< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな元一朗!!」

 

「ああ、お互い元気そうでなによりだ」

 

 玄関口で向かえた親友に大声で笑い掛けながら、九十九さんは月臣夫婦を家に招き入れた。

 初夏に相応しい白のポロシャツに、白いスラックスを着た月臣さんが、頭を軽く下げながら入ってくる。

 その直ぐ後には日傘をさした月臣 京子さんが居た。

 

 元々色白な肌に、日の光に弱そうな青い瞳を持つ女性だから、地球の初夏の暑さは堪えるでしょうね。

 とくに今まで育ってきた環境が、四季の制御されたコロニーならば、特にでしょうね・・・

 

 そんな彼女の格好は橙色のキャミソールに白色のショールを肩に掛け、ベージュ色のサマースカートをはいていた。

 それでも薄っすらと汗をかいた顔で笑顔を作り、私に挨拶をする。

 

「ミナトさんもお元気そうですね」

 

「京子さんもね。

 暑い中ご苦労様、さ、上がって」

 

 私はそんな彼女に労わるように笑い掛け、自宅へと導いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

        チリ〜ン♪

 

                    チリ〜〜ン♪ 

 

 ユキナちゃんが縁日で買ってきた風鈴が、涼しげな音を奏でる。

 縁下に面した居間で、机に頬杖をついたまま九十九さんはその音を聞き。

 月臣さんは美味しそうにスイカを食べている。

 

 ・・・意外に用意していたスイカは好評のようね。

 さすが、九十九さん、親友の好みは把握してるって事か。

 

「で、ユキナちゃんはどうしたんだよ?」

 

 庭にスイカの種を飛ばしながら、九十九さんにユキナちゃんの所在を尋ねる月臣さん。

 その隣では京子さんが、切り分けたスイカを上品に食べている。

 

「・・・知るか」

 

 月臣さんの何気ない一言に、途端に憮然とした表情を作る九十九さん。

 未だにあの二人が、ピースランドに一緒に行った事が納得できないらしい。

 九十九さんの表情から、詳しい事を聞き出すのは不可能と悟ったのか月臣さんが視線で私に問い掛けてくる。

 月臣さんの隣にいた京子さんも、ちょっと興味有りげに私の方を向く。

 二人の視線を受け、私は少し苦笑をしてしまった。

 

 ・・・しかし、冷房は体に悪いからつけなくていいなんて、変な所で拘るのは本当に似たもの同士よねこの3人

 ま、私も別にその意見に反対するつもりはないけどさ。

 

「今頃はアオイ君と一緒にピースランドのパーティに出てるはずよ。

 ま、羽を伸ばしてるんじゃないかしら?」

 

 新しいドレスを着て喜んでいたユキナちゃんの顔を思い出しながら、私は二人に話をした。

 

「・・・馬鹿な真似をあの男がしなければいいのだがな。

 もっとも、そんな事があれば死ぬほど後悔させてやるだけだがな、グハハハハハ」

 

 何故か、私達から顔を背けたまま低い声で笑う九十九さん。

 ・・・懲りないわね、この人も。

 

「・・・お前、相変わらずだな」

 

 そんな月臣さんの意見に、隣で頷く京子さんがいた。

 ちなみに、私も同意見だった。

 

 

 

 

 

 夕食は多少騒がしかったが、楽しく笑いながら終え。

 九十九さんと月臣さんは屋上で月見酒と洒落込み。

 私と京子さんは、二人で夕食の後片付けをしていた。

 

 2年前は敵同士、そして今はお互いの夫が親友の関係・・・

 それだけの関係だけど、別に困る事は無い。

 あの大戦中、ナデシコではニ、三度挨拶をしたし。

 決して知らぬ仲ではなかった。

 

「どう、木連での新婚生活は?」

 

 何気ない私のその問いに―――

 

 

 

 

 

 

 

「・・・追い詰められてます、あの人」

 

 沈んだ声で、そんな返事が返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球から眺める月は、実に神秘的で綺麗だった。

 宇宙から眺める姿と、この地表から眺めるその姿の違いに感心しながら、俺は飽きもせずに月を眺めていた。

 日が落ち、心持ち涼しくなった風が、屋上の物干し場に寝転ぶ俺の身体を撫でる・・・

 

 隣では九十九が手酌で酒を飲んでいる。

 

「・・・平和なんだよな、地球は。

 コロニーと違って確たる大地があって、空気がある」

 

