< 時の流れに >
迎えの車には何故か大勢の人が乗っていた。
いや、そりゃあ何十人って数じゃないけどさ・・・
大型のワゴンに隙間無く人が詰っていることは確かだった。
「いや〜、もう少しで遅刻する所だったな」
「・・・思いっきり遅刻してますって、シュンさん」
朗らかに笑うシュンさんに、苦笑をしつつも僕は突っ込んだ。
現在、シュンさんは僕の前の席に座っている。
・・・そのシュンさんの隣に、何故フィリスさんがいるのかが、かなり不思議だけど。
多分、聞いちゃいけない事なんだと僕は直感した。
だって、フィリスさんの目が恐いんだもん。
笑ってるようにしか見えないけどさ・・・
ま、まあ、これだけの人数を拾ってから僕を迎えに来たのなら、遅刻も仕方が無い事かもしれない。
それにどうせアフリカに向かう飛行機は、ネルガルが用意してくれたチャーター機
少しくらいの遅刻なら、大目に見てもらえる。
「ふん、女子供を連れて里帰りですか。
・・・良い身分ですね」
「まあ、そう尖がるなよ。
それに俺のプラベートまで首を突っ込んできたのはお前だろ?」
「上からの命令ですから」
運転席に座っている男の人が、嘲笑うようにシュンさんの事を責める。
今回のアフリカ行きは、純粋にシュンさんのプライベートだ。
僕はその旅行にシュンさんの好意で同行させてもらっている。
フィリスさんは・・・無理矢理付いて来たんだと思う。
だって、ネルガルに黙ってシュンさんが動く事なんて実質不可能だろうし・・・
フィリスさんは僕やルリさん、それにラピスにとって姉の様な存在らしい。
簡単な説明しか受けていないけど、実際そんな態度で僕達に接してくれている。
それにオペーレーター用のIFSも持っている。
だから、僕達程じゃないけれどオモイカネのオペレートも出来るんだ。
・・・つまり、シュンさんの行動記録はダダ漏れ
「全く御自分の命が誰に狙われてもおかしく無い状況だと言うのに。
女、子供を4人も連れて旅行とは・・・」
「・・・ま、護衛の心配だけは必要無いぞ、絶対に」
未だに運転をしながら、ブツブツと文句を言うナカザトさん。
この人は、統合軍から派遣されたシュンさんの副官・・・そして見張り。
あまりに軍・政界の裏を知り過ぎたシュンさんを警戒して、両方の陣営から派遣された人物
勿論、本人は自分の役目を隠すつもりは無いみたいだけど。
自分の雇い主まで、既にこちらにバレているとは思ってないだろうな〜
そうそう、シュンさんは色々な事情により現在は統合軍に所属している。
ま、お偉いさん達としては目の届くところにシュンさんを置いときたかった・・・って事だね。
ちなみに、ナカザトさんはアオイさんの同期だって。
・・・この人達の同期って、凄く苦労の多い年代なんだろうか?
で、僕の左右に座ってる、問題の女性なんだけど―――
「ね〜、ね〜、あれって何かな零ちゃん?」
「う〜ん、私もそんなに詳しい事は分からないよ枝織ちゃん
オオサキさんにでも聞いてみたら?」
・・・お〜い、嘘でしょ?
僕はちょっとだけ青褪めながら、前の席に座っているシュンさんに問い掛ける。
そして出来る事なら、今からでも荷物に占領されている助手席に移りたい気分だ。
いや、始め後部座席に誰が座っているのかなんて、分からなかったんだよ〜
乗り込んだ瞬間、動きが止まったね・・・僕は。
「シュンさん、どうして枝織さんがココに?」
色々な意味を込めて・・・僕は聞いた。
そんな僕の必死の問い掛けに、シュンさんは明後日の方を向きながら返事をしてくれた。
「ん〜、まあ、観光兼護衛だそうだ」
・・・破壊活動でもする気ですか?
唯一、テンカワさんと互角に戦う存在なんですよ?
素手で宇宙船の外壁を切り裂く人物なんですよ?
