< 時の流れに >

 

 

 

 

 

第十三話 『夏休み』

 

 

 

 

 

 

 

 夏期休暇

 

 口に出して言えば聞えはいいが、実際にはそれほど休めないのが現状だった。

 確かに世の中は平和になっている。

 だけど、戦う事が『仕事』の俺には自分の実力を落とすわけにはいかない。

 ましてや、ライバルとの実力差が拮抗してるとなれば・・・なおさらだ。

 

「暑いです、暑いです、暑いですぅ〜」

 

    パタパタパタ!!

 

 ・・・長く、豊かな銀髪をアップにして、Tシャツの胸元を掴み、一心に団扇で風を送り込む。

 男性がその姿を見れば、形振り構わず飛び付きたくなるような情景だと俺でも分かる。

 それ程の美人であり、プロポーションの持ち主なのだ、このライバルは。

 

 比較的涼しいと思われる居間で、俺とアリサは日本特有の『夏』により溶けていた・・・

 

「リョーコ、どうしてこの家にはエアコン類が無いんですか?

 西欧育ちの私には、この日本の暑さは致命的です」

 

 涙目になって俺を責めるアリサ

 

「仕方が無いだろう、それが爺ちゃんの言い付けなんだからさ。

 家では爺ちゃんが一番発言力があるんだよ」

 

 だからと言って、このご時世に扇風機も無い家は珍しいだろうな・・・

 

「いえ、それは私の家も同じですけど。

 けど、私や姉さんの頼み事は殆ど聞いてくれますよ、お爺様は?」

 

 ・・・だるそうに首を傾げながらそう尋ねてくるアリサに、俺はいい加減付き合うのも疲れてきていた。

 そりゃあ、あのアリサとサラの爺さんならな。

 だが、残念ながら家の爺ちゃんは変な所で意固地なんだよ・・・冬に来てたら、凍えてたかもなアリサの奴

 あ、逆に寒さには強いか。

 

 現在、夏期休暇を取っているアリサは日本に遊びに来ていた。

 そこで宿として、俺の実家を提供してやったのだが。

 

 とにかく、暑さには弱い事が良く分かった。

 

 風呂は熱めが好きらしいが、湿度の高い日本の夏には降参らしい。

 まあ、西欧出身だったら仕方が無いと言えば、それで終わりだが。

 ・・・これ加えてサラまで来た日には、俺は実家に帰ってこないだろうな。

 イズミの店か、手伝いを覚悟の上でヒカルの所に泊まってる。

 

 ・・・イツキの奴は勿論却下だ。

 

 緊急対策として街の喫茶店に連れ出す手もあるが、本当に一時凌ぎにしかならない。

 大体、アリサの奴がやたらと薄着をするもんだから、ナンパが多くて歩く事さえ困難になっちまう。

 

 そいつ等を口で断るのも面倒だから、実力で撃退すればさらに面倒事になるし。

 二重に疲れるのだ、この女を連れて街に出るのは。

 

「あらあら、アリサちゃんそんな格好をしてたら殿方が困りますよ?」

 

「大丈夫です、男性の方は不在ですから」

 

 ・・・アリサ、だからといってだな・・・まあ、何を言っても無駄か。 

 お袋の言葉を聞いても全然動じていないアリサを横目に、俺はお袋の持ってきてくれたスイカに齧り付いた。

 

 良く冷えたスイカの甘さが、口一杯に広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、緊急対策として俺達は街に出掛ける事にした。

 特に目的は決まっていないので、デパートに行って店を冷やかす事にする。

 

「あ〜、涼しいですね〜♪」

 

 隣でシルバーブロンドの髪が嬉しそうに弾む。

 流石にあの格好で外に出るほど思考能力は低下していなかったのか。

 今は新しい黄色のワンピースにアリサは着替えていた。

 

 俺自身は青色のTシャツにジーパンという出で立ちだ。

 

「ああ、そうだな」

 

 冷房の良く効いたデパートに入った瞬間、アリサの顔が何時ものキリリとしたモノに変わる。

 先程まで、溶けたような表情をしていて・・・見ていて面白かったけど。

 

 息を吹き返したと同時に、色々と物珍しそうに周りを見るアリサ

 西欧のデパートと大きな違いは無いと思うが。

 まあ本人は楽しそうだし、愚痴を聞かされるよりはマシか。

 

「リョーコ、リョーコ!!

 このアクセサリーなんてどうですか?」

 

 店先に展示してある純銀製のペンダントを指差し、少し離れた場所に居た俺を呼び付ける。

 アリサの目の色が変わっているのは・・・やはり『女の性』だからか?

 どうも、俺には理解しづらいんだが(汗)

 

「分かった、分かった、直ぐに行くよ。

 ったく・・・大声で人の名前を呼ぶなよな」

 

 頭を掻きながら、俺は少し早足でアリサの元に向かった。

 ・・・ちょっと周囲の視線が痛かったからな。

 

 

 

 その後、色々と店を回りつつ買い物をしていく。

 俺に服を見立てようとするアリサを牽制しながら、お互いの足は何故かデパートのゲームコーナーに向かっていた。

 普段は基地と家を往復するだけの毎日なので、お互いに資金の余裕は充分に有る。

 それにただでさえ、ナデシコ乗船時に支払われた給料はかなりの額だったのだ。

 特に金の掛る趣味の無い俺にすれば、正に宝の持ち腐れかもな。

 サラのように自分の店を出すのも、賢い選択の一つなのかもしれないな。

 

 ・・・俺に何の店が出せるっていうんだ?

