< 時の流れに >

 

外伝  漆黒の戦神

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・そこまでだ!! テツヤ!!」

 

 

 彼は突然現われた。

 私の部屋に飛び込み男に拳銃を向ける。

 

「おっと、早い到着だったなナオ。

 ・・・見張りは全滅か、腕を上げたな。

 動くなよ、大切な女の頭が吹き飛ぶぜ?」

 

 私の頭に拳銃をポイントしたまま不適に笑う男。

 その笑みは更に禍禍しいものになっている。

 ・・・何を、考えているの?

 

「貴様・・・あれだけでは足らないとでも言うのか!!」

 

「あ?

 ああ、玄関に放置していたアレか?

 まあ中年男性より、美人の方がインパクトはでかいだろ。」

 

 この人は・・・いったい何が言いたいの!!

 

「そこまでアキトを憎む理由が、お前にあるのか!!」

 

「理由? ・・・別に無いね。

 ただ俺は英雄と呼ばれる人物の、化けの皮を剥がすのが趣味でね。

 英雄なんて幻想の存在さ。

 あれは周りの人間が勝手に作り上げた偶像だ。

 テンカワ アキトも・・・

 止めておこう、俺の意見はこの場では関係無いだろ?」

 

 私達家族は・・・

 アキトさんを苦しめる為だけに殺されたの?

 

「だからと言って!!」

 

「いいかナオ?

 俺の仕事はテンカワ アキトをクリムゾンにスカウトする事だ。

 その為に手段は選ばない・・・

 もっとも、テンカワを苦しめて楽しんでいる事は確かだがな。

 さて、何時まであの英雄は精神が持つかね?」

 

 

「貴様ぁぁぁ!!」

 

 

 私の目の前では、二人の視線による闘いが行われている。

 余りの事実に叩き伏せられた私は・・・

 何を感じず。

 何も考えらず。

 ただ呆けていた。

 

 また歯車が回り出す音を私は聞いた。

 もう・・・止める気にはなれなかった。

 

「ああ、一つ良い事を教えてやるよミリアさんよ。

 このナオも、クリムゾンの関係者だ。」

 

「え!!」

 

 私は驚いてヤガミさんの顔を見る。

 しかし、私の視線は彼のサングラスに遮られていた。

 

「所属はシークレット・サービスの次長。

 この世界じゃ結構名前の売れた奴だったんだがな。

 ある任務の失敗で辞表を提出して、何処かにフラリと旅立ちやがった。

 その落ち着いた先が・・・

 自分の任務を妨害したテンカワ アキトの護衛だっていうんだからな。

 思わず笑っちまったぜ、俺はよ。」

 

「どう言う事、ですか? ・・・ヤガミさん?」

 

 私の頭ではもう、現実に対処出来なくなってきていた。

 ただ・・・彼に縋ってでも自我を保ちたかった。

 

「・・・俺は、サラちゃんとアリサちゃんの護衛が任務だ。」

 

「下手な嘘は止せよ。

 重要度からすればテンカワ アキトの価値は計り知れない。

 それこそ西欧方面軍総司令の孫なんて比べ物にならんね。」

 

 ヤガミさんは無言で男を睨み続けます。

 

「じゃあ、あの時謝っていたのは?」

 

「それはだな、俺達があんた達家族を狙う可能性を見落としたからさ。

 そうだろ、ナオ?」

 

「・・・悔やんでも悔やみ切れない事だ。

 まさかお前みたいな非常識野郎を、クリムゾンが送り込んでくるなんてな!!」

 

「誉め言葉として聞いておくぜ。

 これで解っただろう?

 全ての元凶はテンカワ アキトにあるのさ。」

 

 もう、何も聞きたく無かった。

 耳も心も塞いで何処か遠くに行きたかった。

 死にたかった・・・あまりに理不尽な現実を見せ付けられて。

 でも、私の心の歯車はもうそれすら許してくれない。

 

「テンカワ アキトが自分の可愛いがっていた少女と。

 あんたの妹がその身代わりに選ばれたのが、あんた達家族の不幸だ。」

 

 

「貴様!! まだそんな事を言うのか!!」

 

 

「ああ、何度でも言ってやる。

 手紙でも書いていただろ?

 あの子供も泣きながら否定していたがな。

 だがテンカワ アキトが全ての元凶、そして不幸の始まりだ。

 あんたは被害者なんだよ・・・

 さあ、全ての元凶に鉄槌を下すんだ。」

 

 私の顔を覗き込みながら囁き続ける男・・・

 

出て行って・・・

 

 心の底から吹き上げる・・・

 黒い炎に身を焦がしながら、私は呟く。

 

「何だって?」

 

「ミリア・・・」

 

「二人とも出て行って!!

