< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「元一郎、少しは落ち着け。」

 

「馬鹿にするな!! 俺は落ち着いている!!」

 

 俺の言葉に反応して、激しく言い返してくる元一郎。

 どうやら、まだ頭に昇った血は降りてきていないみたいだ。

 

 しかし、現状は余りに俺達に不利だな。

 なにより、九十九が裏切り者と呼ばれている事が腹立たしい。

 

 優華部隊との連絡も現在のところ取れなくなっている。

 監視の目がお互いに厳しいからだ。

 舞歌様の事だけではなく、九十九の友人としてマークをされているのだろう。

 

「しかし、大人しく木星に帰ったところで・・・何が変わるというのだ!!」

 

「少なくとも、九十九を追ってナデシコに向かうよりはマシだ。

 俺達の行動如何によっては、優華部隊・・・京子殿の身に危険が及ぶぞ。」

 

「―――くっ!!」

 

  ガン!!

 

 壁に拳の跡を刻み込みながら、元一郎がうめく。

 そして暫くの間、壁を睨みつけた後・・・

 

「・・・何時からこんなにも狂ってしまったんだ、木連は!!

 俺達は確かに地球人を恨んでいた!!

 先祖を木星まで追いやった非道を許せないと思っていた!!

 だが、この戦いの末に―――木連が滅んでしまっては、まるで意味がないじゃないか!!」

 

 地球にはまだまだ余力がある。

 技術的に先行していたという利点も、ナデシコの登場により逆に遅れをとりつつある。

 ここから先、戦争を続けていけば・・・俺達が不利になっていく事は明らかだった。

 

 だが、解決手段の一つである和平は・・・無残な結果に終った。

 

 木連にとって、地球にとって、和平が一番傷口の少ない戦争の終り方だったはず。

 あのテンカワ アキト自身、和平を説いていた。

 なのに・・・肝心の場にて、舞歌様の暗殺だと?

 これで疑うなというほうが無理だ。

 ましてや、我々は舞歌様の直属の部隊として今まで戦ってきた。

 舞歌様の和平に掛ける意思は良く知っている。

 そして、草壁閣下がそれを疎んじている事も・・・

 

「源八郎・・・九十九と連絡は取れないのか?」

 

「無茶な事は止めておけ。

 今、ナデシコに連絡を入れようものなら・・・問答無用で反逆者の烙印を押されるぞ。」

 

 俺の返事を聞いて、元一郎の肩が力無く下がる。

 少しの間、そのままの体勢をした後・・・自分が受け持つ艦に向かって歩き出した。

 俺も少し離れた位置につき、無言でその後に続く。

 

   コツコツコツ・・・

 

「『正義』・・・不動だと思っていた言葉が、今は空々しく聞えるぜ。」

 

「・・・」

 

「『正義』を世に知らせるためになら、自分の命も惜しくなかった。

 だが、本当に俺達の行いは『正義』なのか?

 木星ではそろそろ飢えによる暴動が起こりだしそうな雰囲気だそうだ。」

 

「その暴動も、今回の舞歌様の殉死をしれば・・・当分収まるだろうな。」

 

  ピタッ!!

 

 俺の返事を聞いて、元一郎の足が止まる。

 俺もその直ぐ後ろで足を止めた。

 

「・・・偶然、なのか?」

 

「さあ、な。

 ただ、次の出撃には木連の全兵力を動員するだろうな。

 義憤に燃える兵士達だ・・・本当に死を厭わないだろうな。」

 

 俺と元一郎の間には、痛いほどの静寂だけがあった。

 何も知らず、ただ真っ直ぐに進んでいた頃を酷く懐かしく感じた・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「三郎太は何処にいる?」

 

 自分の艦―――かんなづきに帰ってから、俺は乗組員の一人を捕まえてそう質問をした。

 取り合えず、木星に帰るにあたり色々と決めておきたい事があったからだ。

 

「高杉副長ですか?

 そう言えば、少し前から姿が見えませんね?」

 

 不思議そうに首を傾げる部下を見て、俺自身・・・近頃三郎太と会っていない事に気が付く。

 衝撃的な事件が続き、動揺をしていたせいもあるだろうが。

 

 三郎太の奴は何かと舞歌様や、優華部隊に連絡を入れていた。

 そう、俺よりもさらに親密な立場にいたように思える。

 始めは三姫殿が目当てだと思っていたのだが・・・

 

「怪しいな・・・何を考えている、三郎太。」

 

 昔ほど、三郎太の事が信用出来ない俺がいた。

 別に俺に対する態度が変わったわけじゃあない。

 だが、何かが違う―――

 時折、凄く暗い顔を見せる様になったの何時の頃からだ?