「そうだな、確かにその通りだ。

 コロニーで感じていた不安感は、この地球には無いな」

 

 俺の呟きに九十九が同意する。

 その後、暫く黙り込んだ俺達だが・・・俺は意を決して話し出した。

 

「九十九・・・今、木連では地球からの来訪者による犯罪が急増している」

 

「―――何、だと?」

 

 眉を吊り上げ、床に横たわる俺に驚いた顔を向ける九十九。

 俺はそんな九十九に、最近の木連の現状が九十九に・・・地球に伝わっていない事を確信した。

 

「駐在軍、派遣外交員、進出企業の社員・・・数え上げればキリが無い。

 彼等自身は地球の法に保護されている身だ、俺達には手出しはできん。

 せいぜい、地球への強制送還や書類送検が手一杯だ。

 ・・・そして、やはりその書類ですら地球には届いていなかったみたいだな」

 

 心の底から溜息を吐く俺を見て、九十九は驚愕の表情を痛々しいモノへと変化させていく。

 こいつの事だから、俺の立場からくる辛さを感じ取ったのだろう。

 

「すまん・・・全然知らなかった」

 

「気にするな・・・とは流石に言えんな。

 だが、部下達や木連の住民が地球人に強烈な反感を抱いているのは確かだ。

 ―――勿論、俺を含めてな」

 

 伏せていた顔を凄い勢いで上げて俺の顔を見る九十九。

 ・・・多分、今の俺の眼には暗い炎が宿っているだろう。

 被害者達の怨嗟と怒りを受けた身としては、とてもじゃないが地球人に好感など抱き様がなかった。

 

 理性では・・・全ての地球人がそんな愚劣な輩ではないと知っている。

 だが、自分達が手を出せない事を知っており、俺達の目の前でヘラヘラと笑っていたアイツ等の顔を・・・

 

 

 

 

 忘れる事など、出来るはずが無かった

 

 

 

 

 無意識に握り締めていた拳を、更に意図的に強く握りこむ。

 

「・・・詳しく聞かせてくれないか」

 

「どうもこうもない、アイツ等は木連を植民地と勘違いしてやがる。

 なあ、あの戦争は一体何だったんだ?

 俺達が命を賭けた『正義』は全てまやかしだった。

 勿論、それは地球側も一緒だ。

 無駄に同胞を散らせ、艱難辛苦を乗り越えて得た『平和』が・・・これなのか?」

 

 ならば和平など必要無い

 

 言葉にして出す訳にいかない、しかし・・・心に溜めておくには更に痛い言葉だった。

 

「地球でも、木連の人間の扱いは酷いものだ。

 俺も地球人とのトラブル対策に、一日の大半を走り回っている」

 

「だろうな・・・お前も同じ苦労をしているのは、分かっているつもりだ。

 源八郎の奴も、きっと肩身の狭い思いをしてるんだろうな」

 

 この二年間に味わった屈辱を思い出し、俺は九十九が湯呑みに注いでくれた酒を飲み干した。

 冷えた日本酒が一気に喉を通り、次に腹腔が燃え上がるような熱さを感じた。

 

「だがそれだけじゃない、京子の事が心配で仕方が無いんだ。

 京子は・・・俺に付いて行くために、自分を限界まで鍛えた女だ。

 逆に言えば、俺にもしもの事があれば―――どうなるか分かったもんじゃない」

 

「おいおい、急に物騒な話になったな?」

 

 俺の心配事を聞いて、流石に飛躍のし過ぎだと思ったのか、九十九が苦笑混じりにそう注意をする。

 そんな九十九に俺は更に真剣な口調で注意を促した。

 

「俺の部下に・・・既に草壁閣下に情報を漏らしていた奴が居た。

 先日、舞歌様の依頼で徹底的に内部捜査をした結果、数人の内通者が見付かったんだ。

 ・・・しかし、そんな下っ端ばかり見付けても意味は無い。

 確実に上層部に食い込んでいるはずだ、草壁閣下の手の者は、な

 静かに・・・だが確実に木連は分裂を始めてる」

 

 そして、俺が舞歌様を裏切る要因が無い以上、狙われるのは京子か・・・俺自身の命だろう。

 和平反対派の先鋒を担っているのが、あの南雲である辺り、草壁閣下は自分の存在を隠す事を止めようとしている。

 

 時は近い、という事なのか?

