< 時の流れに >
「海神(わだつみ)さん、もう直ぐ空港に着きますよ?」
久しぶりに見る、サセボの着陸場を見ながら、私は後ろの座席に座っている男性に話し掛けます。
その方は初老に差し掛かった男性で、お爺様とも仲が良い方です。
動き易い綿で編まれた半袖の白いシャツに、茶色のズボンを履いてられます。
実は10年前に大病を患い、入院生活を余儀なくされてきましたが、凄く優秀な政治家だったそうです。
私もピースランドで紹介をされてから、何度か会話をしましたが。
シュン隊長とはまた一味違う、大人物だと感じました。
・・・まあ、色々な意味でシュン隊長と似ている所がありましたが。
「おう、悪いなアリサさんよ。
この男が飛行機の操縦を出来れば、あんたに手間を掛けさせる事は無かったんだけどなぁ」
そう言って、笑いながら自分の隣に座っている大柄な男性に視線を向ける海神さん。
「・・・悪かったですね、無能な男で」
憮然とした表情でそう答えたのは、身長2mを越える大男でした。
名前は三堂公介(みどう こうすけ)さん。
海神さんの秘書をやっておられる方です。
三堂さんは紺色のスーツを身に着けてられますが、凄く窮屈そうな感じを受けます。
本人には悪いですが、黒縁のメガネが凄く浮いています。
顔の造りとかは勿論違いますが、その口調と態度に・・・カズシさんを思い出してしまいまね。
ああ、そうか―――私がこの二人に強い親近感を抱いたのは、シュン隊長とカズシさんの関係と良く似てるからかも。
「別に構いませんよ。
私も久しぶりに友人に会いに行けますし。
それに、ああいった大きなパーティは昔から苦手なんです。
ルリちゃんの誕生パーティは、日本で参加する予定ですから。
何より・・・こんな理由でもなければ、そうそう自分の所属している隊から出られませんから」
現在の自分の状況を考えると、海外旅行すらままなりません。
ナデシコクルー同士の接触は、特にあらゆる方面から監視の対象になってしまうからです。
「そうかい、それなら俺ももう何も言わねぇよ」
リョーコは元気でしょうか?
ヤマダさんはリョーコからのメールを見る限り、何時もの通りだそうです。
ただ、流石に万葉さんとヒカルさんの事で悩んでいるそうですが。
・・・まあ、悩むという事は真剣にお二人の事を考えている証拠でしょう。
イツキさんと、イズミさんも相変わらずらしいですし。
日本に着いてから、一度は顔を出した方がいいかもしれませんね。
―――もっとも、今の私には他に優先するべき用事がありますが。
そんな事を考えながら、私は滑走路へと機体を降ろしていきました。
「・・・随分、酷い事になってますね」
「ええ、迂闊でした。
私達が思っていた以上に、草壁の人望は高かったみたいです。
・・・もっとも、派遣された地球からの外交員の質が悪過ぎたのも原因ですが」
ルリちゃんが提示した書類を眺めながら、私達は眉を潜めました。
全てが上手く行っているとは思っていませんでしたが・・・これは予想を遥かに上回っています。
犯罪の増加、権力の乱用、理由無き虐待
「お爺様・・・これじゃあ本当に反乱が起きかねないわ」
「ああ、そうだな。
しかし連合議会の連中め・・・何を考えてこんな下種な人物を木連に送りこんだのだ」
姉さんの言葉に頷きつつ、お爺様も怒りの表情を隠せないようです。
私達は軍人としては優秀な部類に入ると自負していますが、政治関係には疎いです。
アキトさんが政治家を嫌っていたの知る私や姉さんは、無意識のうちにそれらの関わる事を避けていた節があります。
・・・でも、それは他のナデシコクルーも一緒なのでしょう。
なにより、目の前であのルリちゃんが悔しそうな顔をしているのがその証拠です。
その気になれば、あらゆる情報を手に入れ操る事が出来る『電子の妖精』
そんな彼女と、その妹が書類の改竄如きに騙されるはずが無いでしょう。
つまりそれは、木連からの報告書にさほど注意を払っていなかったから・・・
「今更過去を悔いても無駄だろ?
