< 時の流れに >
現在の時刻は午後11時・・・
深夜に入ろうとする時間だ。
こんな時間に外をうろつくのは、時間を持て余している少年達か、警察位なものだろう。
・・・しかし、俺はそんな時間にある場所に向けて歩いていた。
そう、奴との決着を付ける為に!!
思い返せば、あの男の因縁は、2年前のナデシコでの出会いから始る。
俺の可愛い妹を誑かし、現在も弄び続ける鬼畜・・・
それがあの男の本性だ。
無論、各方面(愛妻と妹)から非難の声は上がっている。
それはもう、泣きたくなるくらいに・・・実際、泣いたけど。
だが俺の意思は固い!!
木連男児として、あの腑抜けた優柔不断男に喝を入れるのは当然の事だ!!
そう、妹に嫌われ様とも!!
愛妻のミナトさんに嫌われ様とも・・・いや、それは不味いな。
一度、徹底的にあの男を懲らしめて、ユキナに泣きながら非難された時の事を思い出す。
そう、あの時は笑顔のままでミナトさんは俺を―――
止め様、あの時の事は記憶の奥底に深く封印したはずだ。
・・・しかし、あれだけのお仕置きを日常的に受けていたとは、流石だなテンカワ アキト
俺は一日―――どころか一時間で根を上げたのに。
・・・とにかく、適当な所で勘弁してやるか。
あの時の二の舞は御免だ、明日は休日出勤をして報告書を作らないといけないしな。
・・・・・・・・・・・・遅い!!
あれから2時間も経つのに、未だあの男は現れん!!
男としてこれ以上無い場面を演出する為に、いちいち深夜の公園を選んでやったのに!!
海は近くになかったし、朝日が昇るのはまだまだ先なので丘の上も却下だった。
第一、ミナトさんかユキナが樹の影から見守ってくなければ、そのシチュエーションは使えん!!
・・・元一郎と源八郎を呼び出すのは、気が引けるしな。
いや、それ以前に流石に野郎に見守って欲しい決闘じゃない。
くっ!! だからと言って俺がどうして蚊に刺されながら、こんな所で2時間も待たんといかんのだ?
職質は5回もされるし、不良少年達がちょっかいを掛けにくるし!!
・・・いい加減、殺意が沸いてきたな〜
なんか、サクッとやっちゃいそうだな〜
今日・・・いや昨日の仕事の疲れも抜けきってないのにさ〜
チチチチ・・・
眩しい朝の光が俺の目を刺す。
小鳥の囀りに耳を傾けながら、俺は町内会の御老人達と一緒に早朝のラジオ体操をしていた。
近所付き合いも大変なものだな・・・
屈伸運動をしながら、既に俺の覚悟は決まっていた。
アオイ ジュン、貴様を俺は絶対に許さん―――
「ただいまです・・・」
ナチュラルハイが終わり、疲れた身体を引き摺って自宅に帰る。
リビングからは朝食の匂いが漂ってくる。
俺は空腹を覚え、そのまま引き寄せられる様にリビングに向かった。
「じゃあ、ミナトさん私達先に行ってくるね!!」
「はいはい、この娘を頼んだわよアオイ君」
「ああ」
・・・・ちょっと待てい
幻聴か?
いや、確かにリビングには人の気配が3つある。
そして、先ほどのミナトさんの台詞を聞く限り・・・
リビングの扉の前で固まる俺
その時、俺の頭の中に天啓が届く!!
―――ふふふふ、そうかそう言う事か、アオイ ジュン!!
俺をおびき出しておいて、ユキナと先に自宅から出るつもりだったんだな!!
甘い!! 甘いぞ!! 甘過ぎだ!!
貴様の企みは全て俺が見切ったわ!!
「じゃ、お兄ちゃんが邪魔する前に出発進行〜♪」
ガチャッ・・・
そして元気なユキナの掛け声と共に、俺の目の前のドアが開く。
「・・・おはよう、ユキナ」
「・・・マジ?」
白いサマードレスを着たユキナが、引き攣った笑顔で俺を見ていた。
「さて、さくっと用件を済まそうか。
この後直ぐに仕事に行かないといけないしな」
ゴン!!
