< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズシャァ・・・

 

                                               ズン!!

 

 お互いに間合いをとり、火星の大地に着地する俺達。

 既に俺には・・・目の前の漆黒の機体しか見えていない。

 

 ナデシコの周囲を守る他の機体には、毛ほどの興味も湧かなかった。

 

『・・・』

 

「・・・」

 

 アイツの機体との通信は繋がっている。

 だが俺から話し掛ける言葉は無く。

 アイツからも話し掛けてくる事はなかった。

 

 俺は―――何処までお前を信じられる?

 

 

 

 

 

 

 今回の事でつくづく思い知った事。

 それは俺は確たる自分の考えを持っていない事だ。

 幼少時には山崎と親父にいいように操られ。

 今までは舞歌の判断に不承不承・・・という感じで従っていた。

 

 約半月もの間、俺は傷の治療に専念しつつ考え事をしていた。

 アイツが最後まで俺に反撃をしなかった理由を。

 エルの最後の言葉の意味を・・・

 今までの俺の人生を。

 

 そして、俺の中にいるというあの女の意思が消えている事を。

 

 俺は何がしたかったのか?

 何になりたかったのか?

 何が・・・出来るのか?

 

 木連でも最強の実力を持ち、一個艦隊をすら壊滅できる。

 ―――だが、それがどうした?

 戦争が無くなれば、俺の存在など無用の長物だろう。

 ダリアも整備がなければ何時かは壊れる。

 そして身一つになれば、俺も何時かは狩られる。

 

 舞歌は常々俺に忠告をしていた・・・

 

『自分の意志で生きる道を探しなさい。』

 

 始めは、軽く笑って無視をしていた。

 戦いに喜びと生きがいを持つ俺には、世迷言にしか聞えなかったからだ。

 だが、舞歌が死んだ今・・・その言葉が重くのしかかる。

 

 何故、俺は草壁や氷室の命令に従っている?

 

 ―――理由は簡単だ、戦う事以外に俺に出来る事は無いからだ。

 

 そして唯一、アイツだけが俺の全てを受け止めてくれた。

 戦いの中で様々なモノを俺に与えてくれた。

 こんな考えを持つようになったのも、アイツと戦いだしてからだ。

 今までは、まるで操られたように戦う事だけに執着をしていた。

 

 いや、事実操られていたんだろうな・・・

 

 そして、俺は今―――

 

 自分の存在を賭けてこの場に居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・どうした、あのサツキミドリを落とした形態にならないのか?」

 

  ビュゥゥゥゥゥゥンンン!! 

 

 隙を見せずにDFSを構えながら、俺は初めてアイツに話し掛けた。

 

 勿論、サツキミドリを落とした時の状態・・・あれはブローディアの奥の手だろう。

 その巨大すぎる力を知り、木連は揺れた。

 俺も最初の一撃に続く、八匹の竜の乱舞に驚きを隠せなかった。

 機体の性能差が明確だった。

 ・・・最初からあの状態で挑まれれば、俺とて互角に戦うのは無理だろう。

 

 だが、目前のブローディアは何時もの状態を維持していた。

 まるで、互角の条件で戦う事を望んでいるかのように。

 

『・・・舞歌さんを殺した犯人は誰だと思う?』

 

 ひどく、その声が懐かしく感じた。

 その事に対して苦笑をしつつ、俺は覚悟を決める。

 

「・・・草壁の発表では貴様。

 真実は―――もう、どうでも良い事だ。

 既に舞歌は亡く、俺の前にはお前がいる。

 火星が、お互いに譲れぬ最終決戦の場なのだろう?

 なら、俺に出来る事は―――『敵』を倒す事のみ!!」

 

    ドン!!

 

 宣戦布告をしながら加速に入る!!

 

 俺は戦う事で全てを掴んできた!!

 その生き方だけはそう簡単に変えられん!!

 ならば―――アキト!! 俺の問いに応えて見せろ!!

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   バシュゥゥゥゥゥゥンン!!

 

                                  ギン!!

 

 DFSの放つ真紅の刃が踊り。

 二つの刃が触れ合うたびに、強烈な振動が操縦席を襲う。    

 

 何時も感じる戦闘中の恍惚感に浸りながらも、俺はもどかしさを覚えていた。

 そう、以前の様に集中が出来ていない。

 ―――何故なんだ!!

 

『動きに生彩が無いな、北斗。

 傷が癒えきらなかったか?』 

 

 突き出された刃を背後に跳び退くことで避ける。

 だが目の前のフィールドには、一瞬DFSの刃が接触した事を示す光が走っていた。

 俺の反応が遅れている・・・のか?

