< 時の流れに >
・・・別にこれしきの事で俺も怒ったりはしない。
悪気があっての事ではないはずだ。
アイツ等の事だから、きっと本当に忘れているんだろう・・・俺の事を。
「どうします? そろそろ出発しないとシャトルに間に合いませんよ?」
掛け時計をチラと見て、俺に時間が迫っている事を知らせる飛厘
「・・・多分、俺の事を忘れているんだな、アイツ等
すまんが、白鳥宅に電話をしてみてくれ」
「はいはい」
憮然とした表情で俺がそう頼むと、苦笑をしながら飛厘は電話に向かった。
俺はその藍色のスーツを後姿を見送りながら、珈琲を飲む。
今日のパーティーの重要性を考えると、遅刻は論外だし・・・出来れば早めに会場入りをしたい。
舞歌様には直接会って報告したい事を多々あるからな。
今日の予定を考えていた俺の耳に、飛厘の声が聞えてきた。
結婚をしておきながら、殆ど二人で一緒に過ごした事が無いこのマンションだが、妻のいる空間はやはり悪くない。
「ええ、そういう訳で先に空港に向かうわね」
「・・・二人して二日酔いで動けないの?
じゃあ、私が昨日渡しておいた『薬』を飲ませれば大丈夫よ。
自分の先見の明が恐いわね、ふふふ」
「え!! それを飲んだら更に酷くなった?
・・・体質に問題があったのかしら」
いや、あの二人の体質の問題じゃ無いと思うぞ・・・俺は・・・
以前、飲まされた事のある酔い覚ましの『薬』の味を思い出し、俺は顔をしかめていた。
そして・・・心の中で二人の冥福を俺は祈った。
まぁ、死にはせんだろ・・・しぶとい奴等だしな。
「おう、どうやら生き残れたみたいだな」
「・・・自分の奥さんに毒殺されかけた、親友に対する挨拶がそれか?」
「・・・胃が飛び出すかと思ったぞ、俺は」
空港に青い顔で現れた二人に、軽く手を挙げて挨拶をする俺
しかし、当の二人からは冷ややかな目付きと、底冷えするような声音での反論だった。
その隣に立っている、それぞれの奥様方も呆れた顔をしている。
・・・二日酔いになるまで飲んだ、お前達が一番悪いんじゃないのか?
「そう言えば、サブロウタはどうしたんだ?
俺達と一緒に月に向かうものだと思っていたんだが」
かつての俺の副官の姿を探し、空港のロビーを見回す九十九
グレイのスーツを見事に着こなしているのは、やはりミナト殿の教育の成果だろうか?
優人部隊の制服にネクタイは無かったため、当初はネクタイが一人で結べずに文句を言っていたのが懐かしいな。
そう言えば、元一郎の奴のスーツ姿を見るのは初めてだな。
・・・こちらもやはり京子殿に手伝ってもらったのだろうか?
白のスーツを着ている元一郎を見て、俺はそんな事を考えていた。
しかし、この木連の人間がスーツなんぞを着て地球の空港に集うなんてな。
3年前に比べて、驚くほどに変わってたものだな。
「もしかしたら、パーティーには出てこられないかもしれませんよ?
三姫の事で大慌てでしたから」
その時の事を思い出したのか、クスクスと笑いながら京子殿が話す。
元一郎に合わせたのか、こちらも白のスーツに身を包んでいた。
「子供がもう直ぐ生まれるのよね。
また後で私も顔を出しておこうかしら」
こちらは黄色いスーツを着たミナト殿がそんな発言をする。
女性としてやはり子供を授かった三姫殿に思う事があるのか、他の2人の妻達も神妙な顔をする。
確かに俺達の中で一番最初に子宝に恵まれたのが・・・サブロウタの奴だとはな。
「・・・なぁ、源八郎。
確かにお前の体格には恐いほど似合っているんだが、その紋付袴は浮いて見えるぞ?」
「あら、似合っているんならいいじゃないですか」
俺が反論をする前に、飛厘が九十九の忠告に言葉を返した。
そう、この紋付袴を用意したのは我が妻の飛厘である。
しかし、どうして俺が和装なのに、飛厘はスーツ姿なのだ?
