< 時の流れに >
「・・・カエンの時からだったよな。
お前達がやたらと俺を敵視してたのは。」
物陰に隠れながら、俺はインの奴に話し掛けた。
勿論、答えなど返ってはこない。
俺も返事を期待なんてしてはいない。
ただ、それでも聞いておきたいと思ったのだ。
・・・何故、アイツ等が俺に拘るかを。
「確かに、人に恨まれても仕方が無い職業に就いてた事もあったが。
お前達とはどうも、結びつかないんだがな。」
そんな事を言いつつ、俺は前方に身を投げる。
ガスッ!!
隠れていた壁が大きく抉り取られ、俺はその破片を浴びながら次の隠れ場所に向かって走る。
いや〜、間一髪だったな。
アキトのアドバイスによれば、インのエネルギー切れを待てば勝てるそうだが。
・・・エネルギー切れ、って何時くるんだよ?
「一つ教えてやる。
俺は仲間内で一番消費エネルギーが少ない。
そして、Dとのエネルギー供給ラインは細いものだが、今なお繋がっている。
エネルギー切れを待ったところで、意味は無いぞ。」
「そりゃ、どうも。」
インの声が何処から響いてきたのか・・・少しあやふやだが、確かに位置を掴めた。
俺もインと戦うのはこれで3度目だ、少しはコツも掴むさ。
しかし、本当にインが言ってるようにエネルギー切れは無いのか?
俺の考えとしては―――NOだ。
大体、いちいち俺にその事を告げるのが怪しい。
それに、ブーステッドマン達はそれほど戦い馴れをしていない。
それが、アキトから教わったインの二つ目の弱点だった。
確かに駆け引きが下手な所がインには目立つ。
今、この時も自分の優位を活かせず、俺の出方を待っている。
要するに要所要所の決断で戸惑っているのだ。
俺がインに付け込むべき点は、『時間』と『経験』だった。
ズゥゥゥゥゥウウウンンン・・・
俺達が静かな戦いをしている間にも、階下からは鈍い衝撃が響いてくる。
アキトと北斗、それに対してDと北辰が戦っているのだ。
そりゃあ、派手な戦いになっているだろうな・・・
「こっちの戦場とは大分違うな、っと!!」
物陰から身を乗り出すと同時に、見当をつけていた地点にブラスターを放つ。
しかし、弾丸はフェザー・ブラスターではない。
アレは取って置き、当たるかどうか分からない相手に使うのは勿体無い。
それに俺自身、集中するのが疲れる。
何しろ、長期戦になる事は分かっているんだからな。
インとの距離を一定に保ちつつ、戦闘は続いた。
俺も常に神経を尖らせ、周囲の変化を委細漏らさず感知する事に疲れていた。
だが、それはインにも言える事だろう。
確実に攻撃の回数は減ってきている、それが罠かどうかは別にして。
「まだなのか・・・アキト。」
息を整えながら、先程切り裂かれた右脇腹に止血用のシートを貼り付ける。
見えない敵と戦うのは、精神的な負担が大きい。
戦闘が始まって既に30分は経過している。
そろそろ、お互いに何か動きがあって欲しいものだ。
正直に言えば・・・インを倒す手立てはある。
だが、インを倒せば全てが終わるわけじゃない。
逆に、Dと戦っていると思われるアキトが不利になるのだ。
北斗の狙いは北辰一人だった。
ならば、Dの相手はアキトがしていると考えるしかない。
しかし―――
「残り10分で、お前を殺す。」
「何焦ってるんだよ、もう少し付き合えよ。」
インのその声を聞き、軽い声で俺が返事をする。
今の声を聞いた感じでは、そこそこに距離は離れていたな。
「最早、Dとのエネルギー供給ラインは自分から切断した。」
「何だと!!」
ここまできて、ハッタリを言うとは思えない。
だが、何故インの奴は勝負に出た?
・・・もしかして、インの身体自体が限界なのか!!
「完全な力を取り戻したDに勝てる者は居ない。
俺の残り少ない寿命、全てをこの場で使い果たしてやる!!
後は貴様に・・・仲間の無念を刻み込むだけだ!!」
次の瞬間、背にしていた壁が切り裂かれ。
同時に俺の背中にも深い傷が刻まれた。
「くっ!! 早い?」
後から襲ってきた激痛を堪えながら、用意していた弾丸を予測した方向に撃つ!!
ブラスターにある全弾を撃ち尽くし、弾の補給をしようとした時・・・背後にインの気配を感じた。
約10m、インなら一瞬で詰められる距離だ。
今の傷の深さと出血の感じから見ると・・・残された時間は余りに少ない!!
ちっ!! 俺が油断していたのか?
いや、インの捨て身の気迫に押し負けたんだろう。
「随分な出血だな、俺が今背後に居ることは分かっているんだろう?
