< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

「先輩!! これなんてどうですか?」

 

「・・・イツキちゃん、お願いだからくっかないで。

 ただでさえ気温が急激に上がって、バテ気味なんだから〜」

 

 白いサマードレスの端を掴まれた私は、イツキちゃんの目に止まった店に向かい、引き摺られるように場所を移動する。

 今は数日後に開催される予定になっている、木連の人達の親善パーティに出る為の買い物の途中。

 以前、舞歌さんに頼まれていた化粧品を買い求めているんだけど・・・

 

 イツキちゃん、何処で私の休暇の情報を手に入れたのかしら?

 昨日、不意打ちでお父様に提出して、無理矢理休みをとったはずなのに。

 ・・・それ以前に、イツキちゃんって今はエステバリスライダーの教官してるはず。

 平日にどうしてこうタイミング良く、私の所に遊びにこれたんだろう?

 

 今朝、自宅を出た途端・・・

 

 Tシャツにジーパン姿のイツキちゃんに捕獲された私は、手を引っ張られながらしきりに首を傾げたものだ。

 そう、最初は一人で買い物を満喫するつもりだったのに〜

 この後も色々とスケジュールを考えていたんだけどな〜

 

 

 

 

 

 数分後―――何故か、バイクに二人乗りをしている自分を省みて深々と溜息を吐いた。

 ・・・どうでも良いけど、スカートの私にバイクは酷いよ、イツキちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまんなユリカ、アオイ君が不在な以上・・・お前の護衛に適任なのは彼女しか居ないのだよ」

 

「・・・ミスマル司令、今更公私混同は問いませんが。

 アオイ君とユリカ君という、連合軍のツートップが数日の間、不在になるのはどうかと思うんだが?

 まあ、居ない以上文句を言う事も出来ませんけどね。

 お・・・秋山君、この栗羊羹いけるね」

 

「ユリカァァァ・・・」

 

「はははは、気に入って貰えましたかムネタケ参謀長?

 実は妻がこの栗羊羹が好きなもので、ついつい買いすぎてしまいまして。

 それでお裾分け・・・というのも何ですが、本日持参してきたのですよ」

 

「パパはな・・・パパはな・・・」

 

「おお、そう言えば奥さんも明日には地球に来られるんだな。

 やはり舞歌殿の秘書官とは、忙しい身の上なのだろうな」

 

「そうなんですよ、会うのは実に2ヶ月ぶりです。

 因果な商売だとは知っていましたが、流石に堪えますな〜

 ま、その分再会の喜びも一押しですがね、わははははははは!!」

 

「パパは心配なんだぞ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

 アキト君が居ない寂しさにユリカが負けるのが〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

 悪い男に騙されない為に、イツキ君にガードを頼んだんだよ〜〜〜〜〜〜!!

 ううううう、アキト君、カンバッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ク!!」

 

 

 

 

 

「あ〜、お茶が美味しいわい」

 

「ですね〜」

 

 

   ズズズズズズズズズ〜・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩、どうしたんですか?

 なんか先程から上の空ですよ?」

 

「う〜ん? ちょっと、ね」

 

 食事と休憩を兼ねて行きつけの店・・・ホウメイさんの店に私達は来ていた。

 時間的にはお昼時を少し過ぎたくらい。

 そのお陰でお店には客はおらず、直ぐに私達は座る事が出来た。

 

「なんだい、なんだい、艦長も近頃悩みが絶えないのかい?」

 

 カウンターの中からホウメイさんが心配そうに尋ねてくる。

 エプロンを身に着けた大柄な身体は、今日も楽しそうに厨房の中を動き回っている。

 お昼時が終ったので、今は仕込みの作業に入っているの。

 

 でも、その言葉が引っ掛かった私はホウメイさんに改めて尋ねてみる。

 

 ちなみに店の表には『準備中』の看板

 現在、日々平穏は私達の貸切状態となっていた。

 

「私も・・・って事は、他に誰が悩んでいたの?」

 

 この店はナデシコクルーの憩いの場とも化している、きっと私の知っている人だろう。

 知らない人の名前を出されても、それはそれで笑えるかもしれないけど。

 

「聞いて驚くんじゃないよ?

 なんと、あのヤマダ ジロウさね。

 私から見ても『進退窮まる』って顔色だったね。

 指で突いたら、そのまま倒れるんじゃないかって状態さ」

 

 

 

 

 

 

 

    トントントントントン・・・(ネギを刻む音)

 

 

 

 

            シャリシャリシャリ(ジャガイモの皮を剥く音)

 

 

 

 

                                  ジリリリリリリリィィンン!! ジリリリリリリィィィン!!

 

                                            「はい、日々平穏です。

                                             ・・・なんだい、会長さんか? え? エリナを止めてくれ?

                                             このままだと千沙君と出掛けられない?

                                             お門違いだね、男ならそれくらいの危機、笑って潜り抜けな!!

                                             この前助けたのは気紛れだよ、気紛れ!!

                                             じゃ、頑張りなよ!!」

 

 

                                           ―――ガチャン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!!

 す、すみません、そのヤマダさんの顔が想像出来ません。

 悩んでる姿は昔、一度だけ見た覚えがあるんですけど」

 

「私もです、まあヒカルさんと万葉さん関係だと予想は付きますけど・・・」

 

 

 

 私とイツキちゃんは数分動きを止めた後、そう言ってホウメイさんに返事をしたのだった。 

 ホウメイさんも『ま、そうだろうね〜』と、深々と頷いたもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、無事に買い物を済ませた私達は自宅へと帰ってきた。

 余計なモノを買いすぎたような気もするけど、たまの休みだからそれも仕方がないね。

 せっかくなのでイツキちゃんをお茶に誘うと、嬉しそうに頷いていた。

 

 ・・・何がそんなに嬉しいんだろ?