 草壁閣下に対する不遜な態度を見せ出したのは?

 そして、独自の考えを持って舞歌様や優華部隊に接触しだしたのは?

 

 その行動が、全て木連の為だったと今までは思ってきた。

 サツキミドリの時にも俺が気が付けなかった事を憂慮して、舞歌様に直訴をしていたのだ。

 優華部隊にしても、三姫殿との仲を考えれば連絡を取るのは不思議ではない。

 

 だが、本当にそれだけなのか?

 

 そんな事を考えて居る俺に、新しい報告がもたされた。

 考え事をしていた俺に通信兵が遠慮がちに話し掛けてくる。

 

「あの、秋山少佐・・・」

 

「ん? 何だ?」

 

 そして躊躇いがちに通信兵が言った言葉は・・・

 

「高杉副長が行方不明だそうです。」

 

「何!!」

 

 舞歌様が殺害された報告を聞くと同時に・・・三郎太は姿を消したらしい。

 もしかして、ナデシコに向かったのか?

 いや、まさか、アイツが裏切るなど・・・

 

「一体、何が起こっているんだ?」

 

 俺の知らないところで、何か大きな動きがある。

 何時になれば、その全貌を見ることが出来るのだろうか?

 

 

 

 

 

 そして、俺を乗せたかんなづきは・・・故郷、木星へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、アリサ・・・俺達のしてる事って・・・馬鹿げてるのかな?

 何時も何時も、誰かが犠牲になって、さ。

 テンカワの奴もその度に傷付いて。」

 

 現在は非番の私とリョーコ・・・

 姉さんは通信士の当番だそうなので、今はリョーコの部屋に遊びに来ています。

 リョーコは沈みがちな表情で、自分のベットの上で寝そべっています。

 

 アキトさんのお見舞いをしようとも思ったのですが、意識が戻らない以上は下手に近寄れません。

 それに、イネスさんやフィリスさんが私達を医療室に入れてくれないでしょう。

 

 手元から自分の煎れた紅茶が良い匂いを醸し出しています。

 一口、紅茶を飲んでから私はリョーコに話し掛けました。

 

「リョーコらしくないですね、振り返ってみたところで現実は変わらないじゃないですか。

 それに、私はまだ和平を諦めていませんよ?

 だって、今までの行動を全て無駄になんて出来ませんから・・・」

 

 メティちゃんにカズシさん・・・二人共、本来ならば亡くなる筈のない人達だった。

 それに敵方だったとは言え、アオイさんの心に残るチハヤさん。

 そして、今回は舞歌と呼ばれる白鳥さんや優華部隊の司令官。

 

 アキトさんが動く度に、誰かが亡くなる―――

 それは確かに物事の一面と言えるでしょう。

 ですが、アキトさんが動く事によって更に多くの人達が助かっているのも事実です。

 西欧方面はアキトさんの活躍により、平和を取り戻しました。

 サツキミドリの落下が防がれなければ、その被害は天文的な数値になっていたでしょう。

 

 そして、傷付くのはアキトさん唯一人・・・

 

 MoonNightで一緒に戦っているときから、その背中だけを追いかけてきました。

 悲しみに暮れるその姿も・・・

 深い悲しみを宿すその瞳を・・・

 自分を責めつづけるその嘆きを・・・

 一人ではない―――と、何時も私や皆さんで励ましてきました。

 ですが、結局最後にはアキトさんに頼ってしまう。

 自分の願いに追いつけない実力がもどかしく・・・また悔しい・・・

 

「ヤマダの奴も、カグヤさんを庇って大怪我、か。

 ・・・確かに落ち込んでられね〜よな。

 ヤマダとテンカワの抜けた分をカバーする為にも、俺達も頑張らないとな!!」

 

 そう言って自分に気合を入れるリョーコ。

 そして私も静かに頷きました。

 まだ、全てが終ったわけではありません。

 

 まだ―――逆転のチャンスは残されているはずです。

 

 そうですよね、アキトさん?

 

  ピピピッ!!

