< 時の流れに >
外伝 漆黒の戦神
オペレータールームに向っている途中で・・・
私は食堂を見付けました。
そう言えば・・・もう昼食の時間を過ぎてますね。
本心を言うなら、久しぶりに姉さんの手作りの料理を食べたいところですが・・・
今は非常時です、ここは軍用食で我慢しましょう。
プシュゥゥゥゥ・・・
30人位が収容できるスペースのこの建物が、この部隊の食堂の様です。
大きな6人がけのテーブルが4つと。
後はカウンターに6つの座席があります。
「いらっしゃい!!
・・・あれ、君は誰だい?」
食堂に入って来た私を見て。
厨房にいる若いコックが、そう私に質問しました。
姉さんと間違わなかっただけ・・・私はこのコックに好印象を持ちました。
そして私はカウンターの席の一つに座り・・・
「今度この部隊に配属されたアリサ=ファー=ハーテッドです。
階級は中尉です。
今後とも宜しくお願いしますね。」
と、コックに自己紹介をしました。
・・・普段の私なら初対面の男性にそうそう挨拶はしないのですが。
今日は何となく、この若いコックに自己紹介をしてしまいました。
「ふ〜ん、そうなんだこちらこそ宜しく。
でも、食堂に入って来たって事はお腹が空いてるんだよね!!
何を食べたい?」
裏表の無い笑顔で私に注文を聞いて来るコックさん。
普段の私は張り詰めた雰囲気をしています・・・
それは私の外見との相乗効果により、他人を寄せ付けないものとなっています。
何故そうなったかと言うと・・・
こうしなければ馬鹿な兵士達に気安く声をかけられて仕方が無いからです。
そんな雰囲気を持つ私にこのコックは・・・
初対面で私にここまで自然体で話かける男性は皆無です。
思ったより人生経験が豊かなコックなのか・・・
それとも何も考えていない馬鹿か、ですね。
「注文と言われましても・・・
軍の食堂で調理できるものなど限られているのでは無いのですか?」
「あ、それは大丈夫!!
自前で揃えたスパイスと調味料があるし。
この現地の仲が良い人達から分けてもらった食材が、結構あるからね。」
・・・行動力も旺盛なようですね好感が持てますよ。
改めてこのコックを眺めてみます。
身長は175cm前後でしょうか、体重も軽そうです。
身体は引き締まっていますが・・・戦闘向きには見えませんね。
年齢も多分私と同じくらいでしょう。
・・・現地のコックを徴集したのでしょうか?
でも外見だけ見れば隊長と同じ東南アジア系ですし・・・
「それじゃあ・・・ミートスパゲティを頼めますか?」
「ミートスパゲティね!! 了解しました!!」
私の注文を受けて嬉しそうに調理を始めるコックさん。
なかなか鮮やかな手並みですね。
「一つ・・・聞いていいでしょうか?」
「何?」
鍋の中の煮立ったお湯にスパゲティを放り込みながら、コックが答えます。
「双子の姉さん・・・サラ少尉と私が似ている訳を聞かないのですか?」
「ああ、そんな事か。
サラちゃんは君の姉さんなんだ。
でも・・・全然似て無いじゃないか。
サラちゃんとは間違えようが無いね。」
私は両親の死を知った時以外で最大の衝撃を受けました!!
私と姉さんが全然似ていない?
このような言葉をかけられたのは生まれて初めてです。
「外見だけなら俺も髪の色の違いだけでしか判断出来ないけどね。
俺は昔ちょっと視力が極端に落ちちゃってさ・・・
今はもう治ってるけどね。
その時に外見より話し方や雰囲気とか、声の感情で人を見分ける癖がついたんだ。
サラちゃんはちょっと荒っぽい言葉使いだけど、根は純粋な女性だよね。
アリサ中尉は言葉使いは丁寧だけど警戒心が強いね、思い込みが激しいタイプかな?」
「・・・私の事はアリサと呼んでくれてかまいません。」
これは降参ですね。
ここまで私の内面と姉さんの事を理解出来るとは・・・
隠れた逸材ですよ・・・本当に。
少しはこの部隊にきて良かったと、思える事もありましたね。
ですから特別に私の事を名前で呼ぶ事を許して上げます。
・・・年齢も近いようですし。
別に深い意味は無いんですよ!!
