< 時の流れに >

 

外伝  漆黒の戦神

 

 

 

 

 

第三話 深緑の地で

 

 

 

 

 

 季節は急速に冬へと変りつつある。

 特にこの地方の冬は厳しく・・・

 私ぐらいの歳の人間にとって、住み心地は良いとは言えないだろう。

 

 暖炉の中で燃えている焚き木を見ながら私は物思いに耽る・・・

 

 

 この土地は私の生まれ故郷であり。

 息子夫婦と孫達との思い出の土地でもある。

 

 ・・・そう、今は亡き我が息子夫婦。

 無人兵器の攻撃にあい死んでしまった。

 

 お前達は私を恨んでいるだろうか?

 大切な娘達を軍人にしたこの私を。

 この頃、何時も私の頭に浮かぶものは・・・孫娘のアリサを軍に入隊させた時のお前との喧嘩だ。

 思えばあの喧嘩が、お前と私の初めての親子喧嘩だったな。

 

 

「父さん!! 僕と違ってアリサは女の子なんだ!!

 軍には絶対に入隊させない!!」

 

「お前の意見はそうでも。

 アリサ自身が入隊を希望しているんだ・・・止める事など出来るものか。」

 

「嘘だ!! 父さんの権限でアリサの入隊を阻止出来る!!

 アリサはただ軍に・・・父さんに憧れているだけだ!!

 絶対に最後にはあの子が傷付く!!

 父さんにもそれは解ってるんだろ?」

 

「・・・それでも、私は西欧方面軍総司令のグラシス=ファー=ハーテッドだ。

 軍にとって有益な人材を見逃す事は出来ん。」

 

「また、僕から家族を奪うんだね・・・母さんと同じ様に。」

 

「・・・」

 

 

 3年前の出来事が、私の脳裏に蘇る。

 

 あの時、アリサの入隊を阻止しておけば・・・

 お前達は・・・今も幸せに暮らせていたのだろうか?

 少なくともアリサの事を心配して、基地の近郊にあったあの街に住む事は無かっただろうな。

 

「今更悔やんでも遅い・・・もう死んだ者は蘇らん。」

 

 そして、私の手にはその二人の孫娘からの手紙がある。

 あの子達は私を許してくれるのだろうか?

 それとも恨んでいるのか・・・

 それは本人達に聞かなければ永遠に解らない事だろう。

 

 ただ・・・この私に出来る事は。

 

 息子夫婦に償う為には。

 

 

「テンカワ アキト・・・試させてもらうぞ、君の実力を。

 私の自慢の孫娘達に相応しいかどうかを。」

 

 そして、私は再び孫娘達の手紙に目を通すのだった・・・

 

 

 

 

 

『拝啓 お爺様へ

 

 季節は冬へと変りつつあります、お身体は大丈夫でしょうか?

 今回の手紙を書いたのには理由があります。

 

 一つは私の軍の入隊に便宜を図っていただいたお礼です。

 あの時は私の我侭に付き合って下さり、有難うございました。

 

 そして、もう一つ・・・彼の事を相談したかったからです。

 

 今日も彼は出撃を繰り返します・・・

 何故、彼は一人で全てを背負い込むのでしょうか?

 どうして私達を頼ってくれないのでしょうか?

 問い詰めれば彼はそれを否定をします、ですが・・・

 

 

 

「アキト!! 幾らアキトでも出撃回数が多過ぎるよ!!

 睡眠時間も少ないじゃない!!」

 

「・・・大丈夫だよ、これくらい。

 それに俺が出ないと戦線の維持が出来ないだろ?」

 

「・・・どうしてそんなに自分を追い込むのよ。

 私に理由くらい教えてよ。」

 

「理由、か・・・

 別に自分を追い込んでるつもりなんて無いさ。

 ただ、一つだけ・・・俺が守ってるのは、守りたいのは力の無い一般人だ。

 あの人達を軍が完全に守れるなら、俺は出撃を控えるさ。」

 

「そんな・・・」

 

「じゃあ、次の出撃があるから。」

 

 

 

 ・・・軍はそれほどに無力なのでしょうか?

