< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 警報音が鳴り響く廊下を、俺は周囲に気を配りつつ駆け抜けていく。

 通常に使用されている廊下に、そうそうトラップなど仕掛けないと思うが・・・

 現在が非常事態なだけに、何が起こるか分かったものではない。

 油断は禁物だろう。

 

「それとも、これも『誘い』なのかもな」

 

 クリムゾンの担当しているブロックへの侵入は、拍子抜けするほど簡単に出来た。

 いや、そもそもゲートの入り口に警備員が立っていない事自体が、既に問題だ。

 多分、裏に流した情報を考慮した上で・・・俺を招き入れたのだろう。

 

 ―――ちっ、嫌な予感だけが膨れ上がるな。

 

「・・・引き返すにしても、招待主の顔だけでも見ていくか」

 

 もしイマリの奴が待ち構えているなら、顔に一発でも拳を打ち込んでやる。

 奴の境遇や立場は知らないが、ライザの事は別問題だ。

 ・・・嫌な事を思い出しちまったな。

 

 そんな事を考えつつ、俺は廊下を駆け抜けて行った。

 

 

 

 

 

 

 シュン―――

 

 目的地の扉が開いてから暫く様子を見るが・・・特に襲い掛かってくるような気配は感じられない。

 再び自動ドアが閉ろうとする瞬間にタイミングを合わせて、素早く中に忍び込む。

 

 ざっと周囲を見渡した所、人の気配は無い。

 この警報音に騙されて、何処かに避難をしたのか?

 ・・・しかし、この警報音が止む気配が無いのは何故だ?

 

 構えていたブラスターを下げつつ、俺は慎重に歩を進める。

 俺のこの部屋に対する第一印象は、『研究所』だった。

 数々の機器と、乱雑に散らばる用紙の数々

 俺には専門的な知識は無いので、この用紙に書かれている文字の意味は分からない。

 これらの解読は、持ち帰った後のイネスさん達の仕事だ。

 

「・・・ま、そんな無造作に重要書類が机の上に置かれているとは思わないけどな」

 

 しかし、確かに『研究所』らしき場所はあったのだ。

 この広いコロニーの中で、ピンポイントで探り当てる事は普通は不可能だろう。

 クリムゾンの奴等も、潜り込んだ俺がこの部屋に直行するとは予想もしていないはずだ。

 となると、やはり想像をしても楽しくない実験をしていた可能性は大きい。

 

   ズズン!!

 

 色々と想像をしていた矢先―――

 腹に響くような衝撃が、この部屋を襲う!!

 いや、コロニー自体が揺れているのか?

 

 パラパラと降りかかる天井の破片を払いつつ、俺は他に証拠品になりそうなモノを探す。

 どうやら、予想外のアクシデントが起こっているみたいだ、早めに切り上げるか。

 

 そしてふと視線を向けると、その先に一つの扉が有り、その向こうに人の気配を俺は感じた。

 どうやら、残っている研究員か、もしくは関係者が居るらしいな。

 

「丁度良い、情報を提供して貰おうか」

 

 ニヤリと笑うと、俺は気配を殺してその扉に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・まさか、こうくるとはな。

 

「君の名前は?」

 

「僕の名前? 山崎さん達は「ハル」と呼んでる」

 

 目の前にあるIFS専用のコンソールに手を付き、俺の良く知る少年と瓜二つの少年がそう応える。

 手術に着るような白い布を、頭から被ったその体型も、ハーリー君に似ている。

 しかし、ハーリー君からは絶対想像も出来ない様な暗い金の瞳が、彼がハーリー君とは別の人物だと俺に教えている。

 

「まさか、ハーリー君に弟まで居るとはな」

 

 もっとも、兄かもしれないが・・・

 これは帰ってからの報告が大変だ。

 

「ハーリー君? ああ、もう一人の僕の事か」

 

 俺の呟きにどうでも良いような感じで返事をし、何かの作業を続けるハル君

 外見がソックリなだけに、その言動に凄い違和感を俺は感じていた。

 

 その時、再び大きな振動がこの部屋を襲った。

 

 

   ズズズズン!!

