< 時の流れに >
ミリアさんを送り出した後、花屋のおじさんが娘さんを連れて来てくれた。
とっておいた苺のミルフィーユを美味しそうに食べる二人の子供を見て、私の顔も笑っていた。
二人は仲の良い姉妹で、上の娘は12歳で下の子は9歳
花屋のおじさんの自慢の愛娘なだけあって、とても可愛らしい姉妹だった。
・・・どうやら二人共、母親似みたい。
「はい、紅茶のお代り」
「有り難う!! サラお姉ちゃん!!」
下の娘のカップが空になっていたので、私が新しく紅茶を注いであげると元気良くお礼を言ってくれた。
近頃こんな触れ合いが何だかとても嬉しく感じる。
変わろうと思う前の私には絶対得られなかった感覚だった。
以前の私は本当に箱入り娘で・・・何も知らなかったし、知ろうとはしていなかったから。
「でもサラちゃんもこんなに忙しいと彼氏の一人も出来ないだろ?」
娘達と一緒のテーブルに座り、紅茶を飲んでいた花屋のおじさんが突然そう尋ねてきた。
私としてはこの手の話題は聞き飽きていたし・・・
実際、店に来る男性客の殆どに声を掛けれていた。
・・・まあ、興味は無いんだけど。
「彼氏ですか?
今は自分の事で精一杯ですよ。
ですから、『良い人』の紹介は結構です」
笑っておじさんに返事をしながら、私はカウンターへと帰っていく。
多分、おじさんを通じて私に紹介して欲しいという人がいるのだろう。
流石にこう何度も同じ誘いが続くと、何も知らなかった私でも相手の考えが分かる。
「ふ〜ん、残念だよな・・・結構良い男なのに。
それに一人で店をやってると、不安じゃないかい?」
う〜ん、親切心からの言葉だと分かっているけど・・・
「・・・今、私の店を4人のガードマンが見張ってます」
「へ?」
私の返事を聞き、呆けたような顔になるおじさん。
「開店から閉店まで、そのガードが外れる事はありません。
また、閉店後は私のアパートまでガードをしてくれます」
「・・・ほ、本当なのか?」
私の真剣な顔を見て、驚いて窓から外を見回すおじさん。
・・・そんな事をしても見付からないって、一応プロなんだし。
「冗談ですよ、冗談!!
そうだったら良いな〜、って願望ですよ。
まあ、この店は警察にも近いですしそうそう危ない事は無いと思いますよ?」
笑いながら自分で自分の言った事を否定する私に、おじさんは不貞腐れた顔をしていた。
ちょっとだけ、罪悪感を感じちゃった・・・
でも、本当のところガードはついている筈。
お爺様が私が一人暮らしをするに当たってだした条件がそれだったから。
・・・勿論、ガード以外には私の私生活に手を出さないように厳命はされている。
私にはその存在を察知できないけど、一度ナオさんに聞いたところ常に複数のガードが居ると教えてくれた。
ネルガル関係のガードじゃなく、お爺様の知り合いのガードの人なのでどんな人物なのかは知らないそうだけど。
『今度、挨拶をしとこうかな?
腕試しを兼ねて』
『ナオさん・・・無茶しないでよね、怪我したら私がミリアさんに責められるんだから』
『ん、了解』
・・・翌日、お爺様に怒られてるナオさんを屋敷で見かけた。
何をしたんだろう、あの人は?
私が一年前の出来事を思い出しているいると、驚きから立ち直ったおじさんが少し怒った口調で私を叱る。
「そんな冗談は感心しないな、まあそうそう事件は起きないと思うけど・・・」
おじさんがそんな事を言った瞬間
カランカラン・・・
「あ、いらっしゃいませ〜♪」
「サラちゃん!! ミリア来てないか!!」
・・・また、突然湧いて出て来るんだから、この人。
でも噂をすれば影ね、考えただけだったのに。
突然店内に入って来た黒ずくめの長身の男性を見て、二人の姉妹とおじさんは固まっていた。
何しろその身に纏う雰囲気が尋常ではない。
私にすれば何時もの事で慣れているが。
多分、まだミリアさんが買い出しに出てるのに、待ちきれなくなって飛び出してきたんだろう。
それにしても、私は限度というものをこの人に勉強して欲しい。
「30分前まではこの店に居たけど・・・
今頃は駅前のデパートに居るんじゃなにのかな?
