< 時の流れに >
「諦めるって・・・どうして姉さんの捜査を諦めるんですか!!」
「落ち着け千里!!
月臣殿に突っ掛かっても事態は解決しない!!」
俺に突っ掛かってくる背の低い少年を、長髪の少年が押し止める。
背の低い女顔の少年の名前は各務 千里・・・攫われた各務 千沙の弟だった。
そしてそれを抑えている長髪の少年は三輪 一矢
二人共、今期の優人部隊に入隊した隊員だった。
俺は自分の執務室に飛び込んできた二人を見ながら、こっそりと溜息を吐いていた。
舞歌様から千沙殿の誘拐を知らされてから、既に一ヶ月が経っていた。
あらゆる手段を講じて千沙殿の行方を探したが、手掛かりすら得られなかったのだ。
「・・・攫った相手からの連絡も無い以上、他に手のうちようが無い。
相手の狙いも不明だし、これ以上は捜査のしようが無いのだ。
俺としても心苦しいが、他の仕事を全て停止して捜査をするのはもう限界なのだ」
そう、俺達の仕事は他に沢山ある。
一つの事に集中している余裕は、残念ながら無いのだ。
「そんな!! あれだけ木連や舞歌様の為に頑張ってきた姉さんを、見捨てるって言うんですか!!
何時もそうだ・・・最後の最後には皆、姉さんを犠牲にする!!」
「言い過ぎだぞ!! 千里!!」
「何がだよ!!
今までの姉さんに対する仕打ちを、俺は忘れたとは言わせないぞ!!」
「くっ、馬鹿野郎!!
時と場所を考えろ!!」
取り乱す千里をこの部屋から引きずり出す一矢を、俺はやり切れない思いで見送っていた。
確かに千沙殿を裏切ったのは、親友の九十九だった。
本人達が何と言おうと、他人から見ればそうとしか見えない。
実際、その事を責められても・・・九十九は言い訳をしないだろう。
アイツは責められる事を承知で、ミナト殿の事を選んだのだから。
そして、九十九とミナト殿の婚儀が木連と地球の和平の証に祭り上げられた以上、千沙殿を庇う事は誰も出来なかった。
本人達の意思を超えた所で、その婚儀は政治的な意味合いを持ってしまったのだから。
そうなると、当然のように話題好きな連中は千沙殿の事をはやし立てた。
・・・彼女を庇う事は出来ても、心に受けた傷までは俺達では癒す事は不可能だった。
そして今回もまた、俺達は千沙殿を見捨てようとしている。
一時期、騒ぎが収まるまで実家に隠れていた千沙殿の姿を知るだけに、千里の怒りは誰よりも深いだろう。
「・・・くっ、ちくしょ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
廊下から響いてくる千里の怒声が、鋭く俺の心を抉った。
「・・・実際、ここまで手掛かりが無いのは逆におかしいな」
最終的な報告書に目を通しつつ、そんな感想を述べる北斗殿。
現在、俺は最後の報告書を携えて舞歌様の執務室に訪れていた。
「各務お嬢ちゃんも武術の達人なんだろう?
争った形跡も無いっていうのは・・・余程の達人が相手だったって事か?
だいたい、残されていたのが犯行声明文一通だけというのも変な話だな」
事件が事件なだけに海神殿も今回の報告会に参加をして貰った。
千沙殿の次に狙われる可能性がある人物なだけに、色々と現状を知っていて欲しかったからだ。
この報告会の参加者は、舞歌様、北斗殿、飛厘殿、零夜殿、俺・・・それに海神殿に三堂殿だった。
全員が仕事の合間を狙っての会議なだけに、スーツ姿で揃っていた。
そして、何時もどおりに海神殿の背後に居る三堂殿が、先の発言に疑問を投げ掛ける。
ボディーガード兼秘書なだけに、この人物は外見から想像する以上に頭の回転は良い。
「わざわざ犯行を知らせる以上、何らかの目的があると思うのですがね?