 彼もその一般人の中の一人だというのに。

 私は彼の事が気になって仕方がありません。』

 

 

 サラ・・・お前は彼をどう思う?

 私の所にきた報告書を見て・・・正直騙されているのかと思ったよ。

 

 きっかけは、連合軍総司令に出した増援依頼だった。

 私の要請に応えて軍から配備されたのは・・・一台のエステバリスと一人の少年だった。

 私は軍本部の正気を疑った。

 そして彼の顔も見ずに最前線へと送り出した。

 

 この時期の西欧方面軍は危機に陥っていた。

 東南アジア一帯は、ネルガルの新造戦艦の活躍でかなり有利に戦っているらしい。

 しかし、西欧諸島一帯は決定打に欠けるため苦戦を強いられていた。

 新造戦艦による救援要請も幾度も出した。

 だが、その要請が受け入れられる事は無く。

 私はこの現状を打破する手段を失った。

 

 その様な現状の私に・・・

 噂の彼の存在と、新たに配置された少年を重ねる事など出来なかった。 

 初めての彼の戦闘報告に。

 私は自分の目を疑った。

 

 

 エステバリス単独でのチューリップ破壊。

 

 戦果 チューリップ 4つ

     無人兵器  約800機

 

 

 軍のエステバリス部隊での噂。

 エステバリス単独でチューリップを切り裂く、エステバリスライダーが存在するらしい・・・

 何処にでも転がっている英雄伝説。

 私はそう判断していた。

 

 しかし、今伝説は私の持つ報告書に実在を訴えていた。

 

 そして・・・驚くほどに少ない被害者。

 その被害者の中で、更に少ない死亡者。

 だが。

 

「そんな・・・馬鹿な!!」

 

 死亡者の中に息子夫婦の名前を見付け・・・

 私の心臓が跳ね上がる。

 

 私は息子夫婦がアリサを気遣い、軍の近くの街に引っ越している事を知らなかった。

 ・・・では、知っていれば。

 私はあの街を無人兵器の攻撃から守れただろうか?

 おそらく無理だろう。

 

 だから私は彼を試す。

 ただ一人、私の無力感を拭い去る可能性を持つ彼を・・・

 

 

 

 もう一人の孫娘の手紙にも目を通す・・・

 

アリサからの手紙にも驚くべき事が書いてあった。

 それは彼の普段の生活模様だった。

 

『拝啓 お爺様

 

 プライベートな手紙ですので、お爺様と書かせてもらいますね。

 もう故郷の家では雪が降り始める時期ですね。

 お身体の健康に気を付けて下さい。

 

 お爺様に無理を言って、姉さんの部隊に配属されて半月が経ちます。

 その半月は驚愕の連続でした。

 私は自分の未熟さを実感しました・・・人としてもエステバリスライダーとしても。

 私自身、何時の間にか周囲の誉め言葉に舞い上がっていた様です。

 そして・・・彼は本物でした。

 私はこの地で彼に出会えた幸運を神に感謝します。

 

 その彼ですが実は・・・

 

 

 

「アキトさん!!

 今日も厨房に立つんですか?」

 

「ん?

 ああ、俺の唯一の趣味みたいなものだからね。」

 

「どういった経緯で、アキトさんが厨房に立つ様になったのですか?」

 

「いや実はね・・・ここの厨房はオペレーター達の持ち回りなんだけど。

 初めて食べた昼食がちょっとね・・・ははははは。

 それで喧嘩しちゃってさ、じゃあ自分で作ってみろ!! って言われて。」

 

「・・・何となくその後の予想が出来ます。」

 

「・・・じゃあ聞かないで。」

 

「お人好しなんですね、アキトさんて。」

 

「よく・・・言われるよ。

 でも、俺は皆が言う程にお人好しなんかじゃないさ。」

 

 

 

