< 時の流れに >
第七話.御剣 万葉の私生活
チリンチリン・・・
ドアのチャイムを鳴らしつつ・・・
軽い足取りで喫茶店に入った私は、席を聞いてくるウェイターに連れが居ると答え。
そのまま店内の奥にあるテーブルに向かった。
良い意味でも、悪い意味でも目立つ戦友達はテーブルに座ったまま楽しそうに話をしていた。
「・・・久しぶりだな、三姫、千沙」
「本当、久しぶりとね万葉!!」
幸福そうに笑う、空色のマタニティードレスを着た三姫。
「全く、全然連絡を入れないんだから、貴女って人は」
今日は涼しげな緑色のサマードレスを着ている千沙。
私の挨拶に、それぞれの返事を返す二人。
そんな二人に笑いかけながら、私は三姫の隣の席に腰を降ろした。
「変わらないな、二人共」
「しかし、万葉がスカートを履いてるなんて・・・」
「確かに、予想外です。
昔は動きに支障をきたすと言って、絶対に履こうせんかったのに」
物珍しいモノを見るように、私の姿を見る二人に。
・・・流石に居心地の悪さを感じる。
今の私の服装は、白いタンクトップに濃緑のフレアスカートだった。
木連に居た頃には、絶対にしなかった服装だろう。
まあ、あの戦争から2年
時代が変われば、人も変わる。
―――むしろ、変わらない人の方が珍しい。
「そんな事を聞くために、私を呼び出した訳じゃ無いんだろう?
早く用件を言ってくれ」
再会を喜んでいる事も確かだが、今日はこちらの都合が悪い。
私としては・・・後日、きちんと日取りを決めてから昔話に華を咲かせたかったのだ。
「ふむ・・・誰かを待たせている?」
ビクゥ!!
ニコニコと笑い出した三姫を見て、私の体が少し震える。
まさか・・・気付いてる?
いや、そんな事は無い筈だ!!
「それも・・・男性とみたわね」
ドキィィィィィ!!
千沙の止めの一言を受けて、ウェイターに注文をしようと・・・メニューに手を伸ばした姿で私は固まる。
何故、そんな事がこの二人に分かるんだ?
言っては何だが、飛厘や京子を除けば私達は恋愛関係にはトコトン疎いはずだ。
「な、何を確証も無い事を二人して―――」
どもりながらも、二人に言い訳をしようと試みる私だが・・・
「よう〜、話終ったか―――ガフッ!!」
背後から能天気な言葉を掛けてきた男に対して、そのまま手に持ったメニューで攻撃を繰り出す!!
見事にメニューの角はガイの人中(鼻と唇の間、急所の一つ)に突き刺さっていた。
そのまま悶絶するガイ
そうか、お前が原因なんだな?
この二人がここまで私の事情を察したのは?
「・・・話が済むまで、大人しく本屋にでも行ってろと言っただろうが」
取り敢えず、静かになったガイを私の隣の席に安置し、駆け寄ってきたウェイターを片手で追い払う。
首を捻りながらも、ウェイターは新たに入ってきた客の応対に向かった。
そんな私のやり取りを見ながら、三姫と千沙は微笑んでいた。
・・・どうにも、分が悪いな二対一では。
隣の男は『女性の会話』に援軍としては絶対に期待できないし。
「彼、万葉が入って来た時から喫茶店の前をウロウロしてたわよ」
「・・・」
三姫の指摘に、何とも言えない表情を作る私だった。
「ふ〜ん、心配して貰ってるんだ?
この暑い日差しの中で、外で待たせるのもなんでしょう?
だから私が手招きして呼んだのよ」
悪戯が成功した事を喜ぶように笑う千沙。
「・・・(ゴス!!)」
私は照れ隠しを兼ねて、ガイの顔面に自分の拳を打ち込んだ。
よし、これで最低20分は意識が戻らないだろう。
男性に聞かれて欲しくない会話もあるのだ、女性同士の会話には。
「・・・ま、こっちの彼は相変わらずとね?
で、正式に付き合ってるの、万葉」
三姫がさり気無く痛いところを突いて来る。
この余裕は、やはり好きな人の子供を得た余裕だろうか?
2年前にはあれだけピーピー泣き叫んでいたくせに。
何度、真夜中まで三姫の愚痴に付き合わされた事か・・・
「万葉、かなり失礼な事考えとらん?」
「煩いな、それどころじゃ無いんだこっちは」
視線のきつくなった三姫に対して、手を振って牽制しつつ。
気絶したガイを盾に使う。
うん、こういう時には本当に便利だ、この男は。
「まだ三角関係?
いい加減、見切りをつけなさいよ」
「・・・いや、千沙にそれを言われると冗談に聞え無いな」
キィン―――!!
