< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 広い広い牧場で一人

 私は別に何をするわけでもなく、野原に寝転がっていた 

 遠くで聞える牛の鳴き声が、なんとなく可笑しくて顔が綻んでいるけど・・・

 

 北海道の夏は本土に比べて過ごし易く。

 普段から私の周囲を騒がしているマスコミも、流石に実家にまでは追いかけてこなかった。

 こうやって一人っきりを実感するのは、寝ている時以外では久しぶり。

 

 見上げれば青い空に白い雲

 

 身心共にリラックスしていく感じが、なんとも心地よかった―――

 

 

 

 

 

 

 

「メグミ〜、お昼御飯にするわよ〜」

 

「は〜い」

 

 お母さんの呼び声を聞いて、背伸びをしながら身体を起こす。

 久しぶりの里帰りに、両親を始めお姉ちゃん達にも熱烈な歓迎を受けた。

 色々と話す事もあったけど、逆に家族からも沢山の事を聞かされた。

 騒がしい初日だったけど・・・『家』に帰ってきたんだなって実感できた。

 

 ・・・でも、お母さん一つだけ聞かせて下さい。

 

 どうしてハナコ(牛)の背中に乗って移動しているの?

 

 私を誘導するように歩を進めるハナコの背中には、お母さんがドッシリと座り込んでいた。

 どうやらあの時の追いかけっこ以来、そこが気に入っちゃったんだね。

 

 あ〜あ、何とかしてアキトさんにも見せてあげたいな〜、お母さんのこの姿とか。

 後、元気に働いてる皆の姿とか・・・ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうそう、フクヤマ君が東京から帰ってきてるの知ってた?」

 

「え? マサちゃんが?」

 

 お昼御飯を食べている最中に、お母さんから聞いたのは私の幼馴染の名前だった。

 昔はよく一緒に遊んでいたし、なにより私が看護婦を目指していたのはこの幼馴染の存在が大きかった。

 

「今は実家の病院で外科を担当するために、猛勉強中だそうよ。

 それで、フクヤマ君も医大の夏休みで帰ってきてるんだって。

 お父さんが昨日、町内会の寄り合いで医院長に聞いたのよ」

 

「・・・ふ〜ん」

 

 気の無い返事を返しながら、私は昔の事を思い出していた。

 実家を継ぐ為に医者になると言っていたマサちゃん。

 私はその手伝いがしたくて、一時期看護婦を目指していたのだ。

 

 ・・・幼い頃の口約束で、一緒になろうと言ってたから。

 

 でも、所詮それも他愛の無い約束だった。

 結局、私が北海道の看護学校に入学する頃には、マサちゃんは東京の医大付属高校に入学した。

 私もまた・・・准看護婦の免許だけを取得して、別の道を選んだ。

 

 そして、お互いに連絡をとらないまま、時間だけが過ぎていった。

 私にとって初恋の人かもしれないけれど・・・今は思い出の中の男性だった。

 

 

 

 

 

 その後はお母さんも私も何も会話をする事なく、お互いに無言のまま昼食を終えた。

 私の心に居る『彼』の事を知っているお母さんだけど、やはり私を残して消えたという認識は強い。

 無言うちにも、私にはやくアキトさんの存在を忘れろと言っているのが分かる。

 

 でも、私にとってあの戦争は終っていない。

 世間は和平に浮かれているけど、私達の戦争はまだ続いている。

 

 そう、終ってなんか――――――ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お昼過ぎ・・・今日は何処に行こうかと考えている私に電話が掛ってきた。

 まあ、母さんの話からして予感はあったけど―――

 

『久しぶりだな〜、メグちゃん』

 

「本当、久しぶりね」

 

 数年来の幼馴染の言葉に、思わず苦笑をしながら私は話し掛けていた。

 あちらも父親経由で、私が実家に帰っている事を知ったみたい。

 

 そして時間が空いていた事と、やはり懐かしさから、私はマサちゃんの誘いに乗って街に出る事になった。

 気晴らしには丁度良いかもね。

 お出掛け用の服装を考えながら、私は自分の部屋へと向かった。

 

 約束の時間は午後3時・・・まだまだ、時間は余ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、お待たせ〜!!」

 

「うわぁ〜、何か見違えちゃったな、メグちゃん!!」

 

 待ち合わせの駅で私は背の高い男性を見付け、小走りで駆け寄った。

 少し染めた感じの明るい長髪の男性が、私を見つけて大きく手を振る。

 少々待ち合わせの時間に遅れてしまったけど・・・でも、まあそれを待つのは男の甲斐性だと思って欲しい。

 実際、それほどマサちゃんが怒っているように見えなかったので、私は少し安心した。

 

 ・・・まあ、アキトさんなみの我慢強さを求めるつもりはないけど。

 

 マサちゃんの近くまで歩み寄り、改めてその姿を見てみる。

 中学生の頃から女子の間では結構人気があったその容姿に変わりは無い。

 むしろ大人の落ち着きが身に付いて、なかなかの好青年をしている。

 背も180を越える高さだし、白とベージュで統一した服装のセンスも良い。

 これで将来の職業がお医者さん、か

 

