< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、知識として『お城』の存在は知っている。

 日本にも世界指定遺産である『白鷺城』という、由緒ある代物もあるのだから。

 

 ・・・でも、西洋の・・・実際に王家の人が住んでる城に、自分が招かれるとは夢にも思わなかった。

 

 ―――正確には拉致されたんだけど、さ

 

「カズヒサ君、昨日は眠れた〜」

 

 イトウさんが、少々ハイな口調でそう尋ねてきた。

 今、僕達は王城の一角にあるテラスで、ホシノさんと一緒に昼食をする為に席についている。

 

「・・・実家の敷地より広い部屋なんだぞ、周りが気になって寝られなかったよ」

 

「カズヒサ君の家はまだ多少なりともお金持ちだからいいよ・・・

 私みたいな小市民には刺激が強すぎ、タペストリー一つにも恐くて触れないよ〜」

 

 エグエグと涙ぐむイトウさんに、その目の前のある紅茶のカップが、実は数百万円の品だとは僕には言い難かった。

 僕も図書館で見ただけだけど、伝統あるカップだったはずだ。

 

 ・・・このお城のスケールからいったら、僕の家もイトウさんの家もレベルは一緒なんだけどな。

 

「このドレスもそうなんだけど・・・一体幾らくらいするんだろう?

 肌触りも凄い滑らかだし、仕立ても良いし」

 

 そりゃあ、シルクの手製品だからね・・・薄紅色のドレスを手に取り、ひたすら頭を傾げるイトウさん。

 多分、触る物、見る物、全部の値段を聞いていたら、そのうちこの王城から逃げ出しそうだ。

 僕が着ている白いタキシードも、極上の品だ。

 

 ・・・僕自身、逃げ出したい気分だね。

 

     コンコン・・・

 

 その時、テラスのドアがノックされ、瑠璃色の髪を持つ・・・本物のお姫様が入って来た。

 あのヤガミ ナオと呼ばれる、黒いスーツを着てサングラスをした男性にエスコートされながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「済みません、二人を巻き込むのは心苦しかったのですが。

 ・・・私も、この城では余り話し相手がいません。

 ですから、普段の私を知っているお二人を、ついつい巻き込んでしまったのです。

 本当なら昨日のうちに説明に行こうと思いましたが、両親が離してくれなかったもので」

 

「はぁ、気持ちは分かるけどさ、ルリルリ

 小市民の私にコレは酷いよ〜、昨日も恐くて眠れなかったんだから。

 ・・・変なオジサンは脅しをしてくるし」

 

 オジサンの部分で、ヤガミさんが肩を落としていたけど、別に反論はしてこなかった。

 多分、直ぐ側で食事をしているホシノさんの視線が恐かったからだろう。

 

「・・・ヤガミさん?」

 

「あ、あはははは・・・軽いジョーク、ジョーク!!」

 

 いい大人が、14歳の少女に大慌てで言い訳するなんて・・・情けない人だな。

 僕は呆れた顔でそのヤガミさんを見ながら、自分の食事を片付けていた。

 

「でも、嬉しいです・・・イトウさんの私に対する言葉使いや態度がそのままで」

 

「う〜ん、ここまで非常識な現実だと、逆に吹っ切れちゃったのよね。

 この城では少なくとも、私の日常との接点はカズヒサ君とルリルリだけだもん」

 

「お、意外と芯が強いな〜」

 

 感心しているヤガミさんと、会話の弾むホシノさんとイトウさんを・・・僕は黙って見ているだけだった。

 ホシノさんの正体にも驚いたけど、僕にはこのヤガミさんの異質さがどうしても気になったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼過ぎに、思わぬ人物と再開した。

 ホシノさんイトウさん、そして僕の先輩に当たる・・・白鳥 ユキナさんと再会したのだ。

 考えてみれば、ホシノさんと白鳥先輩は凄く仲が良かった。

 ホシノさんの秘密を知っていても、おかしくは無いのだろう。

 