 私を一人にしてよ!!

 何が何だか解らないわよ!!

 もう・・・私の事は放っておいて!!」

 

 

 絶叫・・・

 私はそのままベットに倒れ込んで泣き出した。

 

 あの少年は・・・妹を見ていなかった。

 淡い感情を抱き始めていた彼は・・・私に仕事の為に近づいただけだった。

 大切な家族は・・・二人とも私の手の届かない世界に行ってしまった。 

 

 裏切られた・・・全てに。

 その想いだけが、私の胸を占める。

 

「じゃあな、ナオ。」

 

「このまま無事に帰れるつもりかテツヤ!!」

 

「ふん、甘ちゃんのお前にこの女の前で殺しが出来るのか?

 俺ではお前に勝てないのは解ってるさ。

 無駄な抵抗はしないぜ。

 だが・・・あと一押しでこの女の心は壊れるな。」

 

「くっ!! ・・・何処まで腐ってやがるんだお前は!!」

 

「さあな・・・もう腐る所も無いと思うぜ。」

 

  

 ガチャァァァァァンンン!!

 

 

 窓ガラスが割れる音が聞えた。

 11月の冷たい空気が、私の身体から体温を奪ってゆく。

 同時に私の人の心さえ・・・奪っていくようだ。

 

 止まれない・・・止まらない・・・

 狂った歯車は、もう絶対に止まらない。

 

 ユラリ・・・

 

 暫くして・・・

 泣き止んだ私はゆっくりと立ち上がる。

 

「ミリア・・・」

 

「まだ・・・いたの?」

 

「俺の話しを聞いてくれ!!」

 

 必死な表情で私に話しかける彼・・・

 これも演技なのね。

 ただ一人残された私を哀れむ為の。

 

「言ったでしょう・・・出て行って。」

 

「・・・ミリア。」

 

「大丈夫よ。

 ・・・自殺なんて馬鹿な事はしないわ。」

 

 そうよ・・・今は目的が出来たんですもの。

 自分から死んだりはしない。

 

「そうか・・・また来る。」

 

「二度と来ないで。」

 

 即答。

 彼との別れを告げる。

 

「・・・ああ、解った。」

 

 寂しそうな顔をして・・・彼は出て行った。

 演技が上手いのね。

 私なんかじゃ騙されても仕方が無いわ。

 

 暗くなっていく街を見ながら・・・

 私は自分の心も闇に染まっていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 父の葬儀ははっきりと覚えている。

 近所の人達は・・・

 短い間に家族を続けて失った私に気を使って、何も話しかけてこなかった。

 私も無言のまま葬儀を終らせた。

 

 父の死も・・・メティの死も・・・

 どちらも戦闘に巻き込まれた事故死となっていた。

 それは私に男の言葉が全て事実だと告げていた。

 

 十一月も終りに近づいた空は・・・

 雪が降る前兆の曇に覆われていた。

 

 まるで、私の心を覆う雲の様に・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さなハンドバックを手に・・・

 私はバスから降り立った。

 

 ここからは歩きね。

 

 久しぶりに着た淡い黄色のスーツ。

 その上に厚毛の白いコートを私は羽織っている。

 

 このスーツはメティの学校の参観日で着た時以来だった。

 

 喜んでいたわよね・・・とても。

 

 あの子の微笑が私の脳裏に蘇る。

 何時までも笑っていて欲しかった。

 

 父も・・・母親に似てきたな、って目を細めていたわよね。

 

 男手一つで私とメティを育ててくれた父。

 また、親孝行がしたかったな。

 

 私がこれからする事を知れば・・・

 二人はどんな顔をしただろう?

 

 ・・・でも、止まれ無いのよ。

 

 

 

「止まるんだミリア・・・」

 

「やっぱり・・・貴方が私の前に立ち塞がるのね。」

 

 私の予想通り・・・彼は。

 ヤガミ ナオは駐屯地へと続く道に現われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬に入ったばかりのこの時期・・・

 ただ立っているだけでは凍えてしまう。

 吹き荒ぶ風が容赦無く私達の体温を奪う。

 

 だけど・・・

 私の心の黒い炎は一向に消えない。

 

 彼と出会ってから10分。

 お互いに無言のまま時は過ぎて行く・・・

 

「あいつの・・・テツヤの言う事を信じるのか?」

 

「別に・・・ただ、私の手が届く範囲にいる目標は。

 あの人と、貴方だけだもの。」

 

 決意を込めた目で彼を睨む。

 今、彼は何を考えているのだろう?

