< 時の流れに >
目の前の机の上には書類の山・・・
横手を見れば、床に積まれた書類の山・・・
山、山、山・・・
「・・・やってくれますね、あの王妃様も」
見渡す限りの抗議文と始末書の山に、私は深々と溜息を吐きました。
まあ、あの極楽トンボが意中の女性と出掛けて行って、これだけで済んだ事に感謝すればいいのですかね?
「プロスさ〜ん、追加の抗議文が届いたぜ」
そう言って私の執務室に入ってきたのは、両手に抱えきれない書類の束を持ったヤガミさん。
書類のお陰で前も見えない状態ですが、そこは流石・・・危な気無い足取りで私の机の前まで歩いてきます。
・・・優秀な方なんですけど、これで気分屋な所が無かったら。
ドサドサ!!
積み上げられる書類の束を悲しそうな目で見ながら、私はそんな事を考えていました。
「・・・何しに行ったのかしらね、あの極楽トンボ」
ぶつぶつと文句を言いながら、こちらも両手に書類の束を持って現れるエリナ女史
今日も見事にスーツを着こなし、颯爽と私の執務室に登場です。
「ミスター、何故か俺の机にまで抗議文が届いているのだが?」
ダンボールを両手に抱えて登場する、ゴートさん。
「それはそっちで処理してください。
だいたい、北斗さんにルリさんを連れて帰ってもらうのは、最終手段だったんですよ?
お陰で私がどれだけ関係者各位に、頭を下げたと持っているんですか」
これ幸とばかりに、自分の仕事を押し付けようとしたゴートさんを斬り捨てる。
北斗さんは確かに優秀な方ですが、本来なら木連に所属されている人です。
しかも、現在は建前上その行方を晦ましています。
その北斗さんとネルガルに接触があり、なおかつツーカーの立場というのは色々と問題があるのです。
まあ、今回は会長もヤガミさんも監視の目が強くて、動きが取れなかったのが一番の原因ですが。
その点、北斗さんなら監視を無効にして動けますからね・・・
しかし・・・ミスマル提督をはじめ、複数の関係者の方に私は色々と根回しをする必要が生じました。
密航をして海を渡り、最後は数十キロをルリさんを背負って泳いで帰ってくるあたり、流石といえば流石ですが。
ちなみに、零夜さんはうちの会長と一緒に帰国してます。
深夜に北斗さんが身に着けている『四陣』のビーコンを頼りに、海辺まで迎えに行ったのは私ですけどね。
ルリさんのナビゲートが無ければ、北斗さん自身はシベリアにでも迷い込んでいそうですが。
「いや〜、プロスさんも大変だね〜」
「・・・そもそも、誰かさんが買収などされなければ、更にややこしい話にならなかったんですがね」
私の貫くような視線を受け、咄嗟に顔を背けるヤガミさん。
少しは反省をされているようですが、ノリだけで裏切られたネルガルとしては、愚痴の一つも言いたくなります。
・・・まあ、確かにあの会長の相手をしてれいば、たまには羽目を外したくなる気持ちは分かりますが。
この抗議文の山の殆どは、ヤガミさんと極楽トンボに関するモノです。
ルリさんが国を出た後で、この二人はさんざん遊んでいたのです・・・
しかし、王妃様に幾らで買収されたんでしょうね、この人
「とりあえず、書類の処理はしておきますから。
皆さんそれぞれの仕事に就いてください」
額を押えながら、目の前の三人にそう呟きます。
エリナ女史には完成間際のナデシコシリーズに掛りっきりですし。
ヤガミさんには元ナデシコクルー・・・それもルリさん達「マシン・チャイルド」の護衛があります。
ゴートさんは元ナデシコクルーの護衛を指揮してもらってます。
・・・会長は相変わらずですが、一応仕事はしてるみたいですね。
そう言えば、昨日はヤマダさんと会うと言ってましたね・・・どんな話し合いがあったのやら。
「そうそう、シュン隊長が暇があったら連絡が欲しい、ってさ」
「・・・暇ですか・・・切実に欲しいですね」
私にそんな伝言を残しながら、ヤガミさんを先頭に他の二人も執務室から出て行きます。
彼等と彼女の仕事も楽ではないと知っていますが・・・今日は是非とも立場を変えて欲しいですよ。
「じゃ、頑張ってね♪」
笑顔を浮かべながら、手をヒラヒラと振って廊下に消えるエリナ女史
「うむ」
「貴方は書類を持って帰りなさい、ゴートさん!!」
「むう・・・」
私の注意を聞いて、肩を落としながらダンボールと一緒に部屋を立ち去るゴートさんでした。
まったく、油断も隙も無いのですから・・・この人達は
「それで、お話とは何ですか?」
トンカツ定食を食べながら、私は隣のカウンターに座っているオオサキ提督に尋ねます。
統合軍では唯一の味方でもあるオオサキ提督は、私にとっては戦友であり大切な客でもあるのです。
しかし、どうも私達は会談に『日々平穏』を使う癖が抜けませんな。
まあ、SS達の目が常に光っている分、保安・盗聴・盗撮の可能性が低いという利点がありますしね。
・・・一番大きい要因はホウメイさんとその料理の腕ですが。
「ああ、ちょっと聞きたい事があったんだが・・・ホウメイさん、また腕を上げたな〜」
統合軍では食堂も無いんですか?
