< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

『暫くの間出掛けて来ます、後は頼みましたよ♪』

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・私に、どうしろと言うのですか、舞歌様」

 

 書類が山積みにされた机の前で、そのメモをみた一人の女性が肩を落としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時期的には大分早いけれど、私は予定を繰り上げてこの地に来ていた。

 今年は忙しくて当日に訪れる事は出来なかった。

 来年もきっと忙しくて足を運べないだろう・・・だから、予定を繰り上げて、今日を選んで抜け出してきたのだ。

 千沙には悪いけれど、年末から年始にかけて忙しくなると、どうしても自由な時間が減っちゃうからね。

 

 今の時間帯は昼下がり。

 地球では秋の終わりに近い季節だけど、コロニーには関係が無い。

 まあ、見栄えや四季を楽しむ余裕が無いけれどね。

 

「・・・・・・あら? どうして花が?」

 

 氷室君の墓に添えられた花を見て、私は首を傾げていた。

 誰か他の人が来たのよね、これは? 

 でもこの二年の間に、私以外の人がこのお墓に花を添えていたのを見た事は無いのだけど。

 

 氷室君に家族はいない。

 優人部隊に提出されていた個人記録も全て偽造だった。

 ・・・実は私が知らないだけで、本当は家族が居るのかもしれない。

 彼は自分の人生の殆どを、影に生きてきたのだろう。

 草壁殿に命じられるままに、その人生を捧げてきたのだ。

 

 そんな影の人生を送っていた彼にとって、私はどんな風に映っていたのだろうか?

 

「考えてみたら、氷室君の事を殆ど知らなかったのよね・・・私。

 家族が居たかもしれないし、趣味や特技も聞いた事が無かったわね。

 もしかしたら、氷室 京也という名前すら偽名だったのかしら?」

 

 墓石の汚れをハンカチで拭いながら、私は氷室君との出会いを考えていた。

 初めて会った時から、彼は存在感の薄い人だった。

 武人として指揮官として、並以上の実力を持ちながら、決して目立つ事は無かった。

 ここに来る度に思うのは、きっとそれが彼の生き方だったのだろう。

 目立たず、騒がれず、友を作らず・・・・

 他人の記憶に残る事が無い様に、他人の注意を惹かないように。

 

 彼は何時もひっそりと私の背後に佇み、サポートをしてくれていた。

 

「誰も来ない墓石、か」

 

 この墓石を建てたのは私だった。

 勿論、氷室君の家の墓石など存在しない。

 だから私は、兄の眠る墓石の隣に彼の墓を作った。

 彼にはそれだけの恩があるのだと、私は思っていたから。

 

「和平が成って2年と半年・・・色々とあったわ。

 木連の人口も火星に移住する人の増加で、随分と減ってきてる。

 この先も忙しくなると思うし、私自身も火星に移る日が何時か来ると思うけど。

 その時はお兄様も氷室君も、きっと一緒に連れて行くからね」

 

 生まれ育った土地を離れる事は辛い。

 このコロニーにはお兄様との思い出も、氷室君との思い出も沢山ある。

 ・・・だけど生きていく事は、そんな痛みを乗り越えていく事だ。

 このまま故郷に残り、避ける事が出来ない破滅を引き伸ばすより、未来に展望がある土地に移るべきでしょう。

 地球側との全ての遺恨に片がついた訳では無いけど、中間に位置する火星なら逆に仲を取り持つチャンスもある。

 

 現在の緊迫した関係を続けながらも、最悪の展開だけは避けていかなければならない。

 

 執務室から出向いた為、スーツ姿の私はそんな事を思いながら二つの墓を見ていた。

 ちょっと千沙には悪い事をしたわね。

 

 

    

 

     ―――ザザッ!!

 

 

 

「誰!!」

 

 今先程まで人の気配を感じていなかった私の背後で、地面に足を擦る音が聞えた。

 その音に反応して、私は振り向きながら誰何の声を上げる!!

 

「東 舞歌・・・滅せよ!!」

 

 耳元で聞こえると思えるほど近くに、その男は居た。

 

 刀を右手に構え、編み笠を被り、袈裟を着たその男は信じられないスピードで私の胸元に突きを繰り出してくる!!

