< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・で、どうしてこのコロニーで休憩をしないと駄目なんだ?」

 

「え〜、私も理由は知らないよ?

 プロスさんから出発前に、『ホスセリ』に向かってジャンプをする前に、ターミナルコロニーで一旦停止するように言われただけ」

 

 プロスさんの意図が分からず、ジュン君と二人で首を傾げる。

 アカツキさんとナカザトさんの密航という、変なアクシデントがあった以外は、順調な航海だった。

 だけど、ここにきて足止めをされた私達は、何とも言えない苛立ちを感じていた。

 

「ユリカさん、プロスさんの意図は分かりませんが、私達に不利な事はしないと思いますが?」

 

 ルリちゃんの定位置・・・オペレーター席で、ルリちゃんが私の方を見上げながらそんな事を言う。

 一応、まだ民間人の扱いになるルリちゃんは、連合軍の制服ではなくて、私服で席についていた。

 ハーリー君やラピスちゃんも私服で乗り込んでいるけど、元ナデシコクルーが多いこの艦では口煩く騒ぐ人は少なかった。

 

 騒いだ所で、私は無視をするし、何よりヤガミさんが三人の側に付いてるしね。

 唯一口を出しそうなプロスさんは、地球の情勢がきな臭いらしいので、今回はゴートさんと一緒に地球に残っている。

 

「うん、私もルリちゃんの意見には賛成だよ。

 ただ、このジャンプの後はまず・・・戦闘だからね。

 緊張感を維持したまま、長時間を過ごすのは皆大変だし」

 

 そう、まずこのジャンプを行なった後に控えているのは・・・戦闘だった。

 勿論、そんな予想が外れてくれれば、これほど嬉しい事は無いけれど。

 だけどそれはあまりに甘い考えだった。

 相手は地の利を得ており、なおかつ時間すら指定するほどに準備を整えている。

 なにより、今日の『ホスセリ』への訪問は、このナデシコBを除いて他に無い。

 ・・・目撃者も全て敵しか居ない以上、既に私達が向かう先は「敵地」と考えて間違いなかった。

 

 クリスマス・イブは、確実に血生臭いモノに染まりつつある。

 

「・・・あ、ターミナルコロニーより通信が入りました。

 ユリカさんを呼んでられますが、どうします?」

 

 今後のプランを煮詰めていた私の耳に、ルリちゃんの問い掛けが聞こえた。

 

「う〜ん、出るよルリちゃん。

 こっちに繋いでくれないかな?」

 

「はい、分かりました。

 映像、まわします」

 

   ピッ!!

 

 ・・・・・・・・・・現れた映像の姿を見て、その場に居た全員の笑顔が引き攣ったのは忘れられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・どういう意味だったんだ、俺を見て動きを止めた訳は?」

 

 鳶色の瞳に怒りを漲らせて、何故かジュン君に詰め寄る北斗さん。

 ジュン君は「俺は無実だ!!」と抗議をしながら、軽々と片腕で釣り上げられている。

 ・・・・・・・・・まあ、何と言うか、御愁傷様です。

 

「でも北斗さんが大人しく女性の服を着てるなんて、私も驚きました」

 

 ルリちゃんが、北斗さんと一緒にナデシコに乗り込んできた零夜ちゃんに話し掛ける。

 その言葉が聞えたのか、北斗さんのジュン君を吊り上げる腕に力が篭もったみたい。

 ジュン君のか細い悲鳴が、私達の耳に聞こえるの・・・

 

「変装・・・というのも変だけど、枝織ちゃんの時に着替えさせたからね。

 でも、普段の木連の仕事場では、ちゃんと女性の服を着てるのよ?

 以前男物の服を着ていて、色々と問題があったから。

 何より、北ちゃんが『真紅の羅刹』と呼ばれる存在なのは、一般の人達には秘密だし。

 その秘密を知った相手は・・・大抵、北ちゃんが始末した後だけどね」

 

 ・・・・・・・・・・・普段の大人しい姿の北斗さんも想像できないけど。

 

 舞歌さんの身辺警護をしている以上、仕事として割り切ってるのかな?

