< 時の流れに >
昨日・・・何か事件が起こったらしい。
僕は詳しい事情を知らないし、ラピスも知らない。
何時もと同じ様にルリさん達と一緒に学校に行き。
午後の授業に入り、必死に睡魔と戦っている時に、その連絡が担任の先生に届いたらしい。
教壇に立つ理科の先生が、初歩的な実験について熱心に語っている。
僕やラピスにとって、それは今更習う必要の無い知識だけど、こうやって同年代の学友に囲まれている雰囲気はお気に入りだ。
精神年齢は外見に比例する、というのは本当らしい。
始めは色々と違和感を感じていたけど、近頃はそういう感じも無くなった。
・・・ちなみに、ラピスは僕の隣の席で殆ど熟睡状態だ。
後の席のキョウカちゃんが一生懸命に起そうとしているけど、無理だろうな、きっと。
ちょっと泣きそうな目で僕を見るけれど、力無く僕は首を左右に振った。
絶対昨日も夜遅くまでゲームをしていたか、マンガを読んでたんだ。
ルリさんが幾ら注意をしても聞かないからな〜
先生は寝ていても成績は優秀過ぎるラピスに、ほとほと手を焼いている。
先程も注意をして一度目を覚ましたけれど、1分後には再び夢の国に旅立ってるし・・・
これは、また家庭訪問とかされるだろうな。
カラカラ・・・
そんな事を考えている時、軽快な音を立てて教室のドアが開き。
眼鏡を掛けた女性・・・僕とラピスの居るクラスの担任が、顔を覗かせていた。
気さくな性格をした人で、学校内でも人気の高い先生だ。
でも、実はネルガルのシークレットサービスの一員だったりする。
ある意味、学校内で唯一ラピスが逆らえない教師だった。
だって、定時連絡で全部筒抜けだからね・・・ラピスの悪戯が。
そんな先生が首を傾げる僕と、寝ているラピスに少し眉を顰めつつ話し掛けてきた。
「マキビ君、ラピスさんが起きたら彼女伝えておいてくれる?
次の授業は受けなくてもいいから、直ぐに家に帰るのよ。
それと、お姉さんのルリさんも一緒に帰る事になっているから、中学校の校門まで迎えに行く事。
・・・どうやら大切なお話があるそうだから、寄り道はしないように見張っててね」
「はぁ、分かりました」
僕は気の無い返事を返しながら、未だ夢の世界のラピスを見て頭を抱えた。
次の休み時間に絶対に起さないといけないわけだ、この猛獣を。
・・・クラスの皆に軽く手を振り、用件を述べた後
授業を中断した事を、理科の先生に一言詫びて、担任の先生は姿を消した。
う〜ん、学校に溶け込んでるな〜
プロって凄いや、いや・・・案外『地』なのかもしれないけどさ。
何しろ僕の知ってるシークレットサービスのトップって・・・プロスさん、ゴートさん、ナオさんだもんな。
「・・・ラピス、いきなりこの仕打ちは酷いんじゃないかな?」
頬を擦りながらジト目で左隣を歩くラピスを責める。
睡眠を楽しんでいた猛獣を起したツケは、捻りの利いた右ストレートだった・・・
いや、何て言うか・・・久しぶりに宙を舞ったよ、僕は。
世界でも狙うつもりかい、ラピス?
「わ、悪かったって謝ったでしょ!!」
さすがに悪気を感じているのか、憮然とした顔をしながらでも謝るラピス
まあ、一言でも謝罪の言葉が出るようになった辺り、少しは精神的に成長してるんだろう。
昔は自分が悪くても、絶対に認めようとしなかったもんな〜
「ラピス、もう少し落ち着いて行動をするようにしないと駄目ですよ。
ハーリー君以外の友達だったら、冗談で済まないです」
「・・・あの、僕も冗談で済まされたら困るんですけど?」
僕の右隣を歩くルリさんの一言に、流石に冷汗を浮かべる。
ま、半分は冗談だと思うけど・・・思う事にする。
そんな会話を交しつつ、ルリさんとラピスの家・・・ミスマル家に向かう僕達の頭上に、何時の間にか黒雲が広がっていた。
それに僕が気が付いた時、既に周囲にはあの独特な『雨』の匂いに包まれた後だった。
ポッ、ポツ・・・
ザァァァァァァァァ・・・
額に水滴を感じたと思った瞬間、一斉に雨が僕達に襲い掛かってきた。
「降り出してきましたね・・・傘は持っていませんし」
ルリさんが僕の隣で困ったようにそう呟く。
そして、それぞれが手に持っている鞄を頭の上に掲げながら、降り出した雨を何とか遮ろうとする。
それでも夏服の薄着が雨に濡れ、肌に張り付く感じが凄く不愉快だった。
白いシャツが透け、肌色が見えている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ルリさんとラピスも夏服だったよね?
二人の夏服―――学校指定の白い半袖のシャツに、ラピスはチェックのスカート、ルリさんは薄い緑のスカート
悟られない様に、ゆっくりと隣を振り返ろうして・・・
目の前に突き出された『棍棒』により、僕はその動きを止めた。
「・・・ハ〜リ〜〜〜、好奇心どころか、スケベ心は虎をも殺すよ?」
つまり、手加減無しの本気モードって事ですかぁ?
