< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 ライザという名前の女性の葬儀が終ってから2ヶ月が経過した。

 その間に、俺達もクリムゾンが今まで行なってきた実験の大分の裏を掴んだ。

 ・・・ただ、それはデータ状のあやふやな証拠だけであり、物証としては決定打に欠けるそうだ。

 

 一人の女性が命を賭けた情報だとこちらは知っているが、それだけで世の中を納得させる事は出来ない。

 動かぬ証拠・・・そう、この情報にあった『被害者』を保護してこそ、クリムゾンの奴等を引きずり出す事が出来るのだ。

 

「結局、出航の準備が整うまで2ヶ月、か。

 世間は11月となり食欲の秋、芸術の秋、スポーツの秋・・・肥太る秋、と」

 

 ブツブツとそんな事を言いながら、玉露が入っている湯呑みに口を付け。

 お茶請けに出してある煎餅を上手そうに齧る黒いスーツ姿の男。

 

「・・・婚約者に告げ口しておこうか?」

 

 人の家の庭先で、長い足を組みながら外を眺めているナオさんに、俺はそう呟く。

 暇を持て余しているのは分かるが、俺としては次の出航の準備で忙しいのだ。

 

 ・・・ただでさえ、やっと愛娘の首が据わったと思ったら、急に出撃なんだからな。

 

 このナオさんと俺は、意外にも気が合うらしく。

 和平後は親友みたいな関係を築いていた。

 日本に居て暇な時には、ちょくちょく俺の家に顔を出すのだ。

 まあ、婚約者に一途な男なので、三姫にちょっかいを出すとは思っていない。

 

 仲間内では性格が似ているのが、仲の良くなった最大の要因だろうと噂されているが・・・

 俺はこの人ほどあやしい言動をしていないぞ?

 

 確か俺とナオさんの付き合いの始まりは、戦闘訓練で手合わせをした時かな?

 テンカワ アキトから直に手解きを受け、またその鍛練に付き合ってきただけに、ナオさんの実力はズバ抜けていた。

 才能も凄かったし、何より強くなろうとする意思がその実力を育てたのだろう。

 俺もそこそこに動きについてはいけるのだが、結局隙を突かれてのされてしまったのだ。

 

 それ以来、鍛練に付き合ってもらいながら、俺とナオさんは友好を深めていった。

 ただ、そんな俺達を見て―――

 

「ああ、似た者同士は気が合うって本当だったんですね」

 

 とほざいた可愛い弟子に、俺達が何時にも増して熱心に鍛練に付き合ってやったのものだ。

 

 

 

「おうおう、木連の元優人部隊の癖に随分と口が軽いな?

 確か上下関係とか礼儀に厳しかったんじゃないのか?」

 

 俺の野次を聞いて、肩を竦めてそんな返事をしてくるナオさん。

 

「時と場合によるんでね・・・それに俺は札付きの悪だったし。

 しかし、とうとうネルガルも本腰を入れる、か」

 

 チラリと家の中を覗けば、白い長袖のセーターと黄色いスカートを履いた三姫が、幸せそうに我が子を抱いている姿が目に入る。

 髪型はショートのままで、眼鏡も変わっていないのだが・・・子供を産んでから、その雰囲気は明らかに変わっていた。

 包容力が強くなったというか、何と言うか、まあさらに魅力的になったわけだ。

 

 『過去』では想像もしていなかった、俺の家庭がココにある。

 暖かく居心地が良いこの家での生活を、俺は気に入っていた。

 気ままな一人暮らしを思い出す事もあったが、それも娘が生まれてからは一度も無い。

 自分に娘が出来た事自体、初めは他人事のようだったが・・・生まれたばかりの娘を抱いた時、実感をした。

 

 ―――この腕に、自分の娘がいるのだと。

 

「・・・お茶のお代りでも淹れましょうか?」

 

「ああ、気を使わせて悪い」

 

 何時の間にか空になっていたナオさんの湯呑みに気が付き、三姫が笑顔でそんな事を聞いてくる。

 流石に娘の世話に忙しい三姫には気が引けるのか、ナオさんもばつが悪そうにそう言った。

 

「番茶で充分だぞ、こんな失礼な客」

 

