< 時の流れに >
「シュンさん!! カズシさんの墓石にナニを彫り込んでいるんですか!!」
「お、あれが読めたのか?
凄いじゃないか、わざわざヒエログリフで書いたのにな〜」
カズシさんの墓石から、僕がそう叫びながら戻ってくると。
シュンさんは少しだけ驚いた顔をした後、そう言って笑いながら誉めてくれた。
そのシュンさんの隣には枝織さんが居て、その直ぐ後ろには零夜さんが立っている。
・・・地面に倒れているナカザトさんと、見知らぬ禿げたオジサンは無視する事にした。
でも、誉めてくれるのは嬉しいけど・・・本当はフィリスさんが意訳してくれたんだよね。
「・・・僕が解読したんじゃありませんよ。
フィリスさんがしてくれたんです」
「じゃ、減点80だ」
・・・何からどう減点されたんだろう?
シュンさんの台詞に悩みつつ、三人に近づくにつれ・・・濃厚な血の匂いが、僕の鼻腔に染み渡る。
立ち止まり周囲を見回しても、何も見当たらないけど―――間違いない、この匂いは血だ。
少し、ドキドキしながら目の前にいる枝織さんを見る。
その顔に浮かぶ不敵な笑みに、僕はそこに居るのが誰なのかを知った。
そして、この周辺を漂う血の匂いを導いた人物が誰であるかも。
顔色を変えた僕を見てシュンさんが気を利かせたのか、場所を移動しようと全員を促す。
僕より少し遅れて歩いてきたフィリスさんも、血の匂いに気が付き、青い顔をしながらもしっかりした足取りで歩いていた。
そんな僕達の一団にあって、一人超然とした態度をとる北斗さんは・・・やはり、真紅の修羅と呼ばれるべき存在なのだろうか?
「さて、ナカザトとバールの奴を見ておかないといけないし、ここら辺が限界かな?」
「馬鹿にするな、後100m離れていても、あの二人が動き出す気配を掴む事は容易い」
軽くそう問い掛けてきたシュンさんに、少し気分を害した声で返事をする北斗さん。
既に、あの二人が気絶している場所から200mは離れているはずなのに、相変わらず凄い人だな。
・・・格好も凄いけどね、破れたスカートが気になって仕方がないや。
もっとも、流石に自分の命と引き換えにしてまで見続けようとは思わない。
というか、そんな事が原因で殺されたら、あの世までラピスの馬鹿笑いに悩まされそうだ。
「ナカザトさんは・・・やはり?」
「典型的な軍人さんだからな、上からの命令とあらば・・・仕方が無い事だろうさ。
俺からのアドバイスを書いた置手紙は、胸のポケットに入れてやったんだ、この先どう変わるかは本人次第だな」
フィリスさんの問い掛けに、軽く肩を竦めて返事をするシュンさんに。
僕達は何も言い返す事は無かった。
何があったのか・・・何となくだけど僕にも分かる。
でも、その当事者がそれで良いと言っているのだから、僕に何も言える筈が無い。
その場にいる全員の視線に晒されながら、シュンさんはネルガルのエジプト支社に連絡を入れ、迎えを寄越すように頼んでいた。
「しかし・・・血生臭い墓参りになっちまったな〜」
一瞬、寂しそうな顔をした後、何時もの笑みで僕達に笑いかけるシュンさん。
そんなシュンさんの強さに、僕は大人の強さをつくづく思い知る。