 う〜ん、結構モテるんだろうな〜、マサちゃん

 

「何? 俺ってそんなに変な格好してる?」

 

 私の視線に気が付き、自分の服装を急いでチェックする。

 

「ううん、全然

 隣で歩いてくれる分には問題無しよ」

 

 私の返事を聞いて、嬉しそうに笑うマサちゃんだった。

 その後、私達は昔話に華を咲かせながら、街中へと並んで歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 生まれ育った地元でも、帰って来たのはお互いに数年ぶりだった。

 色々と変わってしまってるテナントやビルを見て、しきりに感心をしたり。

 二人の思い出の場所が取り壊されているのに、悲しみを感じた。

 自分の過去の記憶の中にある少年は、全然違う姿になっているけれど・・・本質は変わっていなかった。

 

 幼馴染って、記憶の共有も出来るんだよね。

 それを拠り所にして、苦しい時や辛い時を乗り切った覚えが、私にもある。

 それはマサちゃんも同じだろう。

 

 でも、そんな記憶どころか・・・故郷すら失ってしまった人は?

 

 

 

 

 何を拠り所にして戦っていたんだろう、アキトさんは・・・

 

 

 

 

 

「しかし、随分と変わるもんだよね・・・中学を卒業してから6〜7年も経てばこうなるのかな?」

 

「・・・戦争もあったしね、仕方が無いと思うわ」

 

 昔馴染みの店に入り、早めの夕食を食べながら私とマサちゃんはそんな会話をしていた。

 医者の卵としてこの戦争で辛い思いをした事を聞いた。

 自分が未熟なばかりに、助けられなかった人がいたと涙ぐんでいた。

 真っ正直で、変に熱血漢なところは本当に変わっていなかった。

 

 う〜ん、変な所で『似てる』のよね・・・

 

「でもさ、メグちゃんが歌手になってるのを知った時は驚いたよ。

 デビューシングルを、偶然喫茶店で聞いたんだけどね」

 

 そう言って私のデビューシングルのフレーズを口ずさむマサちゃん。

 流石に幼馴染そんな事をされると、嬉しいというより気恥ずかしさが先に出る。

 私は少し顔を赤くしながら、マサちゃんの歌を止めさせようと話題を振った。

 

「あ、ああ、あの歌ね。

 一番感情が篭もってる歌だったでしょ?」

 

「うんうん、何か心に響いたんだよな〜

 あれならシングルチャートでTOPを取るのも分かるよ!!」

 

 その歌は和平後に考えた歌だった。

 ルリちゃんの話によると、ルリちゃんにとっての『過去』では、私は終戦後アイドルになっていたらしい。

 別に自分の進む道が強制的に決められた訳じゃ無いし、他の道もあった・・・

 ただ、私の・・・皆の想いを書いた詩が・・・

 アキトさんへの想いを綴った『歌』が、私は歌いたくなったから。

 

 もし、この歌が

 

 私の声が届けば

 

 何時か帰って来る時の目印になるかも知れないと思って

 

 ―――だって、約束を破らない人なんだから

 

 

「・・・何だか、随分と思い入れのある曲なんだ?」

 

 ふと、沈み込んでいた私に気を止めて、心配そうな声でそう尋ねてくるマサちゃん。

 私は顔を上げて精一杯の笑顔を作りながら答えた。

 

「へへへ、別に大丈夫だよ〜

 まだ二年、たったの二年!!

 私はまだまだ頑張れます!!」

 

 小さくガッツポーズをする私を、マサちゃんは不思議そうな顔で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰る途中の電車の中・・・

 私達以外に客の姿は無かった。

 対面に座っているマサちゃんと私は、特に話す事もなく。

 黙ったままでその身を電車の振動に委ねていた。

 

 ・・・まあ、実家の近くには農家しか無いんだし、他の乗客が居ないのは自明の理でしょう。

 

   ガタン、ゴトン

            ガタン、ゴトン

 

「・・・実はさ、メグちゃんのお母さんとお姉さん達から、メグちゃんを誘ってくれるように頼まれたんだよね」

 

「ふ〜ん、まあそんな所だと思ってたけどね〜」

 

 殆ど予想通りのお母さんの行動に、私は思わず苦笑をした。

 これでも自活してるアイドルなんだけど、お母さんにとっては所詮手の掛かる『お子様』なんだろうな。

 

「でもさ、久しぶりに会ったメグちゃんは予想以上に綺麗になってた」

 

「・・・お世辞でも嬉しいな」

 

 ナデシコで出会った美女・美少女を知る身としては、なんとも居心地の悪い瞬間だった。

 自分もそれなりに見れる容姿をしている自信はあるけど、ね。

 まあ、マサちゃんに他意が無い事は分かってるけど。

 

 トレードマークの三つ編みを弄りながら、私は苦笑をしながらマサちゃんの言葉に答えていた。

 

「昔の約束も覚えていたし、正直言ってチャンスがあれば・・・って考えていたんだけどさ」

 

「・・・おいおい、そんな事考えてたの?」

 

 ちょっと背中に冷汗

 う〜ん、油断しきってたな〜

 やはり幼馴染という存在だけあって、私も警戒心が薄かったかもしれない・・・

 

 ・・・今現在も、シチェーション的にはかなり危ないような気もするけど。

 信じているからね、ネルガルのSSさん達!!