 もう、私は彼すらも復讐の対象だと宣言したのだから。

 

 私の言葉を聞いて・・・

 彼の肩が微妙に揺れる。

 

 ここで私は殺されるのかしら?

 ・・・そうよね、もう私は彼にとって利用する価値も無い女だもの。

 生きている限り、あの少年と自分の命を狙う存在だから。

 

 でも、彼に殺されるなら・・・

 

 もう、私は疲れたの。

 

 

 

 私はゆっくりとハンドバックを開き。

 中に入れていた小型の拳銃を取り出す。

 

「ミリア!! 考え直すんだ!!

 アキトを殺しても何も解決はしないんだぞ!!」

 

「ええ、そうね・・・

 きっと私なんて返り討ちになるわ。

 でも、アキトさんの心にメティと私は残るわ・・・永遠にね。」

 

 冷たく微笑みながら彼に銃口を向ける。

 

 だから殺して、私を・・・

 もう、私には生きる意欲が無いから。

 生きていく意味すらも。

 

「・・・」

 

 無言で佇んでいた彼は・・・

 おもむろに私に向けて歩きだした。

 

 

 サクッ、サクッ・・・

 

 

「近づかないで!!

 どうして私に近づくのよ!!

 貴方の腕なら拳銃の一発で、全ては終るじゃないの!!」

 

 私の叫びを無視して、彼は歩み続ける。

 そして、私が手に持つ拳銃の目の前で止まる。

  

「殺すなら俺だけにしろミリア。

 アキトは・・・あいつはこれから先必要な男なんだ。」

 

 サングラスを外して胸のポケットにしまい。

 その黒い瞳で私を見詰める・・・

 とても優しく。

 

「どうしてよ・・・私は貴方にとって、もう価値が無い存在なのよ?

 邪魔者なんでしょう?

 いらないんでしょう?

 だったら・・・貴方の手で殺してよ。」

 

 私には・・・冷たい女の演技など無理だったのだ。

 強張った手には彼の胸をポイントした拳銃。

 緊張に押しつぶされそうな心臓は、彼と出会った時から激しく脈打っていた。

 

 私は彼に殺される事を恐れているの?

 それとも・・・彼と再び会えた事が嬉しいの?

 解らない・・・解らないのよ・・・

 

「君は価値の無い人じゃない・・・

 少なくとも俺もアキトもそう思っている。」

 

「信じられない・・・もう、そんな言葉は信じられないのよ!!」

 

 

 ダァァァァァァンンンン・・・

 

 

 緊張に耐え兼ねた私の指は・・・

 とうとう引き金を引いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポタ、ポタ・・・

 

 

「何故、最後に銃口を外した?」

 

 左腕を撃ち抜かれた衝撃で片膝をついていた彼が、立ちあがりながら私に質問する。

 

「なら・・・どうして貴方は逃げないのよ。

 貴方の実力なら、私みたいな素人は簡単に殺せるんでしょう?」

 

 初めて人を拳銃で撃った衝撃に・・・

 私は手に持つ拳銃を取り落として泣いていた。

 

 自分が・・・憎からず思ってる人を撃った。

 血を流している彼の左腕を見詰めながら。

 私は心に激しい衝撃を受けていた。

 

 そう・・・私は彼を殺すところだったんだ。

 違う・・・私は始めから彼と少年を殺す為にこの場所を訪れ・・・

 

「私は・・・私は・・・」

 

「俺には君が必要なんだミリア・・・信じてくれ。」

 

 突然、抱き締められた・・・

 暖かい大きなものに包まれる・・・

 

「真実を話していなかった事は謝る・・・

 いや、謝ってすむ問題じゃない。

 だけど、俺の気持ちは本当なんだ。

 俺には君が必要なんだ、ミリア・・・同情ではなく。」

 

 静かに・・・抱き締めた私の耳元でそう告白するヤガミさん。

 それを信じろというの?

 それに縋っていいの?

 

 いえ、その言葉に縋り付きたい自分がいる。

 でもこの言葉すら、嘘だったとしたら?

 もう私の心は耐えられない・・・

 

 だから否定をするの・・・

 自分が壊れない為に。

 

「・・・離して。

 離してよ、離してよ!!

 それも嘘なんだわ!! きっとそうよ!!」

 

 彼の腕の中で激しく暴れる!!

