< 時の流れに >
「しかし、良く生き残れたものですな〜」
「・・・プロス君、それって僕に対するあて付けかな?」
私の言葉を聞いて、会長が白い目で睨み付けてきます。
なんとも心外ですが、御自分でもリタイヤが早すぎたと思っておられるのでしょう。
しかし、今回は相手が相手でしたからね。
別段、会長を責める人はおられないと思いますが。
そんな事を考えながら、私は食堂で休憩をしているエステバリス隊の皆さんを眺めます。
皆さん、話す元気も残っていないのか、何時もからは考えられないほど無口な状態です。
ホウメイガールズも、心配そうにその様子を伺ってられます。
「最後にフルバーストを使った一斉攻撃で、六連という敵機を全て破壊できました。
しかし、ここで油断をするわけにはいきません。
優華部隊の方達は舞歌殿の旗艦に戻られましたし。
後は無事にナデシコが遺跡を積み込み、逃げるだけですな。」
そういえば、会長を連れて帰ってきてくれた千沙さんも、何時の間にかお帰りになった。
・・・白鳥兄妹は、見事に置き去りにされてますが。
いやはや、女性は怖い。
あ、それと千沙さんが意外な人物も一緒に運んで下さったんですよね。
流石にあの時は私も驚きましたよ。
「・・・アキトさんは、無事なのですか?」
アリサさんが深い疲労を感じさせる声で私に聞いてきます。
その質問を耳にしたその場の全員が、一斉に私に視線を向けてきます。
やはり、一番気に掛かる情報なのでしょうね。
「現在はブローディアに乗って、遺跡の運搬に向かわれましたよ。
何しろ、テンカワさんとDの戦いの余波で、地面が亀裂だらけでしたからね。
普通の運搬方法では時間が掛かるそうなので。
エステバリスでも使わなければ、とても運搬が出来ない状態なのです。」
「運搬って・・・テンカワさん自身、かなりの大怪我をされていたのでは?」
意外に丈夫なイツキさんが、おにぎりを食べる手を止めて質問をされます。
確かに大怪我をされていましたが、現状では時間の余裕は殆どありませんからね。
使える者は親でも使う、ですね。
「怪我で全く動けない状態・・・ではありませんからね。
それに、テンカワさんにしかブローディアは動かせませんし。
ブロス君とディア君に任せて、遺跡を損傷されては冗談で済みませんから。」
いや、本当に・・・冗談で壊しそうだから怖いんですよ、あの二人は。
「・・・そりゃ、そうだ。」
こちらも比較的元気なヤマダさんが、飲み物を飲みながら相槌をうちます。
「でも、私達のエステは当分動かせないね〜」
「あれだけ長時間戦って・・・
あれだけの数の敵と戦って・・・
無事に帰ってこれただけ有難いと思わないと。」
ヒカルさんとイズミさんがそんな会話をされています。
確かに皆さんのエステバリスは動けない状態になっています。
しかし、余程の事態に陥らない限り・・・皆さんの出番は有り得ないでしょうが。
「・・・で、なんでお前が食堂に居るんだ?」
「腹が減ってたので、医療室の主に聞いたらここを紹介された。
それだけの事だ。」
少し離れたテーブルでうどんを食べている北斗さんに、リョーコさんが問い掛けます。
流石に喧嘩口調ではありませんが、本当に不思議そうですね。
まあ、私もかなり不思議ですけど。
ちなみに、うどんの料金は何故かテンカワさんのカードから、支払われていました。
・・・何処で手に入れられたのでしょうか?
