< 時の流れに >
俺が駆けつけた時、そこにはプロスペクターと睨み合うモモセ君の姿があった。
彼女に縋り付いている少年の存在が気になるが、何よりこの張り詰めた雰囲気は尋常では無かった。
「何が・・・起こっているんだ」
・・・俺にはそう呟く事しか出来なかった。
さっきまで、ヤガミ ナオとプロスペクターは「SUN」で休んでいた。
その二人を話し相手にして、マスターとモモセ君が何やら騒いでいた。
俺は他の客の相手をしながら、そんな光景を見ていたはずだ。
・・・突然、立ち上がったヤガミ ナオとプロスペクターが走り出すまでは。
そして、その後をモモセ君が何故か追い駆ける時までは。
「いててて・・・驚いたな、何を使って俺を弾き飛ばしたんだい?」
懐からブラスターを取り出して、銃口をモモセ君に向けるヤガミ ナオ。
モモセ君はグレー色の髪の少年を胸に掻き抱いたまま、感情の伺えない目で全員を見ていた。
全員が黙りこむ中、少年のモモセ君を「姉さん」と呼ぶ声だけが響く。
「そちらこそ、流石ですね。
私の『イージスの盾』が発動した瞬間、飛んで衝撃を逃がすなんて・・・
携帯用ディストーション・フィールドの存在を差し引いても。
本当なら、先程の一撃で手足の一本は失ってましたよ?」
今まで聞いた事が無いような、感情を全然感じない平坦な声で、モモセ君がヤガミ ナオの質問に応える。
プロスペクターに庇われたホシノ ルリ達は、全員驚いた表情でモモセ君を見ていた。
―――勿論、俺もだ。
「イマリが姉と呼ぶ存在か・・・・・・・・・俺の妹になるわけだな?」
こちらは複雑な感情が篭もる声で、目の前の姉弟を警戒する。
彼等の関係には疑問が残るが、俺には何よりモモセ君の変貌が信じられなかった!!
「モモセ君!! 一体これはどういう事なんだ!!」
「離れろナカザト!!
モモセはクリムゾンの手先だ!!」
ガオォォォォンン!!
駆け寄ろうとした俺を押し止めつつ、ブラスターを発射するヤガミ ナオ!!
俺はその瞬間、弾丸に貫かれるモモセ君の姿を想像した。
だが、その予想は現実になる事は無く。
―――キィィィィンン!!
弾丸は、青く光る壁に弾き飛ばされていた。
「・・・無駄ですよ、私の『イージスの盾』は戦艦クラスのフィールドを張れます。
貴方の得意とする『フェザー』ですら、この盾を貫く事は不可能」
ゆっくりと・・・泣きじゃくる少年を抱いたまま立ち上がるモモセ君に、全員の視線が刺さる。
自分達を欺いていた女性に、どんな感情をホシノ ルリ達は感じているのだろうか?
少なくとも、俺は未だに現実が信じられなかった。
平然と銃口に身を晒すモモセ君と、ヤガミ ナオの間で数秒間、睨み合いが続いた。
「そりゃあまた、凄い盾だな。
モモセ君も、イマリと同じ精神をブーストされた存在と言う事か」
「ええ、何しろ『漆黒の戦神』と『真紅の羅刹』と戦う事を前提に開発された技術ですから。
先達の失敗を取り入れて、精神的な力を使ってブーストを行なう。
・・・つまり、私のこの『イージスの盾』は、私が生きている限り有効なのです」
それを聞き、舌打ちをしながら構えていたブラスターを降ろす。
現状で、これ以上有効な攻撃手段が無い事を、ヤガミ ナオは認めたのだろうか。
「では、あの「SUN」に雇われていたのは・・・ルリさん達の監視が目的ですかな?
