< 時の流れに >

 

 

 

 

 

第十八話 『聖夜』

 

 

 

 

 

 

 

 

 順調にスケジュールを消化した私達は、特に大きなトラブルも無く宇宙に飛び立とうとしていた。

 でも敵に襲撃を受けたルリちゃん達は、一足先にナデシコBに乗り込んでいたので、二週間も学校を休んだ事になる。

 ・・・彼女達の学力からすれば、二週間の休みなど大した問題ではないけれど、もっと大きな問題が立ち塞がっていた。

 

 たまたまナデシコBの食堂で、暗い顔をした三人を私は見掛けた。

 

「どうしたのよ、随分と暗いじゃない?」

 

「あ、レイナさん」

 

 私の声に反応して、苦笑を返してきたのはハーリー君だけだった。

 そして、自分達が意気消沈をしている訳を教えてくれた。

 

「・・・あの事件以来、キョウカちゃんから連絡が来ないんですよ。

 僕の所にも、ラピスの所にも。

 今まで、毎日のようにかかってきてたんですけどね」

 

 ハーリー君は自分の腕には少し大きいコミュニケを指差しながら、何とも言えない表情を作る。

 その隣に座っているラピスちゃんは、憮然とした表情で机の上に顔を乗せていた。

 

「私もアユミさんからの連絡が途絶えました。

 ・・・失って分かる事って、本当に多いですね。

 昔は煩わしく感じてたアユミさんとの会話を、こんなに楽しみにしていたなんて」

 

 こちらもコミュニケを撫でながら、ポツリポツリと独白する。

 この三人にとって初めての同年代の友人を、一挙に失った事がショックだったみたい。

 確かに、その複雑な生い立ちや、世にも珍しい経験をしてきて・・・普通の人生とは無縁だった。

 私も西欧に出向き、ナデシコに深く関わってから大きく人生が変わったけれど、この三人ほどじゃない。

 今でも気軽に話せる昔の友人はいるし、実家に帰れば直ぐに会える友人もいる。

 

 三人の座っているテーブルに私も座り込みながら、そんな事を考えていた。

 そして・・・昔、アキト君が言っていた台詞を思いだす。

 

『あの三人には、普通の人生をおくってほしいんだ』

 

 その願いは、確かにこの3年もの間守られてきた。

 私達も出来得る限りの手伝いをして、三人が一般の生活に溶け込めるようにと頑張った。

 ルリちゃん達もアキト君の言葉を覚えていたのか、同年代の級友に慣れようと努力をしていた。

 

 しかし、その努力も一つの現実の前に脆く崩れ去る。

 

「何が、いけなかったのですかね・・・」

 

 テーブルに顔を埋めながら、誰に聞くわけでもなく・・・自分に問い掛けるルリちゃん。

 それを聞いたハーリー君とラピスちゃんも、同じようにテーブルに身を沈めるのだった。

 今、慰めの言葉をかけるのは簡単だった。

 でも、精神的には殆ど大人になりかけている三人だ、慰めの意図を感じて・・・無理にでも笑うだろう。

 この子達は、そんな人生を歩んできているのだから。

 

 そして、その場で留まれないなら・・・背中を押してやるだけだ。 

 

 テーブルで塞ぎこんでる三人に、私は特に声を荒げるわけでもなく、何時もの口調で尋ねた。

 

「連絡が来ないって言うけど・・・こっちから逆に通信をいれてみたの?」

 

「それは・・・出来ません。

 アユミさんは、本当に私の巻き添えのせいで殺される所だったんです。

 以前のピースランドでの一件でも、身の安全だけは確実に守れる保証がありました。 

 ヤガミさんが付いている限り、滅多な事があるとは思っていませんでしたし。

 だからあの時の事は、お互いに笑いあって終ったんです。

 ・・・・・・・・・今度の件は、そんなレベルでは済みません」

 

 あの時、別れ際の恐怖に引き攣った友人の顔を思い出したのか、ルリちゃんが悲しそうな顔をする。

 私やルリちゃん達は、そんな死と隣り合わせの世界で何年も過ごしてきていた。

 何度も死にそうな目に会ったし、心が引き裂かれるような悲しみに襲われた事もあった。

 血塗れの道路を前に、生き抜くために動いたルリちゃんと、恐怖に支配されて動けなかった友人。

 

 その二人の間には、確かに大きな壁があると・・・ルリちゃんは感じたのだろう。

 

「でもね・・・アユミちゃんも、ルリちゃんの連絡を待ってるかもよ?

