< 時の流れに >
外伝 漆黒の戦神
第二話 白銀の戦乙女
その話を聞いた時・・・
私の時間は一瞬止まりました。
大切な人が・・・急に亡くなったのですから。
当たり前の反応だと思います。
でも、もう一人の大切な人は生きている、と。
それを聞いて、私の時間は再び動き出す事が出来ました。
少なくとも私は、全てを失ったのではないのですから。
そして・・・
直ぐにでもその人に会いたいと思いました。
慰めてあげたかった。
いや、私が慰めて欲しかったのかもしれない・・・
ですが、次の報告を聞いて・・・その気持ちは吹き飛びました。
「なお、君の姉は当日付けで西欧方面駐屯軍のオペレーターに配置された。」
「・・・はあ?」
私の知らない所で、姉の物語は始まっていたらしいです・・・
なんて事を急に言われて、納得出来る訳ないじゃないですか!!
私は心の中で怒声を上げながら、自分のエステバリスを目的地に向けて飛ばします。
あの軍人嫌いな双子の姉さんが!!
私が軍のエステバリスのパイロットになると言った時。
姉さんと初めて本気で喧嘩をした・・・
お父さんとお母さんも良い顔はしなかった・・・
最後には西欧方面軍総司令でもある、お爺様の口添えもあって家族とは和解出来たのだけど。
私達のお父さんはお爺様に似ず軍人向きではなかった。
そして普通の人生を歩み・・・
お母さんと結婚して平和に暮らして・・・
私達、双子を生み育ててくれました。
だけど、私はお爺様の生き方に憧れて軍に入隊をしました。
私にはお爺様の血が強く受け継がれていたのでしょう・・・
でも、最後まで姉さんは納得してはくれなかった。
そんな姉さんが軍に入隊を志願した?
どうして? 今頃になって軍に入ったのか?
それも疑問の一つですが・・・
大好きな両親が死んで直ぐに前向きになれる程、姉さんは強くない。
その時の姉さんを支えた人物が必ずいるはず。
私はそう言ってお爺様に詰め寄りました。
そして、見せてもらった資料・・・
そこにはある人物の名前が・・・
私達エステバリスを駆る者の憧れであり。
エステバリス単独でチューリップを落すと言われ。
そして、噂話でしか聞いた事のない最強のエステバリスライダー。
ナデシコ部隊所属 テンカワ アキト。
彼がこの地で姉さんを守った人・・・
姉さんの心を絶望から救った人・・・
そして・・・姉さんの人生観すら打ち破った人・・・
本来ならば私は彼に礼を尽さないといけないでしょう。
しかし・・・
手渡された資料の最後に書いてある、特記事項を見て気が変わりました。
特記事項・・・計測不能な戦闘能力。
稀代の女たらし。
・・・稀代の女たらし、ですって?
まさかあの堅物の姉さんを・・・
いえ、そう考えれば姉さんが軍に入った訳がわかります。
つまり・・・この、女たらしを追いかけて軍に入った、と。
私はその場でお爺様に直談判をし。
私もこの女たらしの所属している部隊に配属される様にしてもらいました。
一刻も早く姉さんを、この危険人物から遠ざける為に!!
そして・・・
今、私の目前には例の最前線基地が・・・
大切な姉さんがいる駐屯地を視覚に捉えました。
さあ、姉さん!! 今から目を醒まさせてあげますからね!!
「ようこそ我が部隊へ、アリサ中尉。」
「はっ!! これから宜しくお願いします!!」
敬礼をしながら私は、この部隊の隊長に到着と配属の報告をします。
私を出迎えてくれたのはこの部隊の隊長・・・シュン少佐でした。
名前と外見から推測するに、東南アジア系の人らしいですね。
そうそう、この人は人望が厚い事で有名です。
「しかし・・・白銀の戦乙女が我が部隊に配属されるとはね。
正直言うと、これ以上の戦力の増強は必要無いと判断するんだが・・・」
私の愛機・・・白銀のエステバリスを見上げながらそう呟く隊長。
言葉使いも軽い物に変わっています。
どうやら余り堅苦しい人では無い様ですね。
「でも、ここは最前線です・・・戦力は多い方が有利だと思いますが?」
「ああ、確かに地獄の最前線だよ。
・・・ある人物が来るまでは、な。」
・・・何故、そこで微笑む事が出来るのですか?
