< 時の流れに >

 

外伝  漆黒の戦神

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、私は病院に来ている。

 あの後、テンカワ君は結局何も説明をしてくれなかった。

 ただ一言。

 

「・・・関係者をミリアさんの処に。

 病院に集めてくれないかな?」

 

 そう私達に言い残して自分の部屋に帰って行った。

 その報告をサラから聞いたシュン隊長は、カズシ副官を連れて病院に・・・

 ナオさんは既に駐屯地内にはいなかった。

 そして、サラとアリサはグラシス中将を連れて病院に。

 

 ・・・よく連れ出せたわね、西欧方面軍総司令なんて要職の人を?

 

 後日、その理由をサラに聞いた所。

 

「だって、自分の孫娘の婿候補なのよ?

 二つ返事で病院まで来てくれたわよ。」

 

 もしかして・・・孫馬鹿ですか?

 

 

 そして、私は一足先にミリアさんの病室に向っていた。

 私には別段連絡する人も、報告をする人もいなかったから。

 病室に向う途中、ミリアさんの担当の看護婦さんに、ミリアさんの意識が戻った事を聞いた。

 ・・・その事をテンカワ君は通信で知ったみたいだけど。

 ナオさんはどうなんだろう?

 

 しかし、病室のドアを開けて・・・

 

 

 ガチャッ・・・

 

 

 私はその場に固まった。

 

 まあ、二人が恋人になった事は聞いていた。

 ましてや、告白の直後に生死に関わる大怪我をしたりしたら・・・

 復讐の念に捕われる気持ちも、何となくだけど理解出来る。

 そして、その恋人が無事に回復すれば・・・ねえ。

 

 だけどさぁ〜

 

 どうしよう?

 

 

 カチャリ・・・

 

 

 取り敢えずドアを閉めて、その場で私は思考の海に漂う。

 

 

 

 

「あれ、レイナちゃん早いね?

 どうしたのドアの前で溜息なんてついて?」

 

 ・・・世の中には、やたらとタイミングが悪い人が存在する。

 その上、ある方面に凄く鈍いと散々だったりする。

 

 そう、目の前の人物の様に・・・

 

「もう皆は中にいるのかな。」

 

「あ、ちょっとテンカワ君!!」

 

 

 ガチャ!!

 

 

 私の制止は間に合わず・・・

 

 

 ピキッ!!

 

 

 その場に固まるテンカワ君。

 ・・・まあ、自業自得か。

 

「・・・アキト、お前って無粋な奴だな。」

 

 病室から聞えるナオさんの低い声。

 

「あ、あははははは・・・ゴメンナサイ。」

 

 ・・・何をやってるんだか。

 でも、こんな雰囲気のテンカワ君がやっぱり一番気が落ち着く。

 

 

 

 

 

 そして関係者が一堂に会した・・・

 今回の事件の一番の被害者であるミリアさん。

 そのミリアさんが寝ているベットの隣に立ち、その手を握っているナオさん。

 ナオさんの右隣にはシュン隊長とカズシ副官。

 左隣にはグラシス中将とサラとアリサ、それと私。

 

 そして一堂の視線は、全ての事件の中心にいた人物・・・

 テンカワ君へと向っていた。

 

 

 

 

 

「これから話す事はある企業の陰謀です。

 しかし・・・それだけでは終らない話しでもあります。

 この真実を知る人物は、今後更に危険な目に会う可能性が高いです。

 ・・・それでも真実が知りたいと言う人は、この場で頷いて下さい。」

 

「私は・・・真実が知りたいわ。

 いえ、知る権利があるはずよ。」

 

 ベットの上に半身を起こそうとするミリアさん。

 その目は真っ直ぐにテンカワ君を見詰めていた。

 

「大丈夫だよミリア。

 今更アキトも真実を隠すつもりは無いだろう。

 それに今度は俺が君を必ず守ってみせる。」

 

 無理な動きをした為に痛みにうめくミリアさんを、そっと支えながら。

 ミリアさんに話しかけるナオさん。

 

 いいな〜、こうゆう関係・・・

 

