< 時の流れに >
出航のチェックをする女性クルーの声を聞きながら、俺は今回の任務について考えていた。
相手はこちらがどれだけの情報を握っているのかは知らない・・・
確かに、ライザの遺品だけでは、アイツ等の実験内容と施設の大まかな位置しか分からない。
だが、俺達には『テンカワの記憶』とラピス・ラズリという存在が居た。
・・・『以前』と同じ活動をアイツ等がしているのならば、かなりの確率でその施設の位置を特定できるだろう。
また、他に手掛かりが無い以上、その場所に向かうしかない事も確かだった。
「アオイ艦長、同行予定のヤガミさんがお見えになられました」
「分かった、ブリッジに通してくれ」
職業柄、時間には正確なんだよな、あの人。
プライベートだと、婚約者関連以外はルーズなくせに。
思わず苦笑をしながら、俺はそんな事を考えていた。
その1時間後、俺が艦長を務める連合宇宙軍所属の戦艦が、宇宙へと飛び立った。
「つまり、忍び込めれば後はヤガミさん任せな作戦なんだな?」
力技というか、この人らしいと言えばらしいが・・・
何時もの黒いスーツ姿にサングラスの男性を見て、俺はそんな事を考えていた。
「仕方が無いだろうが、潜入する人数を増やしても見付かる可能性が増えるだけだし。
かと言って、ルリちゃん達をそうそう連れて来れないだろう?
確かにハッキングが出来れば楽だが、連合軍の戦艦でおおっぴらに出来ないからな。
大体今回の目的はラピスちゃんの記憶にある研究所と、今回の研究所が同じ場所なのかを確認する事だし。
それだったら、俺一人のほうが動き易くていい」
俺に奢らせた珈琲を飲みながら、器用に肩を竦める素振りをする。
リラックスルームの一室で、小さなテーブルに腰掛けた俺と、相変わらず壁に背を預けた姿のヤガミさんがそんな会話を交わす。
確かに、今のヤガミさんが本気を出せば入り込めない所は無いだろう。
個人戦闘を含めて、裏の業界ではトップに入る実力者だ。
今もだらけたような体勢をしているが、事があれば一瞬に動けるしなやかさを感じさせる。
これでも時々稽古をつけてもらうが、俺ではやはりというか・・・足元に及ばない。
それはこの先もきっと、俺の努力だけでは追いつけないと思うだけのレベル差を実感させる。
そして・・・それを悟ってからは、俺は自分に向いてると思える仕事に集中する事が出来た。
あの頃の俺はそんな現実を認めたくなくて、必死に否定をしていたな。
確かに個人の戦闘能力も大切だが、それを活かす場を形成するのも大切な事だ。
人にはそれぞれの役割がある、得意分野がある、領域がある。
なら、自分の長所を選び伸ばしていく方が、余程皆の役に立つというものだ。
・・・・・・・・・ま、吹っ切れた切っ掛けの半分は、ユキナの無茶な激励のせいかもな。
ユキナ自身、木連出身ということで今まで差別を受けなかった訳じゃ無いだろう。
だがあの娘はそれを笑い飛ばす強さを持っていた。
その明るさが、俺にはとても眩しく感じる。
「だが、随分と連合軍とネルガル関係者は目を付けられているぞ?
コロニーにはネルガルの担当している開発部署から入れても、殆ど村八分状態だ。
明日香インダストリーも友好的とはいえ、全面的に協力体制をしいてるわけじゃない。
クリムゾンとその他の企業は、今更言う必要も無いが。
・・・多分、他の部署との出入り口は厳重に監視されているだろうな」
今回の出航前に約束させられたお出かけを思い出してしまい、思わず頭を軽く振って思考をチェンジする。
そんな俺の仕草を見て何かに勘付いたのか、ヤガミさんは軽く笑いながら俺に返事をした。
「入り口があるだけでも恩の字さ。
ま、プロの仕事を信じなさい♪」
・・・その楽しそうな、悪ガキっぽい笑みが一番信用できないんだよ。
「多分、大丈夫でしょ。
あれでも自分の仕事には厳しい人だし」
黒髪を短く切り揃えた長身の人物が、軽い口調でそう断定する。
「・・・腕が立つのは認めるが、時々命を賭けてまで「笑い」をとろうとするからな」
ブリッジで艦長席に座る俺の隣には、今は高杉大尉がいた。
パイロットスーツは着ていないが、その腰にはヘルメットを抱えている。
エステバリス隊には現在のところ出撃する予定はないので、暇潰しにデッキに上がってきたらしい。
・・・普通、気安くこれる場所ではないのだがな、デッキとは。
かと言って別に厳しく注意をするつもりは無い。
どうのこうの言っても、俺もナデシコに染まった一人だしな。
「アオイ艦長、出発の時間は決まっているのですか?」
操舵士が自分の席から立ち上がり、敬礼をしながら俺にそう尋ねる。
その質問に軽く頷きながら俺は返事をした。
