< 時の流れに >
「・・・ホシノさんが学校を休んでる理由は、それしかないか」
「うん、それしか無いと思う」
随分と静かになってしまった、私達の行きつけの喫茶店「SUN」
そこに私はカズヒサ君と二人だけで来ていた。
・・・少し前までは、私の隣の席には瑠璃色の髪を持つ友人が居たのに。
今日は日曜日なので、暇とストレスを持て余した私は、唯一ルリルリの事情を知る友人を連れ出してきていた。
マスターの事情も知っている私は、あれから暇があればこの喫茶店に顔を出している。
何より、ルリルリとの連絡が完全に断たれた今、他に思い当たる場所も無かった。
ミスマル家は門を完全に閉ざしていた。
顔見知りの女中さんを捕まえて聞いても、ルリルリは家に帰っていないと言われただけだ。
学校には・・・あの事件があった日から、一度も登校してこない。
ミナト先生に問い質しても、私も知らないわ、と首を左右に振るばかりだった。
そして、ラピスちゃんやハーリー君も、その姿を完全に消していた。
二人の店員が消え、随分と寒く感じる店内で、私は紅茶をスプーンで掻き混ぜながらポツリと呟いた。
「このまま、『さよなら』なんて言わないわよね・・・ルリルリ」
その呟きを聞き、カズヒサ君が眉を顰めて質問をしてきた。
「電話も通じないの?」
「・・・通じる通じない以前に、しちゃ駄目だってさ。
私自身、ルリルリを狙ってる組織に見張られてる可能性があるから、下手に電話をするのは危険なんだって。
今も、私には分からないけれど、ネルガルの派遣してくれたシークレット・サービスの人が見張ってるはずよ」
姿が見えないだけに、本当に守ってくれているのか確認のしようがないけれど。
それにしても、知らないうちに重要人物になっちゃってるな、私・・・
「何だかもう、想像も出来ないね、ホシノさんの境遇がさ。
一国の王女だと知っていたけれど、他に命を狙われる理由があるなんて。
・・・ヤガミさん達が、必死に守ろうとするわけだ」
カフェオレの入ったカップを持ったまま、憮然とした表情でぼやくカズヒサ君。
確かに、一介の中学生には既に手も足も出ない状況だった。
「何だかさ・・・最近は『夢』のように感じるんだ。
あのピースランドでの一件も、今回の事件も。
ルリルリと友達になって、私は沢山の人と出合った。
・・・だけど、ルリルリが消えて、残った人は誰も居なかった」
店内を見渡せば、良く笑ってたウェイトレスさんと、困ったような顔を何時もしていたウエィターさんの姿は無かった。
ただ、黙々とグラスを磨いているマスターの姿だけが、変わらずその場にあっただけ。
「『夢』か・・・確かにそう感じるかもね。
少なくとも、僕達の生活の中ではあんな事件は一生に一度、起こるか起こらないかだし。
命を狙われる事なんて、そうそう無いからね」
この時期の私達は、高校受験に向けて必死に勉強をしている。
学校でも、友人達の話題は勉強と受験に関わる事ばかり。
クラスメートの中には、ルリルリが学校に来ない事を不思議に思ってる人も多い。
・・・だけど、今は自分の将来の為にも、他に気を取られている余裕は無いみたい。
結局、誰も彼もが、ルリルリの事を気にしながらも、私には何も尋ねてこなかった。
唯一、カズヒサ君だけが私に事情を知らないか、と聞いてきたくらいだ。
―――皆、自分自身の事で手一杯だった。
「どうしてるかな・・・ルリルリ」
そして残されたものは・・・その事が頭から離れず、勉強が進まない私と。
「元気だと思うよ・・・そう思うしかないじゃないか」
何も出来ない事に対して、悔しそうに返事をするカズヒサ君だけだった。
雪の積もった道路を、手土産に焼いたばかりのマフィンを持って私は歩いていた。
皆は今頃遠い宇宙の彼方だろう。
私も付いて行きたいと一瞬思ってしまったけれど、軍を辞め、小さいなりにも店を構えた以上、そうそう留守には出来なかった。
なにより、命のやり取りをするには・・・今の私は気持ちが弱すぎる。
「でもナオさんも大変よね、一日か二日だけ滞在すると、直ぐに次の仕事に入るんだから」
ミリアさんとナオさんの家に向かいながら、私は溜息を吐いた。
でも別に暗い気持ちの溜息ではない、むしろ羨ましいという気持ちのほうが強かった。
私はあの二人ほど、共有する時間の少なさに反して愛情の強いカップルを知らない。
常に命の危機に晒されているナオさんを、信じて待っているミリアさんの強さが眩しかった。
私もアキトを信じている、信じているけど・・・声を聞けないのは、やはり悲しい。
特にこんな寒い季節になれば、ますますそう思ってしまう。
・・・特に朝などは、昔アリサと一緒に潜り込んだアキトのベットの暖かさを思い出してしまうから。
「今年の11月で、アキトと出会ってから4年も経つんだ」
目の前に見えてきた、ナオさんとミリアさんの家を見ながら、私はそんな呟きを漏らしていた。
あの時の事件が縁で、付き合いだした二人・・・
誰もが認めるこの二人が、結婚をしない理由もまた皆が知っていた。
ピンポーン!!