左隣から感じる殺気に、僕の動きは止まった。
同じ猫科でも、虎を殺すって・・・やりかねないな、今のラピスの殺気だと。
「あ、あの喫茶店が開いてますね。
一度アユミさんと入った事がありますが、なかなか感じの良い店でしたね。
あそこで雨宿りをしましょう」
「寄り道したら駄目だったんじゃないの?」
僕を挟んで交される会話に、首を動かせない僕は無言のまま固まっていた。
今、動けば―――殺(と)られる
「本当に緊急の場合なら、迎えの車を寄越しているはずです。
なのに何時ものように3人で帰れという事は、時間に余裕があるのでしょう。
少しくらいの遅れなら問題有りません」
「そうだよね、本当に時間が無くなったら、迎えの人が来るよね」
良くも悪くも、ネルガルの中枢に食い込んでる僕達だった。
何か一大事があった場合には、最優先で保護をされる立場だ。
それなのに今回の連絡の後に、迎えの車は来ていない。
・・・ルリさんの予想通りに、時間的に余裕はあるという事かな?
「じゃあ、これ以上濡れる前に店に入りましょう。
風邪をひいては堪りませんし、ハーリー君の視線も気になりますからね」
「・・・全くだね」
「ル、ルリさ〜〜〜〜〜ん!!!」
悪戯っぽく笑ったルリさんと、溜息混じりのラピスの台詞に、哀れな悲鳴をあげる僕だった。
そして僕達はルリさんの示した店「SUN」に駆け込んだのだった。
カランカラン♪
扉に取り付けられた鈴を鳴らしながら、僕達は店内に入った。
外は雨雲のせいで薄暗かったけど、店内は目に優しい明るさの蛍光燈で照らされていた。
「いらっしゃいませ?」
見た目は中学生一人と小学生二人の僕達に、出迎えてくれたマスターと思われる男の人が少し驚いた顔をする。
でも直ぐに外の雨と、僕達の格好を見て納得したのか、店の奥に入ってタオルを持ってきてくれた。
強面で顔の右横に大きな傷があるけれど、落ち着いた雰囲気を持っている人だった。
その後気が付いたんだけど、マスターらしき人は右足を少し引き摺っていた。
「ほら、濡れたままだと風邪をひくぞ」
「有り難う御座います」
「おじさん、有り難う♪」
「どうも、です」
それぞれに感謝の言葉を言いながら、僕達は濡れた頭や身体を拭いていった。
手を動かしている間に僕が向けている右足への視線に気が付いたのか、マスターが少し笑いながら説明をしてくれた。
「気になるか?
まあ、義足なんだよ。
慣れれば私生活に支障は無いさ」
「す、済みません・・・失礼な事しちゃって」
自分が失礼な事をしていたと思い、頭を下げる僕にマスターは笑って「良いよ」と言ってくれた。
その後、店のテーブルに案内され、僕達は一息付く事が出来た。
・・・残念な事に、既に生地の薄い夏服は殆ど乾いていた。 くっ!!
「・・・ハ〜リ〜」
僕の思考すら読み取るのか、ラピスのジト目を正面から受けながらメニューに集中する。
普通の小学生には痛烈なダメージを与えるその値段も、僕達にはそれほど痛くない。
まあ、だからといって湯水の如く使ったり、他の人々に見せびらかして優越感に浸る趣味は無いけれどね。
そんな事を考えている僕の前に、あのマスターがホットココアを持ってきてくれた。
よく見れば、ルリさんとラピスの前にも置いてある。
「9月とはいえ少しは冷えただろ、飲んどくんだな」
「えっと・・・」
「気にするな、どうせ今は店が暇な時間だからな」
ルリさんが何か言うよりも早く、マスターは店の奥に入っていってしまった。
言いたい事は別だと思うけど、そのタイミングを外されたルリさんは少し驚いた顔をした後・・・
「ご好意に、素直に甘えましょう」
僕とラピスにそう言って笑った。
ホットココアを飲みながら、今日の呼び出しの理由について3人で話し合っていると。
裏手から女性とマスターの話し声が聞えてきた。
「あややややや!! 濡れ鼠になっちゃいましたよぉ〜」
「・・・早くシャワーを浴びて来い、風邪ひくぞ」
「そうします〜」
どうやら、配達かなにかにウェイトレスさんが行ってて、帰る途中に雨に降られたのかな?
僕がそんな想像をしていると、また話し声が裏手から聞えてきた。
「・・・ふぅ、酷い雨ですね」
「まあ、自然現象に文句を言っても仕方が無いだろう」
「その通りですけど、相変わらず俺もついてないな・・・シャワーでも浴びてきます」
「あ、おい―――」
・・・何処かで聞いた事がある声だな〜
どうやら、ウェイターの人も居るんだな、この喫茶店には。
―――シャワーって、二人も入れるの?
「あわわわわわわわ!! 何考えてるんですかぁ!!」
「す、すまん!! 悪かった!!」
ゴン!!!!
一瞬、凄く痛そうな音が響いた。
・・・間の悪い人だな、あのウェイターさん。
あ、マスターが何だか苦笑してるぞ?
結局、僕達は30分後に雨が止んだので、この喫茶店を出る事にした。
玄関まで見送ってくれたマスターと、後から姿を表した美人のウェイトレスさんに礼を言って。
「感じの良い店でしたね」
「うん、また行こう♪」
雨上がりの道を、上機嫌で話すルリさんとラピスの後を歩きながら。
「・・・ウェイターさん、どうしたんだろう?」
それだけが妙に気になる僕だった。
「ナカザトはどうした?」
「ナカザトさんなら、まだ気絶してます」
「・・・ま、自業自得だな」