ブラスターも撃ち尽くしている―――チェックメイトだ。」
「最後の最後になって、おしゃべりになったもんだな。」
サングラスを掛け直しながら、俺は苦笑気味の声でインに話し掛ける。
「・・・ああ、最後だ。
俺もお前もな―――」
振り向くと同時に、インの右手に装着されていた爪が俺に襲い掛かってきた。
その攻撃を何とかバックステップで避ける。
そして、懐から取り出したナイフで驚いた顔をしているインの、心臓を貫く・・・
ドシュ・・・
「そんな、馬鹿な・・・」
予備動力すら破壊され、力なくその場に崩れ落ちるイン。
俺は一歩離れた場所で、その姿を見ていた。
「さっきの弾丸、あれはウリバタケさん特性のペイント弾みたいなものなのさ。
着弾すると特殊な粒子を空気中に撒き散らす・・・もっとも、直ぐに拡散してしまうがな。
そして俺のサングラスには、光学迷彩に反応した粒子が映るように細工がしてあったのさ。」
「・・・」
無念の表情で俺を見つめるインに、俺は自分の手の内を説明した。
それに姿が見えたからと言って、インの攻撃自体が鈍くなった訳ではない。
極度の集中の後にくる疲れで、俺はその場に座り込んだ。
「このナイフも特別製さ・・・DFSを纏える。
携帯用DFSは扱えないが、初めからある刃に纏わせる事なら俺にも出来る。
これ位の武器を使用しなければ、お前達には傷一つ付けられないからな。」
「ははは、負けたよ・・・兄貴。」
インの発言を聞いて、俺の動きは止まった―――
「俺達は・・・クリムゾンが人体実験用に作成した、人造人間だった。
能力的に優秀な人物の遺伝子を組み込んだり、手を加えたりして約300体が作成された。」
俺は・・・呆然とした顔でインの話を聞いていた。
「勿論、人権なんてなかった・・・
毎日毎日、切り刻まれて激痛に苦しんだ。
物心がついた時には、残っていたのは50人程の兄弟だけだった。」
「俺が、その一人だと言うのか・・・」
「―――怖くなったんだろうな、自分の行いに。
ある一人の科学者が、一人の少年を連れて逃げ出した。
何故、その少年が選ばれたのかは誰にも分からない。
だけど、残された俺達は・・・喜んだ。
俺達もきっと何時か救われる、と。」
「・・・」
「俺達は待った、一人、二人、と兄弟が死んでいくのを見ながら。
そして、少年は青年になって帰ってきた・・・クリムゾンのシークレットサービスにな。」
俺には何も言えなかった。
確かに俺は幼少時の記憶を持っていない。
それは俺が10歳の時に死んだ、親父だけが知っている。
俺は親父が死んだ後、一人で生きてきた。
あの親父がクリムゾンの科学者だったとは・・・
「報告書を見て・・・俺達は絶望したよ。
救いに来たわけじゃない、ただの成り行きで帰ってきたんだからな。
青年のDNAパターンは勿論保管されていた。
研究所は狂喜した、異例の実験体の成長した結果を知ろうと躍起になった。
しかし、入社テストの結果ではさして高い数値をマークしなかった。
せいぜい、常人より少し高いくらいだ。」
「悪かったな、出来が悪くてよ。」
不貞腐れたように俺は呟く。
「興味を無くした科学者達は、あの爺の命令の元・・・青年を監視する事にした。
一言で言えば飼い殺しだ。
そして青年はシークレットサービスで働き、人生を楽しむ。
俺達は思った、何故青年だけが外の世界で生きていけるのか、と。
同じ兄弟なのに、どうして自分達は地下の施設から出れないのか、と。
既に俺達の身体はボロボロだった・・・自分達では寝返りさえ出来ないまでに。」
何も言えなかった。
本当にその少年が俺だと言う証拠は無い。
だが、そうでなければ・・・イン達の俺に向ける憎悪に説明がつかなかった。
「せめて、『自然』を見てみたい、『本』を読んでみたい、『映画』とは何だ?
『自由』とはどんな感じだ、『存在した証』を残したい。
これが、俺達が山崎の奴に身体を売ったときの条件だった。
ありきたりな・・・モノだろう?」
「ああ、そうだな。」
「青年がクリムゾンを辞め、その後の活躍を見る度に・・・俺達は我が身を呪った。
全てを手に入れた青年を見ると、怒りを抑えることが出来なかった。
もう、残りの寿命さえ僅かだと言うのに・・・」
もし俺がインの立場だったら・・・どうなっていただろう?
同じ存在である者が、幸せに暮らしているのを地下から眺めるだけ。
恨むだろうか? 妬むだろうか? 殺意を・・・抱くだろうか・・・
「もう・・・俺に残された時間は無い。
後の話は、Dにでも聞け。
俺はやっと休め・・・る・・・」
「おい!! イン!!」
思わず駆け寄り、揺すった体は小柄で軽かった。
コイツの人生は一体何だったのだろうか?
カエンもエルもジェイも・・・俺に何を言いたかったのだろう?
暫くインを見ていた後、俺はその場を後にした。
少なくともこの階下では、俺の親友と・・・兄弟が死闘を繰り広げている。
その戦いを見届けるのが、俺の使命だろう。
「あばよ、弟・・・」
確証は無くてもいい。
俺は確かにインの言葉に納得をしている自分を見付けたから。
傷口を庇いながら、俺は地下へと続く階段を降りて行った。