< 時の流れに >
「これが、最後の対決だ。」
「・・・そうみたいだな。」
既に、Dの寿命が残り少ない事は知っている。
最後の相手として俺を狙ったのは、Dとしては本意だったのか・・・
それは、俺には判断がつかない事だな。
初めて相対した時と同じ様なコートを着たDを前にして、俺は周囲を見回す。
背後からはアイちゃんの視線を感じる。
Dは俺だけを見据え、アイちゃんの動きには関心を見せなかった。
俺との勝負に全力を尽くす、と言う事か。
「まずは小手調べといくか。」
振り上げられたDの腕に沿って、ディストーション・フィールドの刃が俺を襲う!!
床を切り裂きながら襲い掛かるその刃を、サイドステップで避ける!!
「それならば、こちらも!!」
俺が水平に振り払った腕から、蒼銀の波が生まれる!!
それにあわせてDが腕を振り、発生したディストーション・フィールドが俺の昴気を相殺する!!
バシュゥゥゥゥゥゥゥゥ!!
「きゃあ!!」
相殺により激しい衝撃波が周囲に吹き荒れ、アイちゃんの悲鳴が背後で聞こえた。
周りへの影響に、気を配っていないわけでは無いが・・・こればかりはどうしようもない!!
アイちゃんが、大人しく物陰で隠れていてくれる事を祈るしかない。
余所見をしたり気を散らした状態で、勝てる相手ではないのだ。
そして、俺達はお互いに無言でその場を動かず、睨みあう・・・
最初に口を開いたのはDだった。
「・・・信じられない男だな、一ヶ月前よりも更に強くなっているとは。」
「強くならなければ、守れないものが多くてね。
もう、誰も失いたくないんだ!!」
Dの言葉に返事を返しながら、俺はダッシュをする!!
瞬く間にDとの距離を詰め、手に持っていた携帯型DFSを振るう!!
「そうきたか。」
目の前に展開していたディストーション・フィールドを切り裂かれても・・・
顔色一つ変えずそう呟き、バックステップで俺の攻撃を避けるD。
俺の追撃を防ぐ為に、下がりながら次々とディストーション・フィールドの刃を飛ばす!!
「甘い!!」
身体に当たると判断した刃のみを切り飛ばし、俺は前進する!!
身に纏う昴気すら貫くその刃が、俺の頬や腕に浅い切り傷を刻み込む!!
しかし、次の瞬間には俺にDを捕らえる事が可能な位置まで進んでいた!!
「流石だな、テンカワ アキト。」
嬉しげに顔を少し綻ばせるD・・・
「こちらも時間が無いからな!!」
俺が繰り出したDFSの突きを、身をよじって避けつつ。
―――Dが鋭い横蹴りを放つ!!
交差法だと!! コイツ、体術も使えるのか!!
「ちぃ!!」
咄嗟に脇腹をガードした左腕に、鈍い痛みが伝わる!!
そのまま俺は蹴り出されるように、横手に吹き飛んでいった!!
ズザザザザザザザザ!!
衝撃を逃がしながら、片手をついて飛び起きる。
今までに二度ほどDと戦っているが・・・まさか、格闘も出来る奴だったとはな。
ブーステッドマン達が自分の能力のみに頼ってると判断した、俺のミスか。
・・・肋骨に、ヒビでもはいったかな。
鈍い痛みを訴える横っ腹を押さえつつ、俺は目の前のDを睨み付ける。
「短い時間しか生きられない身体だからな。
出来る限りの努力は怠らなかった。
・・・もっとも、俺と接近戦をする事が出来た敵は、お前が初めてだがな。」
―――強い
間違いなく、コイツは強かった。
北斗と相対した時に似た緊張感が俺を包み込む。
携帯用DFSを使い、近距離戦に持ち込めば勝てると思った俺が甘かった。
Dは・・・本当に強敵と呼ぶべき存在だったのだ。
「・・・顔つきが変わったな。
そうでなくては困る、本気のお前を倒してこそ俺の・・・俺達の名は歴史に残るのだから。」
「それが・・・お前の目的だと言うのか?」
油断無くDFSを構えながら、俺は右回りにすり足で移動する。
俺の移動にあわせて、Dも右回りにゆっくりと移動をする。
「インは地上を・・・『自然』を見たがっていた。
ジェイは『本』を読む事に憧れていた。
カエンは『映画』、とくにオールドムービーに興味を持っていた。
エルは『自由』を―――研究者から弄ばれた過去を忘れる為に、整形を願った。
そして俺は自分達が生きた証、『存在した証』を欲した。」
淡々と自分達の事を告げながら、Dの連続攻撃が俺を襲う!!
