< 時の流れに >
隣を歩いていた同僚が急に立ち止まり、動き出そうとしない事を確認して、私は足を止めて後ろを振り返った。
肩を振るわせながら、彼女は・・・私の親友は首を振っていた。
「・・・何時かはこの日が来るって、分かっていたでしょ?」
「そうだけど!!
でも・・・あまりに唐突過ぎるわ」
私の言葉に最初は大声で反論をして、段々尻すぼみになっていく。
もし、私が彼女の立場だとしたら、多分私も同じ様な状況に陥るかもしれない。
それほどに、事態は急激に動きだしていた。
でも、動き出した以上・・・立ち止まる事は許されるはずもなかった。
「フィリス、オオサキさんも来ているわ・・・大丈夫、あの人なら貴女を支えてくれる」
「・・・ええ、それは分かってるわ。
でも、あの子達はどうかしら?」
白衣をきつく握り締めながら、銀の瞳に涙を浮かべる。
だけど、ここで止まっていても、何も変わらない・・・いえ、更に事態が悪化する事だけは確実だった。
「それこそ・・・信じなさい、あの子達を」
それだけを言い残して、私は後ろを見る事も無くその場を去った。
フィリスには悪いけれど、私は総ての真実を話すつもり。
そうしなければ、他の人間に害が及んでしまうし、何より今後の対策が打てない。
それに、あのナデシコクルーが中途半端な説明で納得してくれるとは思えないしね。
そして、関係者一同が集められた大会議室への扉が、私の目の前に現れた―――
「さて、皆にはどこまで説明をしたの?」
大会議室に臨時で設置された机と椅子の一つに座っている会長に、私はそう尋ねる。
既に主な元ナデシコクルーの面々は集まってきていた。
ヤガミ ナオとアリサからは、もう直ぐ空港に着くと連絡が入っている。
時間が迫っている訳じゃないけれど、この場に居るクルー達にもそれぞれの生活がある。
後から来る二人には、私からまた説明をしておこう。
「説明? 全然してないよ、どうせ僕が言っても信じてくれないだろうしね。
ところで、フィリス君はどうしたんだい?」
・・・責任放棄とも考えられる発言をする会長に、少々頭痛を覚える。
まあ、今に始まった事じゃないけれどね。
「・・・なあ、この極楽トンボもこう言ってるんだし、そろそろ俺達を集めた訳を教えてくれよ」
椅子の背もたれに体重を掛け、背伸びをしながら面倒臭そうにそんな事を言うウリバタケ班長
彼は既にもう一人のラピスの存在を知っているだけに、まだ心の余裕を持っているのだろう。
しかし、私の説明が始ってから、その態度を何時まで保持できるかしらね。
視線で私はエリナと会長に同意を伺い、プロスさんとゴートさんに頷く。
それと同時に、青い顔をしたフィリスが大会議室に到着し・・・
皆が気を利かしていたのか、オオサキ大佐の隣の席に座る。
私は今回の問題の中心人物である、ラピスとその両脇にいるホシノ ルリとハーリー君にチラリと目を向けた後で、説明を開始した。
「はい、注目―――まずは、この映像を見て貰おうかしら?」
空中に映し出したウィンドウに、先日の機密情報窃盗犯の姿が映し出された。
騒がしかった一同が、映し出された映像の不可解さに眉を潜める。
勝手に窃盗犯になっているラピスも、驚きで呆けたような表情をしていた。
でも、それは仕方が無い事でしょうね・・・自分と瓜二つの人物の存在を、目の前に突然突きつけられたのだから。
そして、もう一人のラピスが画面から消えて、記録映像は終った。
その場にいた全員の視線は、私に集中をしていた。
「・・・説明、してくれるんですよね、イネスさん?
あのもう一人のラピスちゃんの事を?」
皆の意見を代表をするように、ユリカさんが静かな声でそう聞いてきた。
私は小さく頷くと、軽く深呼吸をしてから話を切り出した。
私でも緊張するくらいに、この『説明』は重いものだったから・・・
「ホシノ ルリの遺伝子提供者が、ピースランドの国王夫妻だと言う事は、皆が知っているわね?
彼女はネルガルの研究者によって遺伝子に手を加えられ、後に強化型IFS処置を受けて、ホシノ夫妻に引き取られたわ。
そして、ナデシコのオペレーターとしてその実力を遺憾無く発揮した」
少々嫌そうな顔をしていたが、ホシノ ルリは私の言葉に頷き。
周囲のクルーは苦虫を噛み潰したような顔をした。
・・・彼等自身、ホシノ ルリのその力が無ければ、あの戦争に生き残れなかった事を知っているから。
「そこで、ホシノ ルリの成功に気を良くした研究者達は・・・
今度は遺伝子を弄るのではなく、IFS強化体質の女性の卵子からマシンチャイルドを作ろうと考えたのよ」
「ちょっと待ってよイネスさん!!
ルリルリの年齢を考えると、どう考えても、その・・・卵子なんて取り出せるはずないじゃない!!
