< 時の流れに >
第十一話.サラ=フアー=ハーテッドの私生活
「さてと・・・上手く焼けたかな?」
ガチャッ・・・
そろそろ良い焼き具合のはずのオーブンを開き、中を覗いて見る・・・
するとそこには、綺麗にキツネ色に焼けたパンが並んでいた。
「うん、上出来♪」
自作の成功を喜びつつ、手にキッチンミントを着けてパンを乗せたトレーを引き出す。
もう直ぐ店の開店時間になってしまうから、早く準備を整えないと。
お菓子屋さんに商品が並んでいないのは問題だわ。
そう、私は今は自分の店・・・お菓子屋を経営していた。
もっとも、従業員兼売り子兼経営者で、結局私一人で運営をしているんだけど。
でも近頃は売上も好調だし、誰か一人くらい雇おうかな〜
そんな事を考えつつ、私は手早く焼き上がったパンを商品棚に並べる。
この店を切り盛りし始めてから、もう直ぐ1年が経つ・・・
自分で言うのもなんだけど、少しは手際が良くなっていると思っている。
「あちち、あちち」
・・・もっとも、絶対に失敗をしないとは言わないけど。
髪の毛は作業の邪魔にならにように三つ編みにして、売り子も兼業をしているので服装は可愛いエプロンドレス
小さな店だけど、やっぱり一人で運営していくのは大変よね・・・
「さてと、後は今日のお勧めをボードに書いて店の前に置いておかないとね」
イネスさんから譲ってもらったホワイトボードに、今日一番の出来だったケーキの名前を書き表に持って出る。
でもどうしてイネスさんは、あんなに沢山のホワイトボードを集めてるんだろう?
・・・謎よね、あまり深く理由を聞きたはないけど。
それに、やたらと頑丈なこのホワイトボードを私は気に入っている。
どれくらい頑丈かというと、突風に飛ばされてダンプカーに轢かれても傷一つなかったくらい。
本当、何をどうしたらこんなホワイトボードが出来るんだろう?
「おや、おはようサラちゃん」
「あ、おはよう御座います」
私の店の対面で花屋を経営しているおじさんが、店から出てきた私を見て挨拶をしてくる。
そのおじさんに笑い掛けながら、私も笑顔で挨拶を返した。
このおじさんは、私の店のお得意様の一人
良く二人の娘さんと一緒に、店にケーキを買いにきてくれる。
「今日は何がお勧め何だい?
上の娘が苺のケーキが食べたい、と言ってたんだけどな」
店先の花と道路にホースで水を撒きながら、私にそう尋ねてくる花屋のおじさん。
「丁度良かったです!!
今日のお勧めは苺のミルフィーユなんですよ!!」
手に持ったホワイトボートを見せながら、私は嬉しそうにおじさんに答える。
偶然とは言え、お得意さんのご希望に添えて嬉しかったから。
「お、それは楽しみだな。
娘達が起き出したら、昼ぐらいに顔を出すから三つほど予約をしておいてくれよ」
「はい、分かりました〜♪」
おじさんとそんな約束をした後、私はボードを玄関の脇に吊り下げ店へと戻った。
まだまだ細々とした仕事は残ってるし、夏休み入ってる学生が午前中に良く来てくれるから。
それにしても、学生・・・か
「・・・早く残りの作業を終らせないとね!!」
―――自分の学生時代を思い出し、ちょっと考え込んでしまった。
カランカラン―――
「いらっしゃいませ〜
あ、ミリアさん!!」
「お元気そうですね、サラさん」
午前中、予想以上の混雑に目を回しそうになりながらもなんとか乗り切り。
今は自分で煎れた紅茶を飲みながら、一息ついていたところ。
―――そんな時に、ミリアさんは私の店に訪れた。
茶色のスカートに白いブラウスを着た、若い割には落ち着いた感じの大人の女性・・・
それが今のミリアさんを見れば、誰もが感じる事だった。
勿論、ミリアさんがここまで落ち着くまでには沢山の出来事があったのだけど。
私はカウンターの影に設置していた椅子から立ち上がり、ミリアさんの側にまで歩いていった。
どうせ休憩をするのなら、私としても話し相手が欲しいからね。
「あ、髪を切られたのですか?」
以前会った時よりも、明らかかに短くなっている髪を見て私が尋ねる。
「ええ、結構気温も上がってきてるから。
それに余り長すぎると、仕事の邪魔になっちゃうから。
・・・似合うわない?」
苦笑をしながら、綺麗に切り揃えられた前髪を触るミリアさん。
そんなミリアさんの仕草を見て、私は急いで返事を返した!!