 でも、彼は私を離してくれなかった。

 暫くの間抵抗を続けていた私は・・・

 やがて力尽き大人しくなる。

 

「今は、信じてくれとしか言えない・・・

 けど俺は真剣に君の事を想ってる。」

 

 私の背中を抱き締めていた右手を離すと。

 彼は背広のポケットから小箱を取り出し、私に手渡す。

 

「取り敢えず・・・約束の印だ。」

 

 その照れた表情に私は呆然とした。

 そして小箱を開けて・・・

 愕然とした。

 

「た、誕生石の指輪だけど気に入って貰えたかな?」

 

 小箱に納まった紫水晶の指輪・・・

 私の誕生石であるアメジスト。

 

「で、でも・・・本当に私の事を?」

 

「今度こそ嘘は言って無い!!

 ミリアじゃないと駄目なんだ・・・

 その、婚約指輪だと、お、思って欲しい。

 だから頼む、俺の為に今は生きてくれ。」

 

 そう宣言する彼の目は真剣だった。

 もう私の気持ちは、自分で自分の判断が出来なくなっている。

 

「それでも、私は・・・」

 

「次に裏切られたと思ったなら。

 俺を本当に撃て。

 俺は君の銃弾から逃げる事はしない。」

 

 さっきの様に?

 私の構える拳銃から逃げる事はしないの?

 そこまで・・・本当に私の事を想ってくれているの?

 

 ・・・信じて、いいのね?

 

「本気なの?」

 

「ああ、本気さ。」

 

 そして力強い腕で私を再び抱き締める。

 

 ああ、私にはまだ居場所があった。

 私を必要としてくれる人がいた。

 一人じゃないんだ・・・

 信じてみよう、もう一度この人を・・・

 

 静かに抱き合う私達の上に。

 空からは白い雪が降ってくる・・・

 私の心を染めた黒いモノを白く塗り潰すかの様に。

 

 

 

 

 

 

 それを見付けたのは偶然だった。

 森林の合間から見えた気がしただけ・・・

 でも、あの男の顔を忘れる事は出来ない。

 忘れる筈が無い。

 そう、ライフルを構えるテツヤを私は見付けた。

 

 考えるより先に身体が動いていた。

 躊躇う必要も無かった。

 彼は私を必要としてくれた。

 私も彼が必要だった。

 

 もう・・・大切な人が目の前で冷たくなる姿を見たく無かった。

 

「ヤガミさん!!」

 

「な!! ミリア?」

 

 抱き締められた身体を回転させて、彼と私の立つ位置を変える。

 安心していたのだろう・・・

 今度は簡単に彼の優しい束縛を離れ。

 私と彼は立つ位置を反転して離れた。

 

 ・・・愛しい温もりが離れていく。

 

 

 ダァァァァァァァァンンン・・・

 

 

 銃声を聞いたと思った瞬間・・・

 私の胸を熱い何かが通り抜けた。

 

 そのまま力が入らず倒れ込む私・・・

 そんな私を彼は急いで抱き締めてくれた。

 

 

「テツヤーーーーーーーーーー!!!」 

 

 

 ドンドンドン!!

 

 

 私の耳元で彼が咆える。

 咆えながら男に向って銃を撃っている・・・

 

 ああ、本当に心配してくれているんだ。

 ・・・あの男を追うよりも、私の側にいてくれている。

 

「しっかりするんだミリア!!

 まだ何も、何も始まってないじゃないか!!」

 

「ガッ、ゴフッ!!」

 

 駄目、まだ言いたい事があるの・・・

 お願い最後に一言だけでも。

 

「ミリア!!!」

 

「ナ、ナオさん・・・

 初めて名前で、呼べまし、た・・・

 ずっと、そう呼びたかったん、です。」

 

 そのまま無言で私を強く・・・強く抱き締める。

 

 私の手から大切な、本当に大切な指輪が落ちる。

 

 

 チャリィィィィィィィィンンン・・・

 

 

「あ・・・」

 

「しっかりしろミリア!!」

 

 目で指輪を追っていた私は・・・

 だんだん聞えなくなる耳に彼の叫びを聞いた。

 

 そして急速に狭くなる視覚に・・・泣いている彼を見る。

 

 ああ、人の涙って・・・暖かいんだ・・・

 

 空洞だった心が満たされる事を感じながら。

 私の意識は白く・・・

 純白になっていった・・・

 

 ナオさんの事だけを想いながら・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第七話へ続く

 

 

 

 

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