だってハーリー君とラピスちゃんの年齢を差し引くと、ルリルリは当時6歳か5歳なのよ?」
ネルガルの闇の一部を見せ付けられ、憤慨しながらそう指摘をしたのは白鳥 ミナトだった。
夫の白鳥 九十九は仕事中であり、義理の妹である白鳥 ユキナも学校だが、彼女だけは呼び出しを受けていたのだ。
・・・でも、下手にネルガルの裏事情を聞かせて、木連に話が筒抜けになると困るので、その判断は間違っていないと思う。
少なくとも白鳥 ミナトはホシノ ルリ達が傷付くような話は、夫でも話しはしないだろうから。
「・・・そう、ホシノ ルリには無理よ。
でも、その時火星には一人だけ遺伝子強化体質の女性が居たのよ。
治療不可能な遺伝子障害を、医療用ナノマシンの多量の投薬により、細胞の遺伝子情報を書き換えた女性がね」
私が向けた視線の先に居るフィリスに、全員の視線が集まった。
フィリスはその視線の圧力を感じたのか、掴んでいたオオサキ大佐の軍服の裾を強く握り締めた。
「・・・それって、つまり・・・フィリスさんは、ハーリー君とラピスちゃんの?」
「母親って事になるわね」
恐る恐る私に確認をしてきたレイナに、即答をする。
瞬間、大会議室は驚愕の叫びで埋まった―――
「フィリスさん!! どうしてもっと早く二人に教えてあげなかったんですか!!」
メグミ・レイナードが責めるように問い質し
「子供の立場を考えてやれよ、フィリスさんよ〜」
ヤマダ ジロウも憤慨をしている
「・・・私も本当の両親は知りません。
それがどれだけ不安な事か、分かっていますか?」
イツキ カザマが静かな口調の中に怒りを込めて呟いていた。
周りのクルー達も同じ様な感情を持っているのか、フィリスを見つめる目には非難の色が濃い。
等の本人達・・・ラピス・ラズリとハーリー君は突然知らされた真実に、驚き戸惑っていた。
そして―――
「ならば、本人の意思を無視して作り出された10人の子供達の面倒を、15歳の女の子にみろと言うのか?」
肩を震わせ、泣き出したフィリスの背中を撫でながら、オオサキ大佐が静かに・・・力強い声でそう尋ねる。
その発言を聞いた瞬間、騒がしかった室内に徐々に静寂が戻る。
「実験体にされている娘を救い出すため、無理を重ねた両親が死に。
それを乗り越える事に必死な少女に、そこまでの余裕があったと思うか?」
騒ぎ立てていたクルー、一人一人の顔を見詰めながら、言葉の続きを述べる。
激しくはないが、その言葉に内包された感情を前に、興奮していた面々がばつの悪そうな顔になる。
―――オオサキ大佐のその後の言葉は私が引き継いだ。
「・・・ましてや、10人に及ぶ自分の子供達が、次から次へと死んでいけばね。
フィリスも何とかしようと足掻いたのよ、でも当時15歳の女の子に何が出来ると思う?
逆に自分の無力さと、あまりの現実にノイローゼになり・・・自殺を図ったりもしたわ。
そして、彼女は結局子供達から引き離された。
最終的に生き残った子供は、男の子一人、女の子一人
そういうふうに、ネルガル本社には報告書が届いているわ」
私も火星の研究所に所属はしていたけど、部署が違っていた。
だから、彼等の非道な行いも・・・フィリス自身から聞くまでは知らなかった。
そして、それを知った時には既に生き残っていた子供はたったの二人だけ。
だけど・・・
「だけど、実は他に生き残っていた子供がいた。
それが、あのもう一人のラピス・ラズリよ。
多分、研究に横槍を入れられた担当者が・・・自分の研究を続けるために隠していたみたいね」
もしくは、他の企業・・・明日香インダストリーか、クリムゾン・グループに売り込むために。
そして事実、生き延びた子供は敵対者としてこのネルガルに現れたのだ・・・
これもやはり因果応報というべきだろう。
「全く・・・狂ってやがるな、企業の営利追求ってのはよ・・・」
スバル リョーコが、やりきれないという感じで呟く。
先の戦争も、結局はボソンジャンプの利益を独占する為のものだった。
総ての真実を知るが故に、私達の心に重く苦しい気持ちが溜まる。
「・・・私も、最初はラピスちゃんとハーリー君に名乗り出たかったです。
でも、ハーリー君には既に家族が居て、ラピスちゃんにもアキトさんという保護者が居ました。
私が名乗り出る事で、その幸せが壊れそうで・・・結局、何も言えませんでした。
シュンさんにはその時相談に乗って貰ったんです。
二人から離れるのは躊躇われました、だから『姉』と名乗っていたんです」
オオサキ大佐の励ましに落ち着きを取り戻したのか、フィリスが顔を上げてそう言いきった。
決して自分の事を隠しておきたかった訳じゃなく・・・ただ、自分の事を知らずに育った、二人の時間を守りたかった。
ただ、それだけのために、フィリスは名乗り出ることを止めたのだから。
