< 時の流れに >
ゴアァァァァァァァァァ!!
「しっ!!」
朱金の輝きを宿す拳が、北辰の手前に展開している歪曲場に衝突する!!
「ぬぅ!!」
拳の勢いに負けたように、背後に吹き飛ばされる北辰!!
しかし、ダメージ自体はそれほど与えてはいない!!
砕かれた壁の破片を振り払いながら、北辰が起き上がる。
その淀み無い動きに、俺は北辰に先程の一撃がさして効いていないことを知る。
「ふふふ、つくづく恐ろしい奴よ・・・
素手で今の我と対等に戦うのだからな。」
「ほざくな!!
他人の手を借りなければ、俺の前にも立てない臆病者が!!」
衝撃波の類は、やはり効果は薄い!!
ならば直接叩くのみだ!!
「はぁぁぁぁ!!」
「ぬん!!」
ガシィィィ!!
俺の繰り出した正拳を、掌で受け止める北辰。
そのままの勢いを殺さず、北辰の懐に滑り込みながら肘を繰り出す。
しかし、その肘を北辰は半身になる事で避けた。
・・・やはり、飛躍的に能力が上がっている。
少し前の北辰なら、抵抗する事も無く今の一撃で死んでいたはずだ。
密着した状態から、素早く後方に下がって間合いを取る。
まだ北辰が手の内を全て明かしたとは思えない。
コイツの事だ、何か隠し手の一つや二つ用意しているだろう。
「惜しい・・・惜しいな、その力・・・」
「何が言いたい!!」
北辰が繰り出した上段の蹴りを、両手で受け止め。
そのまま軸足を刈る!!
宙に浮いた北辰は、そのまま流れに逆らわず地面に倒れこみ、すぐさま両手を使って後方に跳んだ。
俺は追撃を諦め、その場で構えをとる。
「今からでも遅くは無い、草壁閣下に忠誠を誓い。
地球の愚か者達を駆逐する手伝いをせよ。」
「ふざけるな!!」
怒りに我を失いそうになりながらも、制御した昴気を北辰に叩きつける!!
津波の様に襲い掛かる朱金の輝きは、北辰の手刀の一撃で左右に割れた。
「ちっ、やはり直接叩きのめすしかないか。」
「強がっても無駄だ、お前がテンカワ アキトとの戦いで激しく消耗している事は分かっている。
万全な体勢ではない貴様など、今の我の敵ではない。」
俺を正面に見据え、そんな事を宣言する北辰。
・・・面白い冗談だ。
誰が、誰の敵にはならない、だと?
ゴウゥゥゥゥゥゥゥンンンン!!!
身に纏う昴気が更に激しく吹き上がる!!
目の前の男を倒す事だけに、俺の意識が集中される!!
いいだろう・・・出し惜しみは無しだ、北辰!!
今はお前を叩きのめす事だけに集中してやる!!
俺の周囲を取り巻く朱金の昴気と、北辰の身体を覆う歪曲場が競り合う。
お互いにその場で床を踏みしめ、吹き飛ばされないように力を込める!!
そんな力比べの状態に入った俺に、北辰が話し掛けてきた。
「一つ、我が家の歴史を語ってやろう。
何故、我が草壁閣下に忠誠を誓うかを、な。」
「ほう、ならば辞世の句の代わりに聞いてやる。」
今は下手に動けない・・・ならば、北辰の戯言に付き合ってやるのも一興だろう。
そして、北辰は語りだした。
俺達の先祖が犯した愚行の数々を―――
「月の独立運動で地球側に仲間を売った人物・・・それが我等の先祖だ。」
ふん、先祖からして短絡的なモノの考え方をしているとはな。
「勿論、元々からして月の独立派を見張る為の任を帯びた、スパイだったのだがな。
そしてスパイの存在を疎んじていた連合側は、祖先ごと独立派を殺そうとした。」
「なるほど、100年前から既に『裏切り者』の名を背負っていたのか。
・・・それにしても、つくづく使い捨ての駒となる運命なのだな。」
俺は顔に笑みを浮かべながら、一歩北辰に近づく。
別に先祖がどんなに馬鹿な事をしたところで、俺には関係が無い事だ。
「確かに、地球連合に所属していた時から、先祖も使い捨ての駒だったのよ。
そして、火星に逃げ込んだ後も、な。」
「・・・まさか、二度も同じ過ちを繰り返したのか?」
そんな短期間に、同じ様な過ちを犯すとは考えられんぞ!!
