< 時の流れに >
第十二話 『不協和音』
統合軍―――
それは、木連との和平後に設立された新しい『秩序』を体現する組織である。
木連の保有する戦力の3分の2を有し、地球に有る戦力の2分の1を有する組織
その巨大な力を危惧する人物も多くいたが、権力者の多数の意見により、この組織は半ば強引に設立された。
・・・その背景には、連合軍が余りにネルガル寄りになってしまった事情もあった。
先の大戦で多大な貢献と、一人の英雄を失ったネルガル
しかし、その影響力は衰える事無く、その名声と共に大きく隆盛を極めている。
だが、現会長が切れ者でありながら・・・変わり者である事も有名である。
(何より、会長自らが戦艦ナデシコに乗り込み、危険なエステバリスライダーをしていた事が、如実にそれを物語っていた)
そんな彼の友人にして、戦艦ナデシコのエースパイロットが消え去った事は各方面に多大な影響を及ぼした。
嘆き悲しむ者、喜び踊る者・・・
今回の戦争の元であった、演算ユニットと称される最重要器物が彼と共に消え去った後。
争う理由の喪失と、長期に渡る戦火・・・そして何より人的被害の大きさを考え、木連と地球は歩み寄った。
だが、和平が成ったからといって、いきなり両軍の仲が良くなる道理は無い。
それでなくとも、『戦神』のイメージが根強く残る連合軍には、木連の軍人を低く見る傾向があった。
当然、諍いが絶える事は無く・・・また、傲慢な連合軍を非難する声も日増しに高まっていった。
連合軍への人気が低くなる事を憂慮した上で、持ち上がった提案が両軍の合併だった。
同じ組織内に組み込まれれば、お互いに争う理由が減るはず・・・と考えての事だ。
そして・・・
100年間離れ離れになっていた『同朋』を護る為に設立された、両軍を内包する組織・・・
公平な立場から、地球人も木連人も分け隔てなく守護する機関・・・
―――それが、統合軍の設立秘話だった。
「・・・だが、現実は利権漁りの戦場、か」
高級とはいかないが、そこそこにランクの高いホテルの一室で、備え付けの机に置いてあった指示書に俺は目を通す。
自覚の無いままにそんな事を呟くと、卓上ライターで指示書に火をつけ、灰皿の上に放置した。
チリチリ・・・
紙の燃える音を聞きながら、窓から見える夜景を眺める。
だが、ガラスに映る、自分の顔が気に入らない・・・
ピッ
思いついたままに、室内灯を消して闇で室内を満たす。
そして・・・そのまま俺は窓際に佇んだ。
微かに燻っていた指示書の残りカスも、その頃には綺麗に無くなっていた。
・・・指示書の中身は簡単な単語で終っていた。
『明日、決行』
明日のオオサキ大佐の墓参りで、暗殺を決行しろ・・・との命令だ。
何時かはくると思っていた、あの男の隣に居る限り。
士官であるはずの自分が、何故、暗殺者の様な真似を?
・・・そう何度も考えたものだ、だが俺には命令を拒む『理由』は無い。
何より、上からの命令に従うのは軍人として当然の義務だ。
例え、それが不条理かつ不本意なものであっても。
「明日は・・・晴れるかな・・・」
バフッ!!
鬱になる気持ちを振り払うようにベットに倒れ込み。
全ての思いを振り払うかのように眠りにつく。
明日、使用するブラスターの点検をする気にもなれない・・・
それの存在理由は人を殺める事だ。
そして、それを使用する事で目的を達成するのは・・・
そんな俺の脳裏に浮かんだのは、今日の夕食後の一時だった。
『ナカザト・・・お前、本当に頭が硬いな〜』
簡単なゲームで負けが込みムキになっていた俺に、横で見ていたオオサキ大佐の言葉が脳裏に蘇る。
その一言に、周りにいた全員が楽しそうに笑っていた。
・・・俺も、何故か悪い気はしなかった、なのに怒った振りをしたのは・・・何故だろうか?
