< 時の流れに >
第十七話 『招待状』
ジングルベルの歌が鳴り響く街中を、私は足早に歩く。
12月も半ばを過ぎ、世間はクリスマスムード一色だった。
気温もかなり下がってきたので、今では外出には厚着をするのが当たり前。
随分と伸びた髪は、風に吹かれても大丈夫なように、今日はアップで纏めておいた。
一応の用心として持ってきたマフラーが、結構役に立っているので機嫌は良い。
ま、それにこの冷えた空気が私は好きだった。
わざわざ、車から降りて目的地まで散歩をしようと思うほどに。
「さて、と・・・あの子達は集まっているかしらね?」
私の目的地は、こじんまりとした食堂『日々平穏』
外見は普通だが、奇想天外な客層と料理の腕は確かな店だった。
「で、奢っていただけるのは嬉しいのですが。
私達に話とは何ですか、エリナさん?」
食べ終ったラーメンを横に退け、私の目を正面から見ながら話を切り出すホシノ ルリ。
この店まで徒歩で来たのか、暖かそうな黄色のセーター姿だった。
今、私達は『日々平穏』にあるテーブルの一つに、4人で座っていた。
他の客達は、それぞれお互いに邪魔にならないように距離を取り、カウンターやテーブルに座っている。
時間的に考えても、それほど混んではいないみたいね。
ズズズズーーーー!!
パクパク・・・・
そして、私との交渉はホシノ ルリに任せているのか。
私の隣に座っているラピスと、ホシノ ルリの隣に座っているハーリー君は、目の前の料理を攻略する事に専念をしている。
精神的には大人に近い彼女達だけど、身体的には育ち盛りの子供ですものね。
赤い毛糸のセーターのラピスと、緑色のトレーナーを着た二人が姉弟だとは、外見だけだと分からないわね。
・・・そんな子供を、再び利用しなければならない現状に、以前は感じなかった痛みを胸の奥に感じる。
だけど、どう思ったところで現実が甘くない以上、それに対する手立ては必要なのだから。
軽く目を伏せた後、私は今日の用件をホシノ ルリに話しだした。
「次のコロニー『ホスセリ』への調査なんだけど・・・貴女達に戦艦に乗って貰いたいの。
・・・試験艦として作っておいたナデシコBでね」
私の話を聞き、ちょっとだけ驚いた顔をした後、ホシノ ルリは考え込んでしまった。
多分、私が話があると持ちかけた時点で、この事は予想をしていたと思う。
それだけの思慮深さと、洞察力をこの娘は既に持っているから。
そして予想通り、それ程考える事も無くホシノ ルリは私の提案を呑んでくれた。
私達の隣に座っている二人は、特に反対意見を述べる気も無いみたいだ。
「11月のコロニー『タカマガ』への調査に、私も同行するべきでしたね。
そうすれば、少なくともハル君のクラッキングは防げたと思いますし。
・・・あの謎の機動兵器の正体も、少しは掴めたかもしれません」
次も必ず、望む相手が現れるとは限らない―――
それだけに、ホシノ ルリの焦りを私も感じる事が出来た。
あまりに似通っている『現在』、それは彼女にとっては失った『過去』を、無理矢理に思い出させるものだろう。
当時の『彼』の全てを知るだけに、謎の機動兵器に寄せる関心は人並み外れていた。
その事に関してはラピスも一緒だったけれど。
あの後・・・コロニー『タカマガ』襲撃後の実行犯の正体について、ナデシコクルーの詰問は全てネルガルへと向けられた。
こちらとしても本当に青天の霹靂な出来事なだけに、アカツキ会長と一緒に全員を納得させる事にかなりの苦労を強いられた。
一番最後まで抵抗をしていたホシノ ルリやラピスには、特別にネルガルの全システムを公開してまで説得をしたのだ。
こちらとしては隠しておきたいデータなどは確かに存在するけど、彼女達の不信感をこれで拭えるなら安い痛手だった。
彼女達の協力が得られ無くなれば、ネルガルがこの先の戦いに大きな決め手を失う事になるのだから。
そして、全てのデータをチェックした彼女達もやっと・・・私達が今回の事件に無関係だと納得をしてくれた。
「そう言えば、あの時の事を謝っていませんでしたね。
済みませんでした、無茶な事を言って」
「えっと・・・御免なさい」
ホシノ ルリが頭を下げて謝ると同時に、ラピスも頭を下げる。
素直な彼女達の態度に少々驚きながらも、私は笑って話し掛けた。
「大丈夫よ、極楽トンボもあの時はマトモに残業をしてくれたからね。
復旧後の私の仕事も少しは楽になったから。
・・・確かに全業務を一時的に止めたのは痛かったけど、貴方達にソッポを向かれるより余程マシだわ。
それに、貴方達の言葉で皆が納得をするなら、一石二鳥だしね」
いまいち私達の潔白を信じられなかったクルー達も、ホシノ ルリの言葉を聞いて完全に納得をしてくれた。
ま、色々と前科があったネルガルサイドとしては、信用が無くても仕方が無い、かな?