後頭部に鈍い痛みが走る。
「さくっと、じゃないわよ。
その手に持ってる包丁で、何をどうするつもりなの?」
「いや、ちょっとアドレナリンの放出が多量の為に正確な判断が・・・」
「あら、そう?
なら落ち着くまで一週間ほど一緒に寝るのは禁止」
「御免なさい」
―――即答だった。
「・・・ね、見事に手綱を取られてるでしょ?」
「いや、まあ、なあ・・・」
何だか同情の眼差しを感じるぞ、アオイ ジュンの奴から。
凄く複雑な心境だ・・・
現在俺達はリビングのテーブルに座っている。
俺の対面に、ユキナとアオイ ジュンが座り。
ミナトさんはお茶の用意をしていた。
「ま、まあ冗談はこれ位にしておいて・・・
ユキナ、俺が知らないとでも思っているのか?」
「な、何がよ?」
真剣な俺の表情と声に圧され、どもりながら返事をするユキナ。
俺はそんなユキナに畳み掛けるように話し掛ける。
例の組織から俺はユキナとこの男が『二人で外泊をする』事を知った。
だからこそ、あの公園にアオイ ジュンを呼び出し、真意を問い質そうと決意したのだ。
「その男と外泊をする事だ。
貴様もユキナに対してはっきりとした事を言ってないくせに、軽々しく女子を外泊に誘うとは・・・
ほとほと、見下げた奴だな」
「・・・何だか激しく勘違いをしていないか、旦那さん?」
俺の詰問を無視し、隣でお茶の用意をしているミナトさんにそう問い掛けるアオイ ジュンだった。
・・・良い度胸だ、こら
封じ込めていた殺意の波動が、再び燃え上がるのを俺は感じた。
今の俺ならば、もしかすると根性で『昂氣』の一撃を出せるかもしれない。
「貴様、本当にユキナの気持ちに気付いていないのか?」
瞳に力を込めて、ふざけた態度を取っている目の前の男を睨む!!
「・・・それとこれとは別問題だ。
俺が今日ここに来たのは、ユキナちゃんを連れてピースランドに行く為だ。
まあ、木連の重要人物の妹だからな、ガードを兼ねて俺が随伴していく」
「・・・へ?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった・・・
「だから、ルリルリの誕生パーティ!!
私もジュン君も呼ばれてるの!!
お兄ちゃんは舞歌様との会見が入ってるから、って一ヶ月前に断ってたでしょ?
ミナトさんもお兄ちゃんと一緒に月に行っちゃうし。
ジュン君しか頼れる人がいないでしょ!!」
「ま、探せば他に適任がいないことは無いと思うけど。
ユキナちゃんの気持ちを考えると、やっぱりね」
ユキナとミナトさんの台詞が俺の脳内を駆け巡る・・・
つまり、例の情報網から仕入れた情報は不十分だったんだな?
いや、そう言えば他に何か言ってたような気がするが、『外泊』の単語以降・・・何も覚えていないな。
そう言えば、ちゃんとこの男の情報端末に俺の伝言は入っていたのか?
「メッセージ?
・・・そんなモノは昨日受け取っていないぞ」
「・・・さいですか」
睡眠不足と、激しい脱力感を感じながら・・・俺はその場で白く燃え尽きていた。
「と、言う訳です。
今頃あの二人はシャトルの中ですね」
『・・・ふ〜ん、だから私の通信端末にあんなメッセージが入っていたんだ』
「・・・は?
いや、そう言えば『アオイ ジュン』の隣の短縮番号は『東 舞歌様』・・・いっ!!」
『一週間後の月での集会・・・誰に喧嘩を売ったのか、ゆっくり教えてあ・げ・る♪』
「・・・(滂沱の涙)」