< 時の流れに >
何時もの様に軍から指定されている寮に帰って来た時
部屋の前には一人の男性が立っていた。
その男性は自分が良く知る人物だっただけに、特に警戒はしなかったけど・・・
逆に言えば、特別に親しいわけでもなかった。
何故、彼はここに居るのだろうか?
「・・・ジュン、頼む匿ってくれ〜」
ボロボロの連合軍の制服を着たヤマダ ジロウは、そう言って俺に泣きついてきたのだった。
「自業自得だろうが、全く・・・」
取り合えず俺の着替えではサイズが合わないので、大き目のジャージをヤマダに渡す。
ヤマダは一言礼を言いながら、シャワーを浴びに浴室に向かった。
俺自身は連合軍の制服を脱ぎハンガーに吊るすと、ラフな格好に着替えていた。
これまでの経緯はヤマダから聞いた。
つまり、アマノ ヒカルを応援する旧ナデシコ女性陣と、御剣 万葉を応援する優華部隊とタニ博士に責められたわけだ。
二度、共に酔った勢いとはいえ・・・無様だな。
そんな事を考えながら、ヤマダの分まで珈琲を淹れている俺も結構物好きだな。
まあ、放り出すのは何時でも出来る。
それに、一応戦友だからな・・・アイツも。
ガチャッ!!
「ふ〜、やっと一息付けたぜ〜」
まだ濡れている髪の毛を、ガシガシとタオルで拭きながらヤマダが部屋に入ってくる。
一人暮らしようのこの部屋は、1DKの造りになっていて、バス・トイレも備え付けだ。
備え付けのテーブルと椅子が有り・・・その一つにヤマダが座る。
・・・何と言うか、凄くジャージ姿が似合うな、この男
「ほら、取り合えず珈琲でも飲め。
ミルクと砂糖はどうする?」
「お、サンキュー!!
俺はブラックで大丈夫だ」
俺が差し出した珈琲を嬉しそうに受け取るヤマダ
淹れたばかりで、まだまだ熱いその珈琲を少しずつ美味そうに飲んでいる。
「結構美味いな・・・インスタントじゃないのか?」
「ああ、親が凝り性でね・・・俺も自分で豆から選んでる」
「へ〜」
それを聞いて、感心するとヤマダは再び珈琲を飲みだした。
・・・別に悪い男じゃない事は知っている。
そして、無責任な男では無かったはずだ。
なのに何故、こんな状況になっているんだ?
俺は自分も椅子に座ると、ヤマダにその事を尋ねてみた。
「しかし、自覚が無くても彼女達と関係を持ったのは確かだろうが?
どうするんだ、これから?
そもそも、自分を抑える自信がないのなら、御剣 万葉を何故自宅に下宿させた?」
「そりゃあ、俺も人並みに恋愛感情があったからだろうさ」
ズルッ・・・
思わず椅子から半分転げ落ちる。
珈琲の入っていたカップを机の上に置いていたの幸運だったな。
しかし、この男の口から「人並み」とか「恋愛感情」などの単語が聞けるとは・・・長生きはするもんだな。
「な、何だか誰かさんの口から、聞き慣れない単語が聞えたな?」
「悪いか。
好意を持ってなかったら実家に呼ぶわけないだろうが、二人共」
案外真面目な表情とその返事に、何とも言い難い雰囲気が室内を満たす。
椅子に座りなおしながら、少し感心する俺だった。
そのまま気持ちを落ち着かされる為に、珈琲を一口含む・・・
「もっとも、自分の気持ちに気付いたのも最近だけどな。
この先どうなるのか・・・今までの様にはいかないんだろうな」
「覆水盆に還らず
終ってしまった事を悔いても仕方が無いだろう。
それより、お前は今後どうする?
両方の陣営から責められているんだろう?」
他人事なので気軽に尋ねる。
さて・・・俺が当人だったらどうしたかな?
取りあえず、逃げ出しているか?
事故と言い切れる状況であったとしても、それは多分聞き入れてもらえないだろうしな。
「答えはまだ出せないな・・・両方の応援団が許してくれるまで、耐えるしかないだろうな」
意外な答えに、驚いてヤマダを見る。
そこにはシニカルな笑みがあった。
・・・コイツ、本当にあのヤマダか?
