< 時の流れに >
外伝 漆黒の戦神
第六話 紫水晶の指輪
私の大切な、あの子は帰ってきた。
何も言わない身体になって・・・
何時も楽しそうに回りを見ていた瞳は閉じられ。
落ち着き無く動かしていた手足は動きを止め。
あの子の大好きだった少年の胸に抱かれて。
私の妹は、帰って来た・・・
あれからの後の事は、余り正確に覚えていない。
ただ・・・
少年から渡されたメティの身体を抱き締めて、私は泣き崩れていた。
現実が信じられなくて・・・
その冷たく軽い身体を信じたく無くて・・・
ただ、強く抱き締めていた。
何処か遠くで・・・父が少年と彼を罵っていたのを聞いた気がする。
「あんたに関わったから、メティは殺されたと言うのか!!」
「・・・そうです、アイツはそう言いました。」
「アキト!! 今、ここでする話しじゃ無い!!」
「だが、それが事実なんだ!!」
ガシッ!!
「信じてたんだぞ!!
あんたなら・・・アキトなら娘達を守ってくれるってな!!」
「落ち着いて下さい!!」
「煩い!! 娘を、メティを返せ!!」
ドガッ!! ガスッ!! ・・・
「アキト!! ガード位するんだ!!」
「・・・」
私は虚ろな目で、泣きながら父がアキトさんを殴っているのを見ていた。
そして私に負けない程暗い瞳で、アキトさんは殴る父を見ていた。
その場にいた誰もが父を止め様として・・・
そのアキトさんの視線を受けて動きを止めていた。
だけど彼は父の腕を止めた。
普段は絶対にしない行為の為に、父の拳からは血が流れていた。
そしてアキトさんは・・・
その場に無言で仰向けになって横たわっていた。
「俺もアキトも言い訳はしません。
今回の事については、謝る事しか出来ない・・・
でも、御自分の身体をそれ以上痛めつける必要は無いでしょう。」
「はあ、はあ、はあ・・・
ああ、もうこの場所にいるつもりは無い!!
俺には・・・復讐する力なんて無いからな!!
そうさ!! 俺達、普通の市民は何時でも泣かされる立場なんだ!!
あんた達は違うって信じていたのに!!」
父の絶叫を黙って受ける軍隊の人達・・・
どの顔にも苦い表情が浮かんでいる。
父は掴まれていた手を振り解くと。
その場で呆けていた私を連れて、家へと帰っていった。
彼の心配そうに私を見詰める視線が、少し記憶に残っている。
そして、私が正気に戻ったのは・・・
メティの部屋にあるベットに、その主を横たえた時だった。
「う、ううううぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ・・・」
私はこの時、嫌でも認識させられた。
妹が、メティが死んだ、と言う事を・・・
一晩中、私は声を押し殺して泣いた。
誰を恨めばいいのか・・・
誰に怒りをぶつければいいのか解らなかった。
次の朝・・・
何時も早朝から配達の仕事をしている父は、起きてはこなかった。
部屋を覗くと酒瓶が乱立しているのが見えた。
父の寝言が聞える。
「済まん・・・あの子を守れなかったよ・・・」
母の名を言いながら、何度も謝る父の声を聞いた。
私は何も声を掛けずその場を後にした。
トントントン・・・
・・・ふと気が付くと、私は朝食の準備をしていた。
3人分の。
食卓に並べられた三つのスープ皿。
他の二つに比べて、小さ目の皿に目が行く・・・
『お姉ちゃん!! 今日はアキトお兄ちゃんとデートだよね!!』
昨日の会話が頭の中に思い出される・・・
私は朝食の準備を止めた。
シャァァァァ・・・
次に私はシャワーを浴びていた。
だけど思考はぜんぜんはっきりとしなかった・・・
ただその場で棒立ちのまま湯に打たれている。
始めは・・・シャワーが水だと気が付かず身体を震わせていた。
何処か歯車が狂っている。
『お姉ちゃんみたいに胸が大きくなら無いと・・・アキトお兄ちゃんに嫌われるかな?』
『何を心配してるのよ。
大丈夫よ、後6、7年したらメティも凄い美人になれるわよ。』
『う〜〜ん、楽しみだなあ!!