俺達はその事を嫌と言うほど知ってるはずだ。
前向きに対処をしようぜ、舞歌さんからの要望に最高の形で応えてさ」
読んでいた書類をテーブルに戻しながら、ナオさんが私達を見回します。
サングラスで分かりませんが、その視線を感じた私達はそれぞれが頷きました。
今、この会合に参加しているのは6人
お爺様、ナオさん、アオイさん、姉さん、ルリちゃん、そして私です。
「だが、木連における地球人の規律の取り締まり、か。
中途半端な人物だと、周りを取り巻く環境に潰されるのがオチだな。
それに、その当人を護る人物も必要になる。
・・・なにより、木連の気質と合う人物が居るかどうか、だな」
アオイさんのその意見に私達は思い当たる人物は居ませんでした。
どれだけ自分達の考えと視界が狭量なものだったのか・・・思い知った瞬間です。
軍人ならば、優秀な人を幾らでも思い浮かべられます。
しかし、今回は全くの畑違い―――政治の世界の話なのです。
私達はアキトさんの影を追うあまり、大切な事を見落としていたのかもしれません。
「・・・心当たりはある、だがアイツが素直に頷くかどうか、だな」
お爺様のその発言に、その場にいた全員が視線を向けました。
そして、その時お爺様の口から出た人物の名前が・・・海神伝七郎さんでした。
通称「伝法の伝七」と呼ばれ、連合議会で恐れられていた実力者です。
「おう、引き受けてもいいぜ」
「快い返事は嬉しいのだが・・・木連まで出向いても身体は大丈夫なのかね?」
お爺様の説明を聞き、軽く承諾をする海神さん。
次の日にお爺様が会見の申し込みをし、スイスのホテルで私達は海神さんと三堂さんに出会いました。
そして、そんな急な会見の後で・・・即答が返って来るとは思わなかった私達は、思わず目を大きく見開いてしまった。
「人間、普通に道を歩いていても、事故で死ぬ時は死ぬんだ。
なら、俺は自分の所属していた連合議会の不祥事を、償うだけ償いてぇ
アイツ等の尻拭いは気に食わんが、このまま地球の政治家の質を誤解されたままなのも立腹ものだしな。
・・・前の戦争で泣いたのは、結局一番立場の弱い民間人だったじゃねぇか。
同じ過ちを繰り返すのが人類だが、たった二年でこの和平が崩れるのは勘弁ならねぇからな」
お爺様の確認に対する返事が、その台詞でした。
海神さんも、この前の戦争に色々と含むモノがあったのでしょうか・・・
その横顔からは、私には何も読み取る事は出来ませんでした。
「では、この書類をお渡しします。
後輩達へのご指導・・・宜しくお願いしますね」
そう言ってルリちゃんが差し出した書類を見て、首を傾げた海神さんですが。
その中身を見て、鋭い視線をルリちゃんに向けました。
ルリちゃんはその視線を正面から受け止め、涼しい顔をしています。
「・・・面白ぇじゃねか。
任せときな、厳しい教育的指導をしてやるぜ」
初老に入った人は思えない覇気のある笑顔で、海神さんはルリちゃんと私達にそう宣言をしました。
その後はトントン拍子に話は進みました。
海神さん自らが連合議会に掛け合い、木連への駐在大使としての任を取り付けました。
ただ、せっかく出向いてくれた舞歌さんに挨拶がしたいと言い出し、その都合をつけるのにナオさんが走り周っていましたが。
その舞歌さんのスケジュールの都合上、どうしても月でのパーティが一番望ましく・・・
明日出発の月へのシャトル便に乗る為に、夜間飛行を余儀なくされた海神さんを私が送っている訳です。
「さてと・・・公介、準備は出来てるな?」
「はい、勿論ですよ。
昔の友人に頼み込んで、例の奴等は既に空港の片隅に連れてきてます」
・・・何の話ですか?