あんな風に笑って過ごせれば、俺にも今と違う選択が出来たのかもな。
横目に見た窓からは、先程見た街の夜景とは、また一味違う光景が広がっていた。
エジプトのカイロ・・・
その街を覆う夜空は、明日の快晴を約束するように、綺麗な星空で埋め尽くされていた。
それは俺のささくれ立つ心が、少しは落ち着くほどに見事な光景だった。
「ねえねえ、ナカザトさんも一緒に遊ばない?」
観光ガイドのマップを見ていた僕は、枝織さんのその発言に驚いた。
枝織さんは、零夜さんとフィリスさんの三人で、トランプを使って遊んでいた。
つい先程、僕には原材料の想像も出来ない夕食が終わり(まあ、美味しかったから別に問題は無いけど)
食器が片付けられたテーブルの上で、それぞれが食後の一時を楽しんでいた。
部屋に戻らない理由は簡単、お風呂が沸くまで後暫くの時間が掛かるから。
・・・それに、この食堂から直ぐの場所に、お風呂場があるのも理由の一つ。
部屋に備え付けのバスはあるけど、やっぱり大きなお風呂に入りたいのは当然でしょ?
そんな訳で、僕達は仲良く一つのテーブルで時間を過ごしていた。
「・・・やっぱり、酒が飲めないのは痛いよな〜
そう思わないか、マキビ君?」
「・・・未成年の小学生に、同意を求める内容ですか」
シュンさんは、この国の宗教上の問題で、晩酌が出来ずにブツブツと文句を言いながらお茶を飲んでいる。
僕はその隣の席で、シュンさんの愚痴の聞き役を仰せつかっていた。
思い出したように、時々相槌をうったりしている・・・無視を続けると、後で報復をされそうで恐いから。
・・・まあ、絡まれるだけならマシだし。
何より、枝織さんの遊び相手をするより、余程安全だ。
命の心配をしなくていいのは、何て幸せな事なんだろう・・・
そして、ナカザトさんは何時もの仏頂面でそんな僕達を見ていた。
流石に服装は統合軍の制服から、動きやすそうな私服に変えていたけど。
それにしても、顔の筋肉が何時か痙攣を起こしそうだな・・・ナカザトさん。
いい加減、そんなナカザトさんにも慣れた僕は、最低限の用事が無い限り、ナカザトさんには話し掛けないように心掛けてもいた。
だけど、まさか枝織さんから話を切り出すとは思わなかったな。
―――それが、つまり最初に聞いた枝織さんの台詞だった。
「一人で座っててもつまらないでしょ?
それなら枝織と簡単なゲームをしない?」
ゆったりとした浅葱色のスカートと、薄い黄色のシャツを着た枝織さんが、笑顔でナカザトさんに話し掛けている。
見た目は絶世の美女の頼み事・・・
さすがのナカザトさんも顔を赤くして、なんと答えればいいのか迷っている。
迷った末に―――
「ま、まあ良いだろう・・・どうせ暇潰しだしな」
そう言って同意をしたのだ。
実は女性に弱いのかな?
「はい、ここにコインを発見♪」
「これで、枝織さんが38連勝ですね」
「・・・ぐはっ」
枝織さんが誇らしげにコップを取り上げると、そこには金色に輝くコインがあった。
フィリスさんの声を聞いて、大きく肩を落とすナカザトさん。
僕は笑うに笑えず、引き攣った顔で椅子に行儀良く座っていた。
二人がやっているゲームはシンプルで、直ぐに決着がつくものだった。
三つのプラスチック製(非透明)のカップを使い、テーブルの上に上下を逆にして並べ。
そのカップの一つに、親役がコインを入れてシャッフルをして、子役がそれを当てる。
カップ自体はガラスのように硬質ではないので、中でコインが当たっても音は聞えてこない。
でも・・・はっきり言って、無理、相手が悪過ぎる。
先程まで隣で見ていて、呆れるほどにシャッフルを繰り返したナカザトさんは肩で息をしている。
最初の方の、5〜6回までは無表情に親役を続けていたけど・・・10回を越えると段々ムキになってきていた。
そりゃあ、結構器用な手付きで、カップをシャッフルをしてたけどさ。
絶対に無駄だって、枝織さんって、ブラスターの弾丸を軽く見切るんだよ?