どんな窮地にでも他人を思いやれるその余裕が、どれだけ凄い事なのかは、あの戦争で僕は学んだから。
「シュンさんの奥さんって・・・どんな方だったんですか?」
沈黙を嫌ったのか、フィリスさんがそんな質問をする。
シュンさんは少々驚いた顔をしけたど、頬を掻きながら教えてくれた。
「どんな方って―――まあ、口の達者な女だったよな。
その上、手も早くてな、口と同時にビンタが直ぐに飛んできやがるし。
隠れて酒を飲もうものなら、平気で家の二階からでも放り出してくれたからな〜」
その時の事を思い出したのか、腹を抱えて笑うシュンさん。
そのままの体勢で背後を向き、背を伸ばしながら更に呟く。
「何で付き合いだしたのかは、覚えていない。
ただ、この女なら退屈せずに毎日が過ごせそうだと思った。
笑いながら、日々を過ごして、老いていけると感じた。
隣にカズシの奴が家を持って、休日にはお互いの家で馬鹿騒ぎをして。
・・・過ぎ去りし日々、ってやつだな」
その背中に僕は何も言葉を掛けられなかった。
過去から来たといっても、所詮5年少々の時間だ。
僕とシュンさんの人生経験の差は、ただの年数の差とは言えない壁があった。
そして、僕の隣にいるフィリスさんも、聞かなければ良かったと身体中で表現していた。
北斗さんは両目を閉じて、近くの木に寄りかかり、零夜さんはその隣に神妙な顔で立っていた。
「だが今回の事件のお陰で、一つ分かった事がある。
―――いや、つくづく思い知ったという事かな。
これから先も俺の意思に関係無く、周囲の人間は巻き込まれていくだろう。
まだまだ、今の和平が安定しているとは到底思えない・・・いや、安定しているはずが無い。
これ以上、知人友人の葬式の為に杯を干すのは真っ平御免だ!!
統合軍は俺が変えてみせる!!」
久しぶりに聞く、シュンさんの大音声だった。
戦場では、ユリカさん達を叱咤激励する為に何度か聞いた事があるけど・・・和平後には初めて聞く。
「マキビ君やルリ君、それにラピス君も護ってみせる!!
それがアキトの奴を迎えるに当たって、俺が自分に科す最低限の条件だ。
それに・・・フィリス君」
「は、はい!!」
突然の呼びかけに、驚いた表情をするフィリスさん。
そんなフィリスさんに、シュンさんは少し照れた笑みを浮かべながらこう言った。
「ここまで巻き込んでしまったんだ、既に今後の敵には君が俺の関係者だと映っているだろう。
君の安全も、俺が護っていくつもりだが。
・・・どうだ?」
「はい・・・是非、お願いします」
あの後、直ぐに駆け付けたネルガルのシークレット・サービスの人達に、後片付けを任せ。
僕達は一足先にホテルに帰る事になった。
ただ、気が付いたナカザトさんは・・・僕達に何も言わずその場を後にした。
その表情は良く見えなかったけど、背を丸めて歩くその姿が凄く頼り無かった。
僕には身近に尊敬できる人も居るし、悩みを打ち明ける事が出来る人が沢山居る。
時にはからかわれたり、遊ばれたりするけど、最後の最後には信用出来る人達ばかりだ。
・・・そりゃあ、世の中の人全員がそうだとは限らない。
実際、僕の出生はネルガルの闇そのものなのだから。
でも、ナカザトさんには自分を止めてくれる人は居なかったのだろうか?