嵐の様に襲い掛かるディストーション・フィールドの刃を、DFSで弾き、斬り飛ばす。
そして、見事な歩法で近づいてきたDの拳と蹴りを、昴気を纏った手足で捌く。
「・・・初めて見た太陽を忘れはしない。
世界の広さに驚いた時の感動も。
俺達とは別の世界で生きる人々を、憎みもした。
だからこそ残したかった、俺達が生きた証を。」
両手を組んでで振り下ろされた一撃を、Dの懐に入る事で威力を殺ぐ。
そのまま勢いを利用して、Dの襟首を掴み床に叩きつける!!
しかし、床に衝突をする前にDの背中に現れたディストーション・フィールドが、衝撃を逃がす!!
「そんなお前達が、何故ナオさんを憎む!!」
「・・・自分達が選ばれなかったから、だろうな。」
俺とDの間に、再びディストーション・フィールドが展開される。
バシィィィィィィンンン!!
「ぐぅ!!」
俺は凄い勢いで後方に弾き飛ばされた!!
「ヤガミ ナオと呼ばれる人物は、本当は存在するはずがない。
・・・俺達と同じようにな。」
立ち上がったDの様子を伺いながら、俺はDの言葉の意味を考えていた。
ナオさんが存在しない人物、だと?
それは一体・・・
「人造人間に人権など存在しない。
ましてや戸籍など、用意されるはずが無いだろう。」
「!!」
Dの発言を聞き、俺が驚愕する!!
それはつまり・・・ナオさんがD達と同じ存在だという事だ。
「教えてやろうか?
俺達のヤガミ ナオに対する、複雑な思いを。」
そしてDは自分達と、ナオさんとの関係について語りだした。
「本当にヤガミ ナオが選ばれた理由は分からない。
別段、飛び抜けた成績を誇っていた訳でもなかった。
・・・だからこそ、残された俺達は納得出来なかったのかもな。」
初めて聞くDの自嘲気味な声に、俺は何も言い返すことはなかった。
D達とナオさんの間に、そんな関係があったとは・・・
この土壇場で、Dが嘘をつく理由は無い。
つまり、この告白もまた―――Dなりの『存在した証』の証明なのだろう。
「長話が過ぎたようだな、続きを始めるか。」
「・・・そうだな。」
DFSを構えなおしながら、俺は胸の内に湧き出したやるせない気持ちを押さえ込んだ。
結局、お互いに譲れない想いを背負って、俺達はこの場に立っている。
・・・だからこそ、負けられないのだった。
「インの相手をしているナオさんに、何時までも負担を掛けるわけにはいかないからな。
決めさせてもらうぞ、D!!」
渾身の踏み込みで間合いを詰め、右腕に持ったDFSを振り下ろす!!
DFSに込められた力は、殆どバッテリーの限界に近い出力だ。
だが、これだけの出力で攻撃をしなければDのディストーション・フィールドは破れない!!
そしてその一撃を、Dが余裕を持ってディストーション・フィールドで受け止める!!
バジジジジジジジジ・・・
「おおおおおおお!!!」
「無駄だ、幾ら改良されていたとしても・・・DFSを形成するバッテリーが持たん。」
切り裂かれていく自分のディストーション・フィールドを前にして、Dがそう宣言する。
だが、俺はそのままDFSを振り切った!!
ズン―――
真っ二つになったディストーション・フィールドの間から、Dが身を躍らせて攻撃を繰り出してきた。
俺は振り切った状態の右腕を引きつつ、左手を薙ぎ払う!!
ザシュゥゥゥゥ!!