 だって、アユミちゃんからすれば、逆にルリちゃんに何て話しかければ良いのか分からないと思う。

 ルリちゃん達の事情を、全部知ってる訳じゃないんだし。

 それに、本当に何でも話せる友人って・・・凄く大切だよ」

 

 もっとも、ルリちゃん達の真実を知った時、その娘がどんな反応をするのかは分からないけど。

 でも、全てを知った上でルリちゃんの事を理解しようとしてくれるなら・・・得難い友人となるだろうね。

 

 コミュニケを手に持って睨めっこをしているルリちゃん達を置いて、私は食堂を出て行った。

 後の事は本当に、本人達の問題だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから2時間後―――

 

 ナデシコBは『ホスセリ』を目指して地球を飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 航海の途中に大きな問題も無く。

 ナデシコBは順調に目的地に向かって行った。

 相変わらず、船内では暇を持て余した人達が、馬鹿騒ぎをしていたけど。

 

 そして、コロニーへのボソンジャンプを行なうべく、最寄のターミナルに進路変更をした時・・・

 

 

  ビィー!! ビィー!! ビィー!!

 

 

「非常警報?」

 

 格納庫で暇を潰していた私は、突然の非常警報に驚きを隠せなかった。

 この航海に何かがある事は覚悟の上だったけれど、それはコロニーに到着してからだと思っていたから。

 ウリバタケさんも同じ考えだったらしく、少し青褪めた顔で私に頷いていた。

 

「レイナちゃん、艦長からの命令で、整備班は緊急時に素早く対応が出来るように、格納庫で待機だそうだ。

 しかし、前と同じような相手じゃない事を祈るぜ・・・」

 

「そうね・・・」

 

 初めてナデシコ艦内を襲った敵は、最低最悪の存在だった。

 はっきり言って、テンカワ君の帰還が遅れていれば、確実に数人の死人を出していたと思う。

 なにより、ルリちゃん達の身柄は木連の身に渡っていただろう。

 

「・・・侵入者はFブロックの一角か。

 おいおい、ここはオモイカネの監視が緩い、唯一の場所だぜ。

 くそっ!! おまけに監視カメラまで壊してやがる、映像が出ないぞ!!」

 

 オモイカネに映像の呼び出しが無理と言われたウリバタケさんが、苛立ちにまかせて壁を殴る。

 

「どうしてそんな事をこの侵入者は・・・」

 

 相手の情報力の凄さに、私とウリバタケさんの顔に嫌な汗が浮かぶ。

 最近分かった、敵の手にある二人のマシン・チャイルドの存在。

 ・・・私達の最大のアドバンテージである情報戦は、既に無効と化しているのだ。

 嫌な予感だけが、頭の中に次々と浮かび上がる。

 

「ナオの奴もあれから大分腕を上げてるんだ。

 そうそう遅れはとらないと思うけどな」

 

 イライラと足先で床を叩きながら、今度はナデシコB艦内を表示したディスプレイを見詰めるウリバタケさん。

 凄い勢いで移動をしている青い点がナオさん、出現場所から動かない赤い2つの点が・・・侵入者だった。

 

 そして、みるみる縮まっていく青い点と赤い点が、私達が見守る中で交差した―――

 

「・・・止まったな、非常警報?」

 

「ええ?」

 

 訳が分からないと私とウリバタケさんは、お互いに顔を見合わせて首を捻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜、まさか食料を運び忘れるなんて、失敗失敗」

 

 爽やかに笑いながら、ナデシコBの食堂で大盛りの定食をたいらげている密航者その一

 

「ははははは、四日が我慢の限界だったな」

 

 こちらも、無駄に爽やかな笑顔でラーメンを啜っている、密航者その二

 

「笑い事じゃありませ〜〜〜〜〜ん!!!」

 

 珍しい艦長の一喝に、瞬時に背筋を伸ばす密航者2名

 その二人の座るテーブルを囲むようにして、主なメインクルー達がジト目で密航者達を見ていた。

 艦長は自分の怒りの凄さを伝える為に、目の前のテーブルをバンバンと叩いてるけど・・・迫力はそんなに無いわね。

 

「本気でラピスちゃんが怯えていたんですからね!!