・・・何かこだわりがあったのか知らないが、確かに俺も浮いている自覚はある。
今も空港中の視線がかなり痛い
俺は十九に笑いながら話し掛けた。
「どうせお前達のスーツも奥様方に選んでもらったものだろうが?
お互いに服装に関しては文句を言えない立場だからな。
さて、サブロウタの奴は時間があれば参加すると、俺が連絡を受けている。
そろそろシャトルに移動するぞ」
そう言って、全員をシャトル乗り場に誘導する俺だった。
たまの逢瀬なのだ、妻の機嫌が服装くらいで良くなるなら喜んで紋付袴も着てやるさ。
まあ、今日は嫌な報告等をさっさっと終らせて、パーティーを楽しませてもらおうか。
「なあ・・・シャトルって揺れないよな?」
「俺に聞くな・・・想像しただけで胃が痛いわ・・・」
久しぶりに生身で見た3人のうち、2人は青い顔をしていた。
まあ、その理由が想像できるだけに、私には何も言えなかったけど。
特に元一朗君には日頃のストレスがキツイ分、今回の訪問で少しは気が紛れてくれれば嬉しいけど。
でも、どうして源八郎君だけが紋付袴なのかしら?
似合ってるから別に笑いはしなけど?
「・・・みろ、何も言われなかっただろうが?」
「ああ、呆れて声が出なかったみたいだな」
「同感だ」
少なくとも何時もの三人の姿には、日頃の苦労を思わせる雰囲気はなかった。
変わった事といえば、それぞれの隣に愛する女性が付き添っている事くらいだろうか?
そんな三組の幸せそうな夫婦を見ながら、私は来客の相手をしていた。
独り身としては色々と彼等をからかいたい衝動に駆られるけれど、今は職務をこなさないとね。
次々に訪れるお客様の挨拶を、笑顔で応えていく。
愚痴もあれば、喜ばしい報告もある。
戦争が終って2年・・・それぞれが新しい生活に馴染み始める時間が経ったのだ。
「お久しぶりです、舞歌さん」
「あら、本当にお久しぶり・・・ユリカさん」
来客の対応が終わり、私も楽しもうかと例の6人を探しした時に、彼女達は現れた。
和平後になにかと連絡を持つようになったミスマル ユリカと、イツキ カザマは知っている。
けれど、その背後にいる初老の男性と、大柄な青年は初めて見る顔だった。
「どう、このパーティーを楽しめてる?」
連合軍を礼服を着たユリカさんに、私は尋ねた。
和平後に出会った感じでは、何処か頼り無さを感じさせた雰囲気も、今ではかなり違っている。
やはり彼女も、この2年間を無駄に過ごしたわけではなさそうね。
「ええ、もう注目の的ですね。
まあ、あの話を聞いた以上、覚悟はしてましたし」
「・・・私は気疲れで倒れそうですよぉ、先輩ぃ」
隣で泣き言を漏らすカザマさんと違って、ユリカさん自身は元気満々の様子だった。
・・・でも、彼女の場合、面の皮が厚いのか、相手の敵意に気付いていないのか判断に迷うところがあるのよね。
根本的なところでは『天真爛漫』な娘だから。
「ご苦労様ね、カザマさん。
で、その後の方達は?」
視線でユリカさんの背後に居る二人の事を私は問う。
「おう、やっと声が掛ったな。
今度、木連の駐在大使に就く事になった海神伝七郎という者だ。
先任の奴は交代で地球に送り返すからよ、今後とも宜しく頼むわ」
大雑把な挨拶をしたのは、黒のスーツを着た初老の男性だった。
どちらかと言うと、小柄で細い身体つきの男性だけど・・・気迫が違うわね。
経験からくる自信と余裕が、大きな波になって私に襲い掛かる。
この人に比べれば、現在の駐在大使の腑抜けなんて天と地の差があるわ。
・・・でも、こんな実力者を送ってくるなんて、私の危機感をきちんと掴んでくれたわけね彼女達は。
「・・・その駐在大使殿の秘書官で、名前は三堂公介と言います。
外見から判断されると心外ですが、ボディーガードではありません。
というより、荒事は苦手でして」
「「「嘘つけ(嘘つき)」」」
こちらも黒いスーツを着た大柄男性がそう自己紹介をする。
その瞬間、海神氏とユリカさん達に突っ込まれているのが笑えるけど・・・
でも私の目にも、彼がかなりの使い手だと見えていた。
海神氏の秘書官の話は本当なのでしょう、ただボディーガードも兼任している、という事ね。
「こちらこそ、今後は宜しくお願いします。
私も海神さんのような経験豊富な方に来て頂いて嬉しいですわ」
そう言って、私は嫣然と微笑んだ。
お互いに初対面の挨拶は無難にこなせた。
では、後は木連での活躍を・・・お互いに期待させて貰いましょうか?