「何!!」
左手に持つ携帯型DFSの刃が、Dの右腕を斬り飛ばしていた。
「・・・確かに、この短期間ではバッテリーの改良は間に合わなかった。
新しい携帯型DFSを作る事も、な。
この二つ目の携帯型DFSは北斗に贈ったヤツだ。」
左手に持つDFSに目をやるDに、俺がそう説明をする。
一本では出力的に問題があるが、二本ならその問題をカバーできる。
・・・北斗は素手で北辰との決着を着けると言った。
そして、俺にこの携帯型DFSを手渡したのだ。
そこまでしてもらった以上、俺は負ける訳にはいかない!!
苦しい戦いを強いられているのは、俺だけではないのだから!!
「お前のディストーション・フィールドを破る手段は確保した。
・・・まだ、戦うのか?」
「そうだな、このまま殺されれば・・・いっそ、楽になれたかもしれないが。
インや他の奴は、それを認めてくれないようだ。」
ドウゥゥゥゥゥゥゥゥンンン!!!
突如膨れ上がったディストーション・フィールドの一撃に、俺の身体が打ちのめされる!!
そのまま地面を転がり、壁際にまで俺は吹き飛ばされた!!
「な、何が起こったんだ・・・」
床に手をつき、身体を持ち上げ正面を見ると。
そこには信じられない密度のディストーション・フィールドに包まれた、Dの姿があった。
・・・ナオさんが、無事にインを倒したのか?
どちらにしても、俺がDを倒すタイムリミットを過ぎたみたいだな。
「100%を超えた、オーバーロードの力だ。
俺自身、この力に耐える事は出来ないだろう。
・・・5分、この時間内に決着を着けるぞ、テンカワ アキト。」
口元に流れる血を手の甲で拭き取りながら、俺は起き上がる。
ふらつく足を気力で押さえ込む。
「・・・お前は、自分の『存在した証』を残したいと言ったな。
俺を倒す事がそれに値するのか?」
「生身で俺達を凌駕する力を持つお前に、そんな事を聞かれるとはな。
俺達は・・・お前の存在を許せない。
そうだろう? 俺達は自分の寿命を代償にして、この力を手に入れたのに。」
無造作にDが放ったディストーション・フィールドの刃には、先程とは比べ物にならない威力があった!!
両手のDFSを使って、何とか方向を逸らす!!
出力全開のDFSを二本使ってすら、その威力を止められないのか!!
足を止めるのは危険だ、常に移動をしなければ!!
「残り・・・4分。」
「はぁぁぁぁ!!」
ギンギン!!
ザシュゥゥゥ
連続で繰り出したDFSの攻撃も、Dのディストーション・フィールドの表面を滑るだけだ。
歪み一つ作る事も出来ない!!
悔しいが・・・出力差があまりに圧倒的過ぎる!!
「全てを否定された気分だった、お前の存在を知った時は。」
三日月状の刃が俺を襲う。
その刃の色が真紅に染まっているのを見た時、俺の背中に旋律が走った!!
Dのディストーション・フィールドの出力は、エステバリスのバーストモード並になっている!!
「くそぉぉ!!」
三日月の上を飛び越えながら、DFSを上から叩きつけ。
その反動を利用して更に上に跳ぶ!!
「くらえ!!」
今なら三日月を作った反動で、ディストーション・フィールドを展開する事に時間が掛かるはず!!
「遅い。」
見事な身のこなしで俺の攻撃を避け、素早く距離をとるD!!
そして次の瞬間にはディストーション・フィールドの壁が、俺の目の前に迫っていた!!
再び弾き飛ばされ、俺は大きく空を飛んだ・・・
「3分・・・」
「かはっ!!」
床に血を吐き出しながら、俺は何とか立ち上がる。
既にあれから2分が経過していた。
何度も攻撃を試みたが、一度としてDの身体に掠ることもなかった。
それに比べて、俺は何度吹き飛ばされた事か・・・
しかしDの身体にも、所々で紫電が走っている。
俺もDも限界を迎えていた・・・
「まだ死なないのか・・・つくづく大した男だ。」
「そう簡単に・・・死ねない、身の上でね。」
途切れそうになる意識を必死に繋ぎ止め、言葉を紡ぐ。
このまま、逃げ切れば俺の勝ちだが・・・そう易々と、Dが見逃してくれるとは思えんな。
「チェックメイトだな、テンカワ アキト。」
「何だと?」
「お前の背後に誰が居る?」
Dの言葉に思わず背後の気配を探る!!