 三年前の事件や、この前の事件の事もありますし・・・三人がどれだけ不安だったか考えてみて下さい!!」

 

「「す、済みません・・・」」

 

「私に謝ってどうするんですか!!

 謝る相手はブリッジに居る三人です!!」

 

「「了解です!!」」

 

 そのまま凄い勢いで、ブリッジに向かって走り出す2人。

 

 その場に残ったまま、腰に両手をあてて怒っているジェスチャーをする艦長に、私達は逆に怒る気が失せていた。

 まあ、言いたかった事は全部言われちゃったし・・・

 隣でスパナを構えていたウリバタケさんと、苦笑をしながら私も怒りの矛を収めた。

 

 

 

 

 

 その十分後・・・ナデシコBの艦内にネルガル会長と、統合軍士官の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

「で、今までどうして隠れてたの?

 ・・・姉さんきっと怒り狂ってるわよ?」

 

 アカツキさんの切れた頬に消毒液を吹きかけながら、私は溜息混じりに呟く。

 イテテ!! と染みる消毒液に顔を顰めながら、アカツキさんは落ちてくる消毒液をガーゼで拭き取っていた。

 あの三人の怒りの矛先を受けて、かすり傷ですんだのだから良かったじゃないの。

 

 ・・・まあ、半泣きで責めるラピスちゃんに、何時もの攻撃力があるとは思えないけどね。

 

「まったくよね、出航時に姿が見えないと思ってたら・・・先に乗り込んで隠れていたなんてね」

 

 特に大きな怪我もなかったので、カルテを記入せずに机に置いたまま。

 イネスさんが椅子の上で脚を組み直しながら、呆れたような感想を漏らす。

 ナカザトさんの義手の開発を担当していただけに、イネスさんはナカザトさんを良く知っていた。

 私もその義手の開発に一口噛んでいるけど、本人に会ったのは今日が初めてだった。

 

 件の人物は、何処で手に入れたのか知らないけど、アカツキ君と同じ赤い制服を着ていた。

 

「はははは、伊達にネルガル会長をしてないよ、僕も」

 

「いや、さすがに連合軍に所属してる船に、統合軍の軍人である私が乗り込むのは・・・難しいでしょう?

 そこで色々と潜り込む方法を探していると、バッタリこのアカツキと出くわしちゃって」

 

 アカツキさんは意味も無く笑いながら。

 ナカザトさんは、ちょっと心苦しいという顔で、それぞれの意見を述べた。

 

 しかし、何でこんなに意見が合うのかな・・・この2人?

 絶対に反りが合わないと思っていた二人は、私の予想以上に仲が良かった。

 ・・・というより、ハーリー君に聞いていたより、随分と性格が軽いな・・・ナカザトさん。

 

「まあ、確かにネルガル会長の力を使えば、ナデシコBに忍び込む事も可能かもね。

 見取り図とかは全部手元にあるわけだし」

 

 指先でボールペンを器用に回しながら、二人の治療の様子を眺めるイネスさん。

 実は特に大きな怪我はなく、ただ用心の為に傷口の消毒にきただけなのだ。

 他の皆はそれぞれの仕事に戻っている。

 私はちょっと手が空いたので、姉さんの代わりにネルガル会長に文句を言いに来たのだ。

 

「でも仕事は本当に大丈夫なの?

 今更引き返す時間的な余裕は無いから、もうどうしようもないけど」

 

「うん、大丈夫さ。

 もうそろそろ、エリナ君が置手紙を見つけている頃かな?」

 

 私の質問に、何やらすっきりとした笑顔で応えるアカツキさん。

 何か・・・何時もとノリが違うな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・へ〜、置手紙? 

 つい最近、理由も告げずに四日ほど逃げ出してたくせに。

 この忙しい時期に、また行方を晦ますなんて―――」

 

 執務室の机の中に隠されていた手紙を見つけ、剣呑な目付きになっていた会長秘書。

 しかし、そのネルガル会長からの手紙を読み進むほど、逆に顔色は青白くなっていく。

 

 そして・・・

 

「何、馬鹿な事を書いてるのよ・・・」

 

 

 

 

 

 

 そう一言だけ呟き、再びその手紙を隠されていた引出しに戻した。

 噛み締められた唇だけが、その手紙に記された内容の深刻さを物語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2に続く

 

 

 

 

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