いやはや、3年前から既に貴方達の仕掛けは始っていたとは」
肩を竦めるジェスチャーをするプロスペクターに、モモセ君からは何も返事はなかった。
しかしこの場合・・・沈黙は肯定を意味していた。
「じゃあ、ナカザトの事も計算尽くって事か!!」
「・・・そうですよ、あの夜ナカザトさんを「SUN」に運んだのも、全てクリムゾンの仕業です。
貴方達の性格から考えて、一人でも仲間が居る場所には集まる。
ましてやそれが、色々な意味でほおっておけない人物なら余計に」
その言葉を聞いた瞬間、俺は自分の足元が崩れそうな衝撃を受けた。
全ては、俺の存在を利用したトラップだったと言うのだ・・・
あの笑顔も、優しかった言葉も、心地よかった空間すらも!!
「そんな、酷いよ・・・モモセさん。
ナカザトさん、本当に嬉しそうに笑ってたじゃないですか。
前に会ったナカザトさんより、ずっと格好良くなってた!!
モモセさんとマスターのお陰だって、ナカザトさん僕に言ってたんですよ!!」
「・・・騙される方が悪いの」
ハーリー君の視線から微妙に視線をそらし、後ずさるモモセ君の背後に凄い勢いでワゴン車が止まる。
全員が動けないなか、俺だけがヤガミ ナオの隣をすり抜けて走り出した。
今更、嘘も本当も無かった・・・このままでは、モモセ君と二度と会う事は無いだろう。
しかし、四ヶ月もの間一緒に過ごした事は事実だった。
その期間の間、向けられた笑顔が全て嘘だったとは思えない。
マスターと三人で過ごした時間を、モモセ君は何も感じていなかったのか?
作り物の笑顔を、俺もマスターも見破る事も出来なかったというのか?
それは、違う!! 違うはずだ!!
「モモセ君!!」
「っ!! 来ないで下さい!!
体が吹き飛びますよ!!」
再び張り巡らされた青い光の障壁
今まで見た事も無い、キツイ顔で俺を睨み付けるモモセ君。
何かを必死に堪えるように噛み締める唇と、僅かに潤んで見える瞳が・・・俺に現実を忘れさせた。
バジュン!!!!!!!!!!
「ナカザトさん!!」
「ナカザト!!」
・・・・皆の叫び声だけが、随分と遠くに聞えた。
「何・・・やってるんですかぁ・・・」
「クリスマス・・・一緒に楽しむ、約束しただろ?」
その時、言いたい事が有るんだ。
身体中に走る激痛と、遠くなる意識の中で必死に言葉を伝えようとする・・・
「戦艦規模のフィールドなんですよ!!
生身で飛び込むなんて何を考えているんですか!!」
「それでも、俺は・・・」
涙を流しつづけるモモセ君の顔を拭こうとする手は、俺の意思に従ってくれなかった。
そして俺の意識は、モモセ君の顔が近づき・・・唇に微かな温もりを感じたところで途絶えた。
「・・・・・・・・・・行くのか?」
マスターが二階から降りてきた男に、珈琲カップを拭く手を止めて話し掛ける。
声を掛けられて男は、足を止めて苦笑をしながらマスターに返事をした。
その顔には、何処か吹っ切れた感じが伺えた。
「ええ、結局また・・・肝心な事を言えませんでしたから」
今度は照れ臭そうに笑いながら、右手で頭を掻く青年にマスターも釣られたように、自分の顔に残る傷痕を掻く。
そんな二人の間に、突然沈黙が訪れる。
何時もならば、この会話の合間にもう一人の女性の言葉が混ざっていた。
そう、一週間前までは。
「左手、駄目だったんだな」
「生きてるだけも奇跡らしいですからね。
まあ、ネルガルの技術部がIFS対応の義手を作ってくれるそうですし。
生活に支障は無いです」
マスターの視線の先・・・青年の服の左袖は、その中身を失っていた。
やがてマスターに深々と一礼をすると、青年は店の出口へと歩き出した。
その青年の背に向かって、マスターが言葉を紡ぐ。
「二階はあのまま、お前さんの為に取っておく。
彼女が使っていたアパートの契約も、俺が替わりに継続しておく。
待ってるからな、お前さん達が帰って来るのを」
「はい、必ず二人で戻ってきます!!!!!!!!!」
カランカラン!!
青年・・・ナカザトの決意の叫びと、喫茶店「SUN」の鐘の音がマスターの耳に響いた。
そして、様々な招待状を受けた者達が、聖夜に集う。