< 時の流れに >
「ちくしょう!! 随分と熱烈な歓迎だな!!」
見えない敵を相手に、そう愚痴を漏らすナオさん。
私はそんなナオさんの意見に同意をする余裕もなく、しきりに周囲を警戒しています。
しかし、まさか日本に着いてから襲撃を受けるとは思ってもいませんでした。
空港から飛行機が飛び立ち・・・ナオさんは直ぐに睡眠に入ってしまい。
私は特にライザさんに話し掛ける勇気もないので、そのまま大人しく座席に座っていました。
ネルガルのチャーターしてくれた飛行機なので、私達3人以外に客は無く・・・
結局、日本に辿り付くまで機内は静寂に包まれたままでした。
そして、私達が空港に入った瞬間―――
「やあ、待ちくたびれちゃたッスよ、ライザさん♪」
日に焼けた健康そうな肌をした、小柄な高校生くらいの男の子がそんな声を掛けてきました。
変わった目の色をしており、髪の毛はグレーでした。
男の子のその笑顔と緑色の目を見た瞬間、私の意識は闇に覆われました。
「・・・!! 起きるんだ、アリサちゃん!!」
パシッ!!
頬に痛みを感じて、驚いて目を覚まします。
何故、自分がナオさんに頬を叩かれなければいけないのかと、一瞬腹を立ててしまいました。
ついでに言えば、空港のロビーの上に引き倒されている現状も憤慨ものです。
「何をするんですか!!」
「あ〜、それだけ元気なら大丈夫だな。
じゃ、援護頼むわ」
憤慨する私に向かって気軽にそう宣言をすると、自分のトランクに収納していたライフルを私に手渡します。
・・・税関のチェックが無いからとはいえ、よくこんなモノを持ち込もうと思いますね。
一瞬の呆れの後、私は事情の説明を求めようとしてナオさんに食って掛かりました。
「一体、何が―――」
バラララララララララ!!!!
「馬鹿!! 伏せてろ!!」
ナオさんに頭を押えられた瞬間、私の頭の上を・・・目の前の受け付けカウンターを貫通した弾丸が通り過ぎます。
改めて周囲を見回してみると、少し離れた場所ではライザさんがブラスターを発射していました。
つまり、騒然としたこの受け付けカウンター内に、私達3人は追い込まれている、と?
「・・・すみません、全然記憶が無いのですが」
ライフルを手に取り、動作チェックと弾丸の補給をしながら隣に居るナオさんにそう尋ねます。
ナオさんのトランクは職業柄なのでしょうか・・・多数の武器に埋め尽くされていました。
軽々と持ち歩いていましたが、そこは流石に超一流といわれる人ですね。
「あの日焼けした肌のガキ、覚えているか?」
「ええ、そこまでは」
その時、一瞬だけ銃撃が途絶え―――
ナオさんは相手の姿を確認もせず、カウンターから身を乗り出した瞬間、3連射で敵と思われる人物を倒す。
気配を頼りに、相手の居所を掴んでいるそうなのですが、私には信じられない腕前です。
「・・・一種の催眠術使いらしい。
俺も瞬間的に意識を失ったが、ライザの奴が相手の正体を知ってたからな。
まさかハイヒールの踵で蹴りを入れられるとは、夢にも思わなかったぜ。
ネルガルに連絡を入れようにも、妨害電波を出しているのか、コミュニケが通じないしな」
「あら、命が助かっただけでも感謝してほしいわ」
既に私が気絶してからも、随分と時間が経っているのでしょう。
ナオさん自身はそれほど疲れも見せていませんが、ライザさんは所々に怪我をしており、息も上がっています。
そんな姿のライザさんは、私の隣に座り込みました。
「・・・でも、あの子もまだ本気で仕掛けていないわ。
私の蹴りで目が覚めたのが良い証拠よ。
本気で暗示を掛けられてたら、今頃ヤガミと貴女が敵に廻っていたか・・・それとも」
「精神的に廃人ッスよ、兄貴」
その声に対するナオさんの反応は素早かった。
立ち上がりながら、声の聞えた場所に向かってブラスターを放ちます。
しかし、予測していた地点にはあの子供の姿は有りませんでした。
「いやいや恐いッスね〜
人の話を聞かないのはダメダメッスよ」
「・・・そうか、既に俺は暗示を掛けられていたのか」
あの子供に背後からナイフを突きつけられ、両手を挙げるナオさん。
その瞬間、私達の居る受け付けカウンターに向けて、生き残りの敵・・・目立たない私服を来た数人の男が駆け寄ってきました。
ナオさんを押えられた時点で、私達にその人数に立ち向かう術はありません。
私とライザさんは一瞬躊躇った後、手に持っている武器を床に捨てました。
「ま、二重暗示ってやつですね。
『魔眼』・・・これ、俺の特殊能力なんですけどね、色々と便利なんッスよ」
自慢気に語る少年の前に、私達は引き出されていました。
既に武器は取り上げられ、目の前には5人の私服姿の男性が銃を構えています。
・・・ネルガルに非常事態の連絡は届いていないのでしょうか?