「そんな似合ってますよ!!
全然大丈夫です!!」
「そう? 有り難う」
慌てている私を見て、思わずミリアさんも笑ってしまったようだ。
それに釣られるように、ついつい私も笑い出してしまった。
―――そして、私達はお互いに笑いあった後、店に備え付けの小さなテーブルでお茶をする事にした。
「あ、このハーブティー美味しいですね」
ミリアさんがお土産に持ってきてきれた紅茶を煎れ、一口飲んだ私の感想がそれだった。
思わず口から出たという感じ。
「この前出掛けた時に見てきた店の商品なの。
他にも良い品があったわよ。
あ、この前サラちゃんが探していたブランドのティーセットも売ってたわね」
「本当ですか!!」
思わずテーブルに手を付き、身を乗り出しながらミリアさんに迫る!!
私の勢いに気圧されながらも、ミリアさんは笑いながら頷いていた。
その後、私はミリさんから聞き出したお店に、次の休みには絶対に行こうと心に決めていた。
「じゃあ、この通りに入って直ぐなんですね?」
「ええ、そうよ」
ミリアさんに書いてもらった略図を見ながら、私は今度の休日が久しぶりに待ち遠しかった。
でも、こんな入り組んだ路地のお店を良く見つけられたわね?
「ミリアさんもこのお店・・・誰かから紹介してもらったんですか?」
「ええ、あの人と一緒に出掛けた時にね。
何でもホウメイさんって言う人に教えて貰った、って言ってたわ」
・・・あの人は、ナオさんの事だとして。
ホウメイさん、どうしてこんな路地裏の小さなお店を知ってるんだろう?
あの人も結構謎が多い人よね。
「でも、一人で良く続いてるわね?
大変でしょ、小さなお店でも全部一人で切り盛りするのは?」
軽く店内を見回し、私にそう尋ねてくるミリアさん。
「それは大変ですよ。
・・・一人で生きる、ってどれだけ難しいのか良く分かります。」
通り雨がくるのだろうか?
ちょっと曇り出した店の前の通りを見ながら、私はそう呟いていた。
そもそも私が一人でこの店を切り盛りしようと思ったのは・・・
「お爺さんも心配されてますよ。
店を持つ事に反対はしないけど、一人暮らしまでする必要は無いじゃないか・・・って、毎日愚痴を言ってますし」
「アリサも西欧方面軍の宿舎に帰っちゃいましたからね」
ミリアさんの言葉を聞いて、外を眺める事を止めた私は正面を向く。
ミリアさんがお爺様の屋敷に留まってくれなければ、私はお爺様を残して屋敷を出れなかったと思う。
その事を他にしても、私はミリアさんに沢山お世話になっていた。
「まだ・・・帰れない?」
優しい眼差しで、私にそう尋ねるミリアさんに・・・
私は小さく首を左右に振った。
「・・・まだ、自分に自信が持てないんです。
一人暮らしを始めて、仮にも自立した生活を送っていると。
・・・自分の甘さや弱さが嫌でも分かります。
両親が生きていた頃は、両親に頼りっぱなし。
戦時中も結局はアキトに頼ってただけでした。
全然、自分に胸を張って言えないんです、アキトの手助けをしてたって」
パラパラパラ・・・
ついに振り出した雨を見ながら、私は小声でそう呟いていた。
自分を鍛える事も考えて、私はお爺様の屋敷から飛び出した。
昔、アリサが自分を試す為に軍の訓練所に入ったように・・・
「私も・・・結局はあの人の足枷になってるだけよ?
でもあの人は言ってくれたわ、「ミリアが待ってるから、何処からでもどんな状況でも帰ってこれる」って。
確かにあのアキト君の性格だと「待っててくれ」なんて言えないと思うわ。
でも、「帰ってくる」とは約束してくれたんでしょ?」
最後の瞬間
確かにアキトは帰って来ると約束をしてくれた。
ただし、待っていてくれとは誰にも頼まずに・・・
結局、アキトは誰にも心を許していなかったのだろうか?
あれだけの激戦を共に戦った私達にも・・・
「結局アキト君の本心は、誰にも分からなかったのよね。
なら、今度こそ本人に聞かないとね」
「そうですよね、それに早く帰ってこないと・・・ミリアさんが結婚できませんからね」
「・・・それは言わない約束でしょ?」
私の仕返しの一言を聞いてミリアさんは苦笑をした。