綺麗な外見に騙されて、誰かがちょっかいを掛けたら・・・
死ぬな、絶対にその人
「あの、アフリカまで?」
「いや、日本に帰ってくるまで。
ということで、枝織ちゃんの相手はお前に任せた!!」
にこやかにとんでもない事を宣言してくれるシュンさん。
もう、僕の顔は張り付いたような笑顔しか出来なかった。
終ったな、この旅―――
「・・・まあ、名前だけでも聞いておいてやろう」
空港に到着し、荷物を下す時になってやっとナカザトさんは僕達に向かって口を開いてくれた。
実は、先程までシュンさん以外とは一言も話さず黙り込んでいたんだ。
・・・何だか生真面目かつ頭の硬そうな人だな〜
ナデシコに乗っていたら、真っ先に胃がヤられるタイプだね。
昔のアオイさんもこんな人だったらしいけど。
現在、ユキナさんに振り回されてる姿からは想像も出来ないね。
「は〜い、影護(かげもり) 枝織でぇ〜す♪」
あ、そう言えば枝織さんの本名を初めて聞いたな。
ふ〜ん、こんな名前なんだ?
枝織さんはトレードマークの長い赤毛を、今日はポニーテールにしている。
服装も動き易いブルーのシャツに、薄いピンクのスカートを履いている。
「紫苑 零夜です」
零夜さんはTシャツにジーンズだ。
もしかしたら、護衛という任務を一番意識しているのはこの人かもしれない。
・・・枝織さんが、あらゆる意味で最強なのは確かだけど。
「マキビ ハリです、宜しく」
ちょっと気に入らない人だけど、年長者である事は確かなので・・・
僕は軽く頭を下げながら自己紹介をした。
「フィリス・クロフォードと言います」
フィリスさんは白い髪を後に流し、ゆったりとしたサマードレスの様なものを着ている。
・・・丁寧な言葉使いでナカザトさんに挨拶をしてるけど。
どうも、表情が硬い。
多分、シュンさんに対するナカザトさんの態度が許せないんだろうな〜
「そして俺がオオサキ シュンだ」
開襟シャツに、スラックス姿のシュンさんが、偉そうに胸を逸らしながらそう宣言する。
「貴方は私の上司でしょうが!!」
・・・実は、日頃から思いっきりシュンさんに遊ばれてるでしょ、ナカザトさん?
ちょっとナカザトさんに共感を覚えてしまった僕だった。
「う〜ん、まだ出発までに時間が掛かるみたいだな」
フライトの予定表をネルガルの社員から受け取り、それを見てシュンさんがそう呟く。
やはり、予定していた時間より少し遅れて到着した事が原因だった。
「・・・このまま諦めて帰りませんか?」
「馬鹿な事を言うな。
俺の休日だぞ、俺の好きなように使うさ」
未だにシュンさんを連れ戻そうと努力をするナカザトさん。
諦めが悪いというか、仕事熱心なのか・・・
ちなみに、ナカザトさんだけが統合軍の制服を着てる。
お陰で僕達は周囲の視線が痛い・・・
いや、僕と零夜さんだけか、周りの視線を気にしてるのは。
「ねえ、シュンさん。
時間があるのなら、この空港を見て周って良いかな?」
空港のみやげ物コーナー等を、面白そうに眺めていた枝織さんがシュンさんの言葉を聞いて、そう尋ねた。
それに対して、シュンさんは・・・
「ああ、別に良いよ枝織ちゃん。
そうそう、ついでにハーリー君も連れて行ってあげるといい」
「ちょっ・・・!!」
次の瞬間、僕は腕を掴まれて空を舞っていた・・・
原因は分かっている、つまり枝織さんに腕を掴まれて引き摺られているんだ。
ただ、地面に擦れる必要が無いほどに、その速度が凄すぎるだけ。
「おお、早いな〜、零夜ちゃんは行かないのかい?」
「一応、シュンさんの護衛が名目ですからね。
それにマキビ君が一緒なら、道に迷う事も無いでしょうし」
・・・そんな事言わずに、助けて下さいよ零夜さん。
「到着!!」
ゴキン!!