そして無言になった私の目の前でコックはミートソースを作り・・・
茹で上がったスパゲティを鍋から取り出し・・・
私の前にミートスパゲティを盛った皿を置いてくれました。
「はい、お待ちどう様!!」
そして屈託の無い笑顔で私に話しかけます・・・
・・・明るい人ですね。
「いただきます。」
そのミートスパゲティは・・・美味しかったです。
普段、軍用レーションや下手なコックしか配属されていない軍の食堂でしか食事をしないですから。
余計に美味しく感じたかもしれませんね。
でも・・・このコックの作った料理は暖かくて美味しかった。
それだけで・・・いいでは無いですか。
何を考えてるんでしょうか私は・・・
!! そう言えば。
「どうして姉さんの事を・・・名前で呼んでるんですか?」
「ん?
ああ、サラちゃんがそう呼んでくれって言うからね。」
む〜〜〜〜・・・
姉さん・・・性格が軽くなり過ぎてませんか?
まあ、このコックは悪い人ではないようですが。
これは・・・やはりテンカワ アキトの影響ですね!!
最早一刻の猶予もありません!!
これ以上姉さんが悪影響を受けないうちに、テンカワ アキトを物理的にでも排除しなければ。
などと自分の考えに私が沈み込んでいる間も・・・
このコックは洗い物をしたりテーブルを拭いたりしています。
その顔は楽しくて仕方がないと言っています。
・・・変な人ですね。
はっ!! 私は何をしてるんですか!!
こんな所でコックを見詰めている暇は無い筈です!!
「あっ・・・そう言えば名前を言ってなかったね。」
「そ、そうですね!!
貴方のお名前は?」
突然テーブルを拭くのを止め、私の方に顔を向けるコック。
私は見詰めていた事を感づかれたのかと思い、慌ててしまいました。
その時・・・
「お〜い、注文の品を持って来たぞ!!」
「あ、ちょっと待ってて下さいよ〜」
「駄目駄目!! こっちも忙しいんだからな!!」
「もう・・・だいたい出向社員の俺に、厨房から食料の注文まで任せるかな、普通。」
「はいはい、愚痴らない愚痴らない。
兄ちゃんが良い腕してるのが悪いんだよ。」
「はははは。
誉め言葉だと思っておきますよ。」
大量の食料品のチェックを始めたコックさん・・・
凄く忙しそうですね。
今日はもう私は帰った方がよさそうです。
でもコックの出向社員ですか・・・軍も変った手段を取りますね。
でも、名前位は聞きたかったですね・・・
スパゲティご馳走様でした、名無しのコックさん!!
そして、私が姉さんの元へと足を運んでいる時に・・・
敵は現れました。
「第一級戦闘配備!!」
隊長の号令が司令部に響き渡ります。
そして私に出撃命令が出されます。
・・・いいでしょう、戦場で待ちましょう。
彼を・・・テンカワ アキトを!!
「アリサ機、出ます!!」
「敵はまだ少数しか確認出来ていない!!
深追いはするな!!」
「了解!!」
そして、私の白銀のエステバリスが青空を駆け抜けます!!
バシュウゥゥゥゥゥゥゥ!!!
そして数十のジョロやバッタ達の間を飛びながら、次々と撃墜していきます。
この程度の敵なら私一人でも十分です!!
・・・でも、このままではテンカワ アキトは出てきませんね。
さて、どうしましょう?
しかし・・・それは杞憂でした。
「後続の敵戦力を確認!!
どうやら近くにチューリップが配置されているみたいです!!」
くっ!! 消耗戦ですか。
これは・・・長引きそうですね。
そして私の予想通り、この戦いは泥沼な展開になりました。
私達はテンカワ アキトを温存し、バッタとジョロと散発的な戦闘を繰り返します。
隊長の判断・・・ではありません。
信じられない事にこの部隊の隊長には、テンカワ アキトへの命令権が無いらしいのです。
・・・では、今テンカワ アキトが出撃してこないのは彼の判断なのですか?
