< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

「オーライ!! オーライ!!

 おらおら!! 久しぶりの実戦配備だぜ!!

 下手な整備をしたら、俺がお前達をぶっ殺すぞ!!」

 

 

 

「「「「「了解です!! 班長!!」」」」」

 

 

 

 俺の喝を受けて、整備班一堂が大きく返事をする。

 そんな俺の隣では作業服を着たレイナちゃんが、今回の整備のスケジュール表と睨めっこをしていた。

 以前より少しだけ伸ばした髪を、今日は作業帽を被る事で抑えている。

 

「どうした?」

 

「ん?

 えっとね、ヤマダさん達の『ガンガー』を実戦配備するのに。

 リーダー機に相当する『ジャッジ』は出さないんだな、ってね」

 

 確かに、レイナちゃんの手元の表には、アカツキの愛機については書かれていなかった。

 しかし、それは有る意味仕方が無い事かもしれねえ。

 いやむしろ当然だろう、何と言われようとあのアカツキがネルガルの会長である事は事実だ。

 ・・・本来なら、戦場に出る立場などでは無いのだ。

 

「現実は厳しいって事だな。

 アカツキが幾ら望んでも周りが許さないだろうさ。

 いい加減の手本みたいな奴だが、大事な仕事はちゃんとこなしているからな」

 

 手に持っていたスパナで肩を叩きつつ、俺はそんな台詞を吐く。

 個人的には昔の仲間で揃って戦いに向かいたい。

 エリナとイネスさんの予想を聞く限り、間違い無く『ホスセリ』で待ち構えているのは・・・アイツ等だろう。

 テンカワの事情を知る者にとっては、悪夢のような存在だ。

 そして現実として、既に被害者は出ている。

 

「昔通りにはいかない、か・・・そうだよね」

 

 スケジュール表をコルクボードにピンで止めながら、レイナちゃんはそんな事を呟いた。

 格納庫のスペース表示がされているその表の真中には、ポッカリと空白が書かれている。

 ・・・左右にヤマダやアカツキのエステバリスを従えていた機体は、今は無い。

 そしてそれを知る全員が、そのスペースに篭められた意味を感じていた。

 

 俺とレイナちゃんの視線が、その空白の部分に少しの間だけ止まった。

 

「さてっと!! 頑張って仕事しないとね!!」

 

「おお、そうだな!!」

 

 それぞれに気合を入れると、俺達は自分の職場へと向かった。

 久々の実戦だからな、キッチリ隅々まで整備をしてやるぜ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お〜〜〜〜い!!

 作業は順調かウリバタケのおっさん!!」

 

 

「誰がおっさんだ、手前!!」

 

 

      ―――ガイン!!

 

 

 俺が投げたスパナを顔面にめり込ませて、ヤマダは床に沈んだ。

 何をしに来たのかは知らないが、邪魔にしかならないだろうからこのまま床に捨てておくか?

 いや待てよ・・・以前のハーリーみたいに、フォークリフトで跳ねられると困るな。

 何が困るかというと、フォークリフトの血糊を落とすのが大変なんだよ。

 

「何してるのよ、ヤマダ君?」

 

「床で寝てると風邪ひくぞ?」

 

「相変わらず何処でも寝る人ですね」

 

 後から現れた三人の女性、ヒカルちゃんと万葉ちゃんとイツキちゃんが呆れた顔で、地面で倒れ伏すヤマダに声を掛ける。

 ・・・あの状態で寝ていると判断される辺り、ヤマダの普段の生活態度が良く分かるってもんだ。

 

 俺は苦笑をしながら、ヒカルちゃんと万葉ちゃんによって事務室に引き摺られていくヤマダを見て、そう思った。

 しかし、昔は倒れたままだったのに今では運んでくれる女性が居るとはね〜

 

 

 しかも2人も。

 

 ・・・・・・・・・・・・・俺を含めた整備班の視線に、殺気が篭もったのは仕方が無い事だろう。

 

「まさか、またこの機体に乗る事が出来るなんてね」

 