 実は北斗さんの正体を知る人物は、凄く限られている。

 元ナデシコクルーを除けば、木連のトップ陣とその関係者くらいらしい。

 海神さんには、私が舞歌さんに許可を貰って真相を話しておいたくらいだ。

 それに大半の木連の人は、以前の高杉さんと一緒で『真紅の羅刹』を男性だと思ってるらしいし。

 

 地球における『漆黒の戦神』のイメージと同じようなものなのかな?

 あの噂の想像図も、アキトとは似ても似つかないしね。

 

 ・・・一度、ルリちゃんに見せて貰った『戦神情報』には私でも固まったもんね。

 人の噂って、恐いものだとつくづく思い知った。

 

「でも、良く来てくれました♪

 これで戦力は大幅アップですよ!!」

 

 ジュン君が気絶したので飽きたのか、手を叩きながら北斗さんがこちらに向かって歩いてくる。

 白いワンピースに膝まで届く綺麗な赤毛。

 そしてその身を飾る『四陣』達の輝き。

 う〜ん、こうして改めて見ると本当に綺麗な人なんだな〜

 

「勘違いするなよ、俺は謎の機動兵器に興味があって来ただけだ。

 舞歌の奴も、早急に相手の正体を暴いてこいと言ってたしな」

 

 私がお礼の言葉を言うと、北斗さんはそっぽを向いてそんな事を言う。

 零夜ちゃんがその後で肩を竦めているのが、何となく笑える。

 北斗さんの思惑はどうあれ、私達に付き纏っていた嫌な陰が大分軽くなったのは事実だった。

 何よりアキトが居ない戦闘・・・それは、灯りの無い闇の海を航海するような気分だと思う。

 全員が、何処かで不安を感じていた、自分達は勝てるのか?と。

 勿論、自分達の腕に自信はあるし自負もしている。

 

 だけど、やっぱり・・・・何処か心細いモノがあった。

 

 これだけは、他の誰にも消せない。

 それが『甘え』だと分かっている、分かっているけど消せない傷だった。

 

「ちなみに、ダリアは持ってきてないからな。

 この船の機体を一機貸してくれ。

 出来ればDFSがあれば上出来なんだがな」

 

「殆どノーマルのエステしかないよ?

 DFSは予備が一本あるけど、エステ自体はバースト・モードまでしか使えないよ」

 

 北斗さんと零夜ちゃんを、このブリッジまで案内してきたレイナちゃんが、北斗さんの言葉を聞いて確かめる。

 それを聞いても北斗さんは顔色変える事なく―――

 

「ふん、DFSがあればそれで充分だ。

 暴いてやろうじゃないか、アキトの猿真似をする奴の正体をな。

 もっとも―――本人だったのなら、歓迎するべき事態なんだがな」

 

 打ち合わせた掌と拳の間に、朱金の輝きが生まれその身を薄っすらと覆い尽くす。

 そして好戦的な笑みを浮かべる北斗さんに、その場に居た全員が改めてその身に潜む羅刹を思い知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、お前は・・・え〜と、誰だったかな零夜?

 一応見覚えのある顔なんだが」

 

「ナカザトさんだよ、北ちゃん」

 

 そういって、ナカザトさんに軽く頭を下げて挨拶をする零夜ちゃん。

 釣られたようにナカザトさんも頭を下げた後・・・

 

「げ!! 影護 枝織!!!

 それに紫苑 零夜まで!!」

 

 今更気が付いて、驚く。

 

 お腹が空いたと言い出した北斗さんを連れて食堂に行くと、先客としてナカザトさんとハーリー君が居た。

 ナカザトさんが驚いたのと同じように、ハーリー君も驚いた顔をしている。

 この二人も結構仲が良いんだよね、それに例の喫茶店でもよく会ってたみたいだし。

 そういえば、何時もハーリー君をからかって遊んでるタカスギさんは、今は訓練中かな?