 私が振り向く事で体勢を崩していた事を差し引いても・・・この攻撃を避ける事は無理だろう!!

 それほどに、この攻撃は鋭く容赦がなかった!!

 

 ―――駄目!! 避けられない!!

 

 胸元に近づく白刃からせめて急所を外そうと、時が止まったような感覚の中で足掻く!!

 その私の努力を嘲笑うように白刃が右胸を貫こうとした瞬間

 

 

     パキィィン!!

 

 

「何!!―――グアッ!!」

 

 澄んだ音を立てて、その刀身が半ばから折れ飛び。

 編み笠の男も、次の瞬間には大きくその場から吹き飛ばされていた。

 

「悪い、一人だけ取り逃した」

 

 そして、私の目の前には純白の優人部隊の制服を着て、煩わしそうに赤毛を掻きあげる女性が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら、草壁直属の暗部の生き残りみたいだな」

 

「・・・」

 

 自分自身、その暗部に身を置いていた北斗。

 その北斗が言うのなら、この男の素性は間違い無いだろう。

 

 私は北斗の背に庇われながら、そんな事を考えていた。

 北斗に吹き飛ばされた襲撃者は、そんな私達を睨みつけながら、その身を地面から起した。

 

「しかし・・・何を考えている?

 俺が舞歌の側に居る事は、簡単に予想出来るはずだ。

 それを10人程度の暗殺者で狙うとは」

 

 北斗はそう襲撃者に問い掛けながら、静かに腕を持ち上げていく。

 襲撃者との距離は約5〜6M、北斗なら一瞬で縮められる間合いだ。

 

 それは襲撃者の方も分かっているのか、自然体で話す北斗から、その視線を離そうとはしない。

 手に持っていた半分の長さになった刀を捨て、視線だけは爛々と怒りの炎を燃やしている。

 

「・・・実子でありながら、北辰様を裏切った『女』が偉そうに我等の仕事に口を挟むな。

 貴様は忘れたかもしれんが、我等は大義の為にこの身を捧げている!!」

 

 『女』の部分で一瞬凄い殺気を放った北斗だったが、何とか自分を抑える。

 目の前の男が自分を挑発していると判断したのだろう。

 先程より殺気が強くなった目で、男の挙動を逃さず睨んでいる。

 

 ・・・この娘も昔より成長はしているようね。

 

 私は男とのやり取りをする北斗を背中から見て、安堵の溜息を漏らした。

 過去、北斗にとって『女』とは枝織の事を指しており、『女』と呼ばれる事は自分を否定される事に等しいと考えていた。

 だからこそ自分を『女』と呼ぶ存在を、許す事は無かった。

 そして枝織は枝織で、北斗の影として見られている事を感じ取り、常に自己主張をする哀れな子供だった。

 ・・・幼い頃からのその精神の歪は、年を得るごとに大きくなり、やがて破綻を迎えるところだった。

 

 しかし、あの戦争を経験して、枝織もまた自分の一部だと北斗が認める事で、二人の絆が強くなった。

 その為、精神的にもお互いに安定し、今の北斗と枝織が居る。

 

「最早あの男との縁は切ったはずだ。

 それより、貴様に聞きたい事がある」

 

「・・・ふふふ、縁を切ったと言いながら、気になるのか、北辰様の行方が?」

 

 北辰の両目を潰し、暗殺者としての道を閉ざした北斗

 しかし、北辰は未だ見えぬ目で、何かをしようとしている。

 それは、和平が成った後に山崎と一緒にその姿を消した事から予想されていた。

 

 そして、旗頭となりうる存在・・・草壁は未だ健在なのだ。

 

「どうやら無理に聞き出すしかないようだな。

 手足の一本を奪ってでも、連れて行くぞ」

 

 北斗がそう宣言した瞬間、男は覚悟を決めたように懐から短刀を取り出し、正面から挑んでいく!!

 その動きを油断無く見ていた北斗は、持ち上げていた腕を軽く右に動かし―――

 

   

 

      ザシュ!!

