< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

「さてさて、今日の戦果は如何ほどに?」

 

 楽しそうに笑いながら、私の下駄箱の蓋を開けるアユミさん。

 その行動を止める気もおきない私は、一時間目が始る前に教室に入れる事を後で祈っています。

 

 ガチャッ!!

 

     バサバサバサ・・・

 

 アユミさんが開いた下駄箱から、複数の手紙が落ちてきます。

 ・・・金曜日より明らかに数が多いですね。

 靴箱に手紙が残っていないか確認して、アユミさんは下に落ちた手紙を拾い上げます。

 

「8、9、10通、と。

 休日を挟んだ分、何時もより多いわね〜

 おめでとうルリルリ、とうとう桁上がりだよ♪」

 

 拾い上げた手紙を私に手渡しながら、楽しそうに笑いかけるアユミさん。

 私は無言でその手紙を受け取り、カバンにしまいつつ急いで靴を履き替えます。

 

 ・・・カバンにある10通の手紙は、所謂ラブレターと呼ばれる代物です。

 去年辺りから突然私の下駄箱に襲い掛かってきた、何とも処理に困る贈り物でした。

 毎回、断りの手紙を書いてるのに・・・どうしてこう、諦めが悪いのでしょうか?

 もしかして、丁寧に断りの返事を書く事は逆効果?

 

 ・・・今度、ユリカさん・・・は無理として、ミナトさんにアドバイスを求めましょうか。

 確かアオイさんが、昔はユリカさんのラブレターに対する返事を書かされたと愚痴を言ってましたからね。

 今のアオイさんなら、一言でそんな頼みは断ると思いますが。

 

 ・・・現在ユキナさんにからかわれているのでは、今も昔も基本的には変わりませんか。

 

「はぁ・・・」

 

 溜息を吐きつつ、私は教室へ向かって廊下を歩きます。

 隣を歩くアユミさんと一緒に、すれ違う知り合いの人達と朝の挨拶を交わしながら。

 

 朝の慌しい空気の中、私達は今日の授業の事を話しながら教室に向かいました。

 

「でも、ルリルリも変わってるよね〜

 これだけもてるのに、どうして誰とも付き合わないの?」

 

 教室に到着し、自分の席に座った私の目の前の席を陣取り。

 アユミさんが何時もの質問をされます。

 

 私は苦笑をしながら、一時間目の授業の準備をします。

 アユミさんの質問には何時も同じ答えを返しているというのに、どうして毎回尋ねられるのでしょうか?

 実は・・・何となく分かってはいます。

 アユミさんは男子生徒とまるで話そうとしない私の事を、心配されているのでしょう。

 もしかしたら、男性恐怖症ではないかと思われているかもしれませんね。

 ・・・ですが、別に男性と話せないというわけではありません。

 ちゃんと必用な事は話していますし、話し掛けられても邪険に扱ってもいません。

 ただ、普段の会話ではどんな事を話せばいいのか、思いつかないだけです。

 

 私はラピスと違って共通の話題はありませんから。

 

「また苦笑して誤魔化すし。

 ・・・未だに例の彼を待ってるわけ?

 もう、音信不通になってから2年も経ってるんでしょう?」

 

「まだ2年です」

 

 両手を頭の後で組んで背伸びをしながら、アユミさんが私の返事に呆れた顔をします。

 そう、まだ2年なのです・・・アキトさんが消え去ってから。

 そして、戦争が終って2年。

 木連との関係も徐々に修復されつつあります。

 戦争の爪痕も、急速に癒されています。

 

 ・・・ただ、アキトさんだけが居ません。

 

「一途だよね、ルリルリも。

 でも、そんなに良い男なのその人ってさ?

 ・・・名前さえ教えてくれないのが凄く不思議なんだけど」

 

 ジト目になって私を正面から睨むアユミさんに、私は返事は出来ませんでした。

 名前を教える事は論外ですし、ましてやその正体を言うのは機密に触れます。

 

「そうですね、一つ言える事は・・・凄くライバルが多いですよ。

 帰ってこられたら、私も全力でアタックをしないと駄目ですね。

 相手の方々は何方も手強い方ばかりですし」

 

「・・・マジ?

 ルリルリが不利な戦いなんて考えもつかないな〜」

 

 その時、一時間目の授業を受け持つ教師が教室に入ってきました。

 それを見たアユミさんは首を捻りながら、自分の席へと帰っていくのでした。

 

 私はそんなアユミさんの後姿をみて、思わず笑っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・お腹空いた〜」

 

「はしたないですよ、アユミさん」

 

 体育の授業が終わり、無駄に体力を消費していたアユミさんが私の机の上でバテていました。

 私は次の授業の準備が出来ず、困った顔をしながらアユミさんの現状を見守っています。

 

「この〜、少しは恩を感じなさい!!

