きく頷いた。

 うん、流石男の子!!

 

   ピッ!!

 

 続いて自分で格納庫にウィンドウを開き、アカツキさんに連絡を入れる。

 

「アカツキさん、済みませんけど直ぐに発進して下さい。」

 

 私がそう言って頼むと、アカツキさんは苦笑をしながら頷いた。

 

『了解、しかしテンカワ君も災難だね〜』

 

 そう言って茶化した後―――アカツキさんは急に真面目な顔になる。

 

『・・・今回の前哨戦はこちらの完敗だ。

 ここから先の方針を見直す必要があるね。

 その為にも、まずはオオサキ提督とカグヤさんを助けないとね。』

 

「はい、お願いしますね。」

 

 そしてお互いに頷きあった後、アカツキさんを先頭にしてエステバリス隊が出発しました。

 敵は無人兵器ばかりで、それほど数も居ない・・・

 大丈夫、皆無事にナデシコに帰ってこれる。

 

 私をその場面を睨みながら、エリナさんにナデシコの前進を頼む。

 

「エリナさん!! ディストーション・フィールドを張りつつ全速前進!!

 連絡船の救出に向かいます!!」

 

「了解、艦長。」

 

 アキトの件でお互いに動揺をしているのは確かだった。

 でもそれを表に出さないように注意をしながら、エリナさんは慎重にナデシコを進ませる。

 その隣でハーリー君が必死に艦内の制御と、エステバリス隊に送る情報を作成していた。

 

「サラちゃん、あれから何か連絡は入った?」

 

「いいえ、特に何も・・・逆にこちらからアキトの帰還を伝えておきました。」

 

 私の質問に簡潔に答えるサラちゃん。

 メグちゃんがアキトの付き添いで医療室に向かった代りに、通信の仕事を今は一手に引き受けている。

 刻々と変わる戦場の情報をハーリー君から受け取り、艦内の必要な部署に連絡を入れていた。

 エステバリス隊の人達にも一言応援をしながら、戦場の現状を伝えている。

 

 皆の働く姿を見ながら、私はこの和平会談の失敗の重さを感じていた。

 一つの淡い希望が砕かれ。

 残されたのは傷付いた理想だけ。

 

 ・・・それでも、私達は自分達の理想を諦めるつもりは無かった。

 諦めれば、そこで全てが終ってしまうのだから。

 

「艦長、連絡船が無事にたどり着いたわよ!!」

 

「分かりました!!

 ハーリー君、ディストーション・フィールドを一時解除!!

 同時にグラビティ・ブラストの発射準備に入って!!」

 

「はい!!」

 

 大切な仲間は助け出せた。

 後は、目の前に広がる無人兵器達を倒すのみ・・・

 

「艦長!! グラビティ・ブラスト充填完了です!!」

 

「―――前方の無人兵器達に向かって、発射!!」

 

  ドゴォォォォォォォォンンンンンン!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 プシュ!!

 

「イネスさん!! アキトの怪我はどうなんですか!!」

 

 やっと仕事が一息ついたので、私は急いで医療室に向かった。

 しかし・・・意外な事に医療室にイネスさんの姿は無く、変わりに白髪の女性が居た。

 

「えっと・・・フィリスさんでしたっけ?」

 

「はい、ご厄介になっています、ミスマル艦長。」

 

 私の言葉を聞いて、軽く微笑みながら返事を返すフィリスさん。

 年齢は私より少し上、程度だろう。

 科学者によく見られる冷たい感じはなく、何処かほのぼのとした感じの女性だった。

 

「あ、そんな堅苦しい事を言わないでいいですよ。

 私の事はユリカか、艦長と呼んで下さい。」

 

 パタパタと手を振って、フィリスさんにお願いをする。

 それにミスマル艦長と呼ばれると、私がお父様と間違えちゃうし。

 

「では、ユリカさんと呼ばせて貰います。

 ・・・テンカワさんの容体を聞きにこられたのでしょう?」

 

 クスクスと笑いながら、私のお願いを聞いた後。

 フィリスさんは厳しい顔になって、私に医療室を訪れた訳を尋ねた。

 

 勿論、当初の目的はアキトの怪我の具合を聞くためだった。

 私は勢い良く頭を上下に振って、フィリスさんの言葉に同意する。

 

「・・・一言で言えば、生きてるのが奇跡ですね。」

 

「!!」

 

「お腹には大穴、内蔵は無茶苦茶、全身打撲に複雑・単純・亀裂骨折が全身に及んでます。

 トラックに撥ねられても、これほどの重症にはなりませんね。」

 

 取り出したカルテを見ながら、アキトが負った怪我の凄さを語るフィリスさん。

 症状を読み上げるフィリスさん自身、眉をひそめている。

 

「・・・治りますよね?」

 

 アキトだもん、きっと元気な姿を私達に見せてくれる・・・

 大丈夫・・・信じているから。

 

「現在、身体中を駆け巡るナノマシンが急速に傷を癒しています。

 腹部の出血も止まっているし、呼吸も穏やかなものに変じているわ。

 ・・・私とイネスの見立てでは、完治するまで約一ヶ月ほどですね。」

 

「そんなに・・・」

 

 一ヶ月の間、私達は守護神を失う。

 その間に、地球と木連の人達はどう動くのだろうか?