 俺の台詞を聞いて、苦笑をする三姫と、憮然とした表情をするナオさんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、2ヶ月も猶予を与えたりすれば・・・何も証拠は残って無いだろうな」

 

 出発の準備を終えた俺は、ナオさんに向かってそう話し掛ける。

 明日には地球を旅立つ予定だが、既にクリムゾンの研究者は証拠を移すか、隠し終えているだろう。

 それでも牽制を兼ねて、俺達はコロニーに向かう・・・

 もしかすると、意外な獲物が吊れるかもしれないからな。

 

「それも考慮の内、しかも俺が同行する事を意図的に裏に流しているからな。

 ・・・あの弟君が出てくるか、他の兄弟が出てくるか、もしくは彼女を出してくるかもな」

 

 最後の彼女の部分を、苦々しく呟くナオさん。

 俺もその心中と、彼女の以前の姿を知るだけに、心は暗かった。

 なまじ自分と三姫が幸せな暮らしを送っているだけに、彼女の境遇に対して何も言うべき術は無い・・・

 

 それにしても、このナオさんもつくづく変わった星の元に生まれたもんだ。

 俺自身、精神だけとは言え5年分のタイムスリップをした変わり者だが。

 ・・・この人の運命の奇抜さには一歩及ばない。

 

「どちらかと言えば、彼女の方が良いよな・・・上手くすれば、洗脳を解く事も出来るだろうし。

 でも、兄弟の場合は手強いだろうしな〜」

 

 そう言った後、暫くの間黙り込み・・・

 

「どうして俺に特別な力は無いのに、弟連中はああも特徴的なのかね」

 

 肩をすくめるナオさんだが、その胸中は複雑だろう。

 この人の弟達は決して自ら望んで、その力を手に入れた訳では無い。

 数々の人体実験の末に、ほとんど無理矢理に力を与えられたのだと予想される。

 そんな彼等にとって、ナオさんはどう映るのだろうか?

 ブーステッド達は、己の境遇を呪い・・・ナオさんに殺意さえ抱いていた。

 

 そして・・・再び現れた兄弟であるイマリという少年は、態度で自分の気持ちを物語っていた。

 

 静かになった居間で、俺達は無言のままお茶を啜った。

 相手には相手の事情があるように、こちらにはこちらの事情がある。

 帰るべき場所と、待っている人がいるかぎり、罵られ様と蔑まれ様と帰りたいと思うだろう。

 

 そして、俺にもナオさんにも帰りを待つ女性や家族が居るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夫とその友人の話し声を聞きながら、私は夕飯の準備をしていた。

 大切な娘は・・・三玖(みく)はスヤスヤと眠っている。

 私と夫の間に出来た初めての子供

 私達の名前に共通する『三』の文字を入れた娘の名前は、夫と一生懸命に考えたものだった。

 

 かつての仲間や新しい友人達に祝福され、この胸にこの娘を抱いた時・・・涙が止まらなかった。

 夫もおどおどとした態度で、生まれたばかりのこの娘を抱いて、友人達にからかわれていた。

 皆の笑い声に包まれるその空間は、なんと居心地が良かっただろう!!

 

 でも、その空間からかけ離れた場所にもまた・・・私の友人は存在していた。

 

「・・・木連のコロニーで百華の姿を捉えたそうだ」

 

 先週・・・突然遊びに訪れた万葉とヒカルさんとヤマダ君の3人

 

 ヤマダ君とヒカルさんは、三玖の相手をしてくれている。

 多分、万葉が身内の事を話すので席を外して欲しいと頼んだのだろう。

 

 もっとも、先ほどの一言を告げるだけでも10分近くも躊躇っていたけど。

 

 万葉はようやくその言葉を言った後、目の前に出されているお茶にやっと手をつけた。

 

「舞歌様は三姫に話す必要は無いとおっしゃったが・・・私と千沙の独断で、教える事にした」

 

「そう・・・気を使わせたとね」

 

 既に軍を辞め家庭に入った私に、この話は確かに重すぎた。

 しかし、その一方でまだ皆に期待をされている事が嬉しかった。

 何より、あの戦争を戦い抜いた連帯感を私は・・・私達は忘れていないから。

 