「と、言う訳だアキト。

 俺もその真実とやらを是非知りたいな。」

 

 しかし、テンカワ君に向けるその目は笑ってはいなかった。

 

「俺も是非知りたいな。」

 

「俺もだ。」

 

 シュン隊長とカズシ副官も同意を示す。

 

「私達には聞くだけ無駄よ、そうよねアリサ?」

 

「そうですね、姉さん。」

 

「・・・」

 

 二人に挟まれ、椅子に座っているグラシス中将は無言で頷く。

 

 そして私は・・・

 

「今更私だけ仲間外れ、ってのは酷いんじゃない?」

 

 そう言ってテンカワ君に向って精一杯微笑んだ。

 あのテンカワ君がここまで確認をする位の話しだ。

 多分、私には想像もつかない事なんだろう。

 

「・・・じゃあ、最初は俺がこの駐屯地に派遣された理由から話そうかな。」

 

 テンカワ君が長く辛い話しを始める。

 

 そして、真実は・・・

 やはり私には想像も出来ない意外なものだった。

 

 

 

 

 

「全ての事件の裏にはクリムゾン・グループが絡んでました・・・」

 

「クリムゾンの目的は俺の戦闘データの収拾。」

 

「そして利用価値があるのならばスカウトをする事。」

 

「その為に派遣されたのが・・・あのテツヤです。」

 

 

「ちょっと待て。

 ・・・どうしてアキトが戦闘する場所が特定出来るんだ?

 あの木星蜥蜴は正体不明の!!」

 

 テンカワ君の説明に疑問を感じたらしいシュン隊長が、質問をする。

 だけど、その途中で考え付いた事に自分で驚く。

 

 私も今気が付いた。

 

 アリサやサラも・・・ミリアさん以外、その場にいる全員が驚いた表情でテンカワ君を見詰める。

 

「皆の想像通りだよ。

 ・・・クリムゾン・グループが裏で木星蜥蜴と手を組んでいたんだ。」

 

 衝撃の事実だった。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ何か?

 俺達は結局、地球人同士で戦争をしてたってわけかよ!!」

 

 カズシ副官が憤りの叫びをする。

 私達は大切な家族や友人を守る為に・・・

 頑張ってきたはずなのに。

 それが実は大企業の陰謀だったなんて。

 

 そんなの、やり切れないよ・・・

 

 だけどテンカワ君の話しはまだ続きがあった。

 

「それも真実とは違う。

 木星蜥蜴とは・・・言葉通り木星に移住した地球人の軍隊なんだ。」

 

「な、なに!!」

 

 私達は驚きの声を上げ・・・

 その場に固まった。

 

「そしてその木星人の正体は・・・

 100年前に月自治区で起こった独立運動家の子孫だ。

 ・・・グラシス中将なら、当時の連合宇宙軍がした事を御存知でしょう?」

 

 全員の目が病室の椅子に腰掛けているグラシス中将に向う。

 

「当時の軍は・・・彼等を開発途中の火星に追い詰め。

 さらにはその小さな実験区に核を打ち込んだ。

 ・・・それが、儂の閲覧出来た情報の全てだ。」

 

 病室に・・・沈黙が満ちる。

 

「そう、その火星の生き残りが更に逃げ延びた先が木星でした。

 そして彼等はそこであるモノを発見した。」

 

「あるモノって・・・何なのアキト?」

 

 サラがテンカワ君の話しに、引き摺られる様に質問する。

 

「・・・一言で言えば、オーバーテクノロジーの塊さ。

 あの無人兵器やチューリップはその産物なのさ。

 そして力を手に入れた彼等は・・・」

 

「復讐、か?」

 

 ナオさんが厳しい声で呟く。

 

「いえ、それでも100年の月日が経ってます。

 彼等は地球に通信を入れました。

 『過去の事件を発表し、謝罪をするなら・・・共に歩もう』と。

 しかし、この文章は軍にいる上層部の人間によって握りつぶされました。」

 

「そんな!! お爺様?」

 

「・・・儂は知らんぞ。」

 

 アリサに責められながら、グラシス中将は苦い顔で弁明する。

 

「アリサちゃん、グラシス中将は本当に知らないと思うよ。

 この事実を知っているのは、ネルガルの上層部とクリムゾンと繋がっている軍人だけだ。」

 

 じゃあ、姉さんも知ってるのかな?