そこには・・・怯えたアイちゃんの気配があった!!
「残り一分。
最後の一撃・・・避ける事は貴様にできまい。」
「・・・ああ、その通りだ。」
今までに見た事が無いほどの出力を振り絞り、全身を赤い輝きで覆うD!!
Dは最後の勝負に出た!!
どうする、避ける事は論外だ。
背後のアイちゃんを連れて逃げるには、アイちゃんとの距離が有りすぎる。
かといって、両手にあるバッテリーがあがる寸前のDFSでは、とてもDの攻撃は防げない。
昴気で防御をしたところで、今のDのディストーション・フィールドに耐える自信は無い。
どうする?
どうすれば―――
・・・いちかばちか、やれる事はやっておくか!!
「最後の一撃だ・・・砕けろ、テンカワ アキト!!」
初めて聞くDの咆哮と共に、真紅の巨大な刃が俺に迫る!!
俺は右手に構えた携帯型DFSを頭上に持ち上げ―――
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
蒼銀の刃を真紅の刃に振り下ろした。
ズシャァァァァァァァァァァァ!!
真紅の刃を切り裂き―――
背後にいたDを切り裂き―――
そして、Dの背後の壁を切り裂いて、蒼銀の刃は消え去った。
「・・・蒼銀の刃、昴気で作られた刃、か?」
「ああ、初めて俺が昴気に目覚めた時に・・・その力の使い方が、DFSと同じだと感じた。
それ以来、昴気の扱いをDFSと同じ様に使ってきた。
だから咄嗟に思いついたのさ、DFSが形成出来るのなら、昴気でも刃は出来るだろう、と。」
胸から上だけの姿になったDに歩み寄り、俺は話し掛ける。
・・・すでに、Dには俺の姿すら見えていないようだ。
「見事だ・・・最後に全力で戦えた事に、満足感すら抱いた。
死ななければ自由になれないこの身だが、お前をここまで苦しめた事は自慢になるな。」
「ああ、北斗を除けば・・・お前は最強の敵だったよ、D。」
「そう、か・・・
俺の存在は、お前の中に刻み込まれたのだな。」
「・・・絶対に忘れるもんか、お前達の存在を。
そして約束してやる、クリムゾンの研究所は俺が残らず叩き潰す!!」
俺の宣言を聞き、少し微笑んだ後。
Dは瞼を閉じて動きを止めた。
俺は・・・静かにその場に立ち尽くしていた。
「お兄ちゃん!! 私の身体が・・・光ってるよ!!」
「アイちゃん!!」
突然の悲鳴に俺が振り向くと。
俺に向かって走りよるアイちゃんの身体が、ジャンプフィールドに包まれていた。
そして、少しずつアイちゃんの身体が消えていく!!
駆け寄ろうとした瞬間、大きく身体が沈み込む!!
今までの戦闘の疲労と怪我により、既に俺の身体は自由に動いてはくれなかった!!
それでも引きずるように、自分の身体をアイちゃんに向かって走らせる!!
―――駄目だ、この距離では間に合わない!!
「アイちゃん、大丈夫だよ。
必ずまた逢える!!」
「本当!! 約束だよ、お兄ちゃん!!」
「ああ、約束だ!!
その時はちゃんとデートをしような!!」
「うん―――」
シュパァァァァァァンンンン・・・
俺の言葉に大きく頷きながら・・・アイちゃんの姿は消えた。
結局、これで良かったのだろうか?
俺はアイちゃんを救えなかった。
・・・だが、イネスさんとの関係を考えると。
「俺が謝るのは・・・イネスさんに、かな。」
以前と違い、一目逢えたのだ。
少しはその結果に満足をしよう。
・・・そう言えば、今回はプレートを渡されなかったな?
やはり、何か以前の歴史とのズレが生じているのだろうか?
「・・・皆揃ってボロボロですね。」
「何言ってやがる、お前ほど重傷じゃないぞ。」
「ふん、昴気を利用したDFSか・・・とんでもない事を思いつく男だな。
まあ、これでますます次の対決が楽しみになったな。」
「勘弁してくれよ、北斗。
当分、ゆっくりとしたいよ・・・俺は。」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・
「アキト・・・ナデシコが来たみたいだぞ。」
「・・・そうだな。」