「うげっ!!」
・・・人間、重力に勝てない限り慣性の法則にも勝てない。
素晴らしい加速で宙を舞っていた僕は、枝織さんの急ブレーキに体が追い付くはずが無かった。
何より恐ろしいのは、それだけの加速度を一気に受け止めゼロにする足腰を持つ枝織さんだろう。
床で転がりながら、僕はそんな事を考えていた。
いや、本当に痛いんですけど・・・
「わ〜、何だろこれ・・・キー・・・ホルダーって読むんだよね」
「あ、これなんか舞歌姉さんにプレゼントしたら喜んでくれそうだな〜」
「そう言えば、万葉ちゃんとも会う予定だし何か買っていこうかな♪」
「零ちゃん、どうして一緒に来ないんだろう?」
「ねえねえ、ハーリー君は何も買わないの?」
・・・現在、回復中の僕にそんな意見を求めないで下さい。
人間、望まずともトラブルに巻き込まれる人はいる。
僕やテンカワさんみたいに・・・
でも、自分から飛び込む人もいるのは確かで・・・
「お嬢ちゃん、何だったら俺が土産の選別を手伝ってあげようか?」
ニヤニヤと軽薄そうな顔の男性が、賑やかに騒いでいた枝織さんに声を掛ける。
・・・見た目、絶世の美女だもんな。
「ん? 別に良いよ〜
自分で選ばないと意味が無い、って舞歌姉さんに昔注意されたから」
さり気無く、自分の背後に男性が立つ事を避ける枝織さん。
無意識の行動だと思うけど、その姿に隙は見当たらない。
木連式柔を少し齧っただけの僕でも分かるほどに、枝織さんの動きは綺麗で無駄が無い。
そして・・・この女性に匹敵するのがテンカワさん、か。
改めて、テンカワさんの凄さを僕は実感した。
「まあまあ、そう言わずにさ〜
俺のアドバイスならバッチリだって!!
何だったらそこの喫茶店に入って、お茶でもしながら話さない?」
枝織さんの連れない返事にも懲りずにアタックを繰り返す男性。
僕はその姿を冷汗を流しながら見守っていた。
あ、ちなみに既に僕は復活を果たし、枝織さんの近くで土産物を物色していた。
いや、ラピスやルリさん、それにキョウカちゃんに何か買っていこうかな〜、と思って。
「・・・ハーリー君、この人何が言いたいんだろ?
始めはお土産のお話だったよね?」
えっと、だからこの人の目的はそんなじゃなくて。
―――どう説明すればいんだ?
「あの・・・枝織さんも断ってますし、ここは諦めた方が良いのでは?」
僕は親切心から、憮然とした表情の男性にそう提案をした。
「ガキは引っ込んでろ、俺は大人の話をしてるんだよ!!」
気が短いらしい男性が、僕を押しのけようとした瞬間―――
ドウッ!!
男性の手が触れる前に、枝織さんの人差し指が男性の鳩尾に刺さっていた。
そして、そのまま声も無く崩れ落ちる男性。
「舞歌姉さんのお願いだからね。
ハーリー君やシュンさんに手を上げる人は許さないよ?」
何時もの口調でそう宣言する枝織さんに僕は何も言えなかった。
今、僕は背後に居る枝織さんを振り返る勇気が無かった・・・
そこに居るのは、紛れも無く史上最強の暗殺者なのだ。
男性は辛うじて生きているようなので、この際無視をする事にした。
僕達の周りの人も、まさか枝織さんがこの男性を昏倒させたとは思えず、土産屋の店員が警備員を呼び出している。
やはり、大変な旅になりそうだな・・・
心強い事も確かだけど。
「お前達!!
もう直ぐチャーター機が発信するぞ!!
早く帰って来い!!」
「はい!! 分かりましたナカザトさん!!
枝織さん、お土産は帰ってから選びましょう!!」
「うん、そうだねハーリー君!!
じゃ、早くシュンさんの所に戻ろう!!」