「それで、次の調査は何時なのですか?
時期によっては私やラピス達も、学校を休まないと駄目なのですが」
う〜ん、これを言うのが一番辛いんだけどね。
「実は・・・12月24日にしかコロニーに立ち入れないのよ、ゴメンね」
そう言いながら、私は両手を顔の前に併せて三人に謝る。
「「えええええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」」
私の申し訳なさそうな言葉に、一番反応をしたのはラピスとハーリー君だった。
今までは私達の会話を、殆ど聞き流していた感じだけど・・・流石にこの言葉は無視出来なかったみたい。
「キョウカ達を呼んで、クリスマスパーティをする予定だったのに〜」
ちょっと口を尖らせて、悔しそうに呟くラピス
「色々と準備をしてたんですよ、ヤマダさん達にも手伝って貰って」
・・・ハーリー君、悪い事は言わないから当分ヤマダ君達から離れてなさい。
じゃないと、色々な方面からとばっちりが来るわよ?
「・・・まあ、仕方が無いでしょう。
多分、統合軍の方達からの嫌がらせじゃないのですか?」
ハーリー君達の残念そうな顔を見て、ちょっと苦笑をしながらホシノ ルリが私に尋ねてきた。
その指摘が的を射ているだけに、私も苦笑をしながら言い訳じみた事を話し出す。
「半分だけ正解よ。
本当に嫌がらせとしか思えないけど、コロニー側がその日しか駄目だと指定してきたの。
・・・こちらも戦艦を送り出す以上、変なトラブルは避けたいしね」
「私も友達のパーティに呼ばれてましたから・・・今から断るのは心苦しいですね。
しかし、半分という事は残りは連合軍かネルガルの問題なのですか?」
ちょっと困ったように顔を顰めるホシノ ルリに、私は再び手を併せて謝った。
こちらからの一方的かつ急な依頼なだけに、低姿勢にしかなれないのだ。
大体、世間が浮かれている日に自分達はお仕事だなんて・・・気が滅入るわよね。
でも、先のコロニー襲撃事件が切っ掛けになり、護衛として戦艦を送り出す口実は確実に出来た。
しかし、今度は逆に戦艦を駐留するスペースが無い・・・と、統合軍は突っぱねてきたのだ。
これは私の杞憂なのかもしれないけど、どう考えても統合軍の上層部は連合軍を必要以上に嫌っている。
考えてみれば、軍備も規模も向うが上なのだけど・・・実績だけが伴っていない。
それに比べて連合軍には、『木連を退け、和平を実現した』実績が燦然と輝いている。
内実は連合軍の上層部も殆ど動かなかった和平だけど、和平後は自分達の手柄だとばかりに自慢をしているのが現状だ。
木連の軍人を多く抱えている統合軍に嫌われるのは、当然かもしれない。
現在、見事に二つの組織の上層部は、お互いを親の仇の様に嫌っていた。
そうなると、連合軍に深く関与しているネルガルにも波紋は及ぶ・・・
実は今回の様な嫌がらせは、結構頻繁に起こっていた。
大人気が無いと言えばそれだけだけど・・・やはり、それが『人間』だから。
そして―――
「・・・連合軍でもね、前回のコロニー襲撃についてネルガルを疑ってるのよ」
私の台詞を聞いて、ホシノ ルリがその金色の瞳に動揺の色を滲ませた。
ガラガラガラ・・・
「いらっしゃい!!」
暖簾を割って入ってきた女性に、ホウメイさんが威勢良く挨拶をする。
そんなホウメイさんに対する返事は、更に明るく元気の良い声だった。
「こんにちわ〜、ホウメイさん!!