周りの整備の人達も、何処かリラックスして仕事をされてます。
今迄配置されてきた部隊では、感じる事のない雰囲気がこの部隊には漂ってます。
そして、ある人物とは・・・彼しかいませんね。
「それは・・・どうゆう意味なのでしょうか?」
「何、その人物が来てから一人も戦死者が出ていない。
奇跡の最前線がここなのさ。」
そう言って肩を竦める隊長。
「テンカワ アキト・・・漆黒の戦鬼と呼ばれるエステバリスライダー。」
その隊長の姿を見ながら私は独り言の様に呟きます。
今ではこの部隊の守り神、ですか?
眉唾ですね。
実際にその戦いを見た事はありませんが・・・
本当にエステバリス一機で、チューリップの破壊が出来るのですか?
私は・・・
自分の愛機の隣にある漆黒の機体。
テンカワ アキト専用のエステバリスを睨みます。
このエステバリス一機で、この駐屯地全ての戦力を凌駕する?
冗談みたいな話ですね・・・
「知っててこの部隊に来たんだろ?
中尉は顔に似合わず負けず嫌いでも有名だからな。」
「そんな用事でここまで来ません!!
それに顔の事は関係無いではないですか!!」
私はつい大声で隊長に反論してしまいました。
「ははは、悪い悪い。
じゃあ姉さん・・・サラ少尉が目的かな?
・・・でも、一つだけ忠告しておく。」
突然、隊長の声の調子が変わります。
「アキトには対抗心を持つだけ無駄だ。
アイツの実力は君達とは桁が違う・・・どころか別次元だ。
誰一人として、アイツには勝てはしないだろう。
それが白銀の戦乙女、と言われる西欧方面軍のエースの君でもだ。
・・・また、プライベートでもそうだ。
アキトには謎が多い・・・そして戦士としての白兵戦の実力も未知数だ。
ちょっかいを出すつもりなら・・・それなりの覚悟をしてするんだな。」
「それは・・・命令ですか?」
「いや、忠告だ・・・特に君はサラ少尉と同じく美少女だからな。
いろいろな意味で・・・アキトには気を付けた方がいい。」
そして顔を顰める隊長。
やっぱり・・・姉さんはテンカワ アキトの毒牙に!!
大丈夫!! 私がきっと姉さんを救い出してあげますからね!!
「御忠告、有難う御座います!!
・・・ところで、姉さんに会いたいのですが。」
「ああ、許可する。
今頃は・・・オペレーター室にいると思うぞ。」
「了解しました!!」
そして私は姉さんの元へと歩き出しました。
・・・一刻も早く姉さんの目を醒ましてあげなければ!!
「・・・注意をしてもしなくても・・・落すんだろうなアイツ。」
ですから、最後に隊長が呟いた言葉は聞えていませんでした。
「姉さん!!」
「アリサ!! どうしてここに?」
「私もこの部隊に配属されたの!!」
突然オペレーター室に現れた私を見て姉さんが驚きます。
何時もは綺麗に後ろに流しているだけの金髪も、今は邪魔にならない様に三つ編みにしています。
私と姉さんは双子なだけあって、顔立ちがとても似ているんです。
でも、髪の色が違うので友人等は判別には困らない、と言っていました。
姉さんは綺麗な金髪を腰の辺りまで伸ばしています。
私は見かたによっては銀に見えるプラチナブロンドの髪をしています。
そう、私の愛機と同じ色です。
髪の長さは姉さんと同じ位です・・・私は髪をポニーテールにしていますが。
そして瞳の色は二人ともに碧眼です。
「・・・姉さん、お父さんとお母さんが。」
「ええ・・・亡くなったわ。」
沈んだ表情をする姉さん・・・
でも、落ち着いています。
私が知っている姉さんなら、もっと取り乱してもおかしくないのですが。
お父さんとお母さんが亡くなってから、二週間しかたっていません。
何が・・・姉さんをここまで強くさせたのでしょう?
「姉さん・・・今は戦争だもの仕方ないですよね。
でも、姉さんは変わりましたね?