「ちなみに、この空港は一時貸切状態ッス
俺の力を使えば、数人の管理者を押えるだけで、こんな建物は簡単に乗っ取れますからね〜」
「・・・色々と便利な能力だな、坊主」
不機嫌そのものの口調で自慢話に合いの手を入れるナオさん。
そんなナオさんの言葉に・・・目の前の男の子は嬉しそうに笑いました。
「イマリ、それが俺の名前ですよ。
ついでに言えば、兄貴達の後期の『作品』になるッスね」
次の瞬間、銃口に晒されて居る事を知りながら・・・ナオさんは目の前にイマリの服に掴みかかりました。
・・・お互いに拳の届く間合いで睨み合う二人
「俺を兄貴と呼ぶ理由は・・・それか」
「その通り、他に理由は無いッスね」
イマリがそう呟いた瞬間、ナオさんの動きが止まります。
それを見ていた私も身動きが封じられてしまいました!!
・・・これは、多分ライザさんも一緒の状態でしょう!!
そして、服を掴んでいた腕を外すと、イマリはつまらない事の様に話を続けました。
「とりあえず、身動きは封じさせて貰いましたよ。
ライザさんの『処理』を先にしないと駄目ですからね」
動けないライザさんにゆっくりと歩み寄るイマリ・・・その表情には何の感情も浮かんでいませんでした。
「精神的に廃人になるのと、暗示で自殺をするのとどっちが良いッスか?
まあ、命令の内容はネルガルの人達に、こちらの情報が何も伝わらなければOKなんですどね」
相手が話せない事を承知で、そう聞いてくるイマリに、私は彼の心の闇を見たような気がしました。
ナオさんもそれは同じらしく、必死に身体を動かそうとしていますが、指一本動かす事が出来ないみたいです。
・・・それは、勿論私もそうでした。
「そうそう、こんな趣向はどうです?
愛する息子さんを自分の手で殺してから、正気に返るってのは?
大丈夫ッスよ、兄貴とあの銀髪美人のお姉さんの記憶は俺が消しておくッスから。
確実に『殺せ』ますってば」
唯一動かせる視線で、イマリの発言に対して怒りをぶつけるライザさん。
私も彼女の心を聞いていただけに、イマリの提案に対して言い知れない怒りを感じていました。
「ま、俺自身が肉親が居ないので、どんな気分なのか分かりませんがね。
半分やっかみなんですよ、そこまで思ってくれる相手がいるって事に対するね。
・・・俺達は身体じゃなくて、精神をブーストされた存在ッスからね、寿命自体は長いんですよ。
でも、どれだけ生きても―――実験体は所詮実験体ッス
その運命を逃れた赤ん坊と、命懸けで助けようとする母親・・・羨ましい光景ッスね。
そう―――思わずメチャメチャに壊してやりたいくらいに」
必死にその視線から逃れようとするライザさんの顔を掴み、ゆっくりと覗き込もうとするイマリ
ナオさんの身体からは怒り狂っている気配が伺え、私もそんな悲劇を食い止めようと必死に身体を動かそうとします!!
こんな、こんな悲しい結末を迎えるために、ライザさんは生き延びてきたわけじゃやない!!
ドギュゥゥゥゥン!!!
「ぐぅ!!」
その時、一発の銃声がイマリの腕を貫通しました。
カラン、カラン・・・・
ドゴォォォォォォォォォォォォンンンン!!
次の瞬間、私達の間に投げ込まれた手榴弾・・・いえ、スタングレネードが閃き、私達の視界と聴覚を光と音で埋め尽くしました。
その音量と光に吹き飛ばされたように、私の身体が床に倒れ伏します。
一瞬のパニックの後、私は自分の身体に自由が戻っている事に気が付きました。
どうやら、先程の衝撃でイマリの暗示が解けたみたいです!!
しかし、普通ならこの状態で動けるはずも無いのですが、一人だけ例外がいました。
そう、隣にいたはずのナオさんの気配が動くのを私は感じていました。
そして―――
光と音の洪水が収まった後には・・・
床に倒れ伏す、数人の私服姿の男達
そして、血塗れになって倒れているライザさんを抱えたナオさんの姿だけでした。
「アリサちゃん!! ネルガルに直ぐに連絡をしてくれ!!
俺はライザを空港の医務室に運ぶ!!」
「はい!!」
・・・一目見ただけでも、その出血量は尋常ではありませんでした。
ここまで来て、日本まで来て、何故こんな事に!!
流れてくる涙を押し殺し、私はネルガルに連絡を入れるべく情報端末を探しました。
コミュニケが通じない事が、これほど悔やまれた事は、初めてでした・・・
「・・・くっ、最後の最後に致命傷を与えて逃げたか」
一発の銃弾を放ったブラスターを懐にしまい。
スタングレネードを取り出したバックを抱える人影
その人影は黒一色の姿をしており、顔にも大きなバイザーをつけていた。
「ライザが情報を漏らせば、ネルガルはコロニーの調査に向かう。
・・・最早、時間の猶予は無いか」
そう言い残して、男の姿は虹色の光と共にその場から消えた。