・・・アキトお兄ちゃん待っててくれるかな?』
『どうかしら、ね?』
自分の身体を見て・・・他愛も無い会話が思い出された。
少年を取り巻く女性を見て心配していた。
時が・・・解決してくれると諭した。
その思いが叶わずとも、素敵な初恋を経験すると信じて応援していた。
もう、あの子の時は二度と動かない。
私はシャワーを止めた・・・
自分の部屋に向う途中で・・・
廊下に落ちている青いリボンを見付けた。
二日前のデートの時に、あの子が少年に買って貰ったものだ。
・・・あの子を部屋に運ぶ時に、解けて落ちたのだろう。
『お姉ちゃん!! どう!!
・・・に、似合うかな?』
『凄く似合うわよ、良かったわね。』
『うん!!
でもアキトお兄ちゃんたらね、お姉ちゃん達にもプレゼント買って上げてたんだよ。
失礼しちゃう!!』
『あらあら。』
口調は怒っていたが顔は幸せそうに微笑んでいた。
あの少年の優しさに心から感謝した。
きっとメティは素敵な女性になれるだろう・・・
少年の優しさに包まれて成長しているのだから。
それが・・・
『こんにちわ。
ミリア=テアさんにメティス=テアさんですよね?』
『ええ、そうですが?
あなた達はいったい・・・』
『叔父ちゃん達、誰?』
『・・・確認は取れた、アキトに懐いていたのはメティス=テアの方だったな。』
『え? アキトお兄ちゃんのお友達?』
『ああ、これからそうなる予定だ。』
『きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!! お姉ちゃん!!』
キキキキキッッッ!!!
『メティ!!』
『妹の命が惜しければ、軍にいるヤガミ ナオに電話を入れるんだな。
・・・もっとも、全ての元凶はテンカワ アキトだがな。』
そして全ては終った。
今でもあの時さらわれたメティの声が耳に残っている。
私は逃げる様に自分の部屋に駆け込み。
ベットに倒れ込んで泣いた・・・
誰を・・・恨めばいいのか解らず。
昼前に・・・教会の牧師様が訪れた。
ああ、そう言えばメティをこのままにしては置けない・・・
部屋のベットで横たわっているあの子を思い出す。
私は自分が今日一度も、メティの部屋に入っていない事を知る。
それは・・・
あの子の部屋のドアを開ければ・・・
無邪気に眠るメティの姿が・・・
あると信じていたかったから
「では、葬儀の準備を始めます・・・」
「はい・・・宜しくお願いします。」
無表情で牧師様と会話をする。
・・・いや、無意識だったかもしれない。
ただ、返事をしていただけだから。
ふと、疑問が浮かぶ。
誰が牧師様にメティの事を伝えたのだろう?
「ああ、軍の方で・・・ヤガミ、と名乗られていました。」
「そう、ですか・・・」
私の中の歯車が少し・・・動き出した。
彼は・・・
ヤガミさんは何故アキトさんと一緒に謝っていたのだろう?
あの人の仕事はサラさんと、アリサさんの護衛だった筈なのに。
昼になっても父は部屋から出てこない・・・
そう言えば、仕事を休む連絡もしてはいない。
何故、配送先から催促の電話も無いのだろうか?
・・・私の脳裏にサングラスをかけた男性の顔が浮かぶ。
根拠など無いが。
何故か彼が私と父の為に動いてくれた気がした。
ピピピピピピピピピ・・・
突然の電話に驚く。
ある予感を覚えてその電話に出る。
ガチャ!!