何を考えているんですか彼は。
そして、時間は過ぎ・・・
辺り一帯は暗闇に包まれても。
私達と木星蜥蜴の戦闘は続いていました。
「私に考えがあります。
このままでは疲れを知らない無人兵器の思うがままです。」
「それで、アリサ中尉の策とは何かね?」
「私が囮になってチューリップを誘き出します。」
「・・・君には無理だ。」
「いいえ、私以外に出来る人は・・・彼は逃げ出したんでしょう?」
私が侮蔑の言葉を出しても・・・彼からの反応はありません。
・・・本当に逃げ出したのですか?
「アリサ!! アキトはそんな人じゃないわ!!」
姉さんの通信が私のコクピットに入ります。
想い人を臆病者呼ばわりされて、黙っていられなかったのでしょう。
しかし・・・
「でも、今現在この場にいないではないですか!! 私は行きます!!」
「アリサ!! 待ちなさい!!」
「アリサ中尉!!」
バシュウゥゥゥゥゥゥ!!!
姉さんと隊長の言葉に耳を貸さず・・・私のエステバリスは闇夜に飛び出しました。
この戦闘は私が片付けてみせます!!
ドガァァァァァァァァ!!
ズガァァァァァァンンンン・・・・
ドゴォォォォォォォォ!!!
「くっ!! まさかチューリップが部隊の周辺を飛行しているなんて!!」
私が部隊を飛び出して見た物・・・
それは部隊の駐屯地を中心にして、周りを飛行しているチューリップでした。
遠距離で移動をしながら、バッタとジョロを送り出し続けていたんですね!!
これでは場所の特定が出来ない筈です!!
最初にチューリップを発見した時には・・・
既に私のエステバリスには、それほどエネルギーは残っていませんでした。
その状態で複数の無人兵器との戦闘など・・・自殺行為です。
しかし、運悪く私は彼等のレーダーに既に察知されていた様です。
退路は既に無人兵器達に塞がれ・・・
私は絶望的な戦いを強いられていました。
「このままでは・・・
せめて通信のジャミングが解ければ、チューリップの所在を報告出来るのに。」
無人兵器達の攻撃を避ける為に・・・
私は今、切り立った崖の隙間に隠れています。
一矢も報いる事無く私はここで死ぬのでしょうか?
私まで死んでしまって・・・姉さんは大丈夫なのでしょうか?
それに私自身・・・まだ、死にたくは無い。
ピッ!!
『エネルギー残量がゼロになりました・・・』
そう・・・もう打つ手は無いのですね。
その時、私の視界には・・・
こちらに向って飛んで来る、大量の無人兵器を捉えました。
せめて・・・姉さんとお爺様に一言を・・・
隊長にお詫びの言葉を・・・
そして・・・あのコックの名前を知りたかったですね・・・
こんな時にあのコックの事を気にするなんて。
私も変な女ですね。
バッタ達の砲台が私のエステバリスに向きます。
ああ、これが私の見る最後の光景ですか・・・
そして・・・
漆黒の闇と・・・
一筋の光が・・・
無人兵器達と私のエステバリスの間を駆け抜けました。
「え? 今のは一体・・・」
一瞬の空白の後に・・・爆発!!
私のエステバリスの前にいた数十の無人兵器達は、一瞬にして殲滅されました!!
そして、これ程の事をやってのける人物は・・・
私の知る限り・・・
消え去った無人兵器達のいた場所には闇が佇んでいます。
いえ、その闇の一部から白い刃が見えています・・・
闇に浮かぶ漆黒のエステバリス。
そう、それは・・・
「テンカワ アキト・・・」
「無事かアリサちゃん。」
「・・・今頃になって登場ですか。
良い御身分ですね。」
私は名前を呼び捨てにされた事も、助けられた事も忘れて彼に皮肉を言います。
一体何を考えているのですか、彼は。
「済まん、ソナーの配置に手間取った。
現在確認したチューリップは3つ、円を描きながら駐屯地周辺をまわっている。
今から俺はチューリップの破壊に向う。
アリサちゃんの救出は他のエステバリスに連絡しておこう。」
ソナーの配置、ですって?