空港のロビーで荷物のチェックを受けながら、私は二人の会話に首を傾げます。
海神さんもそうですが、三堂さんも実に楽しそうな笑みを浮かべています。
その時、空港の入り口から背が高い一人の男性が、こちらに向かって歩いてきました。
ナオさんに良く似た雰囲気を持っていますが、こちらは青色のシャツにジーンズの普通の格好の方です。
ただ、サングラスはしていません、それとこの方のほうがナオさんより長髪ですね。
「よっ、久しぶりだな公介」
「おう、元気そうだな健二
で、例の件はどうなってる?」
「勿論バッチリだ、逆に手応えが無さ過ぎて張り合いが無かったぜ。
まあ、余りに生意気な口を聞くもんだから、一、ニ発殴って懲らしめてやったがな」
どうやら、公介さんの知り合いのようですが・・・何やら話の内容が物騒ですね? 私の気のせいでしょうか?
その後は軽くお互いの近況を話していましたが、その話にも一段落付いたみたいです。
「先生、準備万端だそうですよ?」
空港のロビーにある座席の一つに座り、扇子で顔を仰いでいた海神さんに話し掛ける公介さん。
「じゃ、行くか。
この後も色々とスケジュールが詰まってるしな。
アリサちゃんも興味があるなら、付いて来てもいいぜ?」
「う〜ん、こんな美人さんに見せる場面じゃないと思うんですけどね〜」
「侮るなよ健二、これでも彼女は歴戦の戦乙女だ」
健二と呼ばれた男性を先頭にその場から動き出すお二人。
少し悩みましたが、好奇心に負けた私はその後を付いて行きました。
深夜に近い時間・・・空港の片隅で6人の男性が縛られていました。
見た感じでは私より少し上・・・21から22歳位の方達です。
その光景に眉を潜めた私ですが、見覚えのある彼等の顔を見て納得をしました。
「よう、どうだい突然に襲い掛かった『暴力』の理不尽さはよぉ?」
地面に横たわる彼等に向かい、そう語りかける海神さん。
その海神さんに視線で問い、了承を得た後・・・公介さんと健二さんが彼等の口を塞いでいたガムテープを取り払います。
「お、お前等こんな事をして、ただで済むと思ってるのか!!」
「俺の親父はな連合議会の議員なんだぞ!!
隣の奴の親父はクリムゾン系列の重工業の社長の息子だ!!
それだけじゃないぞ!! その隣の奴も―――ブギャ!!」
大声で喚き出した彼等の一人の鳩尾に、健二さんの蹴りが突き刺さる。
突然の激痛に声も無く地面を転がる男性を、周りの仲間達が青い顔で見ていました。
「・・・関係無いな、お前達の親の職業なんてよ。
俺は言ってみれば裏の人間だ、表の権力者に媚びを売って生きている奴の、そのまた息子など知った事か。
逆にムカツクんだよ、他人の力を自分の力だと勘違いした奴はよ」
背筋の凍るその言葉に、修羅場など経験した事の無い彼等は青い顔で健二さんを見ています。
やはり・・・ナオさんに似た雰囲気で感じた通り、裏の方ですか。
「さて、お前達にすれば理由は思い浮かばないかもしれんが・・・
こっちはそうじゃねぇんだな、これがよぉ
・・・お前等、半年前に木連に自分の所属する企業から派遣されて就任してたよな。
その時にした事を、まさか忘れちゃいねぇよな?」
屈みこみ、一人の男性に視線を合わせてそう問い掛ける海神さん。
その言葉を聞いた瞬間、男性の顔に・・・嘲りの表情が浮かびました。
「へ、へへへ、馬鹿な事を言わないで下さいよ。
木連での生活は僕達には合わないので、直ぐに部署変えをして貰ったんですよ?
・・・それに例え何かあったとしても、木連の奴等がどうなろうと俺には―――」
―――ガゴッ!!
気が付いてた、私が思いっきり踏みつけてました・・・その男性の頭を。
アスファルトに砕けた鼻と、折れた前歯のせいで血の水溜りが出来ます。
その場に居た全員の視線が私に集中します。
・・・ちょっと、やりすぎましたかね?