 姉さん・・・そんなに変っちゃったのかな?

 

「そして、その力に溺れた木星の一部の軍人と、クリムゾンが手を結び。

 現在に至るわけです。」

 

 

 フゥ・・・

 

 

 長い溜息を吐いて。

 テンカワ君の話しは終った・・・

 

 しかし、その場にはあまりの事実の重さに、一言も喋れない私達がいた。

 

 

 

「これが・・・この戦争の真実です。」

 

 そう言ってテンカワ君はミリアさんを見詰める。

 

「アキトさん。

 この真実を知っている貴方は、これからどうされるんですか?」

 

「和平を実現させる。

 もう・・・今回のような悲劇を二度と繰り返させないためにも。」

 

 テンカワ君の口調は静かだった。

 けど、私は病室の温度がニ、三度上昇した気がした。

 

「その為にも、俺はナデシコを守らないといけない。

 あのナデシコだけが、今後の木星と地球の和平を実現する為の切り札だから。」

 

 病室の窓から外を眺めながらテンカワ君は呟く。

 その気持ちは既にナデシコへと・・・飛んでいるのだろうか?

 

 でもそれは、部隊からテンカワ君が去る事を意味する。

 解かってはいた、この状態が何時までも続かない事は・・・

 でも、この駐屯地で何時までも皆で馬鹿騒ぎをしていたかった。

 そんな夢をみる事は、やっぱり罪なのだろうか?

 

 ・・・いや、テンカワ君のやるべき事を考えれば、罪なんだろう。

 

「そう・・・でも二つだけ約束して。」

 

「俺に出来る事なら。」

 

 テンカワ君を静かな表情で見詰めながら。

 ミリアさんがテンカワ君に言った約束は・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 晴れ渡った青空・・・

 季節は冬。

 周囲は一面見事な白銀の世界。

 吐く息も白い。

 そんな中、私達はテンカワ君を追って外に飛び出していた。

 

 

「ふう・・・やっぱり邪魔は出来ないよね。」

 

「それはそうよ。」

 

「今は・・・見守っていましょうよ、姉さん、レイナ。」

 

 私達の視線の先には。

 白い花束を抱えたテンカワ君がいる。

 私達は隠れているつもりだけど・・・絶対にバレてるんだろうな。

 

 ミリアさんとの約束の一つがこれだった。

 

「あの子に・・・最後に会ってから出発をして。」

 

 そのミリアさんの言葉に・・・

 

「・・・はい。」

 

 テンカワ君は涙を流しながら、静かに頷き返事をした。

 凄く・・・切ない涙だと、私は思った。

 

 

 そして、今・・・

 テンカワ君は一つの墓標の前で佇んでいる。

 抱えていた花束は墓前に添えられている。

 

 今、テンカワ君の心の中ではどんな事を考えているんだろうか?

 謝罪?

 二人の思い出?

 ミリアさんとナオさんの事?

 ・・・全てが正解みたいで。

 ・・・全てが間違いの様な気もする。

 

 

 でも一言だけ・・・

 テンカワ君の呟きを風が運んでくれた。

 

「メティちゃん・・・俺はもう一度、君に会いに来るよ約束だ。」

 

『うん!! 約束だよアキトお兄ちゃん!!』

 

 空耳・・・

 いや、きっとこれは・・・

 

 私だけに聞えたのだろうか?

