< 時の流れに >
「ウリバタケさん、もし過去に戻れたとしたら・・・何を一番に望みますか?」
「あん、過去に戻る?
・・・さあ、な。
少なくとも後悔するような生き方だけはしてないからな。」
ルリルリの質問を聞いて、首を傾げながらウリバタケさんはそう言った。
私は未だ青い顔の九十九さんの隣で、その二人のやりとりを見ていた。
私は九十九さんの冷たくなった手をそっと握っていた。
信じていた相手に裏切られたショックからは、そう簡単に立ち直れるものではないのだから・・・
ユキナちゃんに関しては、アオイ君に任せよう。
そして私の目の前にいるルリルリはウリバタケさんの答に、少し微笑み話を続けた。
「2198年 9月・・・地球と木連の間で和平が成りました。」
「え?」
突然、ルリルリが放った言葉にその場にいた全員が不思議な顔をする。
今日の日付は・・・2198年の3月の半ばよね?
一瞬、自分の耳が変になったのかと、私は疑ってしまった。
でも、周りの皆の顔を見る限り―――私の聞き間違いではないみたい。
「ちょっと、ルリちゃん?」
「翌年の2199年 3月には旧木連軍と連合軍の一部が合併され、統合軍が作られます。」
メグちゃんの声を無視して、ルリルリの発言は続く―――
「同年 6月10日・・・テンカワ アキト、ミスマル ユリカの両名が結婚。」
ザワッ!!
信じられない内容の発言に、ブリッジ内に大きな動揺がはしる!!
私自身、ルリルリの想いを知るだけに、その発言が信じられなかった。
いえ、それ以前に―――どうしてルリルリは1年先の事を予言しているの?
艦長も自分の未来を予言され、喜んでいいのか驚いていいのか分からないという顔をしている。
「同年 6月19日・・・火星に向けての新婚旅行中、シャトル事故により・・・帰らぬ人となりました。」
その瞬間―――全ての音が消えた。
ルリルリの言葉に反論をしようにも、余りにその表情は深い悲しみ包まれており・・・
私達は冗談でルリルリがこんな事を言ってるのではない事を思い知らされた。
「ここから先は僕が言うよ。
ルリ君には少々厳しいだろう?」
「済みません・・・お願いします。」
続きを話せないルリルリの状態を心配して、アカツキ君が代りに発言を続ける。
「この事故により、二人が戦後引き取っていた養女・・・ホシノ ルリ君は再び一人になる。
そして自分の居場所を探し、連合宇宙軍へと入隊をした。
これが同年 12月の出来事。」
計算通りなら、その時のルリルリの年齢は―――14歳!!
その歳で自立の道を選ぶなんて!!
「その後、地球連合宇宙軍第四艦隊所属 試験戦艦ナデシコBの艦長として就任。
幾多の事件を解決し、功績をあげる。
だが、全ての悲劇は・・・その裏側で着実に進行をしていた。」
予言・・・にしては大掛かり過ぎる。
それに説明をするアカツキ君やルリルリの表情・・・
とても、嘘を吐いてるとは思えない。
では、今話している事は本当に未来に起こる事なの?
でも―――確証は何処にも無いわ?
「ここで和平が成されるまでの簡単な説明をしよう。
それを話さない限り、この先の話を理解する事は出来ないだろうからな。
そう、これはもう一つのテンカワの―――いや、俺達の物語だ。」
そう言って皆の注目を集めたのは・・・アオイ君だった。
ナデシコの出航から始まり。
連合軍を振り切り、地球からの脱出。
そして、ムネタケ提督の反乱と・・・ヤマダ君の死。
全員が包帯だらけの姿で床に座るヤマダ君に視線を合わせた。
動揺をするか、怒りだすかと思っていたヤマダ君は私の予想以上に冷静だった。
いや、その顔を見る限り・・・アオイ君の言葉に納得をしている?
「ああ・・・覚えてるぞ、ジュン。
あの時の事だな?」
「・・・思い出したのか?
なら説明をする手間が省ける、今は黙って聞いていてくれ。」
アオイ君の言葉に黙って頷くヤマダ君。
そこには何時もの元気すぎる彼の姿は無かった。
それにしても、あの時って?