「多分、高杉さんは三姫には話さないだろう・・・

 でも、私は怒られる事は承知の上で三姫に話した。

 仲間外れをしたと、後で三姫に言われたくないし、何より百華の事を覚えているのは私達だけなんだからな」

 

 あの戦争が終わり、一人で姿を消した百華

 私達が気が付いた時には、拘束をしたはずの山崎と北辰と一緒にその姿は無かった。

 ・・・彼女に何があったのかは、誰にも分からない。

 ただ、北斗殿と枝織様の関係を考えると、百華にもなにかしらの精神操作が行なわれていた可能性があった。

 

 それに気が付いた時には、既に総ては手遅れだったのだけど。

 

「勿論、話してくれて嬉しか。

 話してくれなかったら、怒鳴り込んでると思うとよ」

 

 それこそ冗談ではない・・・仲間外れにされたりしたら、一生恨んでる。

 

 

 隣室から聞える娘とヤマダ君達の笑い声

 そんな声を聞きながら、万葉は手に持っていた湯飲みをテーブルに戻した。

 

「・・・姿を現したんだ、必ず連れ戻すさ。

 私達はまだ、全員揃って和平の記念パーティーをしていないんだからな。

 百華が楽しみにしていた、ケーキの食べ放題にも付き合う約束もまだだ」

 

 目に強い意志を宿して、万葉がそう宣言をする。

 私はその万葉の言葉に、静かに頷いた・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何となく帰りそびれたらしいヤガミさんを誘って、私達は夕食を取っていた。

 三玖はすやすやと揺り篭で眠っている。

 ヤガミさんは夫と馬鹿な事を言い合いながら、次々と料理を片付けていった。

 

 そして、出されていた料理が綺麗に無くなり、食後のお茶を飲んでいる時に、私はヤガミさんに頼み事した。

 

「ヤガミさん・・・百華の事、宜しくお願いします」

 

 そう言って頭を下げる私に、少しだけ動揺する気配を見せた後、ヤガミさんは静かにテーブルに湯呑みを置く。

 

「・・・誰から聞いたのか知らないが、出来る限りの事はするさ。

 しかし、必ず助け出すと約束は出来ないな」

 

「それでもよかです。

 ・・・私達は、一緒に戦っていた時に百華の悩みに気付いてやれませんでした。

 夫や私も何度も百華自身から、「もう一人の自分が居るみたい」だと聞いていたのに。

 多分・・・百華はそんな私達の次に助けを求めたのは、貴方でしたから」

 

 真剣な顔で私の頼み事を聞くヤガミさん。

 そして、夫は苦しそうに顔を顰めていました。

 

「百華自身、戸惑いはあっても深く考えていなかったと思う。

 確かにあの娘は自分の過去を知っていた・・・・だが全てでは無かった。

 山崎の奴に仕掛けられた罠は、それほど巧妙に隠されていた」

 

「でも仲間である私達が、それを見抜けなかったのは事実・・・

 そして今もあの娘は苦しんでいるはずたい」

 

 沈黙だけが、食卓に満ちる―――

 

「・・・俺達は生きるか死ぬかの戦争をやってたんだ、他人を気遣う余裕なんてあるもんか。

 あのアキトでさえ、最後の戦いでは北斗やDの相手で満身創痍だったんだ。

 自分が生き残る事で、皆それぞれ手一杯だった。

 誰が悪い訳でも無い、それに過去を振り返っても仕方が無いさ」

 

 席を立ちながら、考え込む私と夫にそう告げるヤガミさんだった。

 本人も遺跡に乗り込み、ブーステッドとの因縁の決着を付けたのだ・・・その言葉には確かな重みがあった。

 

「ご馳走様、美味かったよ。

 じゃ、明日の午前9時に連合軍のロビーで待ち合わせだからな」

 

「ああ、分かってるよ」

 

「お気をつけて」

 

 私と夫に別々に挨拶をした後、食事中は外していたサングラスを掛けながらヤガミさんは帰って行った。

 玄関でその姿を見送っていた私達の間に、何とも言えない雰囲気が漂う。

 

 ・・・それは、『後悔』だろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼り過ぎだよな、俺達はナオさんに。

 下手をすれば、百華の命を―――」

 

「・・・それでも百華は、ヤガミさんに会う事を望んでると思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その3に続く

 

 

 

 

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