 俺がヤマダを見送っている間に、イツキちゃんが何時の間にか、自分の愛機である『白百合』を見上げていた。

 このエステバリを操り、あの戦いを潜り抜けて3年が経とうとしている。

 その間、ナデシコで使われてきた兵器は全て封印されていた。

 ・・・ナデシコA自体も、モスボール状態で保管されている。

 勿論、エステバリス・パーソナル・カスタムシリーズも全て封印された。

 有事の際には使えるようにと、エステバリスが解体されなかっただけでも有り難い事かもしれんな。

 実際、ナデシコという存在はあまりに強すぎたのだから。

 

「丁度良い、ヤマダの奴が目を覚ましたらIFSの微調整を手伝ってくれ。

 こればっかりはパイロット本人が居ないと駄目だからな」

 

「え!! 乗れるんですか!!」

 

 嬉しそうに笑うイツキちゃんに、俺は大きく頷いた。

 伊達にネルガルで保管していた訳では無い、エステバリス自体は何時でも動かせる状態だったのだ。

 ただ、3年もの間停止状態だったのだ、どんなトラブルが起こるか分からない。

 それを調べる為に、今朝から俺達は機体の念入りなチェックを行なっていた。

 

「でも過激な機動は、まだ無理だからね。

 ヤマダさんが馬鹿な事をしないように、見張っててよ」

 

 レイナちゃんが頬についていた油をタオルで拭いつつ、俺達の所に歩いてくる。

 既にかなりの部分を見て回ったのか、身体中が汚れていた。

 

「そうそう、ヤマダさんが来てるなら万葉さんも来てるんでしょ?

 風神皇について聞きたい事があるんだけど」

 

「風神皇まで置いてあったんですか?

 あれって確か、木連の秘密兵器に近い扱いだった筈じゃ・・・」

 

 レイナちゃんの言葉に、驚きを隠せないイツキちゃんだった。

 確かに優華部隊が乗っていた機体も、エステバリス同様に封印処理をされていた。

 しかし、万葉ちゃん自身は連合軍に所属する事になったので、その機体はネルガルで極秘に保管されたのだ。

 ・・・まあ、今回の戦いが生半可でない事を考えると、恥とか外聞を考えるつもりは無い。

 少しでもパイロットの生存確率を上げる為に、アカツキはリスクを承知で風神皇も引っ張り出してきた。

 

「・・・テンカワの真実をダイレクトに見た、パイロット連中なら分かるだろう?

 ルリルリ達の監視を潜り抜けて、実際にA級ジャンパーの何人かが行方不明になってるんだ。

 確実に現れるぞ、『ホスセリ』にあの連中が」

 

 しかもご丁寧に時間指定までしてきたんだ。

 罠も仕掛けられていると考えるべきだろうな。

 

「最近分かった事実ですよね、A級ジャンパーに認定されていた人の誘拐事件については。

 全てクリムゾンの関係者だったので、ルリちゃん達の情報網に引っ掛からなかった」

 

 悔しそうに呟くイツキちゃんの台詞に、俺とレイナちゃんが頷いた。

 あのライザの持ち込んだ情報により、俺達はクリムゾン内部の闇を知った。

 まさに身内を使っての人体実験・・・そして、更に命を冒涜するような実験を。

 そして、過去にその実験を受けたというテンカワの闇の深さを、様々と思い知らされた。

 

「おいおい、随分と雰囲気が暗いな?

 ウリバタケの旦那まで、揃って落ち込むとは何事だよ?」

 

 暗くなった俺達を揶揄するように、やたらと明るい声が格納庫に響いた。

 

「うるせい、俺はお前ほど神経が鈍くないんだよ」

 

 大体、つい先程まで気絶してただろうが、お前・・・

 見事に復活を果たし、元気一杯に動いているヤマダを見て俺は苦笑をしていた。

 この男みたいに何も考えずに直進するのも、時には必要なのかもな。

 

「おお、しかし何時見ても格好良いな、俺の『ガンガー』!!

 直ぐに動かせるんだろ、ウリバタケの旦那!!」

 

 ・・・って、人の返事を聞く前に走り出してるじゃねぇか、お前。

 三年前より腕は上がっても頭の中は一緒か? おい?