 

 まあ、私としてもちょっとした相談事を聞いて欲しかったし、都合が良いのならそれで良しとしましょう!!

 

 

 

 

「で、何を聞いて欲しいのですか?」

 

 紅茶の入ったカップを皿に戻しながら、イツキちゃんが聞いてくる。

 何故か私がお茶を淹れようとすると、自分は客だからと言って私の分と自分の分の紅茶を淹れてくれた。

 

 ・・・普通、逆じゃないのかな?

 

 ま、今更終った事を考えても仕方が無いけど。

 それに、イツキちゃんの淹れてくれた紅茶って美味しいし。

 リビングには紅茶の良い匂いが漂っていた・・・

 

 そんな事を考えながら、私は話を切り出した。

 

「うん、実はね・・・今度、月に舞歌さんが来たでしょ?

 そのついでに、今までの木連での報告書を千沙さんが自ら連合軍に提出してきたんだ。

 それも、私の所に直接ね」

 

「へ〜、でも木連からの定時報告は毎回ちゃんと届いていたじゃないですか?

 それに駐在大使からの報告書も」

 

「・・・全部同じ内容なら、舞歌さんもいちいち千沙さんをお使いに出さないよ。

 何処ですり替えられていたのかは分からないけど、私達の知る木連と・・・現実の木連は違いすぎた」

 

 真剣な私の声と顔に、イツキちゃんの表情も引き締まったものに変わっていった。

 

 

 

 

 

「地球からの駐在大使による横行から、犯罪件数のまで大幅に改竄されてるね。

 どっちが正しいのか・・・それは私には分からない。

 だけど、もし舞歌さんの提出した報告書が正しければ―――」

 

「正しければ?」

 

 緊張した声でイツキちゃんが私に問い掛ける。

 私はそんなイツキちゃんに視線を向けながら、少し冷めてきた紅茶をスプーンで掻き混ぜた。

 

「現状では、木連と地球の間に深い溝が刻まれつつあるね。

 それも、かなり以前から計画的に仕掛けられた罠だよ。

 相手は統合軍と木連の中枢に、かなりの力を持つ人物・・・だね」

 

 思い当たる人物は複数に昇る。

 お父様の手伝いをする一方で、私はこの2年間積極的に世界のあり方を見てきた。

 ネルガルの立場、クリムゾンの狙い、明日香インダストリーの考えを。

 そして連合軍・統合軍における、元ナデシコクルーとしての存在価値

 

 正直に言うと、正視に耐えないものも多数あった。

 わざわざ、係わり合いになりたいと思わない事件も・・・

 ジュン君も眉を顰めながらも、私の後ろを何時も歩いて手伝ってくれた。

 きっと、ジュン君も自分にはこの世界を知る必要があると思っていたと思う。

 

 だって、アキトは過去にそれだけの『闇』を見てきたはずだから。

 

 彼が見てきた数十分の一でもいい、本当の現実を知ってこそ私は強くなれる。

 アキトを理解する為には、日の当たる場所だけにいては無理だと思うから。

 

「とにかく、ルリちゃんと連絡をとって調査をしてもらったんだ。

 ・・・で、確実に裏がとれたのが報告書の3分の1

 確かに事件はあったけど、その件数に極端に差があるの。

 これってどう思う?」

 

「えっと・・・木連の駐在大使から提出された報告書が改竄されていた、とか?」

 

 私の問い掛けに少し考えた後、そんな例えを挙げるイツキちゃん。

 

「それも可能性の一つだけど・・・多分、舞歌さんの所に届く報告書自体にも細工されてる。

 舞歌さんもそんな意見を書類に同封してた。

 それでも・・・地球の人間が、木連で誉められない事をしたのは確かなんだよ」

 

 気が重い話だった。

 私達が連合軍と統合軍の間で諍いをしている間に、木連では多数の犯罪があったのだ。

 それも地球から派遣された駐在大使達による・・・

 

 でも、問題はそれだけじゃない。

 既に木連の守備隊の間には多数の不満の声があがってるそうだし。

 その守備隊を取り仕切る月臣さんも、かなり苦しい立場になっているそうだ。

 なのに、地球側はそんな事件など知らぬ存ぜぬで通している・・・これ反感を買わない筈がない。

 この仕掛けが当初から施されていれば、私達も気が付いたかもしれない。

 だけど・・・この2年間の間に、この罠はじわりじわりと首を締めてきたのだ。

 始めは数件の誤魔化しだったのかもしれない。

 それが何時の間にか大きな数にのぼり、平和に漬かっていた私達の目を完全に欺いていた。

 

 私達に油断があったとしか・・・言いようが無い。

 

「でも、どうして私にそんな話をするんです?」

 

「イツキちゃん、私と一緒に木連のパーティに出るでしょ?

 その場であまり無責任な発言は出来ないから、先に注意を兼ねて話しておいたんだ」

 

「な、なんだか信用されてるのか、されてないのか・・・理解に苦しむ言葉ですね?」

 

 私の言葉を聞いて、額に汗を浮かべるイツキちゃんだった。

 そんなイツキちゃんを見て苦笑をしながら、私は数日後のパーティの事を考えていた。

 ルリちゃんの話によると、良い解決策があるらしいけど・・・期待をして待っていようかな。

 

 ルリちゃんも、色々な意味で強くなっているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その7に続く

 

 

 

 

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