「はい、もしもし・・・」
『・・・少しは落ち着いたかい?』
「ええ・・・
あの、いろいろと手配して頂いて有難う御座いましたヤガミさん。」
『ああ、いいんだよそれ位。
・・・俺達にはそんな事しか出来ないんだから。』
「それで御用件は?」
『葬儀に・・・アキトが参列したいと(ガチャ!!)』
少年の名前を聞いて・・・
思わず電話を切ってしまった。
まだ・・・私の心は漂っていた。
少年も被害者なのかも知れない。
だけど今の私には憎むべき標的が必要だった。
私が壊れない為に・・・
「テンカワ アキト・・・」
その標的は・・・悲しい目をした少年かもしれない。
気が付けばメティの葬儀は終っていた・・・
メティの学校の友人達が泣きながら、棺に縋っているのを見たような気がする。
父も私も・・・ただ状況に流されていた。
そして・・・
私は少年を見付けた。
樹の影から伺う様に顔を出していた。
暗い・・・暗い瞳だった。
私は無視をした。
話しかけると何を言い出すか、自分でも解らなかったから・・・
静かに・・・
大切な家族が眠る棺が、埋められていくのを見守った。
さようなら・・・私の大切な妹。
私は必死に、自分の中で狂い出した歯車を止める。
自分が自分でいたいから・・・
あの子の好きだった姉を、捨てたくは無いから。
そして、私は自分の記憶から少年と彼を忘れる事を誓った。
そして三日後。
アイツは現われた。
私と父は必死に悲しみを乗り越え様としていた。
父は・・・
軍の配達を止めていた。
「アキトも被害者なんだよな・・・
でも、どんな顔をして会えばいいのか解らんのさ。」
そう寂しそうに呟いていた。
父が一気に老けたように見える。
私も・・・他人から見れば変わって見えるのだろうか?
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!
その時、街に警報が鳴り響く。
敵の襲来を知らせる警報だった。
私は父と共に避難所に向う為に、手早く荷物をまとめる。
その時、父が待ってるはずの玄関から父の怒鳴り声が響いた・・・
「何だアンタ達は!!」
「・・・」
「何か言ったらどうなんだ!! 人の家に勝手に入り込んで・・・」
ドン!!
その音に私は凄まじい不安を感じた。
そして静かになる玄関・・・
カツカツカツ・・・バタン
二階の私の部屋に、迷う事なく一人の人物が入って来る。
ドアにノックもしなければ、伺いをたてる声もなかった。
そして、当たり前の様に私の部屋に侵入する。
「一応挨拶はしておこうか。
俺の名前はテツヤだ。」
突然の事態に付いていけず、ただうろたえるばかりの私・・・
私の部屋に無断に入って来た男性は。
中肉中背で短い黒い髪とサングラスをした、30歳くらいの人だった。
「あ、私の名前は・・・」
「ああ、知ってるからいいさミリアさん、だろ。
・・・さて、俺がこの場にいる訳を教えて欲しいかい?」
「え、ええ。
貴方はいったい・・・」
「妹さんの死に目を看取った男さ。」
私にとって一番忌まわしい記憶を呼び覚ます。
そして、彼の話しが私の中の狂った歯車を再び動かす。
「簡潔に言うとだな。
テンカワ アキトが俺達の誘いを蹴らなければ、妹さんは死ななかった。」
「な、何を突然に!!」
彼の話しは余りに唐突すぎた。
私に思考する隙を与えないみたいに・・・
「・・・知ってるかい?
妹さんは殺されたんじゃない、木星蜥蜴との戦闘に巻き込まれての事故死だって。」
「そんな馬鹿な!!
私の目の前でメティが誘拐されたし!!
何より軍の人達は全てを知ってる筈でしょう!!」
私は彼が何を言ってるのか理解出来なかった。
「ああ、それはあんた達にとって事実だろうな。
だが 世間では妹さんは事故死なんだよ。
大企業にかかれば人間一人の死、なんてこんなもんさ。」
「そ、そんな・・・」
では、メティを殺した誘拐犯は裁かれる事すら無いの?
一体・・・私とあの子が何をしたって言うのよ!!
どうして、こんな事になったの!!
誰か、誰か教えて!!
「ああ、玄関で死んでる君のお父さんも、今の戦闘に巻き込まれた事になるな。」
「ひっ!!」
指を拳銃の形にして自分のこめかみに当て・・・
バァ〜ン!!