 

 

「ぐわっ!!」

 

「・・・言っただろう、手足の一本は覚悟しろ、と」

 

 空中に残る赤い線が、北斗の繰り出した鋼線の存在を私に教えてくれた。

 男は右足を切断され、その場に転がったまま北斗と私を睨み・・・笑った?

 

「―――ちっ!!」

 

 その笑みを見た瞬間、北斗が自分の身に朱金の炎を纏いつつ、私を抱えて背後に跳んだ。

 

 

 

 

 

 そして、爆発―――

 

 

 

 

    ドゴォォォォォォォォンンンン!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 綺麗に抉り取られた地面を見て、私は嘆息をした。

 死者が眠っている土地で、これほどの大騒ぎを起すのは不本意だった。

 お兄様と氷室君の墓も倒れてしまったので、北斗に頼んで抱き起こしておもらった。

 まあ、遺骨が吹き飛ばなかっただけでも、幸運といえば幸運かもしれないけど。

 

 そして私は気になっていた事を北斗に質問する。

 

「北斗、先程の話だと10名以上の暗殺者を始末したのかしら?」

 

「ああ、ここから少し先の叢で全員倒したがな。

 どう考えても、親父の元にマシな手駒は激減しているはずだ」

 

 自爆をした時の炎で一部焼け焦げてしまった自分の制服を見て、顔を顰めている。

 零夜に後で怒られる事を考えて、うんざりしているのだろう。

 

 私自身は地面でスーツが汚れた位で、傷一つ無い。

 まあ、北斗の『昂氣』がなければ、私も北斗も無事には済まなかっただろう。

 

「・・・何を急いでたのかしら」

 

「確かにらしくないな。

 俺が舞歌の側に居る以上、暗殺に成功する可能性は限りなく低かったはず。

 それが分からぬ、親父ではないだろうに」

 

 面白くなさそうに地面の陥没を見た後、ぶっきらぼうにそう答える。

 私が動く以上、そのガードに北斗が付くことは簡単に予想が出来たはず。

 なのに、これだけの被害を出してまで私を襲ったのは何故?

 

「ここで考えても落ち着かんだろう、帰るぞ」

 

「・・・そうよね」

 

 色々な疑問を抱えつつ、私と北斗は本来の仕事場へと戻っていった。

 ちなみに、移動には私が使った自動車を使用した。

 北斗を一人で帰すと、何時まで経っても私の仕事場・・・政治部の執務室まで来ないでしょうからね。

 

「それより、あれほど男物を着ちゃ駄目って言ってたのに」

 

「・・・今日は休日だったんだ、私服に関してまで文句を言われる筋合いはない。

 大体、人が午睡を楽しんでる時に通信一本で呼び出すな」

 

 助手席で不機嫌そうな顔で私を責める北斗

 まあ、せっかくの休日を潰したのは悪かったけど・・・貴女、普段も私の執務室で寝てるじゃない?

 それに一番の問題は、零夜が居ないから着る服が分からなかったんでしょう?

 

 北斗の内心を考えつつ、私が運転をしていると、車内電話のベルが鳴った。

 

 

    ピピピピピピピ・・・

 

 

「・・・千沙かしら?」

 

 かなりの分量になる仕事を押し付けただけに、その電話に出ることを私は躊躇った。

 北斗はその辺の事情を察しているのか、楽しそうに私の行動を伺っている。

 

 ・・・・最近、私に似た笑みを浮かべると零夜が言うのは、この事かしら?

 

「はい、舞歌です・・・御免なさいね〜千沙ちゃん、ちょっと外せない用事があったから♪

 って、あら、零夜なの?

 北斗? ええ私の隣で不貞腐れているけど、どうかしたの?

 !! ・・・・・そう、分かったわ、直ぐに帰ります」

 

「何かあったのか?」

 

 話の途中から私の雰囲気が変わった事を察して、北斗がそう尋ねてくる。

 その北斗に私は低い声で電話の内容を告げた―――

 

 

 

 

 

 

「・・・千沙が何者かに誘拐されたそうよ」

 

 

 

 

 

 車を急加速させながら、私は唇を強く噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その5に続く

 

 

 

 

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