「次にナデシコが向かったのはサツキミドリ・・・」
「ナデシコが到着すると同時に・・・サツキミドリは無人兵器の攻撃により大破。
辛うじてスバル リョーコ、アマノ ヒカル、そして私―――マキ イズミの三名だけが脱出に成功する。
・・・そうよね、アオイ君?」
アオイ君の台詞を遮り、その発言をしたのはイズミちゃんだった。
辺りが騒然とした雰囲気に包まれる。
それはそうだろう、だってサツキミドリは・・・アキト君が消滅させたのだから。
確認をしてきたイズミちゃんに一つ頷き、アオイ君の話は続く。
「・・・その後、火星に無事到着。
イネス=フレサンジュを救出後、フクベ提督の犠牲により火星を脱出。
ここは同じ様な経緯だな。
そして、八ヵ月後の月軌道にボソンジャンプをする。」
フゥ・・・
ここで一息つくアオイ君。
私達は目の前のアオイ君と、厳しい顔つきに変化していくパイロットの人達を見て息苦しさを感じていた。
何か・・・途方も無い事実を私達は聞かされているのかもしれない。
「ここでアカツキとエリナ・・・それにムネタケがナデシコに合流。
地球に帰った後、ナデシコは連合艦隊との共同戦線をはる。
常にギリギリの戦いを強いられながらも、辛うじてナデシコは勝利を勝ち取っていった。」
「辛うじて?
・・・不思議ですね、その時にテンカワさんは居なかったのですか?」
プロスさんが、包帯のまかれた右手で眼鏡を直しながら鋭い声で質問をする。
その時ばかりは全員が揃って頷いた。
勿論、私もだった。
「・・・テンカワはナデシコの出航の時から乗ってるよ。
だけどな、実力は俺やヒカル達の足元にも及ばない。
本当に素人に毛が生えた程度の―――臨時のパイロットだったのさ。」
今度はリョーコちゃんの発言だった。
その青い顔と、震える声には・・・何時もの強気の姿は微塵も感じられなかった。
「当たり前だよな、今まで食堂でコックをしていた奴がよ・・・
いきなり戦争で人が足りないって理由で。
IFSを持っているってだけで、戦場に駆り出されたんだぜ?
それも・・・これも!!」
「リョーコ君、その先はまだ早いよ。
順に説明をしていかないと・・・皆には分かってもらえないさ。
僕達とは違って、『体験』をしていないんだからさ。」
「・・・そう、だな。」
激昂をしかかっていたリョーコちゃんを、アカツキ君が言葉で抑える。
そして大人しく言葉に従うリョーコちゃん。
リョーコちゃんが発する怒気は、芝居とは思えないもので・・・
この話が、真実なんだと強く私に訴えていた。
「テンカワは弱かった。
それが事実だ。
だが、何とかナデシコは勝っていけた。
テニシアン島の巨大な無人兵器にも勝った。
ナナフシにも苦戦しながらも勝った。
オモイカネの反乱も乗り越えた。
そして―――」
視線をアリサちゃんに向けるアオイ君。
その視線を受けたアリサちゃんは静かに頷いた。
「当然、そんな新兵とも呼べないアキトさんが最前線に一人で派遣される事も無く。
私や姉さん、それにレイナやシュン隊長と出会う事も無かった。
それはナオさんにも言える事。」
「アリサ・・・貴方何を知っているの?」
突然のアリサちゃんの発言に、驚いて詰問するサラちゃん。
そんなサラちゃんを悲しそうな目で見ながら、アリサちゃんは首を左右に振る。
ポニーテールにした銀髪が左右に舞い、痛いほどの静けさだけが残った。
「メティス=テアは本来ならば死ぬはずが無かった。
その父親も含めて。
そして、ヤガミ ナオとミリア=テアが出会う事も。
それはそうだろうな、全ての流れの中心に居たテンカワが西欧方面軍に居なかったんだから。」
固まったままのハーテッド姉妹に向けて、アオイ君が冷酷な声でそう宣言した。
もう一つの歴史・・・
そうアオイ君たちが語っているのは、本当の意味で―――もう一つの歴史だった。
「当然、その間にもナデシコは転戦を続ける。
素人同然のアキト君も死にたくない一心から、実力以上の結果を出して戦い抜いた。
・・・そうだったよね、アオイ君?」
「そうだ、そして同年の12月24日・・・覚えているだろう白鳥 九十九?
お前とテンカワが初めて戦った日だ。」
ヒカルちゃんの言葉を肯定しつつ、九十九さんにそう尋ねるアオイ君。
一瞬、身体を震わせた後、九十九さんが頷く。
「ああ、忘れるものか・・・
一瞬にしてダイマジンを無力化され。
なおかつ月臣を伴って月まで空間跳躍を使ったのだからな。」
「もうひとつの歴史は違う、テンカワはこの時・・・メグミ レイナードと一緒にナデシコから降りていた。
お前達がネルガルの研究していたチューリップから奇襲を仕掛けた時にな。」
「え、わ、私と?」
喜んでいいのか、驚いていいのか・・・分からないという表情で自分を指差すメグミちゃんだった。
「テンカワさんは何時も自分に問い掛けていました、自分の居場所を捜していました。
・・・自分が出来る事を必死に考えていました。
だからこそ、エリナさんの言葉を信じ。
自分にしか出来ない事―――ボソンジャンプにより、自爆をしようとしていた兵器と一緒に跳んだのです。」
今度はイツキちゃんがその後を続けます。
そして、暗い表情でさらにその先を続ける。
「この時、木連の方が使われた短距離ボソンジャンプに巻き込まれ。
私は『消滅』したらしいです。」
自分の死を告げる発言に、私は目を見開いてイツキちゃんを見る!!