忠告も、助言も、優しい言葉も、叱咤も無く、今回の事件に及んだのなら・・・
これを機会にナカザトさんにも変わって欲しいと思う。
ナカザトさんが聞いたら、生意気な意見だと思うかもかもしれないけど。
―――死ぬ気になれば、まだまだやり直せる位置に居ると思うから。
僕は血塗られた手では、幸せを掴めないと苦悩していた人を、2年前まで見ていたから。
「ああ、そうか」
突然、タクシーの中で手を打ち合わせる北斗さん。
その行動に驚いた僕は、心臓を爆発寸前まで追い込まれていた。
・・・だって、また僕の隣に座っているんだもん、北斗さん。
絶対この車の座席割は、シュンさんの策略に決まってる。
「どうかしたの北ちゃん?」
「ああ、ナカザトの奴が誰かに似ていると今まで思っていたんだが、ついさっき思い出した」
零夜さんの問い掛けに、嬉しそうに笑いながら話す北斗さん。
その笑顔を見ている限り、枝織さんと同一人物なんだよな〜、と再確認をしてしまう。
何時もの無愛想な表情を捨てれば、元が元なだけに周囲も明るい雰囲気になるのにな。
・・・口に出して言えば、ゼロコンマの世界で僕はこの世から消え去りそうだ。
「へ〜、誰に似てるんだ? あの坊ちゃんが?」
シュンさんの何気ない問い掛け。
「舞歌の前の副官だった、氷室だ。
氷室の奴の張り詰めた雰囲気から、何処までも真面目な考えまでそっくりだ。
・・・そう言えば、氷室の名前って覚えているか零夜?」
シ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ンンンン・・・
シュンさんの質問に、あっけらかんと答える北斗さん。
その答えを聞いて、一瞬にして車内に静寂が満ちる。
そして気のせいでは無く、零夜さんの額には汗が浮かんでいた。
「・・・氷室 京也さんだよ、北ちゃん。
それと、その例えって洒落にならないから他の人には言わないでおこうね?
ただでさえ、同じ副官の立場にあったんだし」
「む、そうか?
分かった気を付ける事にする」
「・・・副官って、報われない立場なんですね」
「・・・いや、多分そんな事は無いと思うが・・・多分、な」
フィリスさんとシュンさんの声を背中で聞きつつ、虚ろな目で窓の外を見ながら、僕はカズシさんにお別れの挨拶をしていた。
結局、認識票は僕の胸元に残ったままだった。
まだ、これを返すほど僕の中で、あの戦争の整理は終ってなかったから。
だけど―――また来年、やってきますよ、カズシさん。
薄暗い部屋に、三人の人影が集まっていた。
お互いの顔をギリギリ認識できるかどうか、という室内で彼等は会話をしている。
「・・・まさか、オオサキ シュンの護衛に北斗を当てるとはな。
やってくれるな、東 舞歌
で、どうだった真紅の羅刹の手並みは?」
「冗談みたいな真似を、平気な顔でやってくれましたよ。
まさか、ライフルの弾丸を叩き落されるなんて、夢にも思いませんでしたね。
あんな人が側にいるなら、狙撃でオオサキ シュンを殺す事はまず無理でしょう」
狙撃用のライフルを肩に抱えた男性・・・背丈は170cm半ばだが、鍛え上げられた肉体を持っていた。
口調は丁寧だが、その言葉の端々に相手を揶揄するような響きが混じっている。
「こちらも、もう少しで首と胴が離れ離れになるところだったッス!!
だいたい、あの女は飛び道具を使わない主義だったんじゃないんすか?」
「宗旨変えをしたんだろう・・・あの鋼線の技は、生粋の暗殺者である枝織のものだ。
格闘が主体だった北斗にも、何らかの意識の改革があったという事だな」
大声で非難の声を上げる、小柄な男・・・声の高さから言って、声変わりの前の少年だと思われる。
その少年の質問に、苦笑を交えた返事を最後の一人が返す。
しかし、最後の人物は完全に闇に紛れているため、その姿ははっきりとは見えない。
「それで、後どれくらい待てば・・・私達は好きなように動けるのですかね?
オオサキ シュンを殺害し、木連と地球の間の橋渡し役を消す事には失敗してしまいましたし。
・・・まあ、私としてはまだるっこしくて仕方が無い策ですけどね。
他の連中も、そろそろ痺れを切らしてる思いますけど」
ライフルを肩に抱えた男の質問に・・・
「まだ、こちらの体勢も完全には整っていない。
後、最低でも一年は待たないと駄目だろうな。
そう焦らずとも、一年後には嫌というほど『遊ばせて』やる。
仮初めの和平を壊す為ににな」
「それは、実に楽しみですね」
「まったくッス」
低い笑い声だけが、室内に響き。
次の瞬間、彼等の姿は消えていた。