 ルリルリのミスをカバーするために、私が走り回ったんだからね!!」

 

「・・・だからと言って、猪突猛進を繰り返すのは愚かだと思いますが」

 

「だ〜、だから優等生は嫌いだ〜!!」

 

 今日の体育の授業は、クラス対抗のサッカーでした。

 はっきり言って、運動神経が殆ど無い私は立っているだけの存在です。

 いえ、努力はしているのですが・・・人間、得手不得手は必ず存在するものですし。

 そんな私をカバーする為に、アユミさんが獅子奮迅の活躍をされていました。

 ・・・ただ、考え無しに敵陣に突撃するのは無謀だと思いますが。

 もしかしたら、ヤマダさんと凄く話しが合うかも。

 

「ほら、次の授業が始りますよ」

 

「う〜、動きたくない〜」

 

「・・・お昼御飯、奢りますから」

 

「よし!!」

 

 ・・・元気じゃないですか。

 

 

 

 

 

 

 そんな感じで一日は過ぎていきます。

 授業内容が、私にはつまらない事はこの際問題ではありません。

 それはラピスにも言える事です。

 

 ただ、普通の15歳の少女の生活を満喫していました。

 今までの人生で、初めての経験を楽しんでいました。

 アキトさんが望んでいた生活を、私達は確かに過ごしていました。

 

 

 

 

 だからと言って、全てを忘れるつもりはありませんが・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ルリルリは進路はどうするの?

 進学なんて何処でもいけるでしょう?」

 

 放課後になって、授業の後片付けをしていた私に、既に帰宅準備を終えたアユミさんが質問をしてきました。

 そう言えば、担任の先生が明日には進路指導があると言ってましたね。

 

 もっとも、私の心は決まっていますが。

 

「私、ですか?

 就職をしますよ」

 

「何ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」

 

 ・・・周囲の学生、全員が凄い形相で私に詰め寄ってきました。

 かなり怖いモノがあります。

 

「冗談だろ!!

 俺、ホシノさんなら絶対に有名な進学校に行くと思って猛勉強してんだぜ!!」

 

「全国トップの学力を持ってるのに就職?

 本気なのホシノさん!!」

 

「ど、どこに就職をされるんですか?」

 

「信じられね〜〜〜〜〜!!!!」

 

 ここまで凄い反応が返って来るとは思いませんでした。

 私ってもしかして、皆さんに注目されていたのでしょうか?

 

「はい、どうどう・・・皆落ち着いてね〜

 ルリルリが目を白黒させてるよ。

 ・・・さて、ルリルリ!!」

 

「は、はい!!」

 

 アユミさんの真剣な声に反応して、思わず背筋を伸ばして私は返事をしてしまいました。

 

「就職って・・・どうゆうつもり?

 ルリルリの家に金銭的な余裕が無いとしても、学費免除の試験くらいルリルリなら余裕だよね。

 なら、初めから高校には行く気はなかった、と言うことかな」

 

 ・・・金銭的な問題なら、全然有りませんが。

 実家の両親は世界有数の銀行を営んでる国王ですし。

 ユリカさんやミスマル提督も援助を申し出てくれてます。

 何より、私自身が一生では使い切れない程の財産を所有しています。

 

「ええ、自分で決めていた約束の3年が過ぎますし。

 これ以上、待つつもりはありませんから」

 

「あ〜、また例の彼氏なの!!

 でも・・・どうして、それが就職につながるわけ?」

 

 信じられない!!―――と、顔だけではなく身振り手振りで表現しながらアユミさんが問い掛けます。

 でも、これだけは譲れない私の大切な想いなのです。

 あの戦争の最後に消え去ったアキトさんを・・・戻れないのであれば、探し出すという誓いは。

 

 そう、例えどんな場所におられるとしても、必ず連れ戻してみせます。

 待っていると約束した3年は、もう直ぐ過ぎるのですから。

 

「・・・あの人を探し出すには、それなりの設備がいるんです。

 私はその為に、連合宇宙軍に就職をするつもりです。

 3年前から決めていたんです、きっと見つけ出すって」

 

「・・・幸せ者だね、その彼って」

 

 私の笑顔を見て、一瞬呆然としていたアユミさんが苦笑をしながら私にそう言いました。

 そんなアユミさんに、私は再び笑顔で答えます。

 

「ええ、誰よりも大切な人ですから!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後一年、この生活は続きます。

 多分、忘れられない思い出を幾つも作り出すでしょう。

 でもそれは私が本心から望んだ生活ではないのです。

 アキトさん、貴方は私やラピスに普通の生活を望みました。

 ですが、私の気持ちを知っているのですか?

 

 ・・・例え、平穏と幸せに満ちていても、ここには貴方がいないんです。

 

 迎えに来てくれないのでしたら、私が迎えに行きます。

 もう、待つだけの少女じゃないんですよ、私は?

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね〜、ルリルリ〜

 せめてその彼の名前だけでも教えてよ〜?」

 

「ふふふ、結婚式で紹介してあげますよ」

 

「げっ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二話に続く

 

 

 

 

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