相手からは何も連絡が無いなんて、変な話です」
その問題になっている犯人から犯行声明文だが・・・
それは白紙に一文だけ『各務 千沙は預かった』と書かれているのみ。
相手の要求も何も書かれていないのだ。
用紙自体はありきたりなモノだし、書かれている文も何かのワープロを使用した文だった。
勿論、指紋やその他の手掛かりになりそうなものは無い。
・・・とてもこの手紙だけでは、犯人の特定は無理だ。
「でも逆に不思議なのは、どうして千沙なのか? って事ね。
だって私の代わりになる人物は居ないけど、千沙の代わりは飛厘でも務まるわ」
冷静な口調の中に、激しい怒りを感じる声で舞歌様がそんな疑問を述べる。
執務用の大きな机に指を組んだ両肘をのせ、その指の上に自分の顔を置いている。
その目には、底冷えを感じる眼光が宿っていた。
そんな舞歌様の意見の正しさが分かるだけに、その場にいた全員が難しい顔で頷く。
確かに・・・千沙殿の代わりとなる人物を探す事は、不可能ではないのだ。
「零夜、お前は争う音も何も聞いてなかったんだな?」
内容があまり変わっていない報告書に飽きたのか、隣に座っている零夜殿に話を振る北斗様だった。
「うん、ずっと隣の部屋に居たけどね。
千沙さんの仕事の邪魔にならないように、呼ばれるまでは待機してたんだけど。
・・・私が千沙さんに休憩をしてもらおうと、お茶を運んだ時にはもう攫われた後だった。
最初は何処かに出掛けたと思っていたけど、何時まで経っても帰ってこないから」
「そこで、机の上にこの手紙を見つけたわけね」
飛厘殿の確認に頷いて答える零夜殿。
その指には問題の手紙を挟んで持っていた。
そしてそのまま、手紙を指に挟んで考え込む飛厘殿。
「千沙を一瞬で無力化し、隣の部屋に居た零夜に気付かれずに連れ出す、か。
私が知る限り、可能な人物は一人だけね」
突然の発言に全員の視線が飛厘殿に向く。
俺達の視線を受け、何故か苦笑をしながら飛厘殿は自分の考えを語り出した。
「実力的に考えると、千紗を一瞬で無力化できる存在は結構居るわ。
北斗殿でもそこまでは可能でしょうね。
でも、誰にも気付かれずに、この警戒が厳重な行政府から運び出すのが可能な人物は一人だけ。
生体空間跳躍を完全に身に付けた存在・・・・漆黒の戦神と呼ばれる『彼』だけよ」
「全く、頭が痛いな・・・」
「大丈夫ですか?」
家に帰ると、俺は優人部隊の制服を脱ぎつつ、隣に居る京子に手渡す。
あの後、会議は飛厘殿の推理に対する質問で荒れ狂った。
・・・確かに、『彼』が犯人ならば恐ろしいほど今回の事件に該当するだろう。
あの類稀な実力と、数々の能力を駆使すれば殆ど不可能な事など無い。
しかし、飛厘殿はあくまで『自分の知る限り』・・・と言っていた。
それどころか『彼』ならば、ますます動機が分からないし、そもそも地球ではなく木星に姿を現す理由が分からない。
だが、相手が空間跳躍を用いる存在なら、確かにこの犯行は可能なのだ。
「・・・飛厘殿の推理も、その点は納得出来るな」
「千沙の行方は、まだ掴めないのですね」
俺の独り言に近い呟きを聞き、沈んだ顔でそう聞いてくる京子。
同じ優華部隊の一員として、千沙殿と長い時間を過ごしてきただけに、心配する気持ちも大きいのだろう。
「色々と大変だよ・・・手掛かりは無いに等しいからな。
だが、これ以上は千沙殿の捜索に手は割けない。
幾ら治安が落ち着いてるとはいえ、犯罪自体が無くなったわけではないからな」
・・・人間が居る限り、犯罪が無くなる日などくるはずがない。
