< 時の流れに >
何時もの通い馴れた帰り道
ユリカの家に住み出してから、毎日の様にこの道を通って行った。
隣にはルリが居て、その友達のアユミが居て。
ハーリーとキョウカも一緒に歩いていた。
遅刻しそうになって走り抜けたり、雨の日に転んだ事もあった。
ハーリーがツヨシ(キョウカのお兄ちゃん)と決闘をしたのもこの道だ。
そんな平凡な毎日を繰り返すだけの道が・・・赤い血に染まっていた。
「よ、お前達がマシン・チャイルドだな?
ネルガルの護衛達は片付けたからさ、大人しく付いて来るッス」
血に染まったナイフを片手に、おどけた態度で私達に向かってくるグレーの髪に緑色の瞳の男。
それはネルガルで見せられた資料にあった敵・・・『魔眼』のイマリだった。
「皆、逃げますよ!!」
呆然としているアユミの手を引き、振り返って逃げ出そうとするルリ!!
その声に反応した私とハーリーは、二人でキョウカの手を握って走り出そうとした!!
だけど、振り向いた先には―――
「何処に行くッス?」
イマリがニヤニヤと笑いながら立ち塞がっていた。
一瞬で私達の背後に回りこんだの?
「逃げられるわけないでしょうが?」
背後から聞えるその声に、ゆっくりと振り向くと・・・そこにもイマリは居た。
緑色の瞳が輝いているのを見た瞬間、私は自分が催眠術に掛けられた事を理解した。
ナオさんの報告書に載っていた、イマリの実力の凄さを思い知った瞬間だった。
「・・・私達をどうするつもりです」
ガタガタと震えているアユミを庇いながら、ルリがイマリを睨み付ける。
何時の間にか、2人いたと思っていたイマリは目の前にいる一人だけになっていた。
「さあ? 攫った後の事に興味は無いッス
まあ、あのマッドのおっさんが喜ぶだけだと思うけど」
ガリガリと頭を掻きながら、つまらない事のように返事をする。
本当に、私達のその後など興味が無いみたいな口調だ。
「気の毒なのは君達のお友達ッスね。
とばっちりで人生終っちゃうんだから」
「関係無い人にまで手を出すつもりですか!!」
イマリの宣言を聞いた瞬間、小さく悲鳴を上げたアユミを強く抱き締めつつ、ルリが叫ぶ。
ハーリーも背中に私とキョウカを庇いつつ、歯軋りをしながらイマリを睨んでいた。
「大人の事情なんだよ、仕方が無いだろう?」
そう言って、無造作に握り締めたナイフを振り上げる!!
それを見た私とハーリーはキョウカを、ルリはアユミを引っ張りながら再び走り出す!!
「無駄だって言ってる―――」
ドゴッ!!
最後まで台詞を言う事無く・・・イマリは隣の家の壁に吹き飛ばされていた。
ヒビの入った壁の下で蹲り、頭を振りつつ立ち上がるイマリの前には・・・
黒いハーフコートを着たプロスさんと、同じようなコートを着たナオさんが居た!!
「人の娘を攫おうとは・・・良い度胸ですね」
「全く、どんな教育を受けてきたんだ、お前は?」
眼鏡を押し上げつつ、今まで聞いた事がないような冷たい声で呟くプロスさん。
そして、懐からブラスターを取り出しつつ、呆れた口調で問い掛けるナオさんだった。
「き、貴様等!!」
イマリが視線を向けた先に―――二人の姿は無かった。
そして再び、鈍い音と共にイマリの体が壁に叩き付けられる!!
ドガッ!!
「ぐぁ!!」
「視線が武器と分かっているなら、目を合わさないように戦うだけだ。
実際、気配を殺して近づいてきた俺達を察知出来なかった以上・・・格闘戦はたいした事無いな、お前」
イマリを蹴り上げた足を下ろしつつ、淡々と語るナオさん。
その間に、プロスさんは私達を背中に庇う位置に立っていた。
「敵の攻撃方法が分かっていれば、対処の方法は幾らでもあるものです。
確かに敵も素人ではないでしょうが、ヤガミさんとはレベルが違います。
ヤガミさんの実力なら、視線を合わせずに勝てるでしょう。
・・・怪我は無いですか?」
「うん、全員無傷だよ」
私のその返事を聞いて、プロスさんが嬉しそうに微笑んだ。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
俺を・・・俺を舐めるな!!!」
ブンブンブン!!
無茶苦茶な勢いでナイフを振り回すイマリを、ナオさんは滑るような足運びで全て避けていた。
右手でナイフを振るいつつ、左手でナオさんを掴もうと足掻く・・・足掻くけれど、その努力は全て無駄に終っていた。
確かにイマリの攻撃は凄く早いし、威力もあると思う。
この実力と『魔眼』の力があれば、並大抵の相手では適わない。
でも、目の前で戦ってるナオさんは、並大抵で済むレベルの人間じゃなかった。
バシッ!!
「さて、少し大人しくしてもらうぞ!!」
イマリのナイフに合わせて、カウンターで蹴りを叩き込むナオさん。
その威力に負けたイマリが、思わず尻餅を付いた瞬間―――
「皆さん、目を閉じてください!!」
―――パシュゥゥゥゥゥ!!
プロスさんの言葉に反射的に従って目を閉じると、瞼の裏からでも凄い光を感じた!!
「お、俺の目が!!
目が、目が、目が〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「・・・物騒なモノから潰させてもらったぜ」
目を押えて地面を転がるイマリを見下ろしながら、ナオさんが宣言する。
しかし、そんな事など関係無いように・・・イマリは叫びながら地面を転がっていた。
さっきまで倣岸な態度を取っていたイマリの姿は、そこには欠片も見られなかった。
「どうするプロスさん?」
結局、一度も打たなかったブラスターをイマリに向けたまま、プロスさんに指示を仰ぐナオさん。
プロスさんは私達をチラリと見て、少しだけ考えた後・・・
「本社に連れて帰りましょう。
色々と聞きたい事もありますからね」
「・・・了解」
それを聞いて、ナオさんは懐にブラスターを収め、イマリを捕まえようとした。
「わぁぁぁぁぁぁぁ、姉さん!! 助けてよ姉さん!!
また目が見えなくなったんだよ!!
全部、全部真っ暗なんだ!!」
泣き叫ぶイマリの姿に、何とも言えない表情を皆がしていた。
命を狙われた以上、同情をするつもりは無いけど・・・
このイマリに刻み込まれた心の傷を、様々と見せられた気分は最悪だった。
「今は・・・寝ていろ」
そして、暴れるイマリに拳を振り下ろそうとしたナオさんが、次の瞬間吹き飛ばされた。
「姉さん!! 姉さん!!」
「・・・大丈夫よ、イマリ
私はここに居るから」
全員が、吹き飛ばされたナオさんに視線を向けている間に。
縋りつくイマリを優しく抱き止める女の人が、何時の間にかそこに居た。
・・・その人は、私もハーリーも、ルリも知っている人だった。
いや、キョウカもアユミも知っている。
そして全員を代表するかのように、プロスさんが冷たい声で質問をした。
「・・・どうゆう事ですかな、モモセさん?」