< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 私とハーリーが実の姉弟と判ってから2ヶ月が経った。

 最初はどう接していいのか悩んでいたけど・・・

 

「うううううううううう、ラピスが身内だなんて・・・何処まで不幸なんだ、僕は」

 

「それはこっちの台詞!!」

 

 何時もの如く制裁を加え、後は元通りになった。

 まあ、私達の生い立ちを考えれば、こんな偶然は確かに在り得るかも。

 それに別に本当の両親が分かったところで、私には関係無い。 

 プロスさんは昔も今も、変わったオジサンだし、フィリスの事も嫌いじゃない。

 でも、それだけ・・・血の繋がりが分かっても、一緒に住みたいとは思わない。

 

 ハーリーにしても、『今の両親』が本当の両親だからと言い切っていたし。

 

 私なんか、涙目で服の裾を握るユリカを置いて、ミスマル家を出ようとは思わないし。

 

「ラピスちゃ〜ん、お家から出ていっちゃうの〜〜〜?」

 

「ユリカさん、ラピスが困ってますよ?」

 

「だって〜〜、ルリちゃんも一緒に引き止めてよ〜〜」

 

 

 

 

 

 

 ・・・・ユリカ、お願いだから服が伸びきる前にその手を放してよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええええええええええええ!!!!!!」

 

「・・・キョウカ、お願いだから耳元でそんな大声出さないでよ〜」

 

 別にハーリーとの関係を秘密にするつもりはなかったけど、何となく引っ掛かるので学校では黙っていた。

 変に騒がれるのは嫌だし、ハーリーもその辺りは私と同意見だった。

 それに、他の皆も口を揃えて黙っていた方が良いと言ってたし。

 ・・・だけど、キョウカが私とハーリーの仲が最近良いと愚痴るので、ついつい話してしまったのだ。

 私としては『友達』から『愚弟』へと、クラスチェンジをしただけのつもりだったけど。

 どうもキョウカとしては、最近ハーリーの学校内での人気が上がったらしく、危機感を抱いているらしい。

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・年下にはもてるんだ、ハーリーの奴

 

 

「それ、本当なの?」

 

「帰ったらお父さんに聞いてみたら?

 キョウカのお父さんも同じ説明を聞いていたから」

 

 ・・・詳しく説明をするのは流石に嫌だから、そこらへんはウリバタケさんに任せる事にする。

 ちなみに現在は私の家(ユリカの家)から、お出掛けの途中だった。

 周囲の人達はキョウカの大声に驚いたものの、今はそ知らぬ顔で歩いてる。

 

「ふ〜ん、ハーリー君とラピスちゃんがね・・・

 あれ? ラピスちゃんは8月生まれで、ハーリー君は11月だよね。

 って事は、お母さんが違うの?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・ああ、そう言えばそうなる筈だよね」

 

 双子でも無い限り、まず同年代の姉弟は生まれない。

 まあ、無理をすれば出来るかもしれないけど・・・

 だからこそ、母親が違うとキョウカが思ったのも、仕方が無い事だった。

 

「ラピスちゃんには悪いけど、ちょっと信じられないお父さんだね!!」

 

 私の父親の信じられない行動を想像し、キョウカが憤慨の声を上げる。

 ある意味、信じられない父親だけどね・・・私も本名を知らないし。

 そう言えば、ルリもプロスさんの本名を知らない、って言ってたっけ?

 

 ・・・・もしかすると、凄い父親かもしれない。

 

「・・・・・・・・・・・・・まあ、確かに変わった父親ではあるけど」

 

 言えない、流石に本当の事は。

 ・・・あ、そうか皆が心配してたのはこの事だったのか。

 

「ハーリー君も可哀想だよ!!

 今の御両親の元に、養子に出されたのもきっとその父親の仕業だね!!