 ここから先は、今まで以上に気を張り詰めて動かなければいけない。

 一度は途切れた和平への道・・・

 だけど白鳥さんとユキナちゃんがナデシコに居る以上、再びチャンスが巡ってくる可能性はある。

 アキトが動けない以上、私達がもっとしっかりとしなくっちゃ!!

 

 ・・・まだ、全てが終ったわけでは無いのだから!!

 

「勘違いをしないで下さいよ?

 生きているだけでも奇跡なんです、その上たったの一ヶ月で完治するなんて。

 ・・・私から言わせて貰えば『悪夢』以外、他に言いようがありませんよ。」

 

 私の落胆の表情を見て、何かを勘違いしたフィリスさんがそう話し掛けてくる。

 どうやら余計な気を使わせてしまったみたい。

 

「あ、あははは、大丈夫ですよ。

 アキトが元気になる事は信じてますから!!

 それより、イネスさんは何処に行かれたんです?」

 

 取り合えず、話題を変える事にする。

 難しい事はオオサキ提督とプロスさん達を相手に考えた方がいいだろうしね。

 

「イネスはイリスさんと話をしているわ。

 久しぶりの親子水入らずだから・・・暫くそっとしておいてあげて。」

 

「・・・そうですか。」

 

 優しい微笑を浮かべるフィリスさんの提案に、私も頷いて同意を示した。

 イネスさんもイリスさんが無事で喜んでいたしね。

 表情には出さないように苦労をしてたけど。

 

「じゃ、私はアキトの寝顔を見てから部屋に帰ろうかな?」

 

「・・・ユリカさんで10人目ですよ、テンカワさんの事を聞きに来られた方は。」

 

 私の言葉を聞いて苦笑をしながら、フィリスさんはアキトの眠るベットに私を連れて行ってくれた。

 その10人全員にフィリスさんが同じ対応をした事に、私は何となく予想が出来た。

 

 この人は、そんな人だ。

 

 

 

 

 

 

 

 アキトは静かにベットに横たわっていた。

 最初にブリッジで見た時の様に、苦悶に歪んだ顔をしていない。

 

 ―――それだけでも、私の心は随分と救われた気分になる。

 

 どう足掻いても、個々の戦闘では私はアキトの足手纏いにしかなれない。

 実際、カグヤちゃんも逃走中に自分の不甲斐なさを嘆いていたみたい。

 帰ってきてから沈んだ表情でリフレッシュルームの片隅に座るカグヤちゃんを見た。

 でも私には・・・何も言えない。

 カグヤちゃんの代りに私が和平会談の場に居たとしても、結果は変わらないだろう。

 同じ様に皆に守られて、アキトを置き去りにして逃げるだけ。

 

 ・・・戦う力が無い事は百も承知だった。

 でも、悔しくて仕方が無い。

 

「アキト・・・和平、ちょっと遠くになっちゃったよ?

 でも大丈夫だよね、皆で頑張ればきっと和平は実現するよね。」

 

 穏やかに呼吸を繰り返すアキトの頬を撫でながら、私はそう呟く。

 挫けそうな心が、確かに私の心の片隅にあった。

 

 大切な人と大事な仲間を犠牲にするくらいなら・・・いっそ、木連を消し飛ばしてしまおうか?

 

 今のナデシコにはそれだけの『力』がある。

 そして、木連ではアキトと同様に北斗さんが倒れていると予想できる。

 ならば機動戦で、ナデシコのエステバス隊がそうそう遅れをとるとは思えない。

 

 実はナデシコにはブローディアと同じ相転移砲が搭載されている。

 幾重もの厳重なプロテクトを掛けられた、最強最悪の武器・・・

 

 この武器の詳細を聞き、ブローディアがサツキミドリを消し飛ばしたとき。

 私はこんな武器は必要無い、と強く心に思った。

 『力』の意味を知り、使うべき場所を知るアキトなら、私は安心して任せられる。

 だが、ナデシコに搭載された相転移砲は・・・私の裁量で撃てるのだ。

 