それにしてもナオさん、今回はどんな用件でイギリスに―――って、もう居ないし」
既にミリアさんの行方を聞いた瞬間、ナオさんの姿はそこには無かった。
何時もながら無駄な事に人外の実力を発揮しているみたい。
「・・・ねえ、お姉ちゃん。
あの黒い服のオジサン、どうやって店を出たんだろう?」
「そうよね、入り口の鈴は鳴らなかったし?」
食べかけのケーキにフォークを刺したまま、動きを止めた姉妹だった。
その目は理解出来ないモノを見た驚きに大きく開かれていた。
・・・あんまり深く考えない方が良いよ。
あの人はミリアさん関係になると、物理的な法則を無視する傾向があるから。
実際、私やナデシコクルーは考えるのを止めてるから。
暫く固まっていた姉妹だったけど、今は食欲が勝ったみたい。
直ぐに目の前のケーキに意識を戻した。
「・・・なあ、サラちゃん。
あの兄さん、何者なんだ?」
「え〜と、おじさんミリアさんとは知り合いよね?」
しかし、おじさんは流石に無視する事は出来なかったみたい。
「ああ、何度か花を買ってくれたしな。
それに、あんな美人をそうそう忘れるもんか。
俺もせめて10歳若ければ―――」
あ、その台詞は危ない
ガチャッ!!
「おっさん、俺のミリアに手を出そうってか?
ああん?」
「・・・何処から出てきたのよ、ナオさん?」
・・・何処で聞いてたんだろう?
いや、それ以前に駅前のデパートに行ってたはずなのでは?
「入ったのは裏口から、ミリアも直ぐに入ってくるぞ。
デパートに行く途中で合流したんだ」
カランカラン・・・
「サラちゃん、ナオさんが途中で消えた・・・って、先に店に入っていたんですか?
あ、花屋の御主人ですよね? こんにちわ」
「ど、どうも、こんにちわ」
引き攣った笑顔でミリアさんに挨拶をするおじさん。
ちなみに、最初は額にポイントされていたブラスターの銃口は、今は背中に押し付けられている。
・・・流石に止めた方がいいかな、お得意様だし、近所付き合いは地域で生活する為の必須条件だし。
それに、ミリアさん関係だと歯止めが効かないから、ナオさん。
「いや〜、このおじさんとちょっと個人的な話を・・・」
「ナオさん、私の店のお得意様なんだからね。
下手な事をしたら、色々とミリアさんに報告しちゃうよ?」
伊達にナデシコに乗っていた訳じゃ無い。
それはもう、ミリアさんが知らないナオさんの悪行は幾つも握っている。
その事を知っているだけに、ナオさんは青い顔になって直ぐにブラスターを仕舞った。
動きが速すぎて分からなかったけど、多分スーツの懐にでも仕舞ったみたい。
「おじさん、この人ちょっと変な所もあるけれど悪い人じゃないから。
それにミリアさんの婚約者でもあるんだ」
「ほ、ほぉ〜・・・」
私の紹介を聞き、及び腰ながらナオさんと握手をするおじさん。
やっぱり普通の人には、ナオさんの殺気は洒落にならないみたい。
「宜しく」
そっけない口調を聞く限り・・・まだ敵視してるな、これは。
まあ、釘は刺しておいたし下手な事はしないと思うけど。
「?」
そして当事者のミリアさんは、私達のやりとりを不思議そうな顔で見ていた。
う〜ん、時々凄く鈍いときがあるからねミリアさんって。
大人達が馬鹿な事をしている間、姉妹は一心不乱にケーキを食べていた。
・・・結構、大物になるかもねこの二人。
結局、ナオさんの来訪の目的はルリちゃんの誕生パーティに、ミリアさんを誘うのが目的だった。
私やアリサのところにも招待状は着ているけど・・・どうしようかな?
ピースランドの王城には色々と想い出が多いから。
去年は結局、その為に参加を断ってしまった。
でも、今年は・・・
「アリサを誘って行ってみようかな。
想い出からも逃げてるようじゃ、まだまだだもんね」
一人暮らしを実感する、1DKのアパート
その一室でベットに転がりながら、机の中に仕舞っておいたルリちゃんの誕生パーティの招待状を見る。
二年が経ち、皆それぞれの道を歩んでる。
私はあの頃から少しは前に進めたのだろうか?
立ち止まったままでは・・・ないのだろうか?
疑問は尽きない
だけど、変わろうとする意思と努力を止めることだけはしたくない。
強くなりたい
いざという時に、人を支える事が出来るくらいに
だからまずは、自分一人でしっかりと立てるようになろう
頼ってばかりだった自分から抜け出す為に―――