目に見えてる場所で幾らシャッフルしても、意味なんて無いよ・・・テンカワさんなら別かもしれないけどさ。
零夜さんは気の毒そうに・・・
フィリスさんは、予想通りだと言わんばかりに肩を竦めて・・・
シュンさんは・・・
「ナカザト・・・お前、本当に頭が硬いな〜」
ニヤニヤしながら汗だくのナカザトさんを見て、笑っていた。
まあ、枝織さんの正体を明かせない以上、僕もフィリスさんもフォローのしようが無いんだけどさ。
「ど、どうして、私の頭が固いのです、か?」
汗を拭いながら、疲れきった口調でそう尋ねるナカザトさん。
そんなナカザトさんに笑い掛けながら、オオサキさんは話を続ける。
「熱くなりすぎだ、見た目で相手を判断するのはお前の悪い癖だな。
相手が自分より上手だと判断していたら、何も決められた形式に拘らずにだな・・・」
そう言って、目の前のコップを手に取り全てをテーブルの下に隠し。
「枝織ちゃん、俺が良いと言うまで目を閉じよう」
「はぁ〜い」
大人しく指示に従う枝織さんの前に、コインを一つカップに放り込みながら、テーブルに再びカップを並べる。
そして、意外に鮮やかな手並みで、その三つあるカップをシャッフルをする。
「はい、目を開けてもいいぞ」
枝織さんが目を開いた時には、既に等間隔で並べられたカップが用意されていた。
「さ、当ててみな?」
「う〜ん・・・これ、かな?」
流石に即答とはいかず、おずおずと一つのカップを持ち上げる枝織さん。
しかし、そこには金色の輝きは無かった・・・
「よし、残りは二分の一の確率だ・・・ナカザト、選んでみろ」
「・・・」
無言でナカザトさんが取り上げたカップの下には・・・コインは無かった。
全員が最後のカップに目を向けた瞬間―――
チィィィィィン!!
「という訳で、俺の一人勝ちだな」
指で弾いたコインを掌で受け止めながら、得意そうに笑うシュンさんがそこに居た。
・・・勿論、最後のカップにコインは入っていなかった。
実は酒癖に並んで、手癖も悪かったのか、この人
荒廃した狭い部屋に、一人の男性が居た。
見事に禿げ上がった頭は、この国では禁止されているはずのアルコールの摂取により、赤く染めあがっている。
しかし、携帯端末に怒鳴り散らすその声には、酔いを感じさせるものは無い。
「ぐぐぐぐ、そうか・・・これが奴が西欧方面に配属された理由か」
・・・ただ、卑しいまでの高笑いだけが部屋の中に満ちる。
『・・・・・』
「ああ分かっているさ、これを餌にアイツから情報を引き出せばいいんだな?
任せろ、俺とて伊達に軍で将校をしていた訳では無い!!」
起死回生の手段を得た事で、喜色を浮かべる笑顔には、自分の足元に這いつくばる相手が誰かを想像しているからだ。
自分から栄光に満ちた立場を奪い、この狭く薄汚い部屋に追いやった男・・・
彼にとって現状は、まさに悪夢と言うのに相応しい。
それが自業自得と他者には言われようとも。
『・・・・・・・』
「協力者がいる?
・・・ナカザト・・・何だ士官学校上がりのヒヨッコか。
まあ良い、使えるようなら俺の部下にでも加えてやる」
その返事を最後に、男の携帯端末の電源は落ちた。
手元に残されたのは、多額の活動資金を振り込まれた口座明細と、一枚の記録媒体。
それが今朝方―――男の部屋に届けられた荷物の全てだった。
数ヶ月前から始っている、男の復讐劇は実行段階に入っていた。
「オオサキ・・・お前は楽には妻の元に行けんぞ。
くくくくくく、わははははははははははは!!!!!」