< 時の流れに >
久しぶりに見るあの禿げ親父は、以前に比べて随分と痩せていた。
所々に汚れの目立つ白いシャツに、クリーム色のスラックス姿が、軍服を着て威張っていた過去の姿とのギャップを大きく見せる。
だが、その眼に宿る禍々しい輝きは・・・逆に勢いを増していた。
「どうした、随分と細身になったな?
今更、成人病を気にしだしたのか?」
「・・・口の悪さは変わらないな、貴様も。
俺にたて突いて、アレだけ酷い目にあったというのにな」
一瞬・・・あの頃の殺意が、激しく俺の胸の中で蘇る。
早くに両親を失い、家族と言うモノと疎遠だった俺が初めて得た自分の家族。
それをこの男は、自分の身の安全を護る為だけに奪い去った。
燃え落ちる自宅を目の前にして、俺は何度もその炎に飛び込もうと足掻いた。
その時、俺を必死に止めていたカズシの妻も・・・燃え落ちた俺の自宅で発見された。
妻と息子の死に顔すら、俺には看取る事は不可能だったのだ・・・
そして―――全ての真相を知った時、俺とカズシの復讐は始った。
何を犠牲にしてでも、この男の存在をこの世から消し去ろうとしていたあの頃
俺の心には『復讐』の二文字しか無かった。
表情に出ないように細心の注意をしながら、俺は小さく息を吐き出す。
胸の中で荒れ狂う感情を、必死で制御するために。
今日・・・あの時の『過去』全てに決着を付ける。
―――この妻の眠っている目の前で。
「軍を追い出されて、少しは地面に足の着いた考えを出来るようになるとかな、と思ったが・・・
俺の見込み違いだったようだな」
手に持つブラスターの照準を俺の顔に向けたまま、バールは心底嬉しそうに笑う。
俺の直ぐ後ろでは、零夜ちゃんがバールの動きを伺っている。
・・・あまり、無理をして怪我をされては俺が困るんだがな〜
北斗と零夜ちゃんを俺に送りつけた某人物の、怒った顔が目に浮かぶ。
そんな俺の苦悩をよそに、バールの独白は続いていた。
「ああ、屈辱だったぞ・・・お前の策略通り、クリムゾンの爺さんとの裏取引が暴かれてな。
親戚から可愛がっていた部下まで、見事に掌を返してくれたぜ。
だがな!! 今度は俺が、その裏切り者共に思い知らせてやる!!
俺を裏切った事を地獄の底で悔やませてやるのさ!!」
その時の光景を思い浮かべているのか、バールの顔に嫌らしい笑みが浮かぶ。
何処か壊れた感じのする、歪な笑みだ。
・・・コイツはもしかして、取り巻きが裏切ったのは自分の普段の行いのせいだと、気が付いていないのか?
いや、気付いていても認めていないだけだろう。
肩書きのがなければ、カラッポなを自分を。
―――哀れだな、バール
「それで、どうやって栄光の座に返り咲くつもりなんだ?
最早お前に肩入れしようとする、酔狂な人物は存在していないだろうが。
所詮、軍の肩書きが無ければお前は―――」
「黙れ!! 黙れ!! 黙れ!!!!!!!」
ガウン!!
ガウン!!
――――――――――――ギィィィィンン!!
俺の言葉はバールの狂ったような怒声と、ブラスターの発射音に遮られた。
しかし、俺の腕と腹部を狙ったと思われるその弾丸は、目標に傷一つ付ける事無く弾き跳ばされた。
理由は簡単、フィリスが俺のために用意してくれた、携帯用のディストーション・フィールド発生装置のお陰だ。
ナカザトにブラスターを向けられていた時も、俺が余裕を持っていたのはコレのお陰だ。
アキトや北斗じゃあるまいし、俺は目の前でブラスターを撃たれれば死んでしまうからな。
つまり・・・俺はまだまだ死ぬ気は無い、って事だ。
「さすが・・・ネルガルの飼い犬だな、携帯用のディストーション・フィールド発生装置は高価で有名だぞ?
たかだか統合軍大佐のお前が、買える代物ではないはずだ。
散々俺のことを馬鹿にしておいて、今は貴様が企業の犬か!!」
ブラスターを防がれた事に怒るよりも先に・・・腹の底から俺を嘲るように笑うバールだった。
俺はそんなバールを静かな目で見ているだけだった。
「考えてみれば・・・俺とお前は良く似ているよなぁ
俺を殺す為だけに、クーデターを起こそうとしたり、企業の手先になったりと・・・
―――ああ、そうか。
実はお前は、あの時の俺が羨ましかったんだ?