 

 

 ・・・こりゃ、本当に大事になってるな。

 

「ハル君、とにかくここは危険だ。

 俺が安全な場所に連れて行くから、付いて来てくれ!!」

 

「嫌です、僕は山崎さんに命令された事をしないと駄目なんです。

 じゃないと、ラビスが酷い目に遭うから」

 

 ラビス? もしかしてもう一人のラピスちゃんの名前か?

 山崎の奴、この二人の名前からして、こんなお遊びみたいモノを付けたのか!!

 

「・・・よし、戦艦アマリリスの逆ハッキング完了。

 これから命令通りにコロニーを攻撃します」

 

「って!! 待てハル君!!」

 

 何気ない口調で、自分の仕事を説明するハル君に俺が駆け寄る!!

 冗談事では無い、避難の為に外にいる民間人の前で連合軍の戦艦がコロニーに攻撃などしたら・・・

 お偉いさんの首を切るだけでは済まない問題になってしまう!!

 

 力ずくでも止め様と、ハル君に駆け寄る俺は―――殺気を感じた瞬間、その場を逆に後に飛び退いていた!!

 

               キキン!!

 

 飛んできたナイフを右手に持ったままだったブラスターで弾く!!

 そのナイフを追う様に迫ってきた人影の繰り出すナイフの一撃を避け、さらに背後に下がる!!

 ハル君の存在と、彼との会話に気を取られていたとはいえ・・・同じ部屋に居ながら俺に気配を感じさせないとは!!

 

 そしてそれ以上、襲撃者は動く事無く・・・ハル君の目の前で立ち止まっていた。

 そう、半ば予想をしていた人物が、俺の目の前に立っていた。

 動き易い黒のパンツに、手首まで覆われた黒いシャツ

 栗色の髪の毛は、出会った頃と同じ様に団子状に結ばれていた。

 しかし、あの元気に動き回っていたこげ茶色の瞳には、冷ややかな感情しか感じ取れない。

 

 

 

 

 

「久しぶりだな、百華ちゃん」

 

「・・・」

 

 

 

 

 返事は無く、ただただ冷たい殺気だけが俺を押し包んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 感情の読めない百華ちゃんを意識しつつ、俺はハル君の説得に乗り出した。

 力ずくで・・・この二人を止める事は可能だと思う。

 だが、その場合は相手の生死を問わず、だ。

 この二人の命と、今後のコロニーに起こる惨劇・・・分かっている、どちらが重要なのかは。

 

 だが、ギリギリまでその選択をする気は無い!!

 

「ハル君、分かっているのか?

 コロニーを攻撃すると言うことは、どれだけの死者が出るのか?

 それにこれを理由に、再び木連と地球が戦争をするかもしれないんだぞ!!」

 

「別に気にしません、そんな事。

 僕はラビスさえ無事なら良いんです。

 見た事も話した事も無い人に、興味なんてないから」

 

 俺の呼びかけに返って来たのは、頑なまでの拒否の声だけだった。

 一歩近づこうとした瞬間、目の前の百華ちゃんから鋭い殺気が放たれる。

 ・・・どうやら、ハル君の邪魔をする存在を排除するように命令を受けているみたいだ。

 ブラスターでハル君のコンソールを狙おうにも、百華ちゃんが自分の身体で完全にカバーをしている。

 その身を盾にする事に、躊躇いや疑いなど無いという事か。

 

 ならば―――

 

「百華ちゃん!! 舞歌さん達が心配しているぞ・・・無理矢理でも連れて帰るからな!!」

 

 目の前の百華ちゃんを取り押さえようと、本気で攻めかかる!!

 最小限の動きで百華ちゃんの懐に潜り込み、ナイフを持つ腕を捉え様とした瞬間・・・

 

       ドゴッ!!

 

「―――っ!!」

 

 脇腹に膝を叩き込まれ、思わず動きを止める。

 動きの止まった俺の服の襟を掴み、背後に引き倒しつつナイフで頚動脈を狙う百華ちゃん!!

 俺は倒れ込みながら、右手のブラスターでそのナイフを受け止め。

 左手を床に付けてバク転をしながらその場から離れる!!