 

 その時、私達のコミュニケに同時に通信が入りました。

 その内容は―――ブリッジに集合、との事でした。

 

「呼ばれたみたいですね・・・行きますよリョーコ。」

 

「了解!!」

 

 寝そべっていたベットから跳ね起き、部屋の出口へと向かうリョーコ。

 私もその直ぐ後を付いて行きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「先に一言・・・・次の目的地は火星に決まったよ。」

 

 ブリッジに集まったメインクルーに向けて、アカツキさんがそう発言しました。

 シュン隊長をはじめ、ナオさんやゴートさん、それにプロスさんの姿も見えます。

 エリナさんの隣にレイナが居ることは、少し意外でしたが。

 更にホウメイさんとホウメイガールズの皆さんも来られていました。

 

 勿論、エステバリスライダーもアキトさんとヤマダさんを除いて全員揃っています。

 ―――ただ、ユリカさんとイネスさんの姿だけが見受けられません?

 

 それと何故か白鳥さんとユキナさんも、この場に招かれていました。

 

「でも、どうして火星なの?

 一度、地球に帰った方がいいんじゃない?」

 

 ヒカルさんが首を傾げながら、アカツキさんに質問をします。

 その意見は私も同じです。

 

「そう呑気な事は言ってられ無いんだよね〜

 和平会談に行ってた人はもう知ってるとおもうけど。

 実は火星には、遺跡と呼ばれるボソンジャンプの演算ユニットが眠っているんだ。」

 

「?????」

 

 アカツキさんの話す意味不明な単語に、私達全員が首を傾げます。

 遺跡? 演算ユニット?

 何ですか、それは?

 

「あの時、草壁中将とアキト様が話していた事ですか?

 確かに、火星がどうのこうのと言っていましたが?」

 

 カグヤさんも訳が分からないらしく、不思議そうにアカツキさんの話を聞いています。

 和平会談に参加された本人がこうなのですから、私に理解できなくて不思議じゃないですね。

 

 そんな私達を見て、苦笑をしながらアカツキさんは説明をして下さいました。

 

「正直に言うと、この戦争はこの演算ユニットの独占を賭けた戦いなんだよね。

 木連の草壁中将も、クリムゾンのロバート爺さんも同じ目的の上で手を組んでいたのさ。

 ま、以前はネルガルが独占的に研究をしてたんだけどね。

 全ては来るべきボソンジャンプ大航海時代の為にさ。」

 

「ちょっと待てよ・・・じゃあ何か?

 俺達は利権争いの為に戦争をしてたって言うのかよ!!」

 

 アカツキさんの襟首を掴み、ウリバタケさんが興奮をした口調で叫びます。

 しかし、その事実は余りに衝撃的でした。

 私達は木連の人達の目的は、地球に対する復讐だと信じていたのに・・・

 

「・・・火星の遺跡の存在を、以前からクリムゾンは狙っていた。

 そして、草壁の存在を利用して奪う事を計ったんだ。

 しかし草壁自身、凡将ではなかった。

 だからクリムゾンの真の目的に気が付き、自分がその遺跡を独占する事を考えついた。」

 

 アカツキさんが悲しそうな目でウリバタケさんを見ながら、そう言い募ります。

 そして、ウリバタケさんも少しは落ち着いたのか・・・襟首を掴む手を放しました。

 

「そこから戦争の目的は大きく変わった。

 木連の存在を示し、地球に正義の鉄槌を下す戦いから。

 一人の男が起こした野心が、悲劇を招く引き金になった。」

 

 全員の間に沈黙が落ちます・・・

 余りと言えば余りの事実に、打ちのめされそうです。

 

「そんな・・・馬鹿な!!

 草壁閣下は私心で動くような方ではない!!」

 

 今まで青い顔をして黙って聞いていた白鳥さんが、大声をあげてアカツキさんを責めます。

 

「本心がどうあれ・・・どんな立派な理想を持っているとしても、だ。

 その結果が人々を苦しめている事には変わりがないだろうが。

 そしてその目的の為には、部下の暗殺すら容認する奴を信じる事は出来ないな。」

 

「なっ!!」

 

 白鳥さんの怒声に返事を返したのは・・・アオイさんでした。

 そしてアオイさんはユキナちゃんの隣に立ったまま、冷たい目で白鳥さんを睨んでいました。

 つまり、ユキナちゃんを挟んで二人は睨みあっているのです。

 

 そして―――

 

「目の前で上官を殺され、自分自身には裏切り者の烙印を押され・・・まだ、信じていると言うのか?

 盲信もそこまでいくと滑稽だな。」

 

「貴様!! 知ったような事を!!」

 

 更に侮蔑の言葉を吐くアオイさんに向けて、白鳥さんが拳を振り上げます!!