迎えに来たよ、ルリちゃん、ラピスちゃん、ハーリー君♪
エリナさんとのお話は終った?」
丁度、私の話が終った瞬間
計ったようなタイミングでミスマル ユリカは現れた。
「・・・ええ、お話は終りましたが。
ユリカさん、そんなに気を使って貰わなくても・・・」
「そうだよ、まだ外は明るいよ?」
連合軍の制服の上から黒いブルゾンを着たミスマル ユリカは、店の入り口に笑いながら立っていた。
仕事場からの帰り道とは少し外れているけど、どうやら彼女にとって大した問題ではなかったみたいね。
「いいからいいから!! たまには皆で歩いて帰ろうよ。
私も最近は忙しくて、ルリちゃんともラピスちゃんともお話してないし。
あ、ハーリー君も一緒に帰ろう」
何時もの天真爛漫な笑顔を見せる彼女に、誘われた三人は頷くだけだった。
「そうそう、言い忘れててたけど。
ナデシコBの艦長はミスマル ユリカ大佐が勤めるから。
何しろ、中学生に艦長なんて頼めないでしょう?
それと、エステバリス隊にはヤマダ君と御剣さん、それに高杉さんにイツキさんも同行するわよ。
ま、ウリバタケ班長やレイナも 『乗せないとナデシコBを飛べなくするぞ!!』 って、脅してくるから乗せるけどね」
「何か・・・凄いクルーですね?」
ちょっと驚いた顔で私に尋ねてくるハーリー君。
確かにこのメンバーに、ホシノ ルリにラピスやハーリー君を加えるとなると、下手な軍隊より余程脅威に値する。
でも、相手もそれに劣らない装備を持っていると、私やプロスペクター達は判断をしているのだった。
ハーリー君は大袈裟だと思ったみたいだけど、相手を侮ってはいけないわよ。
・・・少なくとも、二人のマシンチャイルドが向うには居るのだから。
それに今回の任務は絶対に失敗できないのだから。
「さて、と。
そろそろ本社に帰って、極楽トンボの監視をしないとね。
ちょっと目を離すと、直ぐに逃げ出すんだから」
伝票を片手に持った私がそんな事を言うと、釣られたように三人の子供とミスマル ユリカも笑っていた。
賑やかな一団が去った後、厨房でネギを刻んでいたホウメイは一番奥のテーブルに声を掛けた。
「アンタも色々と大変だね。
―――何か食べてくかい?」
「いえいえ、残念ですがそれほど時間の余裕が無いんですよ。
また会長達と一緒に訪れた時にでも、改めてご馳走になります」
顔を隠していた新聞を丁寧に折り畳むと、赤いベストを着てチョビ髭を生やした人物が現れた。
そのまま素早く立ち上がると、自分の席の隣に置いていた黒いジャケットを身に纏う。
「あちらにルリさん達と同じ実力者が居る以上・・・ますます彼女達の重要性は高くなりますからね。
それだけ、相手の的になりやすいのです。
・・・なんともやり切れませんな、全く」
珈琲代だけが書かれた伝票を手渡すプロスペクターに、ホウメイは苦笑をしながら首を左右に振った。
「それは私の奢りで良いよ。
その代わり、ルリ達の護衛を頑張っておくれよ、ミスター
あんたの娘も、その護衛対象の一人なんだしさ」
ホウメイにそう励まされ、ちょっとだけ相好を崩した後―――
「・・・ええ、至らぬ父親ですが、出来る限りの事はしますよ」
キッパリと自分の決意を述べる、プロスペクターだった。