 その場に静かに佇むテンカワ君に変化は無い。

 サラとアリサは・・・

 止そう、そんな事はどうでもいいじゃないの。

 私にはメティちゃんの声が聞えた。

 それだけで・・・いい。

 多分、テンカワ君もサラもアリサも同じ事を考えている。

 

 冬の青空はどこまでも澄んでいた・・・

 高く高く、どこまでも。

 その青空の下、私達とテンカワ君は優しい気持ちになり何時までも佇んでいた。

 

 

 

 

 

「もう行くのか?」

 

「ああ、世話になったな。」

 

「テンカワがそれを言うと皮肉にしか聞えね〜よ!!」

 

 テンカワ君と整備班の皆。

 そしてエステバリスのパイロット達。

 駐屯地にいる隊員全員がこの格納庫に集まっていた。

 

 皆、寂しいのだ。

 最初は反感も持ったし、妬みもした。

 だけど、テンカワ君の持つ雰囲気と、その行動が皆の心を開いていった。

 実際・・・テンカワ君のお陰でこの部隊は、何度全滅を免れた事か。

 けど、一度としてテンカワ君はその事を自慢した事は無い。

 そして、今では皆が知っていた。

 テンカワ君が実は悲しい程に不器用な生き方しか出来ない人だと。

 

「じゃあ、行くよ。

 ・・・正直言って、俺は軍隊は嫌だ。

 けど、皆に会えた事は嬉しく思う。」

 

 そう言って爽やかに微笑み・・・

 テンカワ君はブラックサレナを搭載した連絡船に姿を消した。

 

 最後に私達の方を見て軽く手を振りながら。

 

 

 ゴォォォォォォォォ!!!

 

 

 青空に飛び去っていく連絡船・・・

 けど、私達は地面の上。

 最後に言いたかった事もあったけど・・・それは、フェアじゃないよね?

 

 ・・・もう、会えないのかな?

 そんなの嫌だな。

 

「何落ち込んでるのよレイナ!!」

 

「な、何よサラ?

 貴方こそ落ち込むものだと、私は思っていたけれど。」

 

「その理由はこれよレイナ。」

 

 そう言ってアリサが差し出した物は・・・

 

 新しい部隊への配属通知だった。

 今の私の立場はネルガルから軍への出向社員。

 だから雇い主である軍の意向がなければ、持ち場を離れられない。

 そんな理由があったので、断腸の思いでテンカワ君とのナデシコへの同行を諦めたのだ。

 しかし・・・

 

 軍から正式な依頼ならば?

 それは可能だった。

 いや、むしろ感謝したいくらいだ!!

 

「これって!!」

 

「やっぱり恋愛はフェアでないとね。」

 

「そう言う事ですよ。

 あ、それとシュン隊長とカズシ副官もオブザーバーで同行されますよ。」

 

 きっと・・・驚くだろうなテンカワ君!!

 

 私は機動戦艦ナデシコへの、転属通知を見ながらそう思った。

 きっとグラシス中将の仕業なのだろう。

 あの孫馬鹿のお爺ちゃんは、自分の力の及ぶ限り孫娘を支援するつもりらしい。

 私の事もその孫娘から頼まれたのだろう。

 シュン隊長とカズシ副官は多分、自分から志願したのだろう。

 私は知っている。

 あの二人がテンカワ君の事を、自分の息子の様に思っている事を。

 きっと見守りたいんだろう、テンカワ君の事を・・・

 

 

 

 

「さて・・・じゃあ、漆黒の戦神を追い掛けるか?」

 

「あれ、戦鬼じゃなかったんですか隊長?」

 

「アキトの真意を知って、ただの戦鬼だと思えるか?」

 

「それもそうですね。

 漆黒の戦神・・・きっと歴史に残る二つ名ですよ!!」

 

 そう、これからテンカワ君がしようとする事を考えれば・・・

 

 漆黒の戦神

 

 きっとその二つ名は私達の希望になる。

 様々な感情を彼は知った、感じた。

 

 隊長や部隊からの「親愛」

 私達やメティちゃんからの「愛情」

 グラシス中将からの「信頼」

 ナオさんからの「友情」

 メティちゃんを失った「悲哀」

 ミリアさんから受けた「憎悪」

 サイトウさんから告げられた「嫉妬」

 

 七色の・・・虹を越えて。

 今、漆黒の戦神は自分の居場所へと帰って行く。

 

 そして私達は・・・

 

「決着はナデシコで着けるわよ、サラ!! アリサ!!」

 

「望む所よ!!」

 

「負けませんよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漆黒の戦神

 

 

 

 

 

本編 第十三話に続く

 

 

 

 

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