「ユ・・・ユキナ先輩ぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

「ア、アユミ!! あんたどうしてココに居るの?」

 

 見知った顔に出会ったからだろうか、半分泣きながら白鳥先輩に抱き付くイトウさんだった。

 白鳥先輩の隣に立っている連合軍の制服を着た男性が、呆れた顔をしていたのが印象的だった。

 イトウさんにすれば、陸上部の先輩でもある白鳥先輩の存在は、縋り付きたくなるほどに頼もしく見えたんだろうな。

 

 

 

 ・・・じゃ、僕ってそんなに頼り無く見えるのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっか、あのヤガミさんにね〜

 ・・・それじゃあ仕方が無いよ、あの人色ボケだから」

 

「「は?」」

 

 お互いの近況を話す為に、白鳥先輩用に用意された客室で情報交換をする事になった。

 勢い込んでこの国に連れて来られた訳を話すイトウさんに、そんな返事をする白鳥先輩・・・

 その先輩の隣では、紅茶を飲んでいた例の連合軍の軍人さんが、含んだ紅茶を少し吹き出していた。

 

「あの人はね、地球でもTOPに近い格闘技の達人なんだけど、婚約者にベタ惚れなのよ。

 このピースランドは、その婚約者の人が住む土地に近いからね。

 早く会いたい一心で、あんた達の処分を決定したんでしょうね。

 ・・・多分、あんた達が捕まった状況を考えると、そのままピースランドに向かう便だったんでしょ?

 居残りであんた達の背後関係を調べるより、この国で動きを監視しようと思ったんじゃないのかな?

 もっとも、二人が限りなく『潔白』だと知ってるけど・・・そのまま見逃せない、と考えたんでしょうね。

 何しろ、ルリルリの身分をあの学校で知っているのは、5人にも満たない筈だから」

 

 延々と、自分達がこの国に連れて来られた理由を述べられる。

 確かにホシノさんの身分が、一般で言うお姫様なのは分かった。

 ・・・多分、あの公園で解放されていたら、僕達は皆にこの体験を話していたかもしれない。

 口止めをされていても、多分話していただろう・・・ヤガミさんへの対抗心から。

 

「・・・他人の秘密を知っても、重荷になるだけだと知るには良い経験だったな。

 不可抗力だった今回は仕方が無いが、今後は安易に他人の秘密を探ろうとしない事だ」

 

「もう!! ジュン君も相変わらずなんだから!!

 もうちょっと優しくしてあげてもいいじゃない、ヤガミさんの被害者なんだよ、この二人」

 

 白鳥先輩の抗議に少し顔を顰めつつ、片手で分かったと合図をするジュンさん。

 でも、この二人の関係って何だろう?

 

 ・・・兄妹でない事は確かだけど。

 

「被害者は酷いな〜、ユキナちゃん。

 俺もスケジュール調整で大変だったんだぜ?

 イセリア王妃には矢の催促を受けるわ、プレミア国王はネルガルに圧力を掛けるし」

 

「・・・ヤガミさん、何時から居たの?」

 

「ふっ、秘密だ」

 

 サングラスの位置を指で直しつつ、壁際で気取った返事をするヤガミさん。

 白鳥先輩の責めるような視線にも、まるで堪えた雰囲気は無い。

 しかし・・・本当に何時の間に部屋に入ってきたんだ?

 

「・・・盗み聞きなんてサイテ〜、よくこんな人に婚約者できたね」

 

「出来た女性なんだよ、婚約者ミリアさんは」

 

「ああ、納得」

 

 ジュンさんとイトウさんの会話を聞いて、背後の壁に頭をぶつけるヤガミさん。

 この人が本当に凄腕の格闘者だとは思えないな・・・

 

「ふっ、普段の行いが悪いからこうなるんだ」

 

「・・・お前に言う資格は無いな、ジュン

 ふん、今度、連合軍の受付のお姉ちゃんに、『アオイ ジュン ロリコン』説を流してやる」

 

「き、貴様!!!!!!!」

 