呼び鈴を鳴らすと、インターフォンからミリアさんの声が聞こえてきた。
『はい、どちら様でしょうか?』
「こんにちわ、ミリアさん。
サラですけれど、遊びに来ました」
『サラちゃん?
直ぐにドアを開けるわね』
ミリアさんの声に反応したかのように、直ぐにドアのロックが外れる音がした。
それを確認した後、私は手袋をしたまま取っ手を回してドアを開ける。
その瞬間、室内の暖かい空気が流れ出し、私を包み込んだ。
「いらっしゃい。
でも、わざわざこんな寒い日に来なくてもいいんじゃないの?」
「こんな日だから来たんですよ。
午前中はお客さんも寒さに負けて来られませんし、店は午後はお休みです。
あ、これ店で焼いたマフィンです」
家の奥から現れたミリアさんに笑いかけながら、私は手に持っていたマフィンの入った箱を差し出した。
ミリアさんは笑顔で礼を言いながら、マフィンを受け取ってくれた。
「玄関で立ち話もなんでしょう?
コートを乾かすついでに、暖炉のある居間に行きましょう。
紅茶と珈琲のどっちが良いかしら?」
「はい、分かりました。
あ、今日は珈琲でお願いします」
ぱらぱらと降っていた雪のお陰で、少しだけ重くなってしまったコートを脱ぐ私にミリアさんがそう言ってくれた。
私もコートを乾かす必要を感じていたので、その提案に直ぐに頷いた。
パチパチパチ・・・
・・・薪の燃える音が、何ともいえず耳に心地良い。
暖炉の前で直接床に座り込みながら、私はそんな事を考えていた。
今の時代、暖炉なんて代物は殆ど飾りにしかならない。
本当に火を入れて、薪を燃やす事など殆ど無かった。
でも、ナオさんは何を好んだのか、本物の暖炉を家に作っていた。
まあ、その暖炉の周りに集まって騒ぐのも、結構楽しいし、お爺様もそう言えば暖炉が好きだったわね?
「こうしていると、結構良い物ですよね、暖炉も」
「そうでしょ?
私も初めは苦笑をしてたけど、最近はお気に入りなの」
私は暖炉に向かって手を差し出し、炎を暖かさを感じながら感想を述べる。
それを聞いたミリアさんが、笑いながら同意をしてくれた。
私は次に濡れた髪をタオルで拭き取りながら、ミリアさんが珈琲を入れる姿を見ていた。
「ナオさんって、変な所で拘りがありますよね」
「夢、らしいのよ。
子供が出来た時に、暖炉からサンタの姿をして飛び出してきて、プレゼントを渡す事が。
他にも庭にブランコを造るとか、花壇を造るんだ、とか・・・色々と考えてるみたいね」
クスクスと笑いながら、珈琲を入れる手を止めて笑うミリアさん。
釣られたように私も笑いながら、ナオさんのサンタ姿を思い浮かべてみた。
・・・・・・・・・・・・・・・煙突の中を駆け上れる人だものね、子供に悪影響を与えそうね。
何だか、ナオさんとミリアさんの子供はきっと大人物になるだろうと、私は予感してしまった。
難しい顔で首を捻ってる私を見て、ミリアさんが微笑みながら事情を教えてくれた。
「・・・あの人、本当の両親を知らないでしょう?
育ての親も直ぐに亡くなられたそうだし、その後拾われた方も、そういったイベントとは無縁の人だったらしいの。
子供の頃はクリスマスに憧れていたらしいのよ」
珈琲の入ったカップを私の前に置き、同じように床に座り込みながらミリアさんは暖炉に手をかざす。
炎に照らし出されたミリアさんの顔は、本当に優しい母親のような感じがした。
「子供には『夢』が必要なんだ、って何時も言ってる。
自分は何時も物心ついた時から、現実だけを見てきたから、余計にそう感じると。
この前に帰ってきた時も、庭に犬小屋を建てるか猫を飼うか本気で悩んでいたわ。
・・・本当は私よりよほど『家庭』に憧れているのよ、あの人は」
ナオさんの身の上を知る私には、その言葉が凄く重かった。
人造人間として自分の存在に悩んでいた時期もあった、その告白を受け止めたのはミリアさんだった。
それを聞いた時、ナオさんにとってミリアさんがどれだけ大切な存在なのかを、改めて知った気分だった。
そんなミリアさんを残して、再び宇宙に上がったナオさんが、私にミリアさんの事を頼むと言った気持ちは良く分かる。
この二人は、本当に相手を必要としているから強いんだ。
「で、結局、猫と犬のどっちを飼うんですか?」
私は明るい口調でそう質問した。
あまり暗い話題ばかり続けていても、仕方が無いもの。
「両方飼うつもりじゃないのかしら?
知ってたかしら? 結構欲張りなのよ、あの人」
楽しそうに笑うミリアさんの隣で、私も思わず笑っていた。
―――自分自身の幸せも大切だけど、この二人が幸せに暮らしている姿も見たい。
私は心の底からそう思った。
「あ、そうそうサラちゃん。
これはまだ秘密なんだけど・・・」
「はい、何ですか?」
「実はね・・・」