それぞれがそれぞれの主義主張を持つ限り、軋轢は必ず生じるものだ。
ましてや木連の人間と、地球の人間の間には大きな溝がある。
お互いを理解するには、まだまだ時間が必要だった。
「そんな顔をしなくても大丈夫だ。
何らかの手掛かりが見付かれば、必ず最優先で救助を行なう!!」
顔を伏せている京子に向けて俺はそう約束をした。
これは、舞歌様も同意をしている事だし、俺としても譲れない最後の一歩だった。
「・・・早く、助けてあげたいですね」
「―――ああ、そうだな」
俺の脳裏には、大声で俺を詰る千里の姿がどうしても消えなかった。
清潔そうな一室で、一人の女性が椅子に座って読書をしていた。
その部屋にはベットからタンスまで、およそ暮らしていくぶんには、何も不自由しないだけの設備があった。
家具の配置や室内がキチンと整理されているあたり、住んでいる女性の几帳面さがうかがえる。
―――ただ、その部屋には窓など外と繋がっているものが存在していなかった。
コンコン・・・
そんな部屋の唯一の出入り口であるドアを、ノックする音が響く。
「どうぞ」
読んでいた本に栞をはさみ、ベットの上に置きながら女性が返事をする。
その声を律儀に待っていた相手が、ドアの向うから入ってきた。
そして部屋に入ってきたのは、黒髪をセミロングにした小柄な17〜8歳位の美少女だった。
温和な顔立ちは優しげに微笑んでおり、目の色などは前髪で見えない。
ただ両耳に付けている、銀細工に小さなルビーをあしらったピアスが黒髪と相まって印象に強く残る。
そんな彼女が手に持っているのは食事用のトレーであり、しかも二人分が用意されている。
「お昼を持ってきました、千沙さん」
「有り難う、九重(ここのえ)さん」
目を瞑ったまま、危なげなく食事を運ぶ少女に千沙はそう言って微笑んだ。
部屋に備え付けられていた机に料理を置き、向かい合って昼食を取る二人。
特に会話は交わしていないが、険悪な雰囲気でもなかった。
そんな沈黙を破ったのは、先に食事を終えた千沙だった。
「で、私を何時までここに監禁しておくつもり?」
「私は千沙さんの世話を頼まれただけですから・・・詳しい事は分かりません。
色々と不満はあると思いますが、我慢してもらえますか?」
食事の手を止めて、もじもじと小声で返事をする九重にそれ以上は強く言えず、天井を仰いでしまう千沙だった。
千沙がこの部屋で気が付いてから、既に一ヶ月が経過していた。
最初は自分の置かれた状況にやきもきとしていたが、逃亡の術が無い事を思い知らされて今では開き直っていた。
そう、当初はあらゆる手段を用いて逃亡を考えたのだ。
・・・しかし、それは全て事前に察知され、尽く潰されてしまった。
「・・・私の家族や舞歌様も心配してるでしょうね。
まあ、一番心配な事は机に山積みされた仕事の後片付けだけど」
「弟ですか・・・私にも一人弟が居ますけど、やんちゃで困っています」
嬉しそうに微笑みながら、千沙に自分の弟について語る九重。
だが、その間にも彼女の目が開かれる事はなかった。
―――そう彼女は盲目だったのだ。
邪気の無いその笑顔を見て、千沙も釣られるように笑っていた。
そして千沙にはどうしても、この九重がこんな犯罪に手を貸している理由が分からなかった。
この一ヶ月の間、自分の身の回りの世話と話し相手をしてくれたのは、この盲目の少女だけだった。
話していても、彼女に邪な考えや暗い感情を感じた事は無い。
いや、むしろその年に似合わない達観した雰囲気さえ感じていた。
「そう、大切な家族だものね」
「ええ、そうなんです」