< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナオさ〜ん、首・・・大丈夫ですか?」

 

「・・・」

 

「調子が悪いのなら、俺が整体をしてやるぞ。」

 

「・・・」

 

「整体って・・・北斗、お前にそんな技術があるのか?」

 

「馬鹿にするな。

 暗殺術を修めるには、人体の事を知り尽くす必要がある。

 枝織の奴にも出来る事だ。」

 

「ふ〜ん。

 人体の急所だけなら、俺も必死に覚えたけど。」

 

「ふ、まだまだ勉強不足だなそれでは。」

 

「・・・死ぬかと思った。」 

 

「・・・何を言っているんだ、貴様?」

 

「話が違うぞ!!

 アレならパラシュートでも使った方がよっぽどマシだ!!」

 

「まあまあ、生きているんだから良いじゃないですか。」

 

「そんな問題じゃね〜だろ?

 途中であのロケットブースターを外さなければ、そのまま成層圏まで飛んでいってたぞ!!

 一体どんな場面で、あんな物騒なモノを使うつもりだったんだ!!」

 

「何となく作った理由は分かりますが・・・

 ほら、俺達は全然平気だったんですし、ね?」

 

「だからお前達と俺を同列に考えるな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 そんな愚痴を言いながらも、俺達は目的地に向かって走っていた。

 少し首筋に違和感があるが・・・戦闘になればそんな事を言ってられない。

 それに、相手が相手だ―――無傷で勝つ事は不可能だろうしな。

 

「ここから侵入したらしいな、まだそれほど先行はされていないようだ。」

 

 まだ煙が少しくすぶっている穴を見て、アキトの奴が呟く。

 

「そうらしいな・・・しかし、ここの地下に本当に遺跡とやらがあるのか。」

 

「ああ、そうだ。

 この戦争の本当の元凶がな。

 この遺跡のおかげで助かった事もあったし、苦しめられた事もあった。」

 

「愚痴を言っても仕方が無いだろうが、先に進もうぜ。」

 

 俺の言葉に二人が頷き、北辰達が開けたと思われる大穴にその身を滑り込ませた。

 ここから先は、何が出てくるか全く分からない・・・

 もっとも、三人の鬼が出て来る事は確実なんだけどな。

 

 ―――インそしてD、お前達が俺に拘る理由・・・今日こそ教えてもらうぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 意外にも遺跡内部の通路は明るく、そして広かった。

 原理が何かは良く分からないが、壁自体が光っているようだ。

 まあ、俺達にとっては有難い。

 

 周囲に気を配りながらも、俺達は通路を音も無く駆けていた。

 前の二人が余裕を持って俺を待っていてくれなければ、絶対に置いていかれるだろう。

 これでも結構修行をしてたんだけどね〜。

 

「ここが遺跡なのか?」

 

「ああ、遺跡内部だ。

 この最下層にジャンプユニット・・・ボソンジャンプの演算装置がある。

 それの独占が草壁の狙いだ。」

 

 走りながら交わされる会話を、俺は何気なく聞いていた。

 話の内容自体は、既にナデシコで説明を受けたものと同じだからだ。

 

「その演算ユニットは人が運べるような代物なのか?」

 

「・・・相手が相手だ、それは俺にも判断出来ない。

 だが、演算ユニットが俺の知っている原型のままならば。

 Dのディストーション・フィールドで運び出すことは可能だろうな。」

 

「原型?」

 

「・・・ああ、四角い箱だ。」

 

 それっきり、アキトの奴は黙り込んでしまった。

 俺もアキトの内心を思って何も言わなかった。

 北斗も何か感じるものがあったのか・・・それ以上質問をする事はなかった。

 俺達は無言のまま、遺跡の最下層に向けて進む。

 お互いに、戦う相手の事を思いながら。

 

 そして―――かなりの距離を下ったと思った時・・・

 

「・・・前方、約10m先!!」

 

「跳ぶぞ、アキト!!」

 

       ババッ!!

 

 何も無い空間を大きく跳び越し、二人は通路の奥に消えた。

 去り際に、アキトが俺を見ていた・・・

 何、直ぐに合流してやるさ。

 

 その場で足を止め、前方を凝視する。

 確かに、居やがるみたいだな。

 

「イン、デートの邪魔をするのは無粋ってもんだぜ。」

 

 俺の言葉に反応した様に、何も無かった空間からインの姿が浮かび上がる。

 

「・・・俺の相手は、お前がするという事か。」

 

「その通り、それが望みだったんだろう?」

 

 俺の返事を聞いて、インの奴は・・・嬉しそうに笑った。

 その曇った眼がギラギラと輝いて見える、勿論俺に対する殺意によってだ。

 

 ―――こりゃあ、なかなかハードなお仕事になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

「どうした、あの男の事が気になるのか?」

 

 隣を走るアキトに俺はそう尋ねる。

 インという奴が生半可な敵では無いことは知っている。

 だが、あのナオとかいう男も中々の使い手だ。

 そうそう、遅れをとるとは思えない。

 

「気になると言えば、この戦場にいる仲間全部がそうさ。

 皆、ギリギリの所で踏み止まっているんだ。

 今、考えていたのは・・・

 結局、俺一人の力で未来を変えようなんて考えは、ただの思い上がりだったって事さ。」

 

「未来・・・だと?」

 

 俺が不思議に思い、アキトの奴を伺うと。

 アキトは苦笑をしながら一言だけ呟いた。

 

「また、ナデシコに帰ってから教えてやるよ。

 凄く不思議な・・・『物語』さ。」

 

 それっきり、俺とアキトの会話は途絶えた。

 ・・・頭の片隅で枝織の奴が騒いでいるが、今は枝織の出番ではない。

 枝織にあの男が倒せるとは思えん。

 それは、枝織の腕前があの男に劣るとか、そういうレベルの問題では無いからだ。

 

     ダン!!