気が緩んだ瞬間に、北辰が前進する。
俺は押されたように、一歩下がってしまった。
「その通りよ、連合に未練を残す先祖は、火星に逃げ込んだ独立派を再び売ったのだ。
そして連合からの答えが・・・火星への核攻撃だった。
既に、連合には不要どころか害となる存在だったのよ、我等の先祖はな。」
「救い様のない馬鹿だな、まったく。」
軋んだ音を立てつつ、俺達の周辺の床が削り取られ。
周囲の壁には細かな亀裂が、縦横に刻まれていく。
「全く、『女』という生き物は愚か者ばかりよな。
連合に居る想い人の為に、共に過ごして来た仲間達を二度も裏切り。
最後には捨てられる・・・まるで、お前の未来を暗示しておるわ!!」
「・・・女、だったのか。」
信じて、信じて・・・裏切られた。
それも、想い人に、か。
だが、それは―――
俺の中に沸々とした怒りの念が湧き上がる!!
「そんな愚かな女を庇ったのが、草壁閣下の御爺様よ!!
以来、我々は草壁家の裏に徹し、その繁栄に尽くしてきた!!
今、貴様がここに立っていられるのは、草壁家の恩があったが故!!」
「・・・それが、どうした。
俺には先祖の事など関係無い!!
俺は俺だ!!」
右腕を振り払い、勢いを増した朱金の渦を北辰に叩きつける!!
戯言を聞く気は最早無かった!!
北辰は俺の一撃をその場で屈んで避ける!!
そして伸び上がり様に反撃を繰り出してきた!!
「ははははは!! 話には続きがあるぞ!!
その馬鹿な女が、保身の為に我が身を差し出した相手は誰だと思う?」
「まさか!!」
「我等と草壁家は血で結ばれておるのよ!!」
北辰が放った歪曲場が、俺の一瞬の隙をついて迫る!!
咄嗟にガードをしたものの、勢いに押されて俺の身体は背後の壁まで吹き飛ばされた!!
「以来!! 我が家系は実の名を捨て!! 草壁家の裏となったのだ!!
裏切りと血の束縛によって、我等は存在しておる!!
裏の世界に潜み、裏の世界を束ねる、それが我等の宿命!!
そして貴様もその一族の端くれよ!!」
狂気の笑みを浮かべながら、北辰が俺に迫る。
明らかに先程より歪曲場の総量が上がっている!!
オーバーロードを覚悟の上で、ここで決着付けるつもりか!!
壁の破片を吹き飛ばしながら、俺は立ち上がる。
少し膝が挫けそうになったが、そこは気力で持ち上げる。
確かに俺の身体に流れる血に、そんな由来があった事は驚きだ。
何より、あの草壁と縁続きだったとは・・・考えただけでも忌々しい限りだ。
しかし、北辰が草壁に付き従う理由にそんな事があったとはな。
だが、俺は――――――
「貴様に日の当たる場所など似合いはしない!!
我等に相応しいのは裏切りと暴力の世界!!
己が宿命を知れ!!」
「笑わせるな!!」
北辰が打ち込んできた正拳を、右足で蹴り飛ばす!!
そして俺は仁王立ちになって叫ぶ!!
「血が!! 宿命がどうした!!
闇に住むが定めなど、俺の知った事ではないわ!!」
「まだ分からんのか!! 我等に陽の当たる場所は相応しく無いのだ!!」
未だ小賢しい事をほざく北辰の顔に、俺が拳を叩き込む。
既に俺は北辰の言葉に惑わされていなかった。
いや、吹っ切れたと言ってもいい!!
「ぐはぁっ!!」
驚愕に北辰の右目が大きく開かれる。
そして、そのままの格好で背後に吹き飛ばされていった。
「闇が俺に相応しいならば・・・対になるべき陽の存在は俺が決める!!
俺の生まれて初めての『選択』だ!!
俺はテンカワ アキトの影となってやる!!」
「・・・所詮、お前も愚かな『女』という事か。」
眼を細めながら、北辰が立ち上がる。
少しふらついてはいるが、まだまだ戦う事は可能のようだ。
「女、か・・・確かに昔の俺なら否定していたな。
だが、その自己否定による自意識の崩壊から救われた今、同じ過ちを繰り返すつもりは無い!!