『力』を思うが侭に使ってた俺が」
零夜ちゃんが少し驚いた表情で俺を見る。
まあ・・・結構ヤバめの話しだよなこれは。
「・・・ほう、企業の為の根回し以外に、貴様が頭を使うとは珍しいな?
俺のクーデター未遂を知っていると言う事は、なんらかの証拠を掴んでいるわけだ」
馬鹿にするように返事をする俺に、一瞬顔を真っ赤にして怒鳴ろうとしたバールだが、寸前で思い止まったようだ。
どうやら、なんとしてでも俺を自分の足元に平伏させてやりたいようだな。
震える腕を抑えながら、スラックスのポケットから小さな記録媒体を取り出す。
「このディスクの中にはな、お前の仕掛けたクーデターの全貌が書かれているんだよ。
唆された関係者から、結構日時までな!!
上手く立ち回っていたようだが・・・ここでボロを出すとは、お前も間抜けな奴だ!!
せっかく事が公になる前に、カズシの奴と一緒に西欧方面に転属させられたって言うのによ!!」
楽しそうに笑うバールに、俺は何も言い返すことは無かった。
あの時、俺がクーデターを起こそうとして巻き込んだ奴等は、全員行方が分からない。
死んでいるのか、生きているのかすら・・・分かっていない。
何を言った所で、俺が彼等の人生を狂わせた事に変わりは―――無い
俺が最後の地獄まで堕ちるのを見かねた義弟のオランが、クーデターを寸前で阻止したのだ。
今まで俺は何度も色々な人物から救われてきた。
あの時、オランが俺を止めてくれなければ・・・
養父が西欧方面に俺を転属させななかったら・・・
そして、あの地獄の最戦線でアキトと出会っていなければ・・・俺は・・・
それが分かっているからこそ、俺には生き延びてやり遂げなければいけない事がある。
「それで、わざわざ俺にその証拠とやらを見せに来たのか?」
色々と思う事はあったが、とりあえず俺は目の前のバールに集中する事にする。
場所が場所なだけに、どうも感傷的になってるな・・・
「まさか、俺はそこまで暇じゃない。
俺がここまで来たのは、貴様が握っている連合軍・連合議会のお偉方の秘密を聞かせてもらうためさ。
このディスクと交換でどうだ、悪い話ではないだろう?」
「・・・ああ、お前が本当に信用できる男だったらな。
何しろ女を口説く時でさえ、弱味を握らないと声を掛けられない臆病者だからな〜」
ついつい、嘲るような返事をしてしまった俺に、バールが憎々しげに顔を歪ませながら睨みつけてくる。
どうやら昔、女性を手篭めにしようとして俺に邪魔された時の事を思い出したらしい。
いい加減、この男と言葉を交わすのが苦痛になってきた俺は、それを見て溜飲を下げた。
「少々、痛い目にあいたいようだな〜、オオサキ・・・
あまり、自分のディストーション・フィールドを過信するなよ?」
―――パチン!!
ザザザザ!!
バールが指を鳴らすと同時に、俺を中心にして複数の人間が立ち上がる。
構えている武器に、携帯用のミサイルがあるところを見ると・・・死体も残さずに俺を殺すつもりだったのかな?
自分の絶対的な有利を確認し、俺に向かって得意そうに最後通知をするバール。
「オオサキ、最後のチャンスだ。
お前の知っている事を全て話しな・・・今度はその後の女性を巻き込んでみるか?」
鋭くバールを睨む零夜ちゃんの視線に、怯えはなかった。
無論、俺に泣き付くなど絶対にするはずがない。
何しろこの女性は、精鋭と名高いあの優華部隊の一員でもあるのだからな。
俺はそんな零夜ちゃんの態度に感心をしつつ、バールに向かって叫ぶ。
今までの過去と分かれ、未来に向かう為にも。
「以前・・・貴様が俺を派閥に取り込もうとした時、俺は言ったはずだぜ?
お前とは絶対に仲良くはなれない、ってな!!