 

「あ、万葉さん、少し風神皇の事で聞きたい事があるんだけど?」

 

「何だ?」

 

 そのまま、万葉ちゃんはレイナちゃんに連れられ、格納庫の奥に行ってしまった。

 残されたのは俺とイツキちゃんとヒカルちゃん。

 

「じゃ、私はヤマダさんが無茶をしないようにライフルで狙ってますね」

 

「・・・・・・・・・・・・止めてくれとは言ったが、下手に壊さないでくれよ」

 

 ひらひらと手を振りながら、イツキちゃんも笑顔で自分のエステバリスの元に向かっていった。

 まあ、ヤマダも油断さえしなければ、そうそう被弾することは無いだろう。

 しかし、誰もヤマダが大人しくしていないと断言する辺り、気心が知れてると言うか・・・ま、ヤマダだしな。

 

「あ〜あ、何か仲間外れにされた気分だな〜」

 

 それぞれのエステバリスに向かった連中を、視線で追いかけていたヒカルちゃんは、置いてあった椅子に座りながらそう呟いた。

 現在、本職は漫画家であるヒカルちゃんには、戦闘の文字が似合うはずが無かった。

 それを考慮したのか、または気を利かしたのか・・・プロスの旦那やエリナはヒカルちゃんを誘わなかったのだ。

 

 だが、俺はヒカルちゃんの味方だ。

 

「どうする、久しぶりに乗ってみるかい・・・『煌』に?」

 

「え???? 確か私がパイロットを辞める時に、解体したって言ってたじゃない?

 民間人として暮らす事を望んだ私に、専用の機体は許されないからって」

 

 頭にハテナマークを大量に浮かべるヒカルちゃんに、俺は笑いながら説明をした。

 

「おうよ、一度バラバラに分解しちまったけどな。

 俺の最高傑作の一つだぜ? そう簡単にネルガルも廃棄しようなんて考えるかよ。

 保管されていたパーツを組み立てるだけなら、3日もあれば十分だ。

 アカツキかエリナに頼んで、無理矢理乗せてもらいな」

 

「うわ〜〜、流石だね!! ウリピー!!」

 

 嬉しそうに飛び跳ねたヒカルちゃんは、そのままネルガルの本社に連絡を入れる為に飛び出して行った。

 これでリョーコちゃんやアリサちゃんも同行出来れば、本当に最高なんだがな〜

 統合軍と連合軍の仲違いは、かなり危険な域に達してるらしい。

 そんなぼやきを、俺はプロスの旦那から聞いた。

 もしかすると、その仲違いの裏にも、アイツ等の暗躍があるかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・何が出てくるんだろうな、『ホスセリ』でよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、エリナ君の石頭にも困ったもんだね〜

 ヒカル君には簡単にOKを出したくせに、僕だけ仲間外れかい」

 

 ブツブツと文句を言いながら、ネルガル会長が執務室で仕事をしている。

 外は冬の寒さをひしひしと感じさせる気温だが、この部屋には無縁の世界だった。

 そんな適度な気温に保たれた室内で、アカツキは先程のエリナとのやり取りを思い返す。

 確かに自分の立場を考えれば、軽々しく動くべきではない事は分かっている。

 だが、戦友達が再び揃って戦いに向かうというのに、一人だけ地球に残る事にはやはり抵抗があった。

 

 そして、その立場故に・・・アカツキは木連での事件をプロスペクターから告げられていなかった。

 

「あ〜あ、今回の報告会は飛厘さんが来る予定らしいし・・・

 ホウメイさんの所に愚痴でも言いに行こうかな、誰か誘って」

 

 今現在、そんな暇な知り合いが居ない事を知りつつ、ふざけた言葉を呟く。

 次のコロニー調査に向けて、全員がそれぞれの仕事に全力で向かっている最中なのだ。

 

 

 

 そんな馬鹿な事を考えていたアカツキの端末に、一通のメールが届く。

 プライベートなアドレスへのメールなだけに、余り警戒をせずに開く。

 

 

 

 

 

 

 そして、10分後―――

 

 

 

 

 

 

 会長室にアカツキの姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その6に続く

 

 

 

 

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