 

 そんな筈は無い!! 体調は万全のはずだ!!

 

「無駄口を叩く暇があるのか!!」

 

 驚愕に眉を潜めつつ、俺は自分に気合を入れなおす!!

 

「はぁぁっ!!」

 

 飛び込みつつ、ブローディアの腰を薙ぐように切り付ける!!

 しかし、その攻撃を紙一重で避けられる!!

 そのまま流れるように間合いを詰め、フィールドに包まれた左拳を繰り出す!!

 

      ガシィィィ!!

 

 その攻撃も、ブローディアの掌に阻まれる!!

 現在のお互いの距離は殆どゼロ!!

 

「行け!! 『四陣』!!」

 

                  ドドドドン!!

 

 近距離から展開されたフィールドに弾かれない様に、ブローディアが素早く後退する。

 その動きに合わせて、俺は前進をしながらDFSで斬りつける!!

 

   ギュラララララララララ!!

 

 その瞬間、横手からフェザーの大群が俺を襲い―――

 一瞬だが視界を塞がれてしまった。

 

「くっ、小細工を!!」

 

 そう吐き捨てながらも、前進を止めて防御の姿勢を取る。

 『四陣』の強固な結界のお陰で、フェザーの攻撃は防げるが・・・

 ブローディア本体のDFSの一撃は問題外だ。

 ・・・ここは慎重に行くべきだろう。

 

『らしくないな・・・北斗』

 

「何だと!!」

 

 

通信から聞えてきたその台詞に思わず怒鳴り返す!!

 しかし、ブローディアからの返事は更に辛辣だった。

 

『何に気を取られているのかは知らんが・・・

 隙が―――多い。』

 

    ザシュッ!!

 

 ダリアの横を駆け抜けざまに繰り出された一撃!!

 その一撃は『四陣』のフィールドを貫き、ダリアに傷を負わせていた!!

 

 俺にはそのブローディアの動きは見えていた。

 避けられると確信していた。

 なのに、反応が遅れた・・・

 

『半瞬、動きが遅れている。

 手加減をしているつもりか?

 いや違うな・・・お前自身が躊躇っているのか?』

 

 

 

「・・っ!! 戯言を言うな!!」

 

 

 

 俺はブローディアに向けて襲い掛かる!!

 防御をするならば、その防御ごと粉砕してやる!!

 避け続けるならば、その動きが止まるまで追い続けてやる!!

 

 訳の分からない焦慮に突き動かされるままに、俺はブローディアを攻め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ・・・」

 

 ・・・実際には短い時間の攻防だったのだろう。

 ダリアは地面を盛大に削り取り、大地に倒れていた。

 攻め続ける俺に対して、ブローディアの反撃は一撃―――

 

 そう、その一撃により俺は弾き飛ばされたのだ!!

 

「何故だ!! 何故こんなにも容易く、この俺が!!」

 

  ガン!!

 

 苛つく気持ちを持て余しながら、俺は操縦席でうめく・・・

 確かに幾度かはブローディアの装甲を削り取った。

 しかし、それだけでは致命傷にはならない。

 それにブローディアの一撃を受けたダリアは、ダメージ的には五分五分だろう。

 別にブローディアが手加減をしてる訳では無い。

 今も互角に戦っている。

 

 だが・・・このままでは負ける。

 

 俺は本能的に未来の敗北を察した。

 

 何かが足りない。

 そう、何時もの俺とは違い、何かが足りなかった。

 

   バウゥゥゥゥンン!!

 

                ダン!!

 

 背中のスラスターを吹かせ、ダリアを立ち上がらせつつ俺は必死に考える。

 一体、何が足りないのかを。

 

 その時―――

 

   リィィィィィィンン・・・

                             リィィィィィィンン・・・

 

 まるで焦る俺を慰めるように、身に付けた『四陣』の端末が鳴り出す。

 その澄んだ音に、少しは苛付きを抑えられる。

 そして、人工知能にまで心配される自分の現状に苦笑をした。

 

「お前達にまで心配されるようでは・・・俺もまだまだだな。」

 

 目の前に迫るブローディアを見据えながら、俺は構えを取り。

 

 

 

 ―――そして、唐突に気付いた。

 

 

 

 ―――今の俺に足りないモノに。

 

 

 

 ―――何時も・・・戦闘中にさえ煩く話し掛けて来る、あの声がない事に。

 

 

 

 ―――時に俺を励まし、叱りつけ、泣いている、あの声の主の不在を。

 

 

 

 しかし、それは・・・

 

 

「もしかして俺は、アイツの事を認めていたと言うのか?