 で、ハーリー君の本当のお母さんはどうしてるの?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・え、まあ、元気に働いてるけど。

 ハーリーも時々会いに行ってるし、特に現状に文句は無いみたいだよ?」

 

 遺伝子上では、私の母親でもあるんだけどね。

 エキサイトしていくキョウカの姿を横目で見ながら、私は頭を抱えたい気分になっていた。

 つくづく、自分達の身の上の特殊さを思い知った。

 

「ふ〜ん、ハーリー君ってそんなに不幸だったんだ・・・」

 

 

 

 

 

 その認識は甘いよ、キョウカ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハクション!!」

 

「何だ、風邪か?」

 

 目の前のソファーで珈琲を飲んでいたシュンさんが、少しだけ眉を顰めて僕に尋ねてくる。

 今日は統合軍の制服ではなく、チェックのジャケットにジーンズでの登場だった。

 隣にはちゃっかり茶色のセーターに、黒いスカート姿のフィリスさんが居るのが、何と言うか・・・複雑

 

 テーブルを挟んでシュンさんとフィリスさんが座り、僕はその対面に座っていた。

 

「大丈夫ですよ、誰かが噂をしてたんでしょ」

 

 多分、ラピスかキョウカちゃんだと思うけど。

 ルリさんだったら望むところだ、もっと来い!!

 

 少しだけ出てしまった鼻水を拭こうとティッシュを探しながら、僕はシュンさんにそう返事をしておいた。

 

「ほら、もう11月なんですから、油断をすると本当に風邪をひきますよ」

 

 僕にポケットティッシュを渡しながら、軽く微笑むフィリスさん。

 ・・・あの事実を知った後は、僕もラピスもどう接していいのか悩んでいた。

 でも、その間にシュンさんが入ってくれて、お互いの橋渡しをしてくれた。

 多分シュンさんが居なければ、あのままお互いに話す事も無く、二度と会わなかったかもしれない。

 

 ―――こういう所で、僕はシュンさんの大きさを実感する。

 

「しかし、ウェイター姿が様になるな、ナカザト〜」

 

 ―――こういう所で、僕はこの人の悪戯好きな本性を思い知る。

 

「・・・ご注文は何でしょうか?」

 

 以前ほど棘々しい雰囲気を持ってはいないけど、流石に額に青筋を浮かべているナカザトさん。

 何があったのか知らないけど、以前よりは余程話しやすい人になっていた。

 まあ、この喫茶店「SUN」で働いてる(本人はお手伝いのつもりらしい)理由は僕にも分かるけど。

 

「モモセ君、ナカザトの奴は少しは役に立ってるのか?

 数字関係には強いが、接客業は向かないだろう?」

 

 連合軍でそのナカザトさんを、こき使ってる御本人の言葉なだけに説得力満点だ。

 ナカザトさんは9月の半ばに統合軍に復帰し、そのままシュンさんの副官を努めていた。

 帰ってきたナカザトさんの頭を軽く拳骨しただけで、シュンさんはそれまでの事を許してあげたそうだ。

 

 ・・・ナカザトさん自身、あまりの呆気無さに何か裏があるんじゃないかと、戦々恐々としたらしいけど。

 

「そんな事無いですよぉ

 クールな二枚目のウェイターとして、近所じゃ有名なんですから。

 でも、最近は休日にしか店に出られないので、マスターがファンの人に質問攻めですよ」

 

 まあ、確かに険がとれたナカザトさんは二枚目のハンサムさんだった。

 愛想は良くないかもしれないけど、人を無理矢理遠ざけるような威圧感が消えただけでも大分違う。

 その変身の理由を、僕はシュンさんに教えて貰った。

 

 実に楽しそうに語っていたもんな。

 

 ついでに言えば、ナカザトさんは未だこの店のニ階に住んでいる。

 ・・・面白がったシュンさんが、ナカザトさんが放浪中に、以前住んでいた統合軍の独身寮を引き払ったからだ。

 勿論、本人の同意無しで。

 

「知ってるか? 公務員のバイトは禁止されてるんだぞ〜?」

 

「こんな状態に、私を追い込んだのはオオサキ大佐の仕業じゃないですか。

 私は自分の住む部屋の家賃を兼ねて、お手伝いをしているんです」

 

 そう言ってそっぽを向き、新しく入ってきた客に挨拶をするナカザトさん。

 何だか軍人をしている時より、活き活きしているように見えるな〜

 

「・・・・嫌だったらアパートでも借りろよな、それ位の給料を貰ってる癖に」

 

 珈琲を飲みながら、小声でそんな事を呟くシュンさん。

 シュンさんもナカザトさんの今の変化を良い傾向だと思っていると思う。

 じゃなければ、ここまでお膳立てをしてナカザトさんをこの喫茶店に住み込ませる筈が無い。

 最後の最後に逃げ道を残しておくやり方は、流石だと思う・・・少なくとも、今は本人の意思でナカザトさんは残っているんだし。

 