 

「・・・遂に動き出したか」

 

 九十九がする歯軋りの音が聞える。

 二年前までは崇拝していた人物は、ある意味独善の塊だった。

 その意見の全て否定をしきれないが、『駒』を本当の意味で『駒』としか見れない人だった。

 

 もし、今の木連でクーデターが起これば、俺は・・・そして京子は・・・

 

「京子はな、俺の婚約者になる前に・・・一度、自殺未遂をしているんだ。

 信じていた男に裏切られ、騙されて、捨てられた。 

 孤児で身寄りの無い京子より、親が中央の政界に顔の利く女性を相手が選んだからだ。

 ・・・そして、俺が川に身投げをしようとした京子を助けたのが、お互いの縁の始まりだった。

 始めは同情心からだったと思う、だが見舞いに行った俺に少しずつ心を開いてくれる京子に惹かれていった。

 だが、そんな京子だからこそ―――俺が消えた後に壊れる危うさが消えないんだ」

 

「・・・なら、生き残るしかないな、どんな事があっても」

 

 自分の湯呑みに日本酒を継ぎ足しながら、九十九が確たる口調で答える。

 九十九にも心配をしてくれる女性が居る。

 京子とは本質が違う、九十九を逆に支える事が出来る女性だ。

 しかし、だからといって夫が突然消えて冷静でいられるとは限らない。

 

 それに、あんな事件が頻繁に起こるようにでもなれば・・・俺は・・・

 あんな事件に、京子が巻き込まれでもしたら!!

 

 ―――最も忌々しい事件を思い出し、俺は声を荒げる!!

 

「しかし・・・どうしても許せない奴はやはり居る。

 俺達が暴行の現場を押えた翌日に、また暴行事件を起こした奴等だ!!

 アイツ等には人間の言葉が通じないのか!!

 しかも、しかもだ!!

 俺達の立場を当てつけるように、同じ女性を襲いやがった!!

 悔しがる俺達と、その女性の家族と恋人を前にして・・・アイツ等は悠々と地球に帰っていったんだぞ!!

 どうして俺達を・・・木連の人間を『人間』として認めない!!

 元は同じ地球人なんだろうが!!!!!」

 

「くっ!! 落ち着け月臣!!」

 

 反射的に俺が握り締めた服の襟を、ゆっくりとした動作で九十九が解き放つ。

 激情に身を任せていた俺も、その九十九の声と態度に冷静さを多少なりとも取り戻す。

 

 言いたい事はまだまだあった。

 地球であの連中と再会すれば、きっと俺は襲い掛かっていただろう。

 ・・・それが罪になると分かっていても、あの時の女性とその家族の心の傷を思えば我慢は出来ない。

 何より、全然役に立っていない自分の立場と肩書きが、一番許せなかった。

 

「すまん、取り乱してしまったな」

 

「お前の気持ちは分かるつもりだ、責めたりはせんよ」

 

 

 そのまま無言で物干し台に寝転がる俺達

 下手に同情や慰めの言葉を言われるより、このほうが余程有り難かった・・・

 

 

 

 

「短い『平和』にはしたくないな・・・」

 

「ああ、そうだな・・・」

 

 お互いに本心からそう思っていた。

 地球人による木連の横暴への対処は、舞歌様直々の来訪により改善はされるだろう。

 今回の一番の目的がそれに当たるのだから。

 だからこそ、俺の暴走でその目的達成を困難にする訳にはいかない・・・それこそ、本末転倒になってしまう。

 

 だが・・・既に騒乱の種は蒔かれてしまった。

 

 裏に居るのは木連で動けない男だろう。

 そのサポートとして、地球の例の企業も動いているのかもしれない。

 依然として所在が掴めない、山崎と北辰の存在も不気味だ。

 

 この平和を手に入れるまでに多くの犠牲があった。

 沢山の人間が傷付き、泣き叫んだ。

 決して、お互いに無傷のまま手に入れた平和ではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「京子にも見せてやりたいな、この月を」

 

 寝転んだ状態で、上空の月に手を伸ばし・・・掴む仕草をする。

 

「・・・呼んで来るか?」

 

 間延びした・・・どちらかと言えば、眠そうな声でそう聞いてくる九十九

 先程の俺の狂態も、きっと睡眠によって忘れるだろう。

 ・・・そんな漢だ、こいつは。

 

「ああ、そうするか」

 

 

 

 

 ―――お互い、大切な女性の膝枕での月見も悪くは無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その8に続く

 

 

 

 

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