釜の中で湯だってな、このタコ親父が!!」
「き、貴様ぁぁあぁぁぁああああ!!!!!」
親指で首を斬る仕草をした後で、俺は笑いながらその指を下に向ける。
それを見た瞬間、バールの意味を成さない声と共に―――
血煙が周囲に舞った。
スタッ・・・
軽快な音を響かせて、俺の目の前に赤毛の女性が舞い降りる。
その右腕からは微かに光る・・・細い線が見えていた。
どうやら、それが一瞬にして10名にも及ぶ敵を倒してのけた武器らしい。
「・・・先程の奴は居ない、か。
まあ、予想はしていたがな」
少し残念そうな口調でそう呟き、鋭い視線を前方でブラスターを構えたままのバールに向ける。
そんな北斗と目が合った瞬間、バールの顔色は赤色から青色へと劇的に変化していった。
・・・そう言えば、バールの奴も北斗の正体を知ってるんだよな。
「ま、まさか・・・何故だ!!
何故、貴様がココに居る!!」
最後の足掻きをしようと、トリガーに掛っている指に力を掛けた瞬間―――
ザシュ!!
「あぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
手の甲を投げナイフにより貫かれ、手を押さえ込みながら地面に蹲ってしまう。
そんなバールの狂態を、北斗は冷めた目で見ていた。
「ふん、大袈裟な奴だな、とても元軍人とは思えん。
しかし、女性の格好の利点は、暗器の隠し場所に困らない事くらいだな」
太もものガーターベルトに挟んである投げナイフを見ながら、そう呟く。
「・・・分かったから、足を下げようよ北ちゃん。
そのままの格好だと、下着まで丸見えだよ。
それと、何度言ったらスカートを破るのを止めてくれるの?」
片足を胸まで引き上げた状態だった北斗は、背後から聞えるその非難の声にすこし姿勢を揺らした。
・・・どうやら、零夜ちゃん相手にはあまり強気の態度には出れないらしいな。
ま、人間弱味の一つ二つ有った方が味があっていいさ。
「お、おのれ・・・貴様等まとめて何時か後悔をさせてやるぞ!!
いいか、俺は本来ならこんな場所に居て―――ガフッ!!」
「黙れ、耳障りだ。
それに次があると思っているのか?」
先程の鋼線らしきもので、バールの首を締めて黙らせる北斗。
視線が明後日の方向を向いていているところを見ると、『目障り』とも思ってるらしいな。
そしてバールは必要最低限の空気を得ようと、必死の形相で足掻いていた。
真っ青な顔色のバールに近づく俺に、北斗が視線で問い掛けてくる。
つまり、『始末』をしていいのか、と。
「まあ、待ってくれ、コイツには少々聞きたいことがあってな。
それに、この男は一度正式な場で裁かれるべきだ・・・自分が犯してきた罪を認識させるためにもな」
「・・・意外に甘いな」
そんな事を言いつつも、バールの首に巻かれていた鋼線を外す北斗だった。
そして、そのままバールの背後に位置取り、何時でも動けるような体勢をとる。
「バール、今の貴様にこれだけの人員を雇う金は無かったはずだ。
それに俺の過去の記録を見付ける技術を持ち合わせているはずも無い。
・・・誰がバックについてるんだ?」
「・・・」
憎悪に覆い尽くされた目で俺を睨むバール。
まさに視線で人が殺せれば・・・俺はこの男に100回以上は殺されているだろう。
しかし、どうやってもこの男から情報を聞き出すのは無理っぽいな・・・
俺への復讐心だけが、際限無く肥大しているみたいだ。
まあ、いい・・・
この男にアプローチが有ったという事は。
少なからず、事態は動き出している訳だ・・・皮肉にも、アキトの記憶通りに3年の休暇を得て。
「・・・最後の質問だ。
何故、妻と息子を殺す必要があった。
あの頃のお前の力なら、直属の部下に当たる妻の証言なら簡単に握り潰せたはずだ。
勿論、司令官に就いて間が無かったガトルの親父さんも、お前なら抑えこめただろうが」
「くくくくくく、馬鹿な事を聞くなよ。
簡単な理由だ・・・お前の関係者だからさ。
それだけの理由で充分だ、それだけ気に入らなかったんだよ」
―――バキィ!!!
満足そうな顔のバールの顔を拳で貫き・・・
そのまま地面に倒れ込むのを最後まで見届けた後。
俺は振り返る事無くその場を後にした。
もう、この男と話す事は何にも・・・無い。