周囲の視線は、フィリスの苦悩の深さを知り、悔恨へと変わっていた。
彼女の優しさと強さを疑った自分達が恥かしかったのだろう。
そんな中、一番キツイ視線を向けられたいたネルガル会長は、その視線を甘んじて受けていた。
先代の悪行とはいえ、自分はその後継者である事をこの男は自覚している。
償いは行動でするべきだと、自分に言い聞かせているのだろう。
・・・良い意味で、この会長も少しは頼り甲斐が出来たみたいね。
そして、大人達がそれぞれの気持ちにケリをつけようとした時―――
「じゃあ、私の・・・お父さんって誰なの?」
「僕のお父さんも、別に居るって事ですよね?」
事の本人達から、そんな質問があがった。
「・・・やっぱり、知る権利はあるよね?」
「まあ、そうよね・・・」
会長と会長秘書がそんな会話をした後・・・私に合図をする。
まあ、ラピス・ラズリやハーリー君の立場からすれば、当然の質問よね。
私は溜息を一つした後で、真実を告げた。
「マキビ ハリの父親・・・遺伝子提供者は、前ネルガル会長である、アカツキ マモル
つまり、ハーリー君は―――」
「僕の甥になるわけだ」
シ〜〜〜〜〜〜〜〜ン・・・
大会議室に静寂が満ちる
ハーリー君は首を左右に振って泣きそうな表情をしている。
どうやら、現実を認めたくはないみたいね・・・まあ、その気持ちは分かり過ぎるほど分かるわ。
「・・・ハーリー、生まれなんてどうでもいいじゃね〜か。
今までお前は、自分を愛してくれる両親の元で育ってきたんだ。
それを誇りに思って、強く生きるんだ」
「ウリバタケさん・・・」
「そうだよハーリー君
確かにアカツキさんと縁続きだったのは残念だったけど、ハーリー君はハーリー君だからね!!」
「ヒカルさん!!
あ、有り難う御座います!!」
皆からの慰めの言葉に、感動の涙を流すハーリー君
会長だけが引き攣った笑みを浮かべていたわ。
「で、私の父親は?」
ラピス・ラズリのその一言に、再びクルー達の話し声が途絶える。
私はかなり躊躇った後で・・・
「・・・当時、火星にあるネルガルのシークレットサービスの長を努めていた人物
その人が、貴女の父親に当たる人よ」
「・・・だから、誰なの?」
不機嫌そうな顔で私に再び問い掛けてくるラピス・ラズリ
でもこの問題だけは・・・流石に・・・フィリスに顔を向けてみるが、力無く首を振っている。
そして段々と不機嫌になっていくラピス・ラズリが、もう一度私を問い詰めようとした時―――
「それは私です」
全員の視線が声の主―――
プロスペクターに集中した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嘘?」
「いえ、私も最近になって知ったのですが。
確かに血縁上、私とラピスさんは親子です」
衝撃的な事実に、引き攣った笑みをうかべるだけのラピス・ラズリ
周りのクルー達は、次々に明かされる真実に、最早声も出ないみたい。
「あれ? そうなると・・・ハーリー君とラピスちゃんって、異父姉弟なのかな?」
「ええ、そうなるわね・・・血縁上だと」
ユリカさんのその発言を、あっさりとエリナが肯定し―――
「私とハーリーが実の姉弟・・・は、ははははははは・・・
夢、そうこれは夢に決まってるよね?」
ドテッ・・・
「きゃ〜〜〜〜!! ラピスちゃん、しっかりして!!」
「おい、タンカだタンカ!!」
「医務室!! ベットは空いてるか!!」
「無理も無い、受け入れるには厳しすぎる真実だからな・・・」
「何か、凄く失礼な事を言われているような気がするんですけど」
やはり最後はドタバタになってしまった現実に苦笑をしながら。
私はこの現実すらも、きっとこの二人は乗り越えるだろうと信じた。
私達には手を差し伸べ、アドバイスをする事くらいしか出来ない・・・
だけど、私達大人が逃げない限り、この子達も何時かは分かってくれる。
―――そう、思っているから。
「・・・ゴートさん」
「どうした、ミスター?」
ラピス・ラズリを乗せたタンカが医務室に向かい。
残された面々も、今回明かされた真実を改めて受け入れようとしている時
壁際にいたゴートに、プロスペクターがさり気無く近づいてきた。
「直ぐに例の赤ん坊を連れて空港に向かって下さい。
・・・先程緊急連絡で、ヤガミさん達が空港で何者かに襲われた事が分かりました」
「何だと!!」
当然の知らせに、小声ながら少し声を跳ね上げるゴート
そんなゴートを視線で制しながら、プロスペクターの話は続く。
「ヤガミさん、アリサさんは無事なのですが、例の女性が怪我をしたそうです。
その女性が例の赤ん坊の母親なのですが・・・」
「分かった、直ぐに空港に向かう」
そして、ゴートは身を翻して大会議室から抜け出した。