しかも軍に入るなんて・・・
昔の姉さんなら多分衝撃が大き過ぎて・・・部屋に閉じ篭ってしまうと思うのだけど。」
そんな私の話を聞いても、姉さんの瞳は揺るぎもしない・・・
ここまで変わってるなんて。
昔は争い事が嫌いで直ぐに妥協する人だったのに。
「ふふふ・・・女はキッカケがあれば変われるのよ。」
・・・キッカケ?
テンカワ アキト・・・貴方は一体姉さんに何をしたんですか。
ここはもう婉曲的な質問は止めです。
直接質問をしましょう。
「・・・姉さん、テンカワ アキトって人を知ってる?」
ビクッ!!
「え、ええ、知ってるわよ。
それが、ど、どうかしたのかしら?」
露骨に動揺をする姉さん・・・
怪し過ぎますね。
「同じエステバリスライダーとして、噂の彼に会ってみたいのよ。」
「あ!! そうなの!!
アキトなら今は・・・多分格納庫かしらね?」
私の用件を聞いて安堵の表情をする姉さん。
何を心配してるんですか・・・しかし、これは重症ですね。
しかも、あの姉さんが男性の名前を呼び捨てにするとは!!
姉さんと私は中学まで同じ学校に通っていました・・・
でも、私は軍の訓練学校に、姉さんは女子高へと進学しました。
―――あれから3年
私は軍の訓練学校を卒業し世間を少しは知りました。
姉さんは大学に進学し・・・相変らず家と学校を往復するだけの生活です。
ですから私に比べると姉さんは男性が苦手なのです・・・
その姉さんをこの短期間で・・・テンカワ アキト、ここまで凄腕とは。
最終手段として・・・彼を義兄と呼ぶ事になるかもしれませんね。
そうならない事を祈るばかりですが。
「じゃあ、私は仕事が残ってるから。
悪いけどアリサ一人でアキトに会ってきて。」
「解りました・・・また後で話しましょうね、姉さん。」
「ええ!!」
そして私と姉さんは別れました・・・
後は問題の人物を問い詰めるだけです!!
・・・そう言えば。
「私はテンカワ アキトの顔を知らないんですよね・・・
まあ、噂通りの人物みたいですし。
きっと、噂通りの外見でしょう。」
確か噂では身長が2mで・・・
体重が100kg程の巨漢でしたね。
顔の造りは解りませんが・・・黒髪黒目なのは聞いてますし。
「さて、格納庫に行きましょうか。」
でも、姉さん・・・
昔から好みとか趣味が私とよく一致してましたけど。
男の人の好みは・・・まるっきり逆なんですね・・・
そして私は格納庫に辿り付きます・・・
まず・・・周りを見回すと。
私のエステバリスを見つめている一人の男性を見つけました。
その手にはIFSが付けられています。
彼が・・・そうなのでしょうか?
ここで悩んでいても仕方がありませんね。
ならば・・・試してみましょう!!
「済みません。」
私が後ろからその男性に声をかけます。
そしてその男性が振り向き・・・
「何・・・!!」
ガコォッ!!
私の上段回し蹴りを顎にもらい・・・倒れ伏す男性。
・・・ふむ、違ったようですね。
よく見れば髪もこげ茶色ですし、身長も低いですね。
「失敗、失敗。
さて、他にパイロットらしき人は・・・」
その時、整備士の人達は急いでその場から逃げだしました。
結局格納庫に残されたのは私だけ・・・
「まったく!! 失礼ですわね!!
レディーを残して逃げ出すなんて!!」
私は新たな手掛かりを探す為に・・・
もう一度姉さんの元に訪れる事にしました。
このパイロットの人は・・・まあ、直ぐに気が付くでしょう。
私が格納庫を去った後には・・・
名前も知らないパイロットが一人、気絶しているだけでした。
ちゃんと仕事はして下さいね、整備士の皆さん。
そして再びオペレータールームを私は訪れます。
「姉さん・・・ちょっといいですか?」
「何? アリサ?」
再び現れた私を、不思議そうに見ながら姉さんがやってきます。
オペレーター室にいる他の方達は、私と姉さんを横目で盗み見しています。
・・・昔から好奇の視線には慣れてます。
それ程に双子が珍しいのでしょうか?
「そう・・・アキトは格納庫にいなかったの。」
「ええ、ですから他に心当たりはありませんか?」
少しの間考え込んだ姉さんは・・・
私に一枚のカードキーを手渡してくれました。
意味が解りません?