でも、今回の戦いでは共闘をした関係ですし。
無下には扱えないのですよね〜
それ以前に、テンカワさん以外にこの人を止める事が出来る人は居ませんよね。
「しかし、良く食べるね〜
そんなにお腹が空いてたのかい?」
「・・・昴気を大量に使うと、特にな。
どちらにしろ、今の俺には何もする事が無い。
ならば体力の回復に努めるしかなかろう。」
ホウメイさんの問い掛けに、そう応えながら。
たいらげたうどんの鉢を返し、そのまま次のメニューを見る北斗さん。
その場にいた全員が、その食欲に呆れた顔をしています。
勿論、支払いは全部テンカワさんです。
まあ、普段からあまり給料を使われていませんから、金銭的な問題は無いと思いますが。
整備班は遺跡の積み込むスペース作りや、エステバリスの修理に大忙し。
ブリッジは戦況の監視に、今後のジャンププランにと、こちらも大忙しです。
私は取り合えず現状では仕事が無いので、会長達の様子を見に来たのでした。
しかし、ナデシコが到着した時・・・遺跡最下層は凄い状態でした。
周囲を見ただけで、テンカワさんとDの戦闘の凄さが伺えます。
初めて見た時は、一同呆然としてましたからね。
よく、遺跡の演算ユニットが無事だったものですよ。
「なかなか、皆良い顔をするようになったじゃないか。」
「そうですね。
失ったモノも沢山ありましたが、得たモノも沢山あります。
今後訪れる和平に、皆さんの活躍を期待しましょうか。」
嬉しそうに笑いながら話し掛けてきたホウメイさんに、私はそう応えます。
苦しかった事、辛かった事を数え上げればきりが無いでしょう。
ですが、今私達は最大の山場を越え・・・一人も欠ける事無くこの場に揃っています。
後は無事に火星を脱出し―――
舞歌殿からの連絡では、木連自体は和平を望む意向になったそうです。
後は、カグヤさんのお仕事となりますね。
まあ、これでやっと私も肩の荷が降ろせそうですよ。
和平が成れば・・・
まず、テンカワさんは女性関係の清算ですな。
あの女傑達との関係にどう決着をつけるのか、実に楽しみですね。
当分、三面記事を騒がせそうですが。
・・・せめて、ネルガルには被害を及ばさないようにしてくださいよ。
相談位なら、私も聞いてさしあげますが。
ついでに、ゴートさんをアレな病院に放り込まないと駄目ですね。
戦時中は忙しくて、治療の暇を作れませんでしたが。
結局、最後まであの状態のままでしたね〜
時間が経てば立ち直ると思っていたのですが。
甘い考えでした。
・・・北斗さんはどうしましょうか?
連れて帰ったとしても、後が大変ですし。
かといって、舞歌殿の旗艦に送り届けるだけの余裕はナデシコにはありません。
う〜ん、困ったものです。
「私がいなくても全然問題は無かった訳だな。」
そう言って、ある人物がお茶を飲まれます。
「そうでも無いですよ、結構皆さん落ち込んでいたんですから。
フクベ提督の帰還を、皆さん喜んでられますよ。」
そう、千沙さんが連れて来られた人物・・・それがフクベ提督でした。
火星でナデシコをチューリップに誘導する為に、クロッカスに残った方です。
しかし、今まで捕虜として木連の火星侵攻軍に捕まっておられたそうです。
その事を知った舞歌殿が、その身柄を引き受け。
そして千沙さんに命じて、ナデシコに無事帰ってこられました。
「それは有難い事だな。
あんな勝手な行動をした私を許してくれるとは。
・・・しかし、何時の間にかクルーの数が増えたものだな。
特に女性クルーが。」
「あはははははは・・・」
笑う以外何も出来ないでしょう、この話題に関しては。
最大の元凶と呼べる人物が、一番現状を理解されていないのですが。
「しかし、私も驚いたよ。
提督を見た時はさ!!」
ホウメイさんも私達の会話に参加してこられました。
「ふぉっふぉっふぉっ・・・今のナデシコには立派な提督がいる。
私は過去の遺物みたいなものよ。」
「私達にとっては、どちらも得難い提督でしたよ。」
「・・・そう言ってもらえると、嬉しいな。」
私達が呑気にそんな会話をしている時に・・・
その緊急連絡は入ってきました。
ルリさんの悲鳴と共に―――
『緊急ジャンプを行います!!
皆さん衝撃に備えて下さい!!』