「いや、まだ正確に決まっていないが・・・もう少し現状のまま待機をしていてくれ。
通信士も、管制からの確認の連絡があれば、適当に出航の準備が遅れてると応えておいて欲しい」
「「了解しました」」
操舵士と通信士が同時に返答をする。
・・・まあ、これが普通の軍隊なんだよな。
一癖も二癖もあり、嫌になるくらい個性的だったナデシコクルーの顔を、その瞬間思い出した俺だった。
現在、俺達が乗る戦艦は目的のコロニーに到着をしていた。
そもそもこのコロニーまで俺達が来た名目は、ネルガル船籍の輸送船の護衛だ。
不思議な事にネルガル船籍の輸送船が、ここ最近続けざまに『事故』にあっている。
そこでナデシコシリーズを和平後封印しているネルガルは、連合軍に護衛を申し込んだ・・・というのがシナリオだ。
まあ、実際に事故にあった輸送船が皆無な訳ではないが、それらは本当の意味で『事故』だろう。
統合軍も見事なまでにネルガル関連の厄介事は無視しているので、本当に事故があったのかは調べていない。
事故があった船に関しては、ネルガルが徹底的に調べている、ただ今回のコロニー訪問の名目が欲しかっただけだ。
統合軍ならネルガルの護衛艦などは、絶対に請け負わないだろうしな。
今回はその統合軍の態度を逆手にとったのだ。
「で、さっきから手で弄んでるそのディスクは何だ?」
「これ? ハーリーとラピスちゃんの合作」
―――聞くんじゃ無かった
右手で額を抑えつつ、俺は短い嘆息をした。
どう考えても、その二人の合作がマトモなプログラムとは思えん。
少なくとも、高杉大尉が暇潰しに遊ぶゲームとは絶対に違うだろう。
「先に言っとくけど、俺が頼んで作ってもらったモノじゃないですよ?
ナオさんが二人に直接頼んだ作品ですからね」
年齢では高杉大尉の方が上だが、階級では俺の方が上なので敬語で話している。
だが、時々口調が軽くなるのは・・・ま、性格上仕方が無い事だろうか?
俺も特に気にしていないし、問題は無いだろう。
「で、その作品がどうして君の手元にある?」
何となく、ヤガミさんの言っていた『プロの仕事』の一端が見えてきたと思いつつ、そう尋ねる。
・・・あまり知りたく無かったが。
「決まってるじゃないですか、タイミングを見計らって俺が使うんですよ」
「・・・証拠は残すなよ」
どうせ止めても聞かないだろうし。
何より有効な策である事は確かだ。
「大丈夫、聞いた話だと非常警報を鳴らして一時的に全てのシステムを落とすだけだから。
さてと、そろそろ仕掛けようかな。
その艦長専用の端末貸して下さい」
無言で目の前のコンソールを高杉大尉の目の前に押しやりながら。
・・・・・・・大事と言うんだ、それは。
と、俺は内心で溜息を吐いていた。
目の前のコンソールに一枚のディスクが入り。
デフォメル化してある、ラピス君とハーリー君の姿が画面の中を走りまわる。
だが、それも20秒ほどで終わり・・・
『対象のシステム分析が終了したよ。
どれだけの規模でアラームを鳴らすの?』
ラピス君が黒板の前にチョークを持って立つ姿が映る。
どうやら入力した値にそって、ハッキングを仕掛ける仕組みらしい。
「・・・ま、ナオさんなら3分あれば潜り込むのは余裕だろ」
盗聴の恐れもあったので、ヤガミさんがこの戦艦を降りてからは一度も連絡を取っていない。
だが、まだこの時点ならば大きなトラブルでも無い限り、例の施設へと続く場所までその身を進めているだろう。
「一応5分にしておこう、10分だと足がつくかもしれないしな」
「そうしますか」
そして鳴り響く盛大な警戒音・・・
ビー!! ビー!! ビー!!
一瞬暗くなったドック内も、一分位の時間で予備電力に代わる。
この時間なら、空気の循環も最小の被害で済むだろうし。
何より、人命の掛っている病院類には手を出さないだけの分別をあの二人は持っているだろう。
「しかし、耳障りな音だよな〜」
「本来の目的を考えてみろ、これで環境音楽などを流したら意味がないだろうが」
「・・・確かにそうですけどね」
そして5分後―――
ビー!! ビー!! ビー!!
しかし、警報はまだ鳴り止んでいなかった。
奇妙な沈黙が、俺と高杉大尉の間に満ちる。
「・・・・おい」
「・・・・あれ?」
俺の視線を横目で避けながら、冷汗を額に浮かべる高杉大尉。
しかし、この現象の原因は通信士の叫びにより判明した。
「アオイ艦長!!
謎の敵により、このコロニーが襲撃されているそうです!!」
「―――戦艦アマリリス、発進しろ!!」
俺が叫ぶと同時に、高杉大尉が凄い勢いで格納庫に向かう。
どうやら、予想外の展開になったみたいだ。
・・・無事に帰ってきてくれよ、ヤガミさん。