 

 私が脳裏で自慢の息子を背負っている大男に不審な目を向けていると。

 マサちゃんが少し不機嫌な声で話を続けた。

 

「でもさ、俺とのデート中・・・ずっと他の男の事考えてたでしょ?」

 

 デートをしたつもりは無いけれど・・・

 確かにずっとマサちゃんに他の男性を重ねていた。

 それは否定のしようが無い事で・・・私には黙っている事しか出来なかった。

 

「これでもさ、一応それなりにモテるんだよね・・・自信もそれなりにあった。

 でも、全然メグちゃんは俺を見てくれなかった。

 流石にここまで無視をされるとね・・・どんな相手なんだい、俺の恋敵って?」

 

 さり気無く性格変わってるな・・・マサちゃん

 う〜ん、これが都会の恐さか

 

 と、馬鹿な事を考えながらも、私はマサちゃんの質問に答えていた。

 

「う〜んとね、優柔不断な癖に変な所で責任感が強くて。

 他人を犠牲にするより、自分が犠牲になるほうが楽だ、って考える人

 目の前でお婆さんが困っていたら、隣に恋人が居ても飛んで助けにい行く人かな?

 あ、特技がお料理なんだよ」

 

 我ながら的を射た意見だと感心する。

 

「なんだか・・・早死にしそうな男だな」

 

 電車の窓から真っ暗な外を眺めながら、私の話した人物をそう評価するマサちゃんだった。

 

「そうだね、戦争には向かない人だった・・・だけどね、自分から戦争に関わっていったんだ、その人

 何時も逃げ出したかったんだと思う、きっと辛かったと思う。

 ・・・でもね、結局逃げなかった」

 

「今、何処に居るの?」

 

 外を見るのを止めて、私の顔を正面から見詰めるマサちゃん

 その目は確かに真剣な想いが宿っていた。

 

「遠い所か・・・近い所かも分からない。

 ただ、帰ってくるって約束をしたから・・・だから待ってる、私は」

 

「・・・そっか」

 

 幼馴染との数年の隙間には、決定的な楔があった。

 

 もし、私がナデシコに乗らなければ・・・

 もし、あのまま声優業を続けていて、たまたま帰ってきた実家でマサちゃんと再会していれば・・・

 

 全ては『if』の世界だけど、私はマサちゃんを選んでいたと思う。

 

 でも、常に激しく危うい輝きを放っていたアキトさんが

 恐い目にも何度もあった、理不尽な死を何度も見てきた、あのナデシコでの時間が

 忘れる事の出来ない日々が

 私をアキトさんの想い出から、マサちゃんの元に行く事を押し止めていた・・・

 

「ごめん、マサちゃん・・・」

 

 知らず知らず、涙を流しながら・・・私は謝っていた。

 私はマサちゃんを裏切ったのだろうか?

 だから泣いているのだろうか?

 分からない・・・だけど、泣いていた

 

「その男に会ったら、一発殴ってやりたい気分だな〜

 ま、大切な幼馴染が幸せなら・・・それで良いかもな」

 

 顔を電車の窓に向けたまま、マサちゃんは私にそんな返事をしてくれた。

 

 

 

 

 そして、電車は私の降りる駅へと辿り付いたのだった。

 私は顔を背けたままの幼馴染軽く頭を下げて、その電車を降りた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広い広い牧場で一人

 私は別に何をするわけでもなく、野原に寝転がっていた 

 自分の一番好きな歌を口ずさみながら・・・

 

「メグミ〜、明日には帰るんでしょ〜?

 大切なお友達の誕生会に招待されてる、って言ってたじゃないか!!

 荷物はちゃんと纏めてるのか〜〜〜い!!」

 

「今日の晩にやるから、大丈夫だよ、お母さん〜・・・」

 

 段々下がってくる瞼に必死に逆らいながら、私は辛うじてお母さんに返事をする。

 ルリちゃんの誕生会は明後日だから、明日に帰れば充分間に合う。

 

 そんな事を考えている間にも、徐々に意識は眠りについていく・・・

 

 

 

 

 アキトさんが帰ってきたら、絶対に一緒にマサちゃんに会いに行こう。

 私が選んだのは、こんな頼り無さそうだけど、優しくて強い人なんだと自慢する為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広い広い牧場で一人

 私は大切な人と一緒に、草原で眠る夢を見た。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その5に続く

 

 

 

 

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