 

 目の前にある障害物を跳び越え、次の階に続く階段を飛び降りる。

 螺旋状になっている通路内を、ひたすら走り抜ける俺達・・・

 一つ壁の向こうが、何も無い空間である事をアキトに指摘したが。

 どうやら、その間には幾層にも空間歪曲場が張られているらしい。

 さすがに生身の今では、それらを全て破壊して地下に向かう事は不可能だった。

 そして・・・上空の戦場が一段落すれば、ナデシコがこの空間を通って地下に直行する。

 それまで、演算ユニットを死守するのがアキトの作戦だった。

 まあ、俺の目的は全然別の所にあるのだが・・・

 

「おにぎり・・・美味かっただろ?」

 

「ああ、そうだな。」

 

 突然、アキトの奴が思い出した様に俺に話し掛けてきた。

 

「知ってたか、俺本当はコックになりたかったんだ。」

 

「・・・想像も出来ない事だな、それは。」

 

 意外な告白に俺は正直な感想を述べた。

 連合軍、木連共にその名を馳せるアキトが、本当はコックになりたかったとは・・・

 

「もう、叶わない夢だけどな・・・

 平和な世界になれば、俺の存在を野放しにする為政者はいないだろう。

 自分の作った料理を食べて、喜んでくれるお客さんの顔を見るのが、一番大好きだったんだけどな。」

 

「夢があるだけ・・・アキトが羨ましく思えるな、俺は。

 平和になれば、俺も趣味の一つでも見付けてみるか、な!!」

 

   ドゴッ!!

 

 通路を塞いでいた通路の破片らしきモノを、加速をつけた一撃で粉砕する。

 そして、その砕かれた破片の後ろから襲い掛かってきた小刀を掴んで止める!!

 

「久しぶりの再会のわりには、随分な挨拶だな・・・親父。」

 

「我が思惑を超える事は許さんぞ、愚息よ。」

 

 10m程の距離を開けて対峙する、俺と北辰・・・

 俺は背後のアキトに向かって軽く手を振って合図をした。

 

「・・・分かった、北辰はお前に任せる。」

 

 再び走り出すアキトを止め様とする北辰を、俺が掴んでいた小刀を投げて牽制する。

 しかし、顔に向かって飛んでいった小刀は・・・北辰の手前で見えない壁に弾かれていた。

 

「ふん、人の身を捨てた・・・外道か。」

 

「羅刹の相手をするのだ、それなりの覚悟が必要・・・という事だ。」

 

    ゴウゥゥゥッ!!

 

 その声を合図に、俺は朱金の昴気を纏う!!

 俺と北辰の因業は・・・この場で決着を着ける!!

 

「良い覚悟だ北辰!!

 お前との因業・・・全て清算させてもらう!!」

 

「ふん、掛かって来い。」

 

 

 

 

 

 

 ・・・ナオさんと北斗はそれぞれの戦いに向かった。

 多分、Dの奴は最下層で俺を待っているだろう。

 ブーステッドマン達は、Dが居なければ戦闘に耐えることが出来ない。

 しかしインは他のタイプとは違って、消費するエネルギーが少ない。

 だからこそ、Dから離れた位置にいても戦闘が可能なんだろう。

 ナオさんの勝機は、インのエネルギー切れまで持ち堪えることが出来るかどうかだ。

 

 そして北辰・・・

 アカツキとの戦闘を見る限り、奴もブーステッド処理を受けたみたいだ。

 それはアカツキ自身が、北辰から聞いたと俺に言っている。

 ならばDと同じくディストーション・フィールドを展開できるだろう。

 北辰の立場上、Dの体内にある小型相転移エンジンに頼るとは思えない。

 きっと、改良されたエンジンを自分の体内に取り込んでいると思う。

 

 ・・・そこまでして草壁に忠誠を誓うのか、北辰。

 

 俺も北辰と草壁の詳しい関係は知らない。

 だが、並大抵の覚悟では自分の身体を改造してまで、草壁に尽くそうとは思わないだろう。

 二人の戦いは北辰の信念と、北斗の信念との戦いになるだろうな。

 

 そして、俺は―――

 

    ザシュッ!!

 

 最後の階を飛び降り、俺は忌々しくも懐かしい場所に降り立つ。

 

「お、お兄ちゃん!!」

 

「良く来たな・・・テンカワ アキト。

 いや、漆黒の戦神よ。」

 

 少し離れた位置にある演算ユニットの近くで震えているのは・・・アイちゃん。

 あの時・・・最後に見た姿そのままで、アイちゃんはそこにいた。

 そして、俺の正面にはDがいた。

 

「アイちゃん・・・久しぶりだね。

 大丈夫、直ぐに助けてあげるよ。」

 

「うん!!」

 

 本当にアイちゃんを助けられるだろうか?

 過去で側にいたイネスさんは、自分ではジャンプを止める事は無理だったと言っていた。

 それに、アイちゃんを助ける事により・・・現在のイネスさんに、影響は及ばないだろうか?

 

 いや、全ては目の前の男を倒してからの事だ!!

 

「待たせたな、D・・・決着を着けようか。」

 

「ああ、そうだな。」

 

   バウゥゥゥゥ!!

 

 俺の闘志に反応して、蒼銀の昴気が俺の周囲に高々と舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十六話 その7へ続く

 

 

 

 

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