 勿論、ルリちゃんとラピスちゃん達の協力が必要だけど。

 今の私の暴走を止めるとは思えない。

 何よりも大切な人が瀕死の重症を負ったのだから。

 これ以上の苦しみを今後もアキトが味わうならば、木連の存在を認める事など・・・

 

 誰も、私達を止める事は出来ないだろう。

 先に裏切りに走ったのは、木連のほうなのだから。

 

 そう、オオサキ提督にもプロスさんにも、止める事は―――

 

「む・・・ぅ・・・」

 

「!!」

 

 軽くうめいてアキトが寝返りを打つ。

 私はアキトの声を聞く事により、暗い思考の淵から帰ってこれた。

 

 暫く、アキトの頬に手を当てたまま深呼吸をする。

 

 うん―――大丈夫、まだ私は笑える。

 

「御免ね、アキト。

 心配させちゃったよね?

 大丈夫、私は・・・私達はまだまだ挫けないよ。」

 

 でも、挫けそうになった時には・・・また支えてね?

 身勝手な事を言ってるとは分かっているけど、どうしても

 

 寝返りをうった事により布団からはみ出たアキトの腕を戻しながら、私は自分にそう呟いていた。

 大切なモノを守るのは、何て大変な事なんだろう・・・と思いながら。 

 

 

 

 

 

 

 

 自室に向かう途中・・・

 私は背後から呼び止められた。

 

「艦長、ちょっと良いかな?」

 

「あ、アカツキさん?」

 

 廊下を歩く私に声を掛けてきたのはアカツキさんだった。

 その隣には、意外な事にイネスさんが居た。

 

「何ですか? 随分珍しい組み合わせですけど?」

 

 普段は全然見かけないその二人の組み合わせに、私は首を傾げて質問をする。

 この二人って・・・仲が良かったかな?

 

「艦長、私もアカツキ君に呼び止められたのよ。

 まったく・・・これからアキト君の診断をしないといけないんだけど?」

 

「まあ、まあ、僕の話を聞けば・・・そんな考えは一発で吹き飛ぶよ。」

 

 そう言って私達を見るアカツキさんの目は・・・恐いほどに真剣だった。

 そのアカツキさんの口調から、どうやらかなり真面目な話だと私は感じ取った。

 そしてそれはイネスさんも同じだったらしい。

 

「なかなか興味深い話を聞かせてくれそうね?」

 

「それは・・・もう、ね。」

 

 そしてアカツキさんは私が想像もしていなかった事を話し出した。

 

「イネスさんは以前からボソンジャンプの研究を進めていたよね?」

 

「ええ、アキト君のくれたデータのお陰でかなり進んでいるわよ。

 特に個人用のジャンプフィールド発生装置は興味深いわ。

 もっとも、アキト君にしか使えないのが困りモノだけどね。

 でも、それもディストーション・フィールドの併用により、他人の運搬も可能になった。

 今後、益々アキト君の活躍の場は増えていくでしょうね。」

 

「へ〜、そうなんだ?」

 

 二人の会話を他人事の様に聞き流す私。

 だって、私には関係無い話だとしか思えないし。

 

「残念、実はテンカワ君以外にもあの装置を使える人はいる。

 それもこのナデシコに二人もね。」

 

「・・・どう言う事かしら?」

 

「・・・ほえ?」

 

 私達を指差すアカツキさんに・・・私とイネスさんはそれぞれそんな反応を返した。

 アキトにしか出来ないと思っていたボソンジャンプ、それが私達に可能なの?

 一体、何を根拠にしてアカツキさんはそんな事を言うのだろう?

 

「出来る限りの説明はするさ・・・ただ、僕達は急いで火星に行かないといけない。

 その為には、どうしてもボソンジャンプが必要なんだ。」

 

 アカツキさんのその真剣な頼みに、私とイネスさんが断れるはずが無かった。

 そして、運命は意外な真実を私とイネスさんに見せ付けるのだった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「運が悪かったな・・・イン。」

 

「あそこであの二人が割り込んでこなければ・・・ヤガミ ナオを殺せた。」

 

「・・・そうだな。

 悪運の強い奴だ。」

 

「エルは?」

 

「・・・」

 

「・・・選択肢は多くなかった。

 だが、せめてDの腕の中で死にたかったと思う。」

 

「俺達は死に場所を選ぶ事さえ・・・高価な代償が必要、か。

 イン、次が最後の戦いだ。

 好きなように時間を使え。」

 

「・・・ああ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・死に場所、か。

 俺達の様な存在を忘れずに覚えていてくれる奴が、何人いるんだろうな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十五話 その4へ続く

 

 

 

 

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