 

 素早く身構えた俺の前で、百華ちゃんは以前と同じ体勢で俺を見ていた。

 

 鋭い痛みを訴える脇腹を、なるべく無視をしながら俺はかなり驚いていた。

 俺自身、あの戦争の時より実力を上げている。

 ・・・なのに、先程の百華ちゃんの動きはその上をいったのだ。

 確かに百華ちゃんの戦闘能力を侮っていたのも事実だが、これほど手痛いしっぺ返しを喰らうほど油断はしていなかった。

 

 この数年で俺を超える実力を身に付けた?

 

 それはどう考えても不自然だ、自分の意志を感じさせない彼女が・・・厳しい鍛練を積み上げるとは思えない。

 『強さ』を求める鍛練とは、本人が望み得るからこそ身に付くのだ。

 ただ機械的に繰り返すだけでは、身体を痛めつけるだけの運動に過ぎない。

 

 ならば・・・

 

「薬物、か・・・若しくはそれに類似する方法で、身体能力を無理矢理引き上げてるな」

 

 手加減なんて考えてる場合じゃない、か。

 

 無傷で止める事を諦めた俺は、本格的に戦う事に決めた。

 相手が動けなくなるまで戦うバーサーカーなら、本当に動けなくするまでだ。

 百華ちゃんには悪いが、目の前に迫っている危機を見逃すわけにはいかなかった。

 

「ん・・・戦艦アマリリス、機関部に襲撃機より直撃を受け戦闘不能、か。

 これじゃあ山崎さんの命令は果たせない、百華さん帰ろう」

 

「了解しました」

 

 

 

「・・・は?」

 

 

 

 俺が身構えた瞬間、ハル君を背負って退却を始める百華ちゃん。

 その二人が近寄った壁が、クルリと回転して隣の部屋と入れ替わる!!

 急いで追いかけようとした時、更に激しい振動が部屋を襲った!!

 

 

     ズズズズズズ!!!!!!!

 

 

 揺れる床を踏みしめ、必死に扉を叩くが動く気配は無い!!

 どうやら、他に動かす為の要因があるみたいだが・・・探している時間は無い!!

 舌打ちをしながら、忌々しい扉に拳を打ち付け、俺は踵を返した。

 

 ・・・崩壊間近なこのコロニーに、これ以上残る意味は無い。

 

 

 

 

 

 

 

「次は絶対に連れて帰るからな、百華ちゃん・・・それにハル君達もな!!」

 

 

 

 

 

 

 誰も聞いていないであろう捨て台詞を残し、俺は脱出ポッドを探しに研究室を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何て様だよ、ジュン?」

 

 機関部を応急処置したアマリリスは、フラフラと宙を漂う俺の脱出ポッドを見事に拾い上げてくれた。

 まあ、コミュニケを再起動して救難信号を出していたからな、見付けてもらわないとこっちが困る。

 

 しかし俺は先程の出来事の苛立ちもあり、ついつい責める口調でジュンに文句を言ってしまった。

 

「仕方が無いだろう、コロニーを出た瞬間にシステムを乗っ取られたんだからな。

 エステバリス隊の高杉大尉も、機体のロックと入り口が開かない限り出撃は出来ないからな。

 ・・・つくづく分かったよ、彼女達を敵に回す事の恐さがな」

 

 ジュンは少しムッとした顔をした後、肩を竦めて俺にそう言い返した。

 実際、手も足も出ない状態で自分の指揮する戦艦が、コロニーにグラビティ・ブラストを撃つ所だったのだ。

 こちらの機関部が破壊されただけで済んだのは、奇跡かもしれんな。

 

「しかし、謎の機動兵器が破壊したのはクリムゾンの担当する個所だけか。

 そう考えると、アマリリスへの攻撃も他の個所に被害を及ぼさない為の配慮か。

 ・・・どう考えても襲撃者の意図は明確だな」

 

 ジュンの何気ない一言に、俺の動きが止まる。

 会話の流れからいくと、その襲撃者がアマリリスの暴挙を止めたらしいが・・・

 

「謎の機動兵器、だと?」

 

 思わず掛けていたサングラスを取り外し、ジュンの顔を覗き込む。

 

「ああ、単独でボソンジャンプをする・・・漆黒の機動兵器だった」

 

 

 

 

 

 

 

 静かな口調とは裏腹に、ジュンの目は苛烈までの意思が篭もっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十七話に続く

 

 

 

 

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