「アキトの奴を笑えない状況だけどさ、三人で居るのが楽しいんだよな・・・不謹慎かもしれないけど。
アカツキやナオさん、それにオオサキ提督にも相談したんだ。
どちらかを選べば確かに終るけど、選べないのが現状だな」
・・・早く決めないと、お前の命が危ないような気もするけどな。
何しろ手加減という言葉を捨て去った人物が多いし。
俺はヤマダの今後に少しだけ同情した。
でも、有る意味選ばないと言い切ったこの男は凄いかもしれない。
簡単に一人を選んで終らすより、その場に留まって考えるというのだから。
―――優柔不断なだけかもしれないが。
「ま、泊まっていけよ・・・
自宅からアマノ ヒカルのアパートまで、お前が行きそうな場所は全部見張られているんだろう?」
布団の予備の場所を思い出しながら、俺がそう提案をする。
「話が早くて助かる。
明日にはタニさんから説得に当たるかな・・・」
流石にその顔に憂鬱そうな色を隠せていなかったが。
「しかし、ジュン相手にこんな相談をする日がくるなんてな〜」
「それは俺の台詞だ。
まさかヤマダから恋愛相談を受けるとは、想像もしてなかったぞ?」
「よっこらしょっ!!」
ドサドサドサ!!
俺は山の様な引継ぎ資料を机の横に重ね上げる。
その机の前では、椅子に座った海神先生が難しい顔で資料に目を通している。
木連のコロニーに到着してから数日が経つ・・・
その数日の間、俺と海神先生は先任者の仕事を委細漏らさず目を通していたのだ。
「けっ、所々に改竄した後が見え見えだな・・・一体、幾らで買収されたんだ、この男は?
おい三堂!! もう引き継ぎ資料はいらね〜ぞ!!
参考のさの字にもなりゃしねえや!!」
手に持っていた資料を机の上に放り投げながら、そんな台詞をはき捨てる。
吊り上がった眉と、その口調が海神先生の怒りを物語っていた。
俺は機嫌がトコトン悪い先生に向かって、大柄な身体の肩を竦めて答える。
「・・・最悪ですか?」
「おお、その通りよ!!
しかも、コイツの背後には地球の企業が見え隠れしてやがるな・・・嬢ちゃんの予想通りって事だ」
面白くなさそうに今度は頭を掻く・・・
海神先生と俺は木連に来る前に、ミスマル ユリカに頼まれていた事が一つだけあった。
それは先任者と地球の企業の間に繋がりがないか、だった。
いや、あの口調は確信をしていた・・・それも癒着している企業も分かっているような口調でもあった。
あの若い連合軍の大佐殿は、この事を知っていたのか?
「・・・ドンピシャだ、クリムゾンの派遣社員と会食から御乱交までしてやがる。
その見返りに、クリムゾンの社員が行ってる怪しい行動や実験を見逃してるみたいだな。
それに例の草壁 春樹に対する援助まで見てみぬ振りをしてやがる!!
何をするつもりだ・・・あのクリムゾンの爺さんは?」
自分も爺さんでしょうが? ・・・とは言えない。
冷えてしまったお茶を一口飲み、一息入れる海神先生
別に企業と会食をするのが悪いとは言わない、だが相手が明らかに違法をするのを見逃せというのは問題だろう。
これは倫理的な問題であり、人としての常識の問題でもある。
「でも、よくそんな資料が残ってましたね?」
逆にそんな不利益な証拠を、先任者が残していた事が俺には不思議だった。
たいていこの手の癒着を好む輩は、臆病ほどに自分の犯罪の跡を消そうとするはずだ。
確かに先任者の重要書類入れを、俺が無理矢理こじ開けた事も発覚の一因を買ってるかもしれないが。
そう言えば、今日はまだ見てない・・・あの口やかましい太った先任者を?
「そりゃあ隠す必要が本人に無いからだろう・・・クリムゾンも現地の社員の独断だと言い切るだろうしな。
・・・何より、証言をする人間が居ねえ」
そう言って、更に不機嫌な顔で俺に一通の報告書と写真を見せる。
そこには、あの太った先任者の首をダガーで掻き切る―――小柄な女性の姿が映っていた。
なるほど、出勤できないわけだ。
まあ、ボイコットをするほどの度胸が有る男には見えなかったしな。
「ついさっき、各務の姉ちゃんが持ってきたもんだ。
クリムゾンの派遣社員と、先任者が死体で発見されたらしいぞ。
ついでに・・・例の実験をしていたと思われる建物を、大爆発のオマケ付きとはな。
全く胸糞が悪くなる奴等だぜ!!」
怒りを大声をあげる事で発散している海神先生を横目に・・・
俺は唯一写真に残っている加害者の姿を見る。
その瞳に暗い光を宿した女性を。
「・・・元優華部隊の一人、玉 百華
戦後直ぐに、最重要人物の北辰と山崎の逃走を手伝い、そのまま行方不明だった筈の人物、か」
ファイルの下に書かれていた報告を読み、俺はこの仕事の困難さを再認識した。