 そして、彼はそう言って寂しそうに笑います。

 そんな彼に・・・

 私は彼に惹かれています・・・恐い程に。』

 

 

 アリサ・・・変ったな。

 文面からもお前の成長が伺える。

 お前は軍に入って笑わなくなってしまった。

 息子の言う通り、お前は憧れだけで軍に入ったのだからな・・・

 だがその才能のお陰で大きなトラブルもなく今に至った。

 それが・・・軍から抜け出す機会を逃した。

 お前も私のエゴの犠牲者なのだろう・・・

 

 今、思い出してみればつまらない事に拘っていた様な気がする。

 その犠牲が息子夫婦に二人の孫娘。

 

「つくづく・・・罪深い男なのだな私は。」

 

 だが、彼の趣味が料理とはな・・・

 サラとアリサの変化といい。

 彼には何か不思議な力でもあるのだろうか?

 

 彼の戦闘結果は誰もが知る事が出来る。

 しかし、その戦闘映像はネルガルとの契約で見る事が出来ない。

 その為に彼の存在を疑問視する軍人は多い。

 実際、私も彼の戦闘を見た事は無い。

 彼はネルガルの開発した特殊な武器を用いて、チューリップの破壊を行なう。

 それならば、その武器を大量生産をすれば?

 私はその意見を連合軍本部に打診した。

 しかし、連合軍本部からの返信は意外に素早く・・・驚愕に値するものだった。

 

 連合軍の要請を聞いたネルガルは、その武器のサンプルを軍に送った。

 一言、使いこなせるのならば生産しましょう、とメッセージを添付して。

 そして、そのサンプルの仕様説明を見たテストパイロットは・・・こう呟いた。

 

『自分は自殺願望者ではありません。』

 

 ・・・己を守る防御フィールドすら攻撃に転換する武器。

 それが彼の武器だった。

 

 生と死が紙一重の戦場で・・・

 更に生存の確率を削りながら戦う彼。

 その凄まじい戦闘能力と引換えに、常に己の命を賭け事のチップとしている。

 何が彼をそこまで駈り立てるのか?

 私自身も彼への興味は尽き無かった。

 

 

 

 そして、二人の孫娘の手紙に書いてある共通事項は・・・

 

『彼の出向期間はいつまでなのですか?』

 

 彼を・・・軍が手放す事があるのだろうか?

 その圧倒的な戦闘能力。

 作戦行動を見ても欠点を見付ける事が出来ない。

 そう、彼は信じられない事に現地の隊長の指示では無く。

 自分の考えで作戦を実行している。

 彼は・・・隊長クラスに与えるには大き過ぎる戦力だからだろう。

 その為に、軍の人事部が隊長に命令権を渡していない。

 私ですら・・・許可が出るのは怪しいかもしれない。

 

 ならば何故?

 彼は軍の作戦の手伝いをするのだろうか?

 彼に対する疑問は増えるばかりだった・・・

 

 

 

 

 

 次に彼の部隊の隊長からの報告書に目を通す。

 プライベートな時間にまで、部下の報告書を読んでいる自分に自嘲する。

 息子夫婦が亡くなっても私は軍人らしい。

 軍人である事を恥じた事は無い。

 ただ・・・息子に最後まで理解されなかった事だけが悲しい。

 

 

 

『報告書 No.258                      2197年11月01日

                   報告者  第三部隊 隊長 オオサキ シュン

 

 2197年10月31日 AM 03:42 の戦闘報告

 

 戦果                チューリップ 2つ

                    無人兵器  約400機

 

 被害                戦車       2台 中破

                              5台 小破

                    

                    エステバリス   1台 小破

 

 

 備考  軽傷者は多数。

      死者は無し。                                   』

 

 

 

 上出来・・・としか言い様の無い戦績だろう。

 しかし、この報告書に一番貢献している人物の名前が世間に出る事は無い。

 全ては連合軍の功績として残されていくのだ。

 ・・・彼はその事をどう思っているのだろう?