隣にいた九十九さんも、驚愕の目でイツキちゃんを見ていた!!
「ジャンパー処理・・・
つまり、遺伝子処理をされていない人間がジャンプに耐えられない事はご存知ですよね?」
そう言って九十九さんに確認をするイツキちゃん。
「あ、ああ・・・
我々も・・・数え切れない程の犠牲を払ってきたから、な。
それだけの犠牲の元、我々は人体での空間跳躍を手に入れた。
彼等の為にも、悲願達成をしなければいけないと・・・常々、教えられてきたんだ。」
最後のほうは小声になりながら、呟くように話をする九十九さん。
その背中は・・・悲しいほどに小さくなっていた。
多分、その発言をしていたのは―――草壁中将なんだろう。
「何はともあれ・・・テンカワはその後もナデシコで戦い続けた。
白鳥 九十九のナデシコからの脱走もあった。
形は違えどムネタケ提督の暴走もな。
そして、木連の無人兵器によるIFS所持者の記憶の共有化という罠が仕掛けられた。」
「・・・なるほどね、思い出してきたわ。
出来る事なら、ずっと忘れていたかったけどね。」
イネスさんが暗い声で発言する。
その表情も、今まで見た事がないくらいに厳しかった・・・
「前回はああなったけど、今回は更に酷かったわね。
でも、つくづく・・・不憫よね・・・アキト君も。」
「その後、白鳥 ユキナがナデシコに潜入。
ネルガルがテンカワの両親を殺した事を知り、同じく処理されそうになったユキナと共にナデシコを脱出する。
そして一ヶ月の間、地球に潜伏する。」
九十九さんが鋭い目でアカツキ君を睨む!!
その視線に対して、アカツキ君は無言で耐えていた。
「しかし、連合軍に見張られながらもマスターキーを奪取したクルー達は、再びナデシコに乗り込む。
そして今回と同じく、和平会談に臨み・・・」
一旦、間をおき九十九さんを睨むアオイ君。
「邪魔者と草壁中将に判断された白鳥 九十九は、月臣 元一郎の手によって殺害された。」
「嘘だ!!」
悲痛な九十九さんの叫びが、ブリッジに響き渡った・・・
ユキナちゃんも青い顔をしながら、九十九さんの服の裾を握り締めていた。
「・・・ここまでの話で気づいた事はあるか?
ある法則が成り立っているだろう?」
「な、何よそれ?」
アオイ君のその問い掛けに、レイナちゃんが震える声で尋ねる。
「ヤマダさんの死は・・・メティス=テアさんに。
サツキミドリの人達は・・・カズシ補佐官に。
そして白鳥さんの死は・・・東 舞歌さんによって補われています。」
ルリルリが感情を伺わせない平坦な声で答を教えてくれた。
滑稽に聞えて・・・それでも説得力を感じてしまう内容の・・・仮説、だろうか?
メティス=テアとカズシさんの名前を聞いて、壁際にいたヤガミさんの身体が少しだけ揺れるのが見えた。
「俺は・・・俺は死ぬべき運命だったのか?
なのに、何故舞歌様を犠牲にしてまで生き延びた!!
どうしてこんな事になってしまったんだ・・・木連は!!」
「話は続くぞ、ここまでが俺達の現在ともう一つの『歴史』の差だ。
そして、この先からが・・・始めに語った『未来』へと続く。」
九十九さんの落ち込む姿など目に入らない様子で、アオイ君は話を続ける。
その態度に、私の中で言い知れない怒りが湧いてくる!!
「ちょっとアオイ君!! 何もここまで九十九さんを追い込まなくてもいいじゃない!!」
「追い込む?