と、自分で言いながら私に笑いかける。
父の死を再現してみせたのだ、この男は。
無慈悲なその言動に・・・
更に私の心は砕ける。
「あ、ああ・・・」
「全ての元凶はテンカワ アキトだ。
アイツがこの街に・・・あんた達の前に現れた為に全ては狂ったんだ。」
男の言葉が私の心を壊す・・・
緩やかに動き出した歯車が・・・加速していく。
「大企業にとっては人一人の命なんて、塵にも等しいんだ。
幾らあんたが大声で妹が殺されたと言った所で・・・誰も聞きはしない。
そうさ、あんたはこの世界で一人きりなんだよ。」
「いや・・・そんな事無い・・・」
「親がいるか?
この家に入る時にキャンキャン咆えるから俺が殺したぞ?
それとも友人か?
あんたが相談した三日以内に消してやるよ。」
ああ・・・
追い詰められて行く、私の心が・・・
「あんたは一人だ。
そしてその元凶をあんたは知っている。
さあ、この銃をやろう・・・元凶を消せ。
使い方は簡単だ銃口を向けて引き金を引けば良い。」
男は懐から取り出した小さな拳銃を。
私の手に握らせる。
その冷たい感触に・・・
私の心が震える。
歓喜に・・・
これで少年を消せば全ては終る。
この悪夢は終るんだ。
大好きな父がいて。
大切な妹が微笑んでる。
私の大切な、とても大切な小さな世界・・・
「さあ、この警報が鳴り終われば駐屯地に行んだ。
あんたの面会をテンカワ アキトは必ず断らない。
その偽善者の顔に引き金を引け。
それで、あんたの平和を脅かす人物は全て消える。」
男の声が壊れた私の心の染みる。
本当にそれで全てが解決するの?
私は幸せになれるの?
父はメティは・・・
「妹を見殺しにしたのはテンカワ アキトだ。」
「メティを・・・見殺し・・・」
「ああ、テンカワ アキトはちょっと前まで11歳の少女を可愛がっていた。」
11歳・・・メティと殆ど同じ年。
「あんたの妹はテンカワ アキトにとってその子の身代わりだったんだよ。」
「そんな・・・馬鹿な・・・」
「妹も泣きながらそう否定していたな。」
男が不気味に微笑む!!
肉食獣を思わせる笑みだった。
そしてその言葉に私の心が激しく反応する!!
「貴方!! まさか!!」
「だから言っただろ?
妹さんの死に目を看取った、ってな。」
嘘、嘘、嘘・・・
この人は嘘を付いてる。
この人が殺したんだ。
メティも父も。
この人が!!
「おっと、その拳銃を向ける相手は俺じゃあない。
テンカワ アキトだと言ってるだろ?」
「何を抜け抜けと!!」
私は手の中にある拳銃を男性に向け。
引き金を引こうと・・・
ガッ!!
「まったく・・・姉妹そろって強情だな。」
男性に掴まれ、私の指はそれ以上動けなくなっていた。
髪を振り乱して私は抵抗する!!
だが・・・鍛えられた男性の力に敵うはずも無く。
拳銃は部屋の隅に放り投げられた。
「さてと・・・後、あんたに出来る事はだ。
そうだな、テンカワ アキトを苦しめる為に死んでもらうか。」
ビクッ!!
まるで天気の話しをする様に・・・私の死を決定する男性。
ここにいるのは人間じゃない!!
人の皮を被った殺人鬼だ!!
死にたく無い!!
こんな所で!!
こんな男の手にかかって!!
メティや、父の・・・恨みを晴らしたい!!
唇を噛み締めて睨む私を・・・
楽しそうに男性は眺めている。
そして懐から大きな拳銃を取り出し。
「あばよ・・・家族揃って馬鹿者ぞろいだったな。」
だが、私を助ける人はまだいた。
その時は感謝をした。
そう、その時は・・・
「・・・そこまでだ!! テツヤ!!」