でも、報告書で読んだ被害者達の状況を知る身としては、絶対に彼の言葉は許せませんでした。
「・・・見かけに寄らず、恐い女性だな」
「・・・だろ? 何しろ戦神の彼女の一人だからな」
「・・・ああ、納得」
聞えてますよ、健二さん公介さん。
海神さんは悶絶する男性を無視して、更に隣の男性に話し掛けていました。
ここらへんが、只者では無いと感じさせられるところですね。
「まあ、彼女の怒りももっともだよなぁ
お前等がした罪・・・暴行、傷害、器物破損、etc、etc・・・
まったく、殺人以外は好き放題にやってやがるからな」
「くっ!! 出鱈目を言うなよ!!
俺達にはそんな犯罪歴は無いはずだ!!
だいたい、正当な理由も無しに俺達を拘束してる、アンタ達のほうが犯罪者だろうが!!」
「ほうほう、俺達が犯罪者ねぇ」
「何処からどう見てもそうだろうが、このクソ爺ぃ!!」
もう一度踏みつけようかと足を上げた瞬間、後から公介さんに肩を掴まれました。
流石にこの調子では、近いちに全員が気絶させられると考えたのでしょう。
まあ、その公介さん自身「クソ爺」の言葉に、かなり剣呑な光を目に持っていましたが。
私はしぶしぶその足を下ろし、一歩退いた位置に下がりました。
「証拠ね・・・出てきたんだよなぁ、それがよぉ
勿論、お前の親父達が消去したと思ってる、木連からの正式な抗議文だ。
これじゃあ言い逃れは出来ねぇわな。
近いうちに、公文書改竄の罪でお前達の親父さんも失脚確実だな。
もっとも、あの姫さんの怒り具合からみて、そんな簡単な罪で済ませるとは思えねぇけどな」
笑いながら扇子で男性の頭をペシペシと叩く海神さん。
青い顔でその文章を読み、男性の顔が醜く歪んでいきます。
「お、お前等・・・お前等に何故俺達を裁く権利があるんだ!!
いいか、俺達を訴えたかったらちゃんと法廷を通せ!!
だいたい、こんな拉致まがいの事をするようような奴が持つ公文書に信用がおけるか!!
・・・そうか!! その公文書自体が偽造なんだろう?
ははははは、分かったぞ!!
お前等あの木連の連中の関係者なんだろ?
目的はなんだ? 金か? あの貧乏人達の代わりに―――」
―――ドゴッ!!
今度は健二さんだった。
ご丁寧にもグリグリと靴底で頭を踏み付けた後、私達に向かって親指を立てて微笑む。
全員(海神さんを含む)が同時に頷いた。
そして、立ち上がった海神さんが残りの男性に向けて一喝した。
「いいか!! 手前ぇ等に人間の言葉が理解出来ねえぇ事はよぉく分かった!!
だったらしょうがねぇ、身体で分からしてやる!!
人間はなぁ、殴られたら痛ぇんだ・・・当たり前だ!!
それをお前ぇ達は一方的に好き勝手やってきたんだ!!
因果応報と諦めな!!
親の躾が悪かったみたいだからなぁ、面倒だが躾のやり直しだ!!
元気になった時は、お天道様に顔向けできるような男になりやがれよ!!」
「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃ!!!!(涙)」
その後、公介さんと健二さんの手により、彼等は厳しく躾られました。
私は同情する気もありませんでしたが、折角の洋服が汚れるのが嫌ですので傍観していました。
でも、こんな政治家もおられるんですね、世の中はやっぱり広いです。
「どうでぃ、少しは期待に応えられたかい?」
「もう、満点ですよ♪
でも、私が皆から監視の役目を任されていたのに、気が付いたんですね?」
「ははは、伊達に年は食ってねぇよ
それに、わざわざグラシス将軍の孫が同行したんだ、疑うなってほうが無理だな。
しかし、抹消されたはずの抗議文でさえ復活させる手際・・・流石だな、ナデシコクルーはよぉ」
「それはそうでしょう、あの戦神が居た船なんですからね」