 

 自分の考えに自分で突っ込みを入れ、思わず苦笑を漏らす。

 

 そんなこんなで、一階から順番に上がっていくと、俺達は最上階にあるゲームコーナーに着いていた。

 しかも、このデパートはこのゲームコーナーがウリの一つらしく、予想以上に広いフロアを占有していた。

 

 俺が少し感心しながらその光景を見ている間にも、真横からアリサの小言が続く・・・

 

「リョーコ、少しは着る物にも拘った方がいいですよ?」

 

 先程買った、新しい服を手に持ち、御機嫌なアリサは口調も足取りも軽い。

 

「ひつこいな〜、アリサも・・・俺は別にいいんだよ。

 どうせ仕事着はスーツはスーツでもパイロットスーツだし。

 非番の日も、あまり外を出歩かないからな」

 

 アリサのお節介を軽くあしらう。

 

 といっても、ちゃんと余所行きのスーツを数着は持っている。

 ただ、普段の休日には気恥ずかしいので着ていかないだけだ。

 

 ・・・見せたい相手も、『今』は居ないしな。

 

 

 

       ワァァァァァァァァ!!!!

 

 

 

 突然、ゲームコーナーの片隅で大歓声が沸き起こった。

 その騒ぎの中に、大人も数人混じっている事を見掛け、俺とアリサは興味を持った。

 

「・・・行ってみるか?」

 

「・・・行ってみますか?」

 

 同時に相手に話し掛け、一瞬の間の後で押し殺した声で笑いあう。

 俺達の野次馬根性が消えないのは、間違い無くあのナデシコでの生活で身に付けた事だからだろう。

 

 何しろ、騒ぎある場所に―――テンカワ、有り・・・だったからな。

 

 暫し笑いあった後・・・お互いの意思を確認し、俺達はその騒ぎの元凶に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――それは、俺達には見慣れた光景だった。

 

 筐体の上に表示された大型のディスプレイに、複数のエステバスリが戦っている姿が映し出されている。

 ある場所ではチーム毎に戦い、ある場所では一騎打ちが行なわれてる。

 ネットワークで確立されたあらゆる地域の相手と、その仮想空間で戦うゲーム

 

 ・・・ウリバタケが作った俺達のエステの練習筐体も、今ではこんな使われ方をしているのか。

 

 勿論、軍でもエステバリスのシミュレーターはあった。

 だが、臨場感や操作性など全ての面において、ルリルリとウリバタケが作ったこの筐体は別次元の完成度だった。

 

「やっぱり・・・ネルガルのロゴが入ってますね」

 

 筐体と空中に表示されたディスプレイのロゴマークを見て、アリサが笑う。

 IFS・・・は流石に使えないだろう。

 だがレバー操作にペダル、それに複数のスイッチ類でも、結構複雑な操縦は出来るものだ。

 多分、このゲームにも初心者用から上級者用までの設定が用意されているだろうな。

 

 ・・・そいうのには、煩いほどに拘るしな、あのオッサン

 

「そりゃ、まあ、な・・・エリナの奴がこんな美味しい代物を見逃すとは思えね〜よな」

 

 まあ、ウリバタケの旦那には著作権があるからな、随分と儲けてるだろさ。

 ・・・の割には、あまり派手に使ってる姿は見た事無いな?

 

 そんな事を考えている俺の前で、仮想空間の戦いはクライマックスに向かっていった。

 だが、しかし―――

 

「・・・何処にでも居るもんだな、あの手の奴等は」

 

「全くですね」

 

 このデパートのフロア自体には、4基の筐体が設置されていた。

 そのうちの一つ・・・明らかに初心者と思われる人物に、複数の人間が集中攻撃をしていた。

 弱点を狙う事は戦術の基本だ。

 しかし、ただの遊びでそれを徹底する事は無いだろうに。

 

 ましてや・・・

 

      プシュー!!

 

「・・・ちぇ、面白く無い」

 

 小学生位の男の子が、悔しそうにそう呟きながら筐体から出てくる。

 周りのギャラリー達も、なんと言っていいのか分からないのか、黙り込んでいた。

 

          プシュー!!

 

「ちっくしょ〜〜!!

 アイツ等初心者ばかり狙いやがって!!」

 

 その隣の筐体から、また一人・・・20歳くらいの青年が叫びながら降りてくる。

 多分、何度もそのグループに挑んだ結果―――返り討ちにあっていたんだな。

 

 そして、せっかく筐体が空いたのに、誰もが恐がってゲームをしようとはしなかった。

 ゲームの進行紹介をしてるゲームコーナーの店員も、悲しそうな顔をしている。

 

『え〜、筐体の方が2つ空きましたが・・・次に遊ばれる方はおられませんか?』

 

 精一杯の呼び掛けにも、誰も反応しない。

 周囲の人だかりを見る限り、このゲームが凄い人気がある事は分かる。

 しかし、逆に言えばこれだけのギャラリーの前で容易く『撃墜』されれば・・・赤っ恥をかくということか。

 

 ・・・隣のアリサを見ると、実に好戦的な笑みを浮かべていた。

 多分、俺も同じ様な顔をしていただろうな。

 

「・・・やるか?」

 

「勿論です♪」

 

 

 

 

 

 ふふふ、丁度良い暇潰しにはなりそうだな。

 俺とアリサは仮想空間とはいえ、久しぶりにタッグで戦える事を喜んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2に続く

 

 

 

 

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