「や〜い、や〜い、何〜慌ててるのかな〜? ジュン君は〜?」

 

「ガ、ガキ大将か、あんたは!!」

 

 そのまま殴り掛かるジュンさんの攻撃を、紙一重で避けてみせるヤガミさん。

 僕から見てもかなり鋭いジュンさんの攻撃を、まるで相手にしていないその体術に・・・先程の話が本当だと思い知る。

 

「で、結局このヤガミさんって・・・ルリルリの何なんですかぁ、ユキナ先輩?」

 

 良い年をした大人のじゃれ合いを横目に、イトウさんが白鳥先輩にそう尋ねた。

 

「う〜ん、ガード・・・かな?

 SS―――重要人物を護る、シークレット・サービスって知ってるわよね」

 

「はい」

 

 白鳥先輩の話によると、このヤガミさんは3年前からホシノさんの警護をしているそうだ。

 ただ、専属という訳ではなく、他にも護衛対象はあるそうで、色々と活躍をされているらしい。

 公私共にホシノさんが頼っている人物だそうだ。

 

 僕は・・・やはりホシノさんのナイトにはなれないのだろうか?

 少なくとも、実力云々では僕は目の前で遊んでいる男性二人の足元にも及ばない。

 

 そこで僕は思い切って白鳥先輩に聞いてみた。

 先輩なら、ホシノさんが拘る『彼氏』の事を知っていると思ったから。

 あのヤガミさんに護られているホシノさんが固執する『彼氏』に、益々僕は興味をひかれていた。

 

「白鳥先輩、一つ聞いていいですか?」

 

「ん? 何?」

 

 紅茶と一緒に運ばれてきていたクッキーを食べながら、軽い返事をする先輩に。

 僕はありったけの気迫を込めて質問した。

 

「ホシノさんが待っている『彼氏』って・・・先輩はご存知なんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? え? え?」

 

 突然訪れた沈黙に、白鳥先輩と同じ様にクッキーを食べていたイトウさんが慌てて周囲を見回す。

 騒いでいたヤガミさんとジュンさんも、その動きを止めていた。

 

 そんな雰囲気の中、白鳥先輩は手元の紅茶を一口だけ飲み―――

 

「さっきジュン君に忠告されたでしょ?

 他人の秘密を知るのは重荷にしかならない、って。

 もし、私が『彼』の事をセガワ君に話しても・・・ルリルリは許してはくれるとは思う。

 でも、自分の心の一番大切にしている部分を土足で踏み込まれて、良い感情を抱く人はいないわよ?

 大声で大切な人の名前を呼びたい夜もある、会いたいと思って泣いた夜もあったと思う。

 ・・・そんな日々を重ねて作られた『想い』に、簡単に踏み込まれたら、セガワ君ならどうする?」

 

 淡々とそう述べる白鳥先輩の視線と声が、僕の心を打ち砕く。

 言葉使いは優しいが、その言葉の裏には僕を責める剣があった。

 

「ま、人生そうそう思い通りにならないもんだからな。

 失敗を繰り返して、大人になるもんさ。

 恋愛もそうだ、お前さんの気持ちをルリちゃんにぶつけるのは自由だが、相手の気持ちも考えてやれよ?」

 

 そう言って、僕の頭を片手で軽く叩いた後、ヤガミさんは部屋を出て行った。

 

「じゃ、私達も荷物の片づけをしようか? ジュン君?

 明日のパーティドレスも出しておかないと駄目だし」

 

「ああ、そうだな」

 

 僕の事を気遣ったのか、ジュンさんを伴って白鳥先輩は部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 この部屋には、僕とイトウさんだけが残された。

 

「・・・何だか凄い人達だね、私達とは感覚が違うって言うか、見てるモノが違うって言うか。

 元気だしなよ、カズヒサ君!!

 今度からはこんな失敗が無いように頑張ろう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、そうだね」

 

 イトウさんの檄をに頷きながらも・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何だろう、この強烈な敗北感は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その10に続く

 

 

 

 

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