「・・・そうですか、あの駐在大使と入れ替わりをするのですね」
「おう、あっちでは宜しく頼むぜ、月臣君よぉ」
元一朗君に酒を勧めながら、自己紹介をする海神さん。
私は横目でそれを見ながら、ユリカさんと木連と地球の情報を交換していた。
やはり、お互いの持つ情報にかなりの食い違いが出た事が・・・今回の事件がただでは済まない事を物語る。
それに驚いた事が、ユリカさんがかなり『裏』の情報に詳しくなっていた事だった。
お嬢様然とした彼女には、正直言ってその手の情報は望めないと私は諦めていたのだけど・・・
「ここだけの話ですが、海神さんが『お仕置き』をした人達はかなりの実力者でした。
裏から手を回して、息子達の暴挙を隠蔽していたんですよね。
私達は戦争で多くの被害を受けました、それは木連も同じです。
だからと言って、彼等が犯罪に走っていい理由にはならない・・・」
アルコールを断り、果汁ジュースを飲みながらユリカさんは語る。
彼等の親が法的な制裁を受けた事を、今までの事件を全て暴いた事を。
「・・・なるほど、筋は通してくれたわけね。
でも、こちらからの情報もかなり改竄されていたんでしょう?」
流石に関係の無い人間まで巻き込んでは、私の良心が痛むわ。
そんな私の問い掛けに、ユリカさんは笑って応えた。
「あははは、そんな無責任な事はしませんよぉ
ちゃんと情報の裏が取れた人だけです、私には頼りになる家族や仲間がいるんですから」
そんな自慢をする彼女に微笑みながら、私も自分の仲間達を見る。
彼等は海神さんに翻弄されながらも、笑っていた。
特に元一朗君のはしゃぎ様は凄い・・・きっと、例の件を聞いたからだろう。
あの事件は私の心にも重く圧し掛かっていただけに、元一朗君の喜びもよく理解出来た。
「海神さん・・・期待できそうね」
「面白い人ですよ・・・そして強い人です。
今回の事件の処理で、他の連合議会議員を敵にまわす事にもなりかねないのに。
私が尋ねたらこんな事を言うんですよ。
『俺は木連の為だけに行くんじゃねぇよ。
同じ釜の飯を食った奴等が馬鹿をやったんだ、それなりに筋を通さねぇとな。
まぁ、戦争が終ってからたった2年だ・・・お互い、直ぐには仲良くなれぇよな、餓鬼の喧嘩が懐かしいぜ』
海神さんは海神さん自身の矜持もあって、木連に行かれるそうです。
―――私は舞歌さんと月臣さんなら、きっと護って下さると信じてますから」
色々な意味にも取れるその言葉を聞いて、私は苦笑をした。
確かにユリカさん達がこれだけの人物を紹介してくれたのだから、その安全を護るのは私と月臣君の義務ともいえる。
「結構、上手くいきそうよ・・・彼等と海神さんを見る限り」
私の視線の先にでは、泣き顔になって海神さんに酒を断る元一朗君と九十九君がいた。
まだまだ予断は許されないけど、少しは明るい未来を見れそうね。
「お前等!! 俺の酒が飲めねぇってのか!!」
「「か、勘弁して下さい〜(涙)」」