それは違うな、白鳥は自分が不幸だと浸っているだけだ。
現状を呪う事で、真実から目を逸らそうとしている。
・・・俺の知っているテンカワの過去に比べれば、まだまだ甘い。」
私の怒りの声は、更に冷たさを増した声に弾き返された。
「ここから先は詳しい事はホシノ ルリしか知らない。
だから一部の事だけ掻い摘んで話そう。」
「もう・・・いいよ、ジュン君。
私も、全部思い出したから。
私が・・・話す。
ジュン君だけが、悪役を演じる事無いよ。」
何時もの笑顔からは想像も出来ない顔で・・・艦長は笑っていた。
悲しさを押し殺した笑顔で・・・
そして―――
「未来の世界で・・・アキトと私は『火星の後継者』を名乗る人達に、人体実験をされてました。」
普段は聞きなれない言葉・・・
忌々しい感情しか呼び起こせない、その単語・・・
そして、淡々とその言葉を連ねる艦長・・・
現実が・・・音をたてて崩壊していくようだった。
「私は意識を奪われて遺跡とリンクされ、ずっと夢を見せられていたそうです。
その間アキトは・・・過剰なナノマシンの投与により、五感を奪われて半死半生の状態でした。」
「それって!! 味覚も・・・なの?」
エリナさんが震える声で艦長に尋ねる・・・
私も真っ先に思い浮かんだのが、その事だった。
「・・・そうです。
アキトは料理人の道を断たれ、残りの寿命も僅か数年となっていました。
同時にネルガルのシークレットサービスに助けられていた、ラピスちゃんとリンクする事により。
五感をある程度取り戻せても、味覚だけは駄目でした。
そして、アキトの復讐が始った。」
「艦長の同化した遺跡が隠されていると思われるコロニー・・・
一つ一つを落としていったんだよな?」
何時の間にか、私の隣に来ていたナオさんが艦長にそう尋ねます。
その問に対して無言で頷く艦長・・・
「その時、アキトに木連式柔を叩き込んだのが・・・月臣 元一郎だった。
射撃その他の諜報戦は、ゴートさん。
復讐に獲り付かれたアキトの成長速度は、尋常じゃなかった。」
未だ項垂れていた九十九さんだったけど、月臣さんの名前を聞いて顔を上げる。
「5つのコロニーを落とし・・・数万人を殺した復讐鬼。
それが、アキトのもうひとつの姿。
そして『火星の後継者』を名乗る人達の代表は・・・」
「・・・草壁閣下、か。
そこまでして、勝ち得なければいけないモノなのか空間跳躍は?
どうして、そこまで・・・」
「最終的に艦長・・・ユリカさんは助けられました。
しかし、無茶な実験により残された寿命はやはり数年ほどしか有りませんでした。
そしてユリカさんを助け出した時、アキトさんはその場から姿を消しました。
既に血に塗れた自分には、ユリカさんと会う資格は無いと考えられたのです。
私は・・・ユリカさんに、アキトさんと一目会わせたいと考え・・・いえ、私自身がアキトさんを求めて・・・
ですがある時、ジャンプ事故により私達は精神だけが5年前に戻ってしまいました。」
ルリルリの最後の説明を聞き・・・
今までの衝撃で痺れたような感じの頭に、再び衝撃が走る!!
「私、肉体年齢は13歳ですが。
精神年齢は18歳です。」
「う、嘘だろ?」
ウリバタケさんが引き攣った笑い顔で確認をする。
それは私も同意見だった。
「ちなみに、ラピスとハーリー君は13歳。
アキトさんは25歳です。
それと木連におられる三郎太さんも、その時のジャンプ事故で未来から来た一人です。」
「な!! 三郎太が!!
・・・確かに、急に人が変わった様な感じがしていたが。
そうか・・・あいつは木連の最後を・・・見届けていたのか。」
最早叫ぶ力も無く、ただただ項垂れる九十九さんに。
私は、何も言葉を掛ける事は出来なかった・・・
それに私自身、一度にこれだけの衝撃的な話を聞いて軽いパニックに陥りかけていた。
「でもそれなら・・・確かにあの技術を提供できた事が説明出来るな。
本当に、ルリルリ達は・・・」
「ええ、未来から跳んできました―――精神だけですが。
ウリバタケさんやレイナさん、それにイネスさんに提供したデータは、私やラピスが記憶していたものです。」
遂に明かされた真実を前に、最早私達は何も言う事は出来なかった。
ただ・・・アキト君があれだけ必死に戦う理由は嫌でも分かってしまった。
未来に待ち構えている悲劇を回避するために。
我が身を削る思いで戦っていたのだ。
・・・こんな状態にまで追い込まれなければ、私達は未来の話なんて信じられなかっただろう。
そして、アキト君の過去を経験したという艦長達の援護がなければ。
きっとルリルリ達と一緒に悩んで、苦しんで今までの戦いを勝ち抜いてきたんだ。
私達はその戦いを傍目に見て、ただ凄い凄いと感心していただけだった。
その力を得た経緯が、どれだけの悲哀と後悔に包まれたものなのか・・・考えもしなかったのだから。
医療室で眠る少年・・・いや青年に、私は改めて畏敬の念を覚えた。