「よし、あの奥手のナカザト君が何時、モモセ君に告白するか賭けようかマスター?」

 

 珈琲のお代りを持ってきたマスターに、そんな賭けを持ち出すシュンさん。

 どうやら以前から店に顔を出していたみたいで、マスターとシュンさんの仲は凄く良かった。

 

「・・・難しい問題だな、チャンスは多々あるくせに最後の一歩が踏み出せないでいるからな。

 持久戦に入ってるぞ、今現在は」

 

 ・・・マスター、貴方もシュンさんの同類ですか?

 

「私は結構お似合いだと思いますけど」

 

「そうだな、ナカザトにはあれくらい明るい娘じゃないと駄目だな、うん」

 

 絶対楽しんでるよ、この二人。

 もしかして、本質は似た者同士なのかな?

 あ〜あ、当分この話題で苛められるぞ・・・ナカザトさん。

 

 他人事のように(実際他人事だけど)そんな事を思いつつ、僕はクリームソーダに刺さっているストローに口を付けた。

 大体、休日に呼び出しておいて何事かと思ったら、ナカザトさんをからかうのが目的なんだもんな〜

 ま、見ていて面白いし、欲しかったソフトも買って貰ったから文句は無いけどさ。

 

 ふと、視線を向ければ。

 カウンターの近くでは、モモセさんとナカザトさんが仲良くサンドイッチと紅茶を作っている。

 本当、楽しそうだな、ナカザトさん。

 

「で、次の問題としてはハーリー君だな」

 

「ブハッ!!」

 

 突然の不意打ちに、思わず飲んでいたクリームソーダを噴出す!!

 何処でどうなれば僕の話になるんですかぁ?

 

「・・・・・・・・行儀が悪いぞ、ハーリー君

 これしきの事で動揺していては、キョウカちゃんをウリバタケの旦那から貰えないぞ?」

 

 フィリスさんからハンカチを受け取り、自分の顔についたクリームソーダを拭き取るシュンさん。

 悠然とした態度で誤魔化しているけど、言ってる事は無茶苦茶だ。

 

「どどどどど、どうしてそんな話になるんですか!!」

 

 思わずどもりながらシュンさんに食って掛かる僕。

 いい加減、この問題を解決しておかないと、本当に取り返しのつかない事になりそうだ。

 

「へ〜、キョウカちゃんが狙いだったんですか?

 私はてっきりラピスちゃんの方かと・・・」

 

「ああ、実はラピス君とマキビ君は実の姉弟なんだよ。

 ま、色々と事情があってね、最近になって判明したんだ」

 

「それはまた、人には色々と事情があるものですねぇ」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ナカザトさん、もしかして仕返しですか? そうなんですか?

 

 ニヤリと笑いながら、僕とラピスの関係を簡単に解説するナカザトさん。

 ナカザトさんにはシュンさんから、当り障りの無い範囲で僕とラピスの関係を話してあったのだ。

 そしてモモセさんはちょっと驚いた顔をした後、うんうんと一人頷きながら、カウンターの向こうに入っていった。

 

 何をどう納得されたのか、非常に興味深いです・・・僕は・・・・

 

「そう言えばウリバタケの旦那だけじゃなくて、その息子さんのツヨシ君もハーリー君の敵だったよな。

 ・・・・恋は障害が多い程燃えるもんだ、頑張るんだぞ!!」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうしろって言うんですか。

 

 僕は机に倒れ込んだ状態で、静かに泣いていた。

 ルリさん、運命は過酷です。

 でも僕は耐えてみせます、きっと幸せな明日が来ると信じて。

 

 

          カランカラン♪

 

 

「あ、ハーリー君だ〜♪」

 

「有り難うナカザトさん、連絡くれて♪」

 

「何、丁度今からの時間帯は暇なんでな。

 君達が来たほうが、俺の被害が少なくてすむ」

 

「ナイスだ、ナカザト!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕を売ったんだな・・・・・・・ナカザトさん!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 休日の午後、母親に等しい人の笑い声を聞きながら。

 僕は姉と呼ぶべき存在と、その友人、そして沢山の大人達に囲まれて過ごしていた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その4に続く

 

 

 

 

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