一瞬にして、騒がしかった喫茶店内が静寂に支配される。
私も自分のイージーミスに背中で冷汗を掻きつつ、正面にガイを持ってくる。
・・・多分、一発二発の攻撃では死にはしないだろう。
本当、役に立つなコイツ・・・
バシィィィィ!!
ゴシャッ!!
メキョッ!!
「・・・ま、質の悪い冗談はここまでにして」
低い声でそう宣言をする千沙・・・
両頬が腫れ上がったガイに、コップから取り出した氷を当てながら私は力一杯頷いた。
これで更に30分は意識を回復しないだろう。
むしろ30分で済む所がこの男の凄いところだ。
ちなみに、私達が座っているテーブル周りの客は全て他に移った。
例のウェイターが先頭に立って客を避難させたのだ。
・・・実に懸命な判断だ。
「でも、一時期より大分落ち着いたとね」
「・・・誰の事だ?」
三姫の台詞に、私は思わず問い返す。
首を傾げて質問をする私に、三姫は笑いながら答える。
「勿論、千沙さん。
あの時は、逆に何の反応も返さなくて・・・恐かったばい。
今にも壊れてしまいそうで」
あの時の千沙の事は、忘れたくても忘れられない。
皆が言葉を掛けて慰めていたが・・・そんなもの、全然意味が無い事は全員が分かっていた。
本当なら、白鳥中佐とハルカ ミナトとの関係はもっと時間を掛けて取り持つべきだった。
・・・そうすれば、千沙も心の余裕が持てただろうに。
傷付かずに済む事は無いけれど、最小限の傷で終っただろう。
そして、次の恋を見付ける勇気も持て筈なのに。
全ては欺瞞と傲慢に満ちた、地球側の為政者の都合で決められた。
自分達が如何に寛大であるかを装う為に・・・
ただ、それだけの為に千沙や私達の願いは却下された。
勿論、舞歌様は最後の最後まで渋っていた。
だが、千沙自身の提案により・・・地球側の意見をのんだのだ。
しかし、婚礼の為に訪れた地球で起こった事件は最悪だった。
・・・白鳥中佐、ハルカ ミナト、そして千沙との関係を揶揄するゴシップ誌
その雑誌の一文によって千沙が受けた心の傷は計り知れない。
私自身、第三者ながらかなりの衝撃を受けたのだから。
だが、あのネルガルの会長の迅速な対応により、千沙の傷も最小限で済んだ。
あの時だけは、あの漢を見直したものだ。
そして、私達はあの男に千沙を任せた。
実は既に私達は、飛厘からあの男が千沙に真摯な気持ちを抱いている事を聞いていたのだ。
後はあの男の覚悟と気持ち次第だろう、千沙を救うかどうかは。
そんな千沙も―――
「・・・ま、何時までも落ち込んでられないわよ。
結構、忙しい身の上なんだしね」
今の千沙は綺麗な笑顔で、三姫の問に答えていた。
少なくとも、心の傷は癒えつつあるようだ。
「でも、それだけじゃなかよね〜」
「・・・何だ、何だ」
三姫の意地の悪そうな笑い声にひかれて、私はその真意を問い正す。
「あのね、千沙さんは例のネルガル会長と・・・今晩食事だって」
「ほ〜お、一応優良物件をキープしてる訳か」
私と三姫はニヤニヤと笑いながら、千沙の方を見た。
案の定、千沙は顔を真っ赤にして私達に反論をしてくる。
むう、やはり悪いとは思いつつ・・・人の恋愛沙汰を話すのは楽しいな。
「ちょ、ちょっと変な誤解をしないでよ!!
それは前回の約束を、私が急な用事で断ったからで!!
そう、埋め合わせよ埋め合わせ!!」
バンバンバン!!
テーブルをドンドンと叩きながら、私と三姫を牽制する千沙・・・
まあ、見ていて可愛らしいと言えば、可愛らしいのだが。
落ち込んでいるよりは余程良い状態だろう。
ただ・・・
背後にから感じるウェイターの視線が、凄く痛いのは勘弁して欲しい。
―――またガイでも盾に使うか?
「でも、良く飛厘も三姫の次元跳躍を認めたわね。
母子共にどんな影響があるのか分からないのに?」
「前例があるからな、今の次元跳躍技術なら大丈夫だと、ある程度予測出来たんだろう」
アイスコーヒーを飲みながら、そんな疑問を漏らす千沙に私がそう返事を返す。
「・・・やっぱり、万葉があの実例だったの」
「・・・ああ、飛厘のレポートを見たんだな三姫」
「私も一通りは見たわ」
多分、今回二人が私に会いに来た理由はそれだろう。
予想はしていた。
それにいい加減、私も落ち着いてきた事だし・・・二人に事情を聞かせていいだろう。
何時までも大切な仲間に心配を掛けるのは心苦しいし。
「じゃ、教えるよ。
・・・私のちょっとした秘密をね」