では、彼はチューリップ達の行動を読んでいたのですか?
今迄、時間をかけてジャミングの影響を受けないソナーを配置していたと・・・
そんな・・・では私には彼を責める資格など無い。
むしろ助けてもらった礼を言うべきではないですか・・・
「もう暫く、その場所で我慢していてくれ。
俺は今からあのチューリップを破壊する!!」
「そ、そんな一人で可能なのですか?」
「・・・心配しなくても俺には可能だ。
それに、サラちゃんが心配していたぞ。」
サラちゃん?
そしてこの声は・・・まさか!!
「貴方はあのコック!!」
「気付いてなかったのか?
まあいい、今は無事に帰った時にサラちゃんと隊長に言う、言い訳を考えておくんだな。」
そう言い残して、漆黒の機体はチューリップに向って飛んで行きました。
私は急いで機体から飛び出します。
今から始まる出来事は、私達エステバリスライダーの間での伝説。
それを特等席で見なくてどうしますか!!
隠れていた崖の端から身を乗り出して・・・
私はチューリップに向う闇を纏った機体を凝視します。
その直線上にいる無人兵器など歯牙にもかけず、白い刃で切り裂いて飛ぶ漆黒の機体!!
正に鬼神・・・これが、テンカワ アキト!!
そして、私のエステバリスからは彼の声が聞えてきます。
『時間とエネルギーが勿体無い!!
速攻で決めさせて貰うぞ!!
バーストモード・スタート!!』
フィィィィィィィィィンンンンン・・・
何か甲高い音が彼の機体から聞えます・・・
そして・・・彼の機体が赤い光を纏いだします!!
「あれは・・・一体?」
機体に纏い付く赤い光が、彼の姿を更に禍禍しく闇夜に映し出します。
ですが、その赤い光は急激に彼が右手に持つ白い刃に吸い込まれていき・・・
彼の右手には真紅の刃が現れました。
『今日は離れた位置に飛んでいるからな。
雑魚と一緒にまとめて片付けさせてもらう!!
・・・秘剣 飛竜翼斬!!』
彼は真紅の刃を振り切り・・・
振り抜かれた真紅の刃は彼の手元を離れ、200m程の長さの真紅の三日月になり・・・
チューリップを守っていた無人兵器達ごと全てを切り裂きました。
「そんな・・・チューリップが・・・切り裂かれる!!」
ドゴォォォォォォォォンンンンン・・・・・
「きゃあ!!」
私はチューリップの破壊された時の衝撃波を受け・・・
急いで崖に身を隠しました。
そして、今目撃した事を思い返します。
暗闇を飛ぶ彼の操る漆黒のエステバリス。
圧倒的な力で無人兵器達を破壊する彼。
禍禍しい真紅の刃をもってチューリップを切り裂いた彼。
その華麗な戦いに・・・
その圧倒的なまでの実力に・・・
私は身体の震えを抑える事が出来ません・・・
その時、隊長の言葉が脳裏に蘇ります。
『アイツの実力は君達とは桁が違う・・・どころか別次元だ。』
そう、別次元です。
自分の目で見るまでは信じられませんでしたが。
確かに彼の存在は、この駐屯地の部隊を軽く凌駕しています。
でも・・・
私は彼のもう一つの顔を思い出します。
楽しそうに料理をしていた彼。
美味しい心の篭った暖かい料理を、私に作ってくれた彼。
テーブルを拭きながら・・・洗い物をしながら笑っていた彼。
私と姉さんとの違いを真剣に話してくれた彼。
私は・・・彼のその二面性に惹かれている自分を認識しました。
光と闇・・・
相反するモノをその身に宿す彼は・・・
彼の名前はテンカワ アキト。
姉さんの想い人。
そして・・・
「やっぱり・・・姉さんと私は趣味が一緒なのですね。」
帰ってから姉さんに言う言葉は決まりました。
「負けませんよ姉さん。
そして・・・」
残敵の掃討が終わった彼は、次のチューリップに向って飛び立って行きます。
私は飛び去るその姿を確認し・・・
「逃がしませんからねアキトさん!!」
私は大声でアキトさんにも宣戦布告をしました。