 実績だけで言えば、彼は本来なら少佐になっていてもおかしくは無い。

 だが彼は民間人だ。

 私達軍人が守るべき人なのだ。

 それが・・・軍が逆に彼に守られている。

 

「情け無いものだな我が軍も・・・」

 

 そしてその隊長からの嘆願書に目を通す。

 

 

『現在自分は自己嫌悪に陥っています。

 民間人に助けられなければ勝てない軍に、存在価値はあるのでしょうか?

 彼が軍人ならば自分は彼を誇りに思います。

 しかし、彼は民間人なのです。

 一度、彼を軍に誘いました・・・ 

 

 

 

「おい、アキト・・・お前はどうして軍人にならなかったんだ?」

 

「・・・どうしてだと思います?」

 

「いや、そう聞かれても俺には答える事は出来んぞ。」

 

「俺は・・・俺の守るべき者の為にしか戦わない。

 だから。

 軍の・・・他人の命令で戦場に立つつもりは微塵も無い!!

 そして俺は・・・軍人が嫌いだ!!

 だが、一番嫌いなものは・・・

 俺が認めたくないものは・・・」

 

「・・・ものは、何だ?」

 

「・・・戦場で血に酔う自分だ。」

 

 

 

 あの時、彼の発する鬼気に自分は動けませんでした。

 彼の過去を自分は知りません。

 また、知りたいとは思いません。

 ただ、自分は一人の人間として彼の解雇を嘆願します。

 未だ若く未来ある彼を潰す可能性がある軍に、彼は置いておけません。

 戦力としては大幅な低下ですが。

 ネルガルの新造戦艦の参入で大きく戦況は変りつつあります。

 この西欧方面の戦況も大きく変るはずです。

 自分の嘆願が通る事を切に願います。』

 

 

「ふぅ・・・」

 

 孫娘達とこの部隊長の手紙を読む度に・・・

 私の中での彼の人物像は揺らぐ。

 

 我が身を削り、軍人を含む民間人を守り。

 

 厨房では楽しそうに料理を作り。

 

 そして、我が身の狂気を恐れる。

 

 お人好しであり、責任感が強く、素直である。

 気高く、好戦的で、狂気を纏う。 

 

 その相反する感情を胸に彼は戦い続けている。

 何が彼を戦いに駆り立てる?

 

 私の先祖はこの土地を・・・家族を守る為に軍人になった。

 だから私も軍人になった。

 息子は私の動機を理解はしてくれた。

 だが、自分は軍人にはならない・・・そう、妻の葬式の時に私に言った。

 

 私の妻は息子が10才の時に病気で亡くなった。

 ドラマにある様な話しだった・・・

 私は軍の命令で他国の駐屯地の隊長をしていた。

 妻が寂しさから病気になっている事も知っていた。

 息子の手紙には何時も最後に、’早く帰って来て’と書かれていた。

 それでも私は軍務を優先した。

 我が家の誇りを守る為に・・・

 

 そして妻が死んだ。

 それでも私は帰らなかった。

 

 妻が死んでから半年後に私は祖国に帰った。

 そして妻の葬式を行なった。

 墓石の前で私は初めて妻に謝った。

 息子はそんな私を見て・・・私を許してくれた。

  

 ただ、自分は私の様にはならない、と・・・

 自分の人生だから自分のやりたい事をする。

 

 そして私と息子の道は分れた。

 そのまま二度と交わる事なく・・・

 

 私は軍に一生を捧げた・・・

 だからこそ、強く生きて来れた。

 だが彼は?

 彼は何を求めて戦場をさ迷うのだろう?

 民間人を守る為か?

 それだけとは思えない・・・

 彼にも何か心に秘めたモノがあるはずだ。

 自分を強く保てる何かが。

 

「さて、来週には噂の彼に会えるのかな。」

 

 私は暖炉の前から立ち上がり寝室へと向った。

 窓から見える景色には深緑の森。

 私が守りたかったのは・・・家族とこの景色だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三話 その2へ続く

 

 

 

 

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