あるがままを受け入れ、俺は前に進む!!」
俺の宣言を聞くと、同時に北辰が唇に手をやる。
その仕草に、俺の中で最大限の警告が鳴り響く!!
ちぃ!! やはり持ってきていたのか!!
「・・・貴様に物事の道理を説く事自体、愚かだったな。
今度は二度と目覚める事は無いだろう。」
「北辰!!」
ヒュイィィィィィィィィンンンン・・・
北辰に攻撃を加えようとした瞬間、忌々しいあの笛の音が俺の意識を闇に押し込んだ・・・
『枝織・・・お前も我を裏切るのか?』
『お父様を裏切る・・・そんな事、枝織はしないよ!!』
『北斗の事は忘れろ、アイツは悪い夢だったのだ。
お前こそが、その身体の本当の持ち主よ。』
『そんな!! 北ちゃんはもう一人の私!!』
『忘れろ、忘れるのだ。
山崎の治療を受ければ、その悪夢は消え去る。』
『分からない、分からないよ、お父様の言ってる事が・・・』
『そうか、ならば眠っていろ。
お前が目覚めた時、全ては終わっている。』
『眠る・・・眠れば全てが・・・終わっていて・・・』
『ああ、全てが終わる。
我とDの力が合わされば、あの戦神とて敵わぬわ。』
夢うつつで聞く、北辰と枝織の会話・・・
北辰の言葉に混乱し、意識を手放しかけた枝織と俺が、一つの言葉により覚醒する。
漆黒の戦神―――という、心を滾らせる存在に!!
『アー君は・・・アー君は枝織と北ちゃんの大切な人だよ!!』
『・・・貴様も父親に逆らうのか、この愚か者が!!』
ザシュゥゥゥ!!
「語るに落ちたな・・・北辰。」
「貴様・・・」
昴気を纏った手刀によって、北辰の右腕は切断されていた。
人間の血とは明らかに違う、ドス黒いオイルのような液体が切断個所から流れている。
「お前は枝織にさえ見捨てられたのさ。
所詮、偽りの愛情で人を縛る事など不可能だという事だ。」
「悟ったような事を!!」
北辰が繰り出してきた左手の掌打を、あえてその場で右腕を上げて受け止める。
バジュゥゥゥゥゥゥゥ!!
朱金の昴気と歪曲場が一瞬競り合い、北辰の左手が弾かれていった。
「何故だ!! 貴様は最早立つ事すら覚束ないはずだ!!」
「武羅威は・・・昴気は心の強さによって、その威力を伸ばし続ける。
俺の心が挫けぬ限り、朱金の輝きを消す事は不可能と知れ!!」
そして、俺の指が北辰の右目に突き刺さり、視神経を朱金の昴気が焼き尽くした。
「ごおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
激痛に転がる北辰を見て・・・一瞬、脳裏に去来したのは母親と枝織の事だった。
このまま、止めを刺すべきだと叫ぶ心を抑え、俺はその場に背を向ける。
納得は出来ないが、泣き叫ぶ枝織の哀願に俺は折れた。
それに、この男が再び俺の前に立ち塞がる事はあるまい。
目が見えぬこの男は、裏の世界で動く事はできまい。
「最早、どんな手を使っても貴様がこの世を見る事はあるまい。
殺さぬのは、枝織と母の存在があったが故。
そして、貴様に対する枝織からの最後の愛情だと思え。
・・・我が家の因業、確かに俺が引き継いだ。」
最早、言葉も出ない北辰をその場に残し・・・
俺は最下層に向けて歩き出す。
闇が俺に相応しい事は知っていた、それを再確認しただけだ。
何、闇が深ければ深いほど・・・陽は輝くものだ。
アキト、お前の見せてくれる夢に期待をさせてもらうぞ。
その時、頬を流れる涙に俺は気付いた。
・・・枝織の奴め、女々しい事を。
もうそろそろ、お互いに親離れはするべきだろうが。
「何時まで銃を構えているつもりだ?」
「ま、必要無いとは思っていたけどな。
ちょっとしたサポートのつもりさ。」
「下らない事を言ってないで、先を急ぐぞ。
・・・見逃すには惜しい戦いだ。」
「了解、っと。」