 しかし、その拳を振り下ろす事は出来ませんでした。

 

「ユキナ!! そこを退け!!」

 

 白鳥さんに怒鳴られても、ユキナちゃんは首を左右に振って拒みます。

 そして涙声になりながら、自分の兄を責めました・・・

 

「・・・お兄ちゃん、間違ってるよ。

 何時ものお兄ちゃんなら、そんな事を言われても笑い飛ばしてるのに!!

 本当はお兄ちゃん自身、疑ってるんでしょ!!

 今ならまだ間に合うじゃない!!

 ナデシコの皆は木星との和平を諦めてない!!

 ここでお兄ちゃんが諦めちゃったら、木星の皆まで死んじゃうかもしれないんだよ!!」

 

 ユキナちゃんのその言葉に、白鳥さんは何も言い返す事が出来ず・・・

 ただ、泣きそうな顔をして下を向いただけでした。

 

「アカツキ・・・そろそろ潮時だろう?

 最早隠し事をしていては事態は収まらない。

 それに皆も納得できないだろう。

 ルリ君、ラピス君、それとマキビ君。

 君達も―――そう思わないか?」

 

 項垂れる白鳥さんを慰めるミナトさんとユキナちゃんを横目に。

 アオイさんは決意を込めた口調で、アカツキさんとルリちゃん達に提案をします。

 

 その口調から、これ以上に重大な発表があるのか、と。

 皆が一斉にアカツキさんに注目をしました。

 

「・・・テンカワ君が動けない今、艦長とイネスさんにしかジャンプは出来ない。

 そして、その為のジャンプフィールド発生装置を至急作成しなければ駄目だ。

 少しでも早く、火星の遺跡を抑えなければこの戦争に僕達は負ける。

 ―――テンカワ君には悪いけど、確かに潮時かもしれないね。」

 

 暫く、目を瞑ってそんな独白をするアカツキさんでした。

 ルリちゃん達も深刻な表情で、何か考え事をしています。

 

「ユリカ達には説明をしたのか?」

 

「簡単に、ね。

 一定の時期に火星で生まれた人間のみが、ボソンジャンプに耐え得る身体を持つ、と。

 ある程度の仮説を組み立てていたイネスさんは、直ぐに納得してくれたよ。

 艦長も、不思議そうな顔をしていたけど取り敢えずは納得してくれた。

 ただ、艦長のナビゲートにイネスさんのイメージングでは・・・多分、火星までのジャンプは無理だ。」

 

 そしてアカツキさんは隣に居るルリちゃんに視線を向けます。

 その視線に頷いて応えるルリちゃん。

 

「・・・単純な精神力の問題でも、お二人ではアキトさんに及びません。

 また、アキトさんには戦艦一隻をジャンプさせる下地があります。

 ですが、いきなりの本番で艦長達にそれを求めるのは酷です。

 ですから、安全策としてジャンプ・フィールドの強化、及びディストーション・フィールドの強化を提案します。」

 

「詳しい説明をしてくれない限り、私もウリバタケさんも動かないわよ。

 いい加減、何も知らされずに使われるのは御免だわ。」

 

 ルリちゃんの説明が終ると同時に、レイナが冷めた口調で反論します。

 この口調は怒っている時のものですね・・・

 

 その後では、ウリバタケさんも頷いていました。

 

 そして、それは私達全員の心情ともいえました。

 もう、真実を知らずに動く事は・・・出来ません。

 例えそれがどれだけ辛い事でも、何も知らずに自分の命を賭ける事は出来ませんから。

 

「・・・長い話になるよ、凄く奇想天外で、そして悲しい。

 それでも聞きたいかい?」

 

 何処までも冷たい、アカツキさんの念の入った言葉に少し怯みつつ・・・

 その場の全員が頷きました。

 

「分かったよ・・・ルリ君。

 ヴァーチャルルームで特訓をしている、艦長とイネスさんを呼んでくれるかい?

 あ、それとヤマダ君もね。」

 

「・・・確かに、説明は一度で充分です、ね。」

 

 こちらも沈んだ表情でユリカさん達に連絡を入れるルリちゃん。

 ラピスちゃんは先程から黙り込んだまま、自分の服の裾を握り締めています。

 ハーリー君も落ち着かない様子で、周りを見回していました。

 

 そして集まるメインクルー達・・・

 ヤマダさんは包帯まみれの姿で現れました。

 しかし、その瞳には強い意志が感じられます。

 

「さて、始めるかな?」

 

 全員が注目をするなか、アカツキさんがその一言を発しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十五話 その5へ続く

 

 

 

 

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