 いや、そんな事は無い!!

 アイツは俺の影だ!!

 俺の自由を奪う、敵なんだ!!」

 

 否定する言葉を吐きながら、俺は最後の切り札へと手を伸ばす。

 そして解除スイッチを入れつつ、無言で佇むブローディアに向けて叫ぶ!!

 

「テンカワ アキト!!

 馴れ合いは終わりだ、これが最後の一撃だ・・・『羅刹招来』!!」

 

 

   ギュオォォォォォォォォォォォンンンンン!!

 

 

 

 火星の大地を抉り取りながら。

 ダリアは2対の光翼を纏った、真紅の羅刹へと変じていった。

 

 

 

 

 

 

 対峙するブローディアも、身に纏うディストーション・フィールドを急激に膨張させながら・・・

 

   シャラララララララ・・・

 

 DFSにフェザーを次々と飲み込んでいく。

 そして形成される真紅の剣は・・・以前見たモノとは違い、『大剣』と呼んで良い代物だった。

 その刀身だけで既にブローディアの全長を超えている。

 

「・・・まさに、一撃必殺か。

 己の防御すら捨て去るとはな。」

 

 身を守るべきフェザーを全て『大剣』に費やしたブローディアに、次の防御は考えられない。

 それは次の攻撃が、生半可なものでない事を俺に予想させるには充分だった。

 

 何時もの様に高揚する心の片隅で、何かポッカリと穴が開いている。

 分かっている、気付いてしまった時から・・・そこに嵌る存在の事を。

 だが、認める事だけは出来ない!!

 

   ブン!!

 

 背丈を越える程の『大剣』を軽々と振り回し、背中に担ぐ格好で構えるブローディア。

 その一撃の威力は、凄まじいモノになるだろう。

 だが、俺もそう簡単に負けるつもりは無い!!

 

     ゴォォォォォォォォ・・・

 

 DFSにありったけの力を込めながら、俺とブローディアは睨み合っていた。

 お互いの機体には数え切れない傷が刻まれ。

 所々では火花も散っている。

 

『一つ聞きたい・・・枝織ちゃんも、俺の事を疑っているのか?』

 

「・・・アイツは、俺の中にはもう居ない!!」

 

  ドン!!

 

 アキトからの問い掛けに答えながら、俺は下段に構えたDFSを逆袈裟に振り切る!!

 それに対してアキトは踏み込みながら上段の一撃を放つ!!

 

 

    バチバチバチ!!

 

 

「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

『枝織ちゃんが消えるはずが無いだろう!!

 彼女は北斗のもう一つの姿だろうが!!』

 

「黙れ!! 黙れ!! 黙れ!!!!!」

 

 大剣の威力に押され、片膝をつきながらも俺は怒鳴っていた。

 正鵠を射た意見に憤った。

 それを認められない、自分の矮小さに怒った。

 だが、何よりも・・・自分がつくづく不完全な存在なんだと、身に染みて分かってしまった。

 

『ナデシコの皆は俺の秘密を知っても、俺を受け入れた!!

 その皆の想いを裏切らない為にも、俺は最早迷わん!!

 北斗!! 意地を張っているだけでは先には進めんぞ!!』

 

 更に機体に掛るブレッシャーが増大する!!

 地面にめり込む矢先から、周囲に放出される衝撃波でクレーターが発生する!!

 際限無く周囲を抉り取り続ける俺とアキトの攻撃により。

 既に半径数キロは飛び交う衝撃波により、更地へと変わっていた。

 

「だから・・・どうした!!

 俺は一人だ!!

 今までもそうだった!!

 この先もそれが変わる事は無い!!」

 

 ありったけの力を込めて叫び、ダリアを立ち上がらせようと奮闘する!!

 だが、現状を維持するのが精一杯で少しも状況は改善されなかった。

 

『・・・一人を恐がっているのは、枝織ちゃんも北斗も一緒だろうが!!』

 

 

   ドゴォォォォォォォオオオオオオオ!!!!

 

 

 アキトが一喝すると同時に、大剣から放たれるプレッシャーが増大する!!

 勢い良く抉り取られた大地が、そのまま上方に吹き飛びクレーターの半径が更に広がっていく!!

 

 くっ・・・負けるのか?

 俺はとうとう、アキトに負けてしまうのか?

 このまま、一人で・・・

 

 戦艦では零夜が叫んでいるだろう。

 だが、俺の耳にはその叫びは届かん。

 舞歌がいれば、俺を叱咤しただろう。

 しかし、その舞歌は既に亡き者だ。

 優華部隊が居れば俺を助けようとしただろうか?