 他のパイロットの人達も、ベストの状態に持っていくために、シミュレーターで猛特訓中だった。

 

「ナカザトさん、今は枝織さんじゃなくて北斗さんだよ。

 事情は後で説明するけど、そう呼ぶように気を付けてね。

 それに、北斗さんと零夜ちゃんはちゃんとした手順でナデシコに乗船したんだからね。

 ・・・密航者の貴方が、そんな大きな態度を取らないで下さ〜い」

 

 私が腕を振り回しながら、人の話を無視してうどんを啜っていたナカザトさんに抗議をする。

 本来なら作戦中の軍艦への密航は、凄い重罪なんだから!!

 その場で銃殺されたって、文句は言えないんですよ!!

 

 と、私が怒りを身体全体で表現してるのに・・・

 

「・・・・・・・・・・・・何処かの会長は、堂々と艦内を歩きまわってたが?」

 

「・・・・・・・・・・・・アレは言っても聞かない人ですから」

 

 ジト目のナカザトさんの視線に、思わず自分の目を逸らす私だった。

 そんな私とナカザトさんのやり取りを聞きながら、北斗さんと零夜ちゃんはそれぞれ注文を終らせていた。

 このナデシコBの食堂も、ナデシコAと同じように食は充実している。

 勿論、その事は私達クルーには好評だった。

 それに育ち盛りのルリちゃん、ラピスちゃん、ハーリー君にはとても大切な事なんだし。

 

 適当に席に座る前に、ナカザトさんの顔を見た北斗さんが一言

 

「随分と吹っ切れた顔をしてるな」

 

 そう言って、零夜ちゃんと一緒に食堂の空いているテーブルに移動をしていった。

 それが誉め言葉なのかどうなのか分からないけれど、ナカザトさんもちょっと驚いた顔をしていた。

 何と言っていいのか分からないナカザトさんは、頬を指で掻きながら視線を宙漂わす。

 

 ・・・白い手袋に覆われたその左腕が義手である事は、もう皆が知っていた。

 そして、統合軍の士官であるナカザトさんが、身の危険を顧みずにこのナデシコに密航してきた訳も。

 例の彼女の行方が、どうやら私達の向かうコロニー『ホスセリ』である事を、私は聞きだしていた。

 

 ちなみに、アカツキさんは未だのらりくらりと自分が密航した訳をはぐらかしている。

 

「そう言えば、シュンさんの副官の仕事はどうなっているんですか?

 ナカザトさんが居ないと、シュンさんが一人で大変だと思うんですけれど」

 

 ハーリー君がコップに入っているコーラを飲みながら、ナカザトさんにそんな質問をした。

 するとナカザトさんは実に楽しそうに笑いながら、こう応えた。

 

「その件については問題は無い。

 信頼できる人物に、代理を頼んできたからな」

 

 ククククと笑うナカザトさんの姿に、ハーリー君と一緒に首を捻る私だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ベンベン・・・

 

 整えられた室内に弦を弾く音が響く。

 

「ククククククク・・・・」

 

 何故か統合軍の制服を着た、長い黒髪の美人がその楽器を掻き鳴らしていた。

 その女性が座っている座席の右隣で、机の上に上半身を投げ出している男性が一人・・・

 

「ケケケケケケケ」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

   ベベン!! ベンベン・・・

 

 益々快調に弦を掻き鳴らす女性に、とうとう机の上の男性が顔を上げて口を開いた。

 

「イズミ君、お願いだからウクレレを弾きながら笑わないでくれ・・・・」

 

「じゃあ、私の小噺を聞いてみる?」

 

 

 

 

 

 

 

 痛いほどの沈黙が、二人だけの部屋に満ちる。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・どうぞ、好きなだけ演奏してくれ」

 

(仕事は確かに出来る、護衛としての腕も確かだ。

 だが、これは俺に対する嫌がらせか?

 そうか、そうなんだな、ナカザトぉ?)

 

「しかし・・・何処で知り合ったんだ、君達は?」

 

「一時期、私の店の常連さんだったのよ、ナカザトさん」

 

(あのグレてた時期か・・・

 全然関係無い所で、余計な人脈を作りやがって、あの野郎・・・)

 

 

 

 

 掻き鳴らされるウクレレのビートに身を委ねながら、副官に対する復讐を心に誓うオオサキ シュンだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その4に続く

 

 

 

 

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