まあ、目の仇にされているオオサキ提督の立場としては、食堂で食べる食事は味気無いのでしょうね。
ほとんど孤立無援状態で統合軍に食い下がる事が出来るのは、この方にしか出来ない事だけに・・・大変なのでしょう。
「・・・話をする前に食事を済ませますか」
「そうだな」
食後の珈琲を飲みながら、オオサキ提督が私に話を振りました。
何時もと違いホウメイさんがカウンターの中に居ますが・・・まあ、この人なら話を聞かれても問題は無いでしょう。
それだけの人望と判断が出来る人物ですからね〜
「今朝の話なんだが・・・ヤマダの奴が泣き付いてきてな。
まあ、昨日の時点でアカツキから事の詳細は聞いていたけどな」
「は?」
ヤマダさんとオオサキ提督・・・あまりに接点の無い二人なだけに、思わず間抜けな返事をしてしまいます。
大体部署も性格も所属する組織すら違う二人が、何を話したと言うのでしょうか?
間の抜けた顔をする私に、オオサキ提督は笑いながら事情を話してくれました。
「なんでもとうとう同時攻略に成功したらしい。
だが、アカツキのせいで片方の親御さんに関係がバレて、責任を問われているそうなんだ、これが
知ってたか?」
「いえ、それは知りませんでしたが・・・ですが、自業自得でしょう、それは」
また命知らずな事を・・・と私は内心で呟きます。
目の前のオオサキ提督の表情も、雄弁にそう物語っていますが。
私は先ほどの衝撃でズレた眼鏡の位置を直しながら、自分の感想を述べました。
「まあ、ヤマダの奴も試練を迎えたという事だな。
それと冗談じゃないが・・・とにかくタニさんの動きには、気を付けておいたほうがいいぞ?
今まで娘が死んでいたと思っていただけに、どんな行動を起すか見当も付かん。
ほら、普段大人しい奴ほど、その反動は恐いからな〜」
「た、確かに・・・」
これ以上胃が痛くなる要因を作らないで欲しいのですが・・・
今日も『フィリス特製胃腸薬』の世話になりそうですね。
イネスさんと違って、副作用がまるで無いのが嬉しい作品です。
そんな事を考えながら、額の汗をハンカチで拭い、私は溜息を吐いていました。
「で、それは次いでの用事だったんだが。
本題は例の奴の事なんだ、行方は追えているか?」
「はいはい、そう聞かれると思って報告書に纏めておきましたよ」
オオサキ提督を用事に予想をつけていた私は、あらかじめ用意をしていた、少々分厚い封筒を手渡す。
それを、「流石だな」と呟きつつ受け取るオオサキ提督
受け取った封筒をその場で開け、中の資料に素早く目を通していきます。
「・・・アフリカで別れてから半月、何やってんだか、この男は」
苦笑をしながら次々とページを捲るオオサキ提督に、私も同じ様に苦笑をしました。
いや部下からの報告書を見ているだけでも、彼の人間像に想像が付きますからね。
簡単に報告書の中身を思い出すと―――
路地裏で酔いつぶれる
頬に傷の有る、それモンと喧嘩をしてボコボコにされる
大雨の中、笑いながら泣き崩れる
犬に吠えられて転倒
etc、etc・・・
「何だか、落ちぶれ方までマニュアル通りだなコイツは。
有る意味、自分のスタイルを貫き通す凄い奴かもしれん・・・」
半分呆れながら、半分感心した口調で報告書をしまうオオサキ提督
私もその調査対象の人物の事情を知るだけに、オオサキ提督の気持ちは良く理解できました。
「でも、そんなに見込みがある方なんですか?」
直接の面識は無いので、この男性の人物評はオオサキ提督が頼りです。
まあ、用事があるのはオオサキ提督だけですから、それで問題は無いのですが。
「半々だな、一皮剥ければ・・・元が優秀な奴だ、俺以上の人材になれるかもよ?
人間、些細な切っ掛けで変わる事が出来るもんだ。
ま、結局はナカザトの奴の成長次第、だな」
珈琲を飲み干しながら、そう断言をするオオサキ提督
実は統合軍内でオオサキ提督をサポートする人物は・・・現状では一人も居ません。
ネルガルから人材を派遣をする手段もありますが、まず受け入れて貰えないでしょう。
・・・艦長にはアオイさんが付いています。
何より連合軍に所属しているため、周りは全て味方だと言って良いでしょう。
失礼かもしれませんが、艦長がオオサキ提督の代わりに統合軍に行っていれば・・・確実に潰されていたでしょうね。
別に艦長が無能だとは思っていません・・・ただ才能の他にも経験は重要だと言う事です。
そして、私が安心して任せられるほどに、目の前の男性は強くあれる人なのです。
「済まんけどもう暫く見守ってやってくれ。
それで駄目なようなら・・・別の奴を探す事にするさ」
「分かりました」
切り替えの早さ、切り捨てる事への躊躇いは不要・・・全てが今の艦長では無理な事でしょう。
甘やかす事は簡単です・・・でもそれは当人だけではなく、甘やかす本人も楽なのです。
―――しかし、それではお互いに待っているのは破滅だけでしょう。
ましてや、厳しい状況下に置かれているオオサキ提督にとっては・・・
自分が不利になるような要因を、何時までも抱えている訳にはいかないでしょうから。
「ま、確実に行くさ・・・自慢じゃないが、裏でコソコソしながらの戦いは初めてじゃないんでね」
「・・・頑張って下さい」
私にそう言って微笑みながら、オオサキ提督は『日々平穏』を後にされました。
彼の戦場も過酷ですが、私の戦場もそれなりに過酷です・・・
さてさて、そろそろ昼休みも終わりですかね?
「あ、プロスさん。
ちゃんとオオサキさんの分の勘定も払って下さいよ」
と言うホウメイさんの言葉に―――
「・・・本当に色々な意味で流石ですね、オオサキ提督」
私は引き攣った笑顔で、会計を済ませるのでした。
ネルガルに帰れば書類の山、山、山・・・
―――まあ、私も確実に行きますか。
「そう言えば、明日はルリさんの誕生会でしたね・・・」