 それも、最早―――

 

『―――頑張れ』

 

 ・・・幻聴、か?

 

『―――頑張れ、北ちゃん!!』

 

 いや、違う!! これは―――

 

『頑張れ北ちゃん!! 意地悪するアー君なんか吹き飛ばしちゃえ!!』

 

「お前は!!」

 

 懐かしくすら感じるその声に、俺は思わず叫んでいた。

 この十年もの間、常に俺の側にあった存在・・・それが俺を応援していた。

 

『枝織は何時も見てきたもん、北ちゃんの頑張るところを!!

 大丈夫!! アー君も強いけど北ちゃんは負けない!!

 だって、私達は何時も一緒だったじゃない!!

 枝織が保証するよ!!』

 

 

 

 

 空白が埋まった。

 

 

 

 俺は一人ではなかった。

 

 

 

 一番理解してくれる存在は、常に側にあった。

 

 

 

 そう、俺とアイツは―――

 

 

 

 

「見ていろ!! 枝織!!

 俺の本当の実力をアキトの奴に見せてやる!!」

 

『そうこなくっちゃ!!

 頑張れ北ちゃん!!』

 

 

 この時、俺は初めて枝織の名前を呼んだ。

 エルは言った、女を否定しても無駄だと―――

 俺は枝織の存在に、自分の女としての部分を見せ付けられ否定をしていた。

 だが、それは間違い無く俺の一面の一つであり。

 自分を否定している事にしかならなかったのだ。

 

 無論、直ぐに受け入れる事は出来ないだろう。

 だが、少なくとも以前よりは意地を張らずに枝織と付き合っていける。

 その存在の大切さを、俺は気が付いてしまったのだから―――

 

「アキト!! まだまだ俺は負けんぞ!!」

 

 

   グォォォォォォォォォォ!!!

 

 

 俺の気勢に反応したように、ダリアが吠える!!

 徐々に膝が持ち上がり、大剣をジリジリと押し返していく!!

 俺の顔には―――何時もの戦闘時に見られる微笑があった!!

 

『そうこなくてはな・・・北斗!!』

 

 

 

『「お、おあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」』

 

 

 

 上空と周辺に恐ろしい威力の余波を発しながら、俺とアキトの力比べは続いた。

 お互いの魂と魂をぶつけて。

 歓喜に包まれる自分を感じ取りながら。

 

 何時までも―――

 

 

 

 

 

 

 

  オォォォォォォォンンンンンン―――

 

 

 深いクレーターの底で・・・俺は目覚めた。

 意識を失っていたのは、ほんの一瞬だろう。

 周囲を見回せば、ダリアの背後には縦一直線に刻まれた深い亀裂・・・

 そして、そのダリアに肩を貸して歩くブローディアの背後では、クレーターの上部が盛大に吹き飛んでいた。

 

 お互い、最後の一撃を避けられたみたいだな。

 いや、自分から外した―――か。

 

「ふふふふふ・・・」

 

『気が付いたのか、北斗?』

 

 俺の笑い声に反応して、アキトの奴が話し掛けてくる。

 

「・・・今回は俺の負けだ。

 それも一対一で初めての負けだ。

 これは結構な屈辱だな、おい?

 ―――次は・・・負けんぞ。」

 

『ふっ、何時でも掛って来い。

 それより今からナデシコに向かって飛ぶぞ?』

 

「好きにしろ、今日のところは敗残兵だからな。

 捕虜の扱いはお前に任せる。」

 

『・・・俺、軍人じゃないんだけどな。』

 

 俺の返事を聞いて苦笑をしながらブローディアは飛び立った。

 先程試してみたのだが、相転移エンジンを壊したダリアは動けないみたいだ。

 まあ、ナデシコの中でも俺を傷つける事が出来るのはアキトだけだ。

 

 ・・・それに今の俺には心強い奴も居る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「枝織、お前は舞歌の事をどう思う?」

 

『分かんない・・・だけど、やっぱりアー君じゃないと思う。

 枝織や北ちゃんの為に、ここまで頑張ってくれたんだもん。』

 

「そう・・・だよな。」

 

 ならば、やはり―――

 

 どうやら、俺の次のターゲットは決まったみたいだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

「色々な事があった・・・

 沢山の人達に支えられ。

 幾人もの犠牲を生み。

 傷付き泣き叫びながら、俺はここまで辿り付けたんだ。

 だからこそ、この言葉を皆に贈るよ―――

 次回、時の流れに 第二十六話 『いつか逢う貴方のために』・・・贈る言葉」

 

 

 

 

 

第二十六話へ続く

 

 

 

 

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