「姉さんの部屋のカードキーですか?
私は姉さんの部屋に用事はないですよ。」
「あ、それはアキトの部屋のカードキーよ。
お爺様に頼んでコピーを送ってもらったの。」
ピキィィィィィィィィンンンン・・・・
私の時間が・・・再び止まりました。
・・・そこまで二人の仲が進展しているとは。
もう・・・テンカワ アキトは私の義兄なんですね。
固まってる私を見て、姉さんが急いで事情の説明をします。
「べ、別に深い意味は無いのよ!!
カードキーがあれば便利かな、って思って取り寄せただけなんだから!!」
・・・私の時間が再度、動き出しました。
どうやらまだ引き返せる地点に、姉さんはいるみたいです。
でも・・・何が便利なのですか?
「性格が激しく変わりましたね・・・姉さん。」
「そう? 私って一途だからかな?」
そう言う問題ではありません!!
何処の世界に独身男性の部屋のカードキーを取り寄せる女性がいるんですか!!
・・・世間知らずとは恐ろしいですね。
頭は優秀なんですけどね・・・姉さんは。
「・・・取り敢えずそのカードキーは不要です。
テンカワさんの個室さえ教えて貰えれば自分で訪問します。
もし、不在でしたらまたここに帰ってきます。
・・・ちなみに姉さん。
そのカードキーを使ってテンカワさんの個室には・・・」
「・・・てへ♪」
・・・てへ♪ じゃ、ありません!!
激しく性格が変わったのではなく、180度反転しているではないですか!!
恐るべし・・・テンカワ アキト・・・
「あ、でもその時はアキトは不在だったのよね。
何でも早朝のトレーニングで外を走っていたらしいわ。
・・・せっかくモーニング・コールをしに行ったんだけどね。」
危なかったですね・・・姉さん・・・
「そうですか・・・
でも姉さんのその行動は余り感心出来ませんね。」
「う〜ん、ここの同僚の人のアドバイスを実践したんだけどね。」
・・・その同僚の人も、まさか姉さんが実践するとは絶対に思ってませんよ。
ある意味この姉さんは天然ですからね・・・
何でも直ぐに信じてしまいますし。
「はあ・・・それでは私はテンカワさんの個室を訪れてみます。」
「あら、行ってらっしゃい。
ここがアキトの部屋よ。」
そう言って姉さんは私に、テンカワ アキトの個室までのルートを教えてくれました。
何だか・・・肝心な用事を果たす前に疲れ果ててしまいましたよ、私は。
オペレータールームに戻って行く姉さんにお礼を言い・・・
私は次の目的地へと向いました。
そして、私はテンカワ アキトの個室に辿り着きます。
まずはチャイムを鳴らして・・・
ピンポーン!!
・・・返事がありません。
では、もう一度。
ピンポーン!!
やはり、反応がありませんね・・・また外れの様です。
私が諦めて、三度オペレータールームに向かおうとした時・・・
「あれ、君は誰だい? 俺の部屋に何か用かな?」
そう言う声が私の背中にかけられました。
この人が噂のテンカワ アキト!!
私は急いで後ろを振り返りながら・・・
問答無用のバックブローを放ちます。
いろいろと衝撃的な事が続いて、ちょっと気がたっています。
これ位の攻撃、テンカワ アキトなら避けられる・・・
ガシィィィィ!!
「ぐあっ!!」
・・・避けられ、無かったみたいですね。
そのまま地面に崩れ落ちる男性・・・
その男性は整備服を着てられます。
そして、ネームプレートにはサイトウと書かれてますね。
「・・・人違い、ですね。」
ちなみに私は部屋も間違っていました。
その隣の部屋がテンカワ アキトの個室でした。
サイトウさん御免なさい・・・悪いのは全てテンカワ アキトなんです。
私は心の中でサイトウさんに謝りながら、テンカワ アキトの個室のチャイムを押します。
・・・結果。
テンカワ アキトは自分の個室にも不在でした。
「・・・姉さんの所に戻りましょう。」
私はその場に気絶したサイトウさんを残し